第八話(裏)くっ、殺せ!
くっ、殺せ! 虜囚の辱めを受け尊厳を奪われるぐらいならば私は死を選ぶ!!
「(なーんてシチュエーションなのにだーれも来やしねえ)」
折角、ロールプレイの上に別のロールプレイおっ被せるチャンスだってのによ。
今の俺見てみろよ。
アーティファクトらしき鎖で全身を縛り付けられて……ほら、胸とかすっごい強調されてる。
シンちゃんもお気に入りのビッグバストが三割増しでエロくなってんぞ。
その上手枷つけられて吊るし上げられてるとかもうこれ完全にエロゲシチュじゃん。
「(どいつもコイツもタマついてんのか? ああん?)」
牢獄の中によー、こんな別嬪さんがあられもない格好で緊縛されてるんだぞ。
略奪上等の国家に属する兵隊なら空気読めよ。
王都の監獄に護送されるまでの間、意識失った振りしてたけど誰も俺んとこ来なかったぞ。
見張りは居たけどゴジラ見るような目してたもの。気の毒なぐらい怯えてたもの。
スペルビアの国民として恥ずかしくないの? 傲慢さが売りなんでしょ? ただでさえ暇なんだから俺と遊んでくれよ。
「(折角開発した俺に不埒な事をしようとするとチンコが根元から腐って落ちる魔法が無駄になったじゃん)」
ショタ、少年、中年、老人(執事系がマーべラス)。
老若問わずイケメンは好きだ。乙女ゲーやるぐらいだしな。
男に好意を抱かれたり……まー……キスぐらいなら平気だ。
とは言え流石にエロい事かませる程、どっぷり腐っている訳でもない。今でも中身男のつもりだし。
なのでいざと言う時に備えて対人魔法を更に局所的に鋭敏化させた対チン魔法を開発したのだが、出番が無いまま終わりそうだ。
「(何せ、護送中とは違って見張りすら居ないし)」
王都が誇る難攻不落の大監獄。
その中でも更に堅牢無比な最下層に繋いだから逃げられる心配はない――と思っているのだろう。
「(スペルビア軍に襲撃仕掛けた時に設定したレベル的にはその認識も間違いではないんだけどな)」
それでも油断し過ぎと言うか何と言うか。
「(全滅させてた方が良かったかな?)」
いや、それはそれで駄目か。
目論み通りに事を進めるのであればあのぐらいが一番丁度良いだろう。
実際、思惑通りにフィクトスがやる気になってくれて望み通りの舞台が整えられようとしているし。
スペルビアだけでなく他所の国の重鎮も見守る中で力を示す、これで俺の当初の目的は達成される。
色々紆余曲折はあったが、中々に感慨深いものがあるな。
「(感慨と言えば――どうとも思わなかったな)」
シンちゃんの時は間接的で、直接手を下した訳ではない。
だが今回は違う。
万単位で人を……それも自らの意思で殺したと言うのに驚く程に落ち着いている。
罪悪感も無ければ達成感もない、ただ目的のために殺したのだと言う認識しか存在しない。
「(以前覚えた違和感は間違ってなかったと言う訳か)」
俺自身は、俺として変わらず続いていると認識していたがそれは誤りのようだ。
やはりどこかしら、何かしら変わっている。
それを具体的に把握は出来ていないが……別に問題は無いだろう。
今のところ何か支障が出てる訳でもないし。
「(っと――誰か来たようだな)」
コッツ、コッツと薄暗い牢獄に靴音が響き渡る。
靴音は俺が入れられている牢の前で止まった。
シチュエーションに合わせるため俯かせていた顔を上げれば――――
「(ぶふぉ! サリーちゃんのパパかよ!?)……貴様は?」
偉く豪奢な軍服に身を包んだ厳めしいダンディが一人、ランプを片手にこちらを窺っている。
その容姿はパパそっくりで、正直噴き出しそうになった。
「スペルビアの鬼将、リオン・オールディスとは儂の事よ」
「(いや知らんけど……ああでも、どっかで見た覚えあると思ったら……)」
将軍だ。
フィクトスにヘコヘコしてた将軍様。
モブの顔なんて一々記憶してなかったから直ぐに思い出せなかったよ。
あの時は他の事に夢中でその髭がツボる事もなかったから印象薄かったんだよな。
「して、そのリオンとやらが何用だ?」
などと問い返すが、用件は分かっている。
「貴様に一つ、取引を持ち掛けに来た」
「……スペルビアの下僕になれとでも?」
「ハ! 随分思い上がった事を言うな小娘。フィクトス様が居らねば……まあ、それも考えてやっても良かったがな」
「では何だ? 取引と言うぐらいだから処刑の日程でもあるまいし」
「フン、生意気な小娘よな」
不愉快そうに鼻を鳴らす態度がどうにも癪に障る。
俺からすればお前は生意気な小僧なんだよ。
公開処刑の時に小便どころか大便漏らす勢いでビビらせてやるから覚悟しとけ。
「貴様の処刑は免れぬ。当然だ、誉れ高きスペルビアの精鋭に対する蛮行は千の死を以ってしても償えぬ」
「ッハハハハハハ! 精鋭! 精鋭と言ったか!? 藁のように死んでいったあの者らが!!」
「貴様……!」
「スペルビアの力もたかが知れているな。ああいやすまない、別に買い被っていた訳でもないのだが」
お前の言を聞いてついつい嗤ってしまったよ。
そう付け加えてやると、ただでさえ不機嫌な顔が更に悪くなってしまう。
可哀想になぁ、顔面偏差値が高ければそんな表情でも絵になるだろうに。
「クッ……! ま、まあ良い。話を戻すぞ。貴様は死を免れぬが、その死を選ぶ事は出来る」
「ほう? 貴様らの事だ。公衆の面前で私を辱めとことんまで尊厳を貶めた後に首でも刎ねるのかと思っていたが」
「ああ、それも選択肢の一つだ。しかし、我らは寛容だ。そして、力持つ者には敬意を払う」
つーか前置き長い。
俺が勿体ぶって話すのは良いよ? だってちゃんと絵になるから。
中身オッサンでも外見は絶世の美女だからな。
ペラペラ長話垂れるだけでも美女ならば絵になるが内外共にオッサンがベラベラ長話しても鬱陶しいだけ。
「小娘、貴様も端くれとは言え魔道の徒。ゆえ、それに見合った最期をくれてやろうと思ってな」
「と言うと?」
「貴様も知っておろう。我が国におわす、最高にして最強の魔女。
そう、あの始原の魔女の弟子にして後継者――フィクトス様を知らぬ訳があるまい」
「……ああ、そうだな。無論、知っているとも」
ようやっと本題だ。
つか、確認のために覗き見してたから用件知ってるんだよ。
早く済ませてくれ。
さっきまでは一人ぼっちで暇だったけどオッサンが来ても楽しくない。
なので話を円滑にするためにもこちらからアシストを出そう。
「どうせ死ぬなら魔女殿と戦って死にたいものだ。何せ相手は世界で唯一、魔道の最高峰まで上り詰めた者。
力及ばずとも己の総てをぶつけ、全力を引き出せずともその力の一端に触れて死にたい。
私だけではない、果てなき魔道を歩む者は皆そう思っているだろう……まさか!」
今気付いたかのように表情を崩す。
これまでの不遜な態度から期待を露わにするような顔に。
リオンは恐れ戦いて欲しかったのか、不満そうな顔をしていたが直ぐにニヤリと嗤った。
本来の目的を考えれば好都合だ、と。
「その通りだ。貴様の如き大罪人にとっては身に余る光栄であろう」
「……だが、私如きのために魔女殿が動いてくれるのか?」
「クク……フィクトス殿と違い、本当に魔道の才しかないのだな」
フィクトスが動く意味も察せない俺を嘲笑っているのだろう。
だが、笑いたいのは俺の方である。
寸分違わず目論み通りに動いてくれているのだから。
「どう言う意味だ?」
「何でもない。ああ、貴様の才はフィクトス殿も高く買っておるのだ。
死が避けられぬのであればせめて先達として、魔道の真髄に触れさせてやりたいと慈悲をおかけくださった。感謝しろよ」
「無論だ。それより何時だ? 何時魔女殿と……!」
「そう焦るでない。貴様も先の戦いで消耗しておろう。一週間、一週間時間をくれてやる」
「む……一週間か……長いな……だが魔女殿に無様は見せられん」
我ながら心にもない事を言っている。
エレイシアもこんな気分だったんだろうか?
「(昔の、何も知らない純朴な村娘だった時分の己に成り切って未来ちゃんに近付いていたものな)」
初めてプレイした時は面影もあるしエレイシアの縁者か? と思ったがまさかの本人。
エレイシアも今の俺のように微妙な気分を味わっていたのだと思うと変な笑いが出そうだ。
あそこら辺、エレイシア視点でスピンオフ出してもらいたかったが……俺の死後に出てたりするのかな?
「その通り。精々無様を晒さぬよう英気を養っておくのだな」
ハン! と嘲笑を浮かべ、リオンは去って行った。
「(はぁー……ようやくだ。ようやっと本格的にエレイシアを始められる)」
一週間後、俺の存在は全世界に畏怖と共に知れ渡るだろう。
これでようやっと設定的にエレイシアに並ぶ事が出来る。
「(魔女としての責務も果たせるしで一石二鳥だわ)」
まあ比率としては魔女としての責務を果たす方が上なのだが。
この茶番についてもエレイシアより”魔女の掟”を遵守する上で効率的なやり方だと思うし。
「(やっぱ師匠の存在はデケェや)」
だがそれはそれとして、一週間が途轍もなく長く感じてしまうな。
遠足や修学旅行を楽しみにする学生のように気が逸ってしまう。
我が事ながら良い歳してんだし落ち着けよと思わなくもない。
「(これから一週間、どうやって時間を……ああそうだ! 良い暇潰しあるじゃん)」
王都に来た事で思い出した。
アフターフォローのためにと途中までは見守っていたが何やかんやと丸く収まったのでそこからは彼らを見ていなかった。
「(ザイン&リーンの師弟コンビ!!)」
詰所で師弟関係が結ばれた事で俺のフォローは必要無いと判断した。
次会う時までのお楽しみにと見るのを止めていたが……ちょっとだけ……ちょっとだけ。
つまみ食いをするようなノリで遠見を発動させてみると、
『……ザインさん、趣味悪いですよ』
どこかの御屋敷だろうか?
そこの客間にリーンくん、ザイン、そしてエロいお姉さんギャビーが居た。
『そうねえ。ちょっと前のあなたなら無関心だったでしょうし今のあなたにしてもそう。
嫌いでしょ? こう言うの。何だって例の公開処刑のチケットを欲しがるのよ。それも大枚をはたいてまでも』
どうやら公開処刑の話はかなり広まっているらしい。
まあ、魔女の力を内外に示す目的だから当然と言えば当然だが。
『……るっせえな。それで、どうなんだ?』
『そりゃ、私の伝手なら一番良い席取る事も出来るわよ? でも、理由が知りたいわね』
相手が俺だと言う事を知らされているのならばザインとしては来ざるを得まい。
だが、あの日出会った俺とスペルビア軍を壊滅させた俺とでは繋がらないだろう。
捕らえられると言うのもおかしいし、スペルビア軍に生き残りがいると言うのも不自然だ。
『……』
『何? 人に話せないような理由なの?』
『いや、そうじゃねえよ……ただ、理由って程明確なもんでもなくてな……』
実際、ザインも俺がフィクトスの相手だとは思っていないようだ。
ならば何故なのか。リーンくんやギャビーも気になっているようだが俺も気になる。
更生した彼が趣味の悪い見世物を見たがる理由は何なのか。
『……予感がするんだよ』
何か主人公みてえな事言ってんぞ。
『予感、ですか?』
『ああ、良いものか悪いものかも判別がつかねえが……第六感が囁くのさ。公開処刑を見に行けってな』
成る程、確かにそんなあやふやな説明はし難いな。
予感なんて曖昧なもの、理由にさえなりやしない。
「(だが……ふむ……十中八九俺の事だろうな)」
一度会っただけ。
だが、存外ザインと俺の間には強い縁が結ばれているのかもしれない。
無粋なので確認はしないが……たった一度の出会いで縁が結ばれたのか。
いや、袖摺り合うだけでも縁が結ばれると言うし、一度の邂逅でも意識の変遷が起きる程ならそれも当然か。
『何も無かったら直ぐに帰るつもりだ。国の茶番に付き合う程、俺も暇じゃねえし』
わしゃわしゃと隣に座るリーンを撫でるザインの顔はまるで父親のそれだ。
……もし、この光景をシンちゃんが見たらどう思うのか。
自分の思い通りに弟が破滅への道を辿っていない事を知って怒り狂うのか。
或いは有象無象のそれと変わらずどうでも良いと思ってしまうのか。
「(シンちゃんも温かいものに触れて多少は変わってるみたいだが……)」
根っこの部分にある憤怒に陰りはないからな。
どう転ぶのか俺にも予想が出来ない。
一つ、分かる事があるとすればどんな姉であってもリーンくんは手を伸ばし続けるだろうと言う事ぐらいか。
『はぁ、分かったわ。一等席が取れるよう手配しましょう』
『すまねえな。金だけは腐る程あるからよ、幾らでも払うぜ』
『良いわよ、お金なんて。特別裕福と言う訳でもないけれどお金には困っていないもの』
『いや、流石にそれは……』
『なら借り一つ。それで良くって?』
『……お前相手に借りかよ。高くつきそうだ』
『あら、嫌なら別に良いわよ? タダで恵んであげるわ』
『俺がどう答えるか分かってて言ってんだろ? 性格の悪い女だぜ』
『そう言うあなたは女々しい男ね』
何だろう、この距離感。すっごく良い。
腐る前のザインも知ってるようだし、昔は甘酸っぱいキャッキャウフフがあったりしたのだろうか?
恋愛なんて画面の中でしかやった事ないからな、すっごく気になる。
「(こ、この後二人っきりになったりしねえかなぁ……?)」