最終話 下
ステージを降りた俺はシンちゃんとポチを伴って本来の家へと帰還した。
あの空気でシンケールスの拠点に向かうのも変だし、何より師匠への報告を済ませたかったからな。
「(師匠、宿題は終わらせましたよ)」
旅立ちの日と変わらず涙雨が降り注ぐ空の下、あの日と同じく傘もささず墓前に立つ。
胸の中に満ちる寂しさはやっぱり拭えないけれど……ちゃんと報告しなきゃな。
「(とりあえず掟に則り、俺なりのやり方で人々の胸に絶望を刻んだつもりです)」
現場――闘技場で始終を見せ付けられた者は心に生涯消えない傷を負った事だろう。
後は何をせずとも俺の影に怯え、それから少しでも遠ざかるため勝手に話を広めるはずだ。
パンピーだけならば与太話と切り捨てられるかもしれないが、あの場には世界各国のVIPも居たからな。
「(いや、居たってか集まるように段取りを組んだんだけどさ)」
各国の重鎮はメッセンジャーとしては最上に近いと思う。
一国や二国ならばともかく、大国と呼べる国が総て話を拡散すればどれだけ非現実的であっても信じざるを得まい。
真なる魔女が新たに歴史に刻んだ傷が再びお伽噺に堕するまで、さてどれだけの時を要するんだろうな?
「(まあ、その時が訪れる前に……いや、どうでも良い事か)」
何にせよ俺は魔女の責務をしっかり果たした。
目的であった真なる魔女を目指そうと思う事にすら忌避を覚える程の恐怖は刻み付けたつもりだ。
誰もが理解したはずだ、真なる魔女を騙ればどれ程の絶望が降り注ぐ事になるかを。
それは俺の前に立ったあの二人ですら例外ではない。
確かに彼らは俺の前に立った、だがそれは決して絶望を振り切れたからではないのだ。
本能に刻み付けられた絶望を抱えたまま剣を取った事を俺は知っている。
「(嗚呼、それにしても――――うん、愉しかったな)」
彼らの事を考えていたからだろう。
師匠への報告を優先して胸の中に仕舞いこんでいた歓喜が顔を出した。
「(まさか……あそこまでやってくれるとは)」
当然の事ながら、俺は王都に居た者らを皆殺しにするつもりなどなかった。
しかし、ダンテの見せ場を作るためにはポーズを取る必要があったのだ。
諦観と失望にどっぷり浸った超越者が総てに価値なしと衝動的に何もかもを消し去ろうとする。
そんなシチュエーションで一番映えるのは不屈と希望を掲げる”人間”だ。
化石みてえなババアの勝手な絶望で俺達を測るんじゃねえと叫ぶ者が居なければ片手落ちだろう?
ちっぽけな人間では到底力では及ばない、だが心の刃はきっと届く。
超越者は胸に突き立てられたその刃に何かを想い手を引く――実に王道なシチュエーションだと思わないか?
俺がダンテに求めた役割、それは振り上げた拳の下ろし所だ。
単にフィクトスをシバいて帰るのでは芸がないだろう?
折角、大舞台を整えたのだ。〆もドラマチックにやりたいじゃないか。
だからこそ俺はダンテを作ったのだが……蓋を開けてみればどうだ?
ダンテは見事、求められた役をこなしてくれた。
あの時、奴が切った啖呵は嘘偽りのないものだった。
人の世界に紛れた事で見つかった輝きが、言葉を紡がせたのだ。
「(誰かに別の役割を期待しても良いだなんて言ってたが……)」
正直、そんな人間は現れないとハナから決めつけていた。
だが、俺の浅薄な予想はあっさりと裏切られた。
ザイン・ジーバス、ロッド・レオーネ、彼らもまた舞台に上がって来たのだ。
籠めた想いに嘘はなくても、筋書きを知っていたダンテとは違う。
あの二人は混じりっ気のない純粋な輝きを示してのけたのだ。
「(……ちょーたのしかった)」
愉しかった、本当に本当に愉しかった。
相手が居てこそのロールプレイだと改めて実感したよ。感謝の言葉しかない。
「(強者のお約束台詞である”興が殺がれた”も言えたし……これで後十年は戦えるぜ)」
や、何と戦えば良いのかは分からないけどさ。地球連邦かな?
「(ああでも、これからどうするかなー)」
師匠からの宿題は果たしたし、俺の存在も世界に知らしめる事が出来た。
当初のプランは総て達成された訳だ。
だが俺は達成した後の事を考えていなかった。
「(そうだよ、これからどうすりゃ良いんだ俺……?)」
強いて挙げるならエレイシアロールに欠かせない未来ちゃんポジションの誰かだが……。
そう都合良くそんな存在が現れるとは思えない。
よしんば、ぐう聖の誰かが現れたとしても……そこからどうしよう?
ゲームのように絶体絶命の危機が都合良く訪れるとも思えないし、物語のような人生を送る可能性も低いのでは?
「(俺が物語を――レールを敷く?)」
無理無理無理!
今日の一件だって、ぶっちゃけ上手い事流れに便乗しただけのようなものだぞ。
行き当たりばったりのフンワリとした計画しか立てられない奴がGMなんて向いてない。
そんな奴がGMしたら粗だらけで目も当てられんシナリオになってしまうもの。
「(それに……なあ?)」
よしんば納得の行く筋書きを用意出来たとしても……何か違うんだよな。
あらかじめ用意されたレールの上を走って、想定通りの場所に辿り着く。
それは未来ちゃんのポジションに収まるような子にはきっと似合わない。
一から十まで手の平の上で踊ってるような子じゃ、面白くも何ともないだろう。
「(そう、今回のザインやロッドのような……)」
俺の想定にはなかった二人だ。
良いキャラだとは思っていても主役にはなり得ない。
そんな存在が俺の想定を飛び越えて真っ直ぐな輝きをぶつけて来たからこそ、俺は愉しめたのだ。
これが主役を張るに相応しい者ならばもっと――――
「(ん?)」
こちらに向かって来る気配を感じる、シンちゃんだ。
「家の中で待っていろと言ったはずだが?」
振り返る事もなく語り掛ける。
背後でビクリと身体を震わせる気配を感じたけど……別に怒ってる訳じゃないよ?
家の中に居ろって言ったのは雨降ってるからだし。
「ご、ごめんなさい……あの、その……」
まあ、シンちゃんがやって来た理由にも察しはつく。
雨の中、何時間もじーっと立ち尽くしてる俺を心配してくれたのだ。
ポチが一緒じゃないのは雨というものに対する認識の違いだろう。
多分、何でシンちゃんが俺を心配しているのかも分かっていないんじゃないかな。
「まあ良い、戻るぞ」
名残惜しさは尽きないが……丁度良いと言えば丁度良い。
シンちゃんが様子を見に来なければ何時までも立ち尽くしていただろうしな。
「あ、はい!!」
シンちゃんを伴って屋敷の中に戻る。
勿論屋内に入る際は自分とシンちゃんの雨に濡れた身体や服は何とかした。
魔法を使えばちょちょいのジョイやでってなもんよ。
これが俺だけならば全裸かましてたんだが……流石にね、人目があるとね。
見られて喜ぶ癖もないし、シンちゃんが真似でもしたら大変だからな。
「(ただでさえお淑やかって言葉からは程遠いんだし)」
なのに全裸と言うスタイルまで身に着けてしまったら目も当てられない。
いや、それ以前にやべえ事になってるだろと言われればその通りなんだけどさ。
「ノクティス、私にも紅茶を」
「ナーブ」
リビングに入るとポチがソファーの上にちょこんと座ってクッキーを貪っていた。
どうやら家探しなどはしなかったらしい。
見られて困るものはないが、見ると見た側がやばい事になる代物はあるんだよな。
「ねえマスター、聞きそびれてたんだけどここって何処?」
対面のソファーに深く背を預け行儀悪く紅茶を啜っているとそんな質問が飛んで来た。
「人の世と人ならざる者が眠る世界、そのどちらにも属さない次元の狭間だ」
「前に僕と戦ったのとはまた違う場所?」
「ああ、あそこは我が師と同胞が合作で編み上げた場所だが此処は師が単独で拓いた場所よ」
終末を記憶したあの世界は実に便利だ。
世界自体の強度もそうだが、絵的に映えるんだよね。特に今回のようなシチュエーションの場合はさ。
若干のトラウマで嵐は封印してあるものの”終わり”をより強調するのであれば封印を解いても良い。
「へー、始原の魔女って凄いんだねー」
感心したように何度も頷くポチ。
強大な力を秘めているとは言え破壊特化だからな、この子は。
曖昧な次元を区切って中身を弄り回すなんて器用な真似は出来まいよ。
「マスターも始原の魔女なんだよね? 同じような事出来るの?」
キラキラとした眼差し。
こうしていると本当にただの子供のようだ。
あ、それはそうと言い忘れてたんだけどさ。
ポチ、中途半端に力が解放されたあの状態のビジュアル中々良かったぜ。
こう、継ぎ接ぎ感がたまんない。男のロマンだわ。
心の中でポチに賞賛を送りつつ、疑問に対する答えと訂正を口にする。
「出来る――と言うか既に幾つかある。そして私は始原の魔女ではない」
始原の魔女は文字通り、始まりの魔女だ。
同等の力を備えているが俺はその後に続く魔女。始まりにはなり得ない。
「始原の魔女の後継者、もしくは真なる魔女だ」
自分で名乗るのはアレだけどな。
勘違いをされては困るから訂正を口にしたが、こう言うのは他人に呼ばれるから良いんだ。
「(よく分かってないって顔だなポチ)」
そしてシンちゃんの方は……何時もより饒舌な俺が気になってるらしい。
まあ、普段なら素っ気なく話を切り上げていそうなものだからな。
俺も敢えて口数を多くしている、そうする事で心が本調子ではないと示しているのだ。
「……」
気遣わしげな顔だ。
俺は普段からロールプレイの一環として失望と諦観に起因する倦怠感を纏っている。
だが、今日見せたそれは普段の比ではない。
明らかに己の感情を制御出来ていないように見せ掛けていたからな。
シンちゃんとしても心配でしょうがないのだろう。
「どうした?」
「え! あ、えっと……その……」
あたふたとするシンちゃんに心が和む。
でもこの子、ヤンデレ気質なんだよな。
そうじゃないかとは思っていたがロッド相手に切った啖呵を聞くに愛が重過ぎる。
「(あたしの命はルークス様のものだ! ……か)」
殆ど告白みたいな宣言だ。
シンちゃんは本当に、俺が言えば何でも喜んで受け入れるだろう。
抱かせろと言えば純潔を捧げ。
死ねと言えば命を捧げ。
何もかもを捧げ尽くして、何の後悔もないまま……むしろ幸福と共にあの子は零になる。
「(うーん、愛が重い)」
「し、始原の魔女って……真なる魔女って何なんですか?」
少し悩んでいたようだが、とりあえず話題に乗っかる事にしたようだ。
しかしふむ、真なる魔女とは何か……ねえ。
その始まりや、担うべき役割、何を成して来たのか、語れる事は幾らでもある。
だがそれらを語ったところで面白くも何ともない。
「(何時もより口数を多くしているとは言え、流石にな)」
説明を始めると一日二日じゃ終わんねーよ。
それに、知っても意味のない事……いや、知るべきではない事だ。
その始まりも、担うべき役割も――真実を知るは最後の魔女たる俺だけで良い。
だからそう、一言だ。一言でその本質を説明しつつ二の句を継がせないようにしなければ。
「……」
顎に手を当て思案顔を作る。
聞いてはいけない事だったのかと顔を青くしているようだけど、大丈夫。
良い感じの台詞が思い付かないだけ……いや、あったな。
「そうだな、強いて言うのであれば」
皮肉げなそれではなく、枯れ切った薄笑いを顔に貼り付ける。
「――――度し難い愚か者だよ」




