第七話(裏)やっぱつれぇわ……
数年は動きが無いと思っていたシンケールス侵攻計画が再開した。
その報告をダンテから聞いた際は正直、喜びよりも戸惑いが勝ったものだ。
スペルビアがそう言うお国柄だとは分かっている。
しかし、人間からすれば終末級と位置付られるポチの出現は不可避の災厄だろう。
”竜が来たのはたまたま、もう大丈夫”、或いは”自分達は特別な人間だから竜に害されなかった”。
などと囀るのは傲慢を通り越して白痴と言わざるを得ない。
喉元過ぎれば熱さ忘れるとは言うけれどまだ一年も経っていないのに驕り昂れるものだろうか?
流石におかしいと思ったものの終盾騎士団十三小隊隊長に任命されたとは言えダンテは下っ端も下っ端。
再開についての仔細は知らないようだった。
なので調べてみると、答えはあっさり見つかった。
とりあえずスペルビアの首脳部は白痴ではなかったらしい。
結論から言おう、出兵計画を再開させたのは偽りの魔女フィクトスだ。
「(ホント、あれこれ思い付くもんだね。力はともかく頭は俺より良いんじゃねえの?)」
再開の理由はポチの襲来に端を発する国防計画に関わるものだ。
従来の国防計画でもまだ不安だったのか、フィクトスは新たな魔法を開発した。
竜に特化したデバフ――中々に良い出来だと思う。
仮に想定通りの出力であの魔法がポチに降り掛かれば二割は力を減らせるだろう。
だがそもそも発動の時点で手いっぱい、ポチに効果を与えようものなら魔力がまるで足りない。
国中の冒険者を動員すれば何とかなるかもしれないが、彼らには他にも使い道がある。
――――だからこその人柱。
フィクトスは人間を燃料にする事を思い付いたのだ。
とは言えスペルビア内で服役中の犯罪者だけではまるで数が足りない。
では何の底辺の人間を使うか? それも否。道徳と言う観点からではない。
被差別層と言うのは存在するだけで国の安定を担っている。
見下せる誰か、虐げても良い誰か、そう言う層を意図的に作る事で上への不満を散らす事が出来るのだ。
ならばどうしよう?
「(自国が駄目なら他国から連れて来れば良いじゃない……か)」
スペルビアとシンケールスの国力差は圧倒的だ。
局所的な戦場全てで奇跡が乱発されるぐらいでなければ追い返す事さえ出来やしない。
スペルビアにはそれだけ余裕があるのだ。
流石に全国民――兵も含めて全て生け捕りにとはいかないが人間狩りは容易だろう。
「(少なく見積もっても例の魔法を発動させるには十分な数を得られるだろうな)」
シンケールスの人間からすれば堪ったものではないだろう。
人柱――ただ殺されるだけならまだマシだが、フィクトスは更に工夫を凝らしている。
単純に人間を搾りかすにするのではなく、怨念と言う負のエネルギーを集めようとしている。
拷問、凌辱、思い付く限りの方法でシンケールスの人間は尊厳を踏み躙られる事だろう。
トコトンまで絶望させてから殺す、そうする事でデバフと言う性質によく馴染むエネルギーを抽出しようと言うのだ。
亡者の怨念、その本質は”足引き”だ。
自分はこんな目に遭ったのにどうしてお前は。
生きているお前が憎い、幸せそうなお前が憎い。
お前も不幸になれ、お前も死んでしまえ。
亡者はそうして生者の足を引くのだ。それの本質はデバフを発動させるエネルギーとしては最上に近い。
更に言えば亡者の怨念は貯めておくと言う観点からも非常に優秀だ。
「(減らないどころか勝手に増大していくからな)」
フィクトスは抽出した怨念をプールするつもりだ。
プールされた怨念はどうなる? ますます恨み辛みを募らせて膨れ上がるのだ。
貯め過ぎれば危険だがフィクトスは狡猾だ。
ポチ用の魔法以外でも怨念を使える術式を幾つか開発し定期的に吐き出させる環境を整えている。
善悪を度外視すれば一片の無駄もない、実に効率的なやり方だ。
「(行き当たりばったりの俺とはまるで違うな)」
思考の海から回帰しカップを傾ける。
少し前までは熱かったのだが、紅茶はすっかり冷めてしまっていた。
「テメェ! コラァ! ポチィ!? あたしに動きを合わせろって言ってんだろ糞が!!」
「はぁ!? 何で竜の頂点たるこの僕が君なんかに合わせなきゃいけないのさ!?」
いやぁ、食事も睡眠もロクに出来ていないのに元気だねこの子達。
庭の片隅で俺の作成した怪人相手にバチバチやっているシンちゃんらを見て若さと言うものを実感する。
「(いや、ポチは俺より年上だけどさ)」
地底湖での一件があったその夜、二人は俺に頼み事をしてきた。
自分達がどこまで強くなったかの確認、並びにもっと強くなれるよう直接指導をして欲しいと頭を下げたのだ。
だが前者はともかく後者はどうにも……ね。
以前にも言ったが俺に指導者としての資質は皆無である。
なので苦肉の策として”敵”を用意してやる事で妥協させた。
確認用の敵を一体、更なるステップアップを目指すための敵を段階ごとに十体。
「(技術や連携、培った経験、機転があればクリア出来るようにしてあるが……)」
六段階目の敵で躓いている真っ最中だ。
シンちゃんの制限は全部取り払い、ポチはシンちゃんと同程度まで解除してある。
流石にポチの全力に耐え得る相手となると、シンちゃんではまだまだ不足だからな。
「お前が囮になって隙作るんだよオラァ!」
「嫌だ! トドメを刺すのは僕だ! お前が囮やれ!!」
うーん、この足並みの揃わなさ。
冒険者としての日々とは一体何だったのか。
この状態から憎まれ口を叩きながらも戦闘では息ピッタリ! みたいになるのが理想なのだろう。
しかし、まだまだ情操的に未熟な二人には難しいようだ。
「ノクティス、片付けを頼むぞ」
もうしばらく凸凹コンビを眺めていたいが、そろそろ俺も動かないとな。
「ニャア」
近寄って来ていたノクティスが軽く俺の足に頬ずりをし、小さく鳴いた。
(可愛過ぎて)やっぱつれぇわ……。
「がぁ!? あ、る、ルークス様……!?」
「うぉお!? ど、何処か行くのぉおおおおおお!?」
全方向から繰り出される刃の檻を潜り抜けながらのリアクションである。
何だよ……結構余裕あるんじゃねえか……。
俺は止まんねえからよ。
俺がロールプレイを止めない限り勘違いの輪は延々と広がって行く。
だからよ、止まるんじゃねえぞ……。
「(ってのはともかくとしてだ)」
ある意味でこの子達にも関わりがあるだろうし、一応確認はしてみるか。
「貴様らも来るか?」
「「はい!!」」
貴様らには関係の無い事だと言われれば大人しく戦いをしていたのだろう。
だが確認されたのだから来ても良いと言う事。
強くなる事よりも俺の傍にって事なのだろうが……シンちゃんはともかくポチお前それで良いのか。
「では行くぞ」
毎度お馴染み指パッチンでボロボロの二人を回復させる。
空腹や眠気、疲労の解消、服も新品同然に戻った。
ついでに枷も嵌め直したし、これで外を出歩いても問題はなかろう。
「…………何か人居ませんね」
二人を伴って外に出た俺達の前に広がっていたのは誰も閑散とした街並み。
文字通り人っ子一人もいないゴーストタウン状態だ。
俺よりもこの街に馴染んでいた二人からすれば信じられない光景なのだろう。
困惑を隠そうともせずキョロキョロと周囲を見渡している。
「皆、避難したからな」
「避難って……何かあったの?」
「戦争だよ」
総勢二十万のスペルビア軍が侵攻して来ているのだ。
その数を見ればスペルビアの本気具合が窺えると言うもの。
国境付近の一般人は皆、安全な首都に向かっている真っ最中だ。
そしてそんな彼らが逃げる時間を稼ぐためにと自らの意思で残った正規の軍人と義勇兵が最前線になるであろう砦に籠っている。
絶望的な状況、しかしその士気は高い。
お国柄だろう、正しい事のためならその命を燃やし尽くしても後悔が無いと言うのは。
「「……」」
複雑そうな表情をする二人を見れば分かる。
この街で過ごした時間は決して無駄ではなかったのだと。
だからこそ俺は二人が口を開くよりも早くに転移を発動させた。
「何者だ!?」
「スペルビアの魔法兵か……!」
「だが単騎で乗り込んで来るとは良い度――――」
転移先は最前線に築かれた砦の中。
突如出現した俺に一瞬時間が止まるも、直ぐに警戒も露わに俺を取り囲んだ。
「黙れ」
そんな彼らを見下すように一言。
言葉は力を持つ。
それが魔女のような規格外の存在から発せられたものであれば抗う術は無い。
普段は意図して力をかき消しているが今回は別だ。
まあ、力を発露していると言っても彼らの常識の範疇に抑えてはあるのだが。
「貴様らに用は無い」
ぐるりと砦の内部を見渡し、目的の人物を発見する。
仲間達を止めようと腰を上げかけた体勢のまま固まっているロッドだ。
「久しぶり、と言う程でもないか」
「る、ルークスさん……? な、何故此処に……」
ロッドは中途半端な体勢のまま困惑顔を晒す。
とりあえず立つか座るかハッキリした方が良いと思うのだが。
「それは私の台詞だ。貴様、何故此処に居る?」
嘲りの色を声に乗せて言葉を紡ぐ。
「相対する敵は二十万、迎え撃つ貴様らは二千にも満たぬ小勢」
子供でも分かるだろう、勝ち負けは明白。
どれだけ粘っても物量差で押し潰されるのが関の山だ。
足止め出来ても数日、更に言えばその足止めも全軍と言う訳ではない。
真っ当な指揮官ならば幾らか手勢を残して、そのまま進軍するに決まっている。
潰すだけなら二万もあれば十分、彼らも捕縛すると言うのなら四万五万居れば十分。
「大した成果も挙げられぬまま果つるが定めの死地に何故留まる?」
「……」
「貴様、元はこの国の人間ではなかろう? 付き合う義理もあるまいて」
「そ、そうだよオッサン! 馬鹿な事は止めとけって!!」
「負けるのが分かっていて戦うのは馬鹿のする事だよ?」
子供達が俺に追従する。
この二人は砦に居る全員ではなくロッドのみを案じているのだろうが……それでも十分だ。
十分なアシストだし、十分な成長である。
「貴様には借りがあったな」
ロッドが望むのならば今からでも安全な場所に飛ばしてやっても構わない。
そう提案してみるが、返って来たのは予想通りの答えだった。
「……折角だけど、遠慮しておくよ。そりゃあ、オジサンはこの国の生まれじゃあない。
だが、この国とそこに住まう善き隣人を愛する気持ちに嘘は無いからねえ」
例え全軍を足止め出来なくたって少しでも数を減らせばそれだけ避難する人々に及ぶ危険が減る。
例え待っているのが確実な死だとしても自分のやるべき事、やりたい事を貫いたのならその死は決して無意味ではない。
そんな言葉にはしない強い意思がこの砦全体から感じられる。
シンちゃんの叫び一つで掻き消されてしまうような儚いもの、だがそこに宿る輝きは確かな真実だ。
「オジサンだけじゃない、此処に居る全員が同じ気持ちさ。だからまあ、気遣いはありがたいけど……」
「良かろう」
「え?」
「言ったであろう? 貴様には借りがあったと」
軽く地面を蹴って砦の壁上に飛び上がる。
中々の眺めだ、長閑な自然が広がる光景は心を穏やかにしてくれる。
これで十数キロ先に無粋な連中が群れを成していなければもっと良いものが見れたはずだ。
「ルークス様、枷を外して頂ければあたしがやりますけど……」
俺の後を追って来たシンちゃんが少し躊躇いがちにそう提案する。
俺の手を煩わせるまでもない。
それが主な理由だが、心の何処かに――いや、それは置いておこう。
「君なんて剣を振るだけでしょ? 僕の方が直ぐに片付けられるよマスター」
ああ、それはそれで面白そうだ。
ポチへの対策のために侵略して来てるのにそのポチが迎え撃つとか最高の皮肉である。
だが生憎と、このステージを譲るつもりはない。
「構わぬ。少しばかり戯れを思い付いたのでな」
「戯れ、ですか?」
「”アレ”は些か図に乗り過ぎた。私も責務を果たさねばならぬ」
俺の個人的な欲求に基づく事情もあるが責務を、と言うのも嘘ではない。
「とは言え阿呆相手に真面目にやるのも馬鹿らしいからな。遊びでも織り交ぜねばやってられぬわ」
はてな顔の子供達を無視しフワリと浮かび上がる。
「しばし留守にする。後の事はノクティスに任せるゆえ、何かあればあ奴を頼れ」
返事も待たず飛翔を始める。
瞬きする間もなく詰められる距離だが、それでは面白くない。
余人でも”認識出来る程度”の力を発露しながら、ゆっくりゆっくりと近付いて行くのが大切だ。
「な、何だこの魔力は……!?」
「空だ! 空を見ろ!!」
「女……こ、これは……敵か!? だとすれば……!」
「あんなもの魔女様ぐらいしか太刀打ち出来ぬぞ!!」
良い反応だ、諸君。
耳に届く兵士らの声に口元を歪ませ、彼らの上空へと躍り出る。
そして片手を天に突き出し数キロにも及ぶ巨大魔法陣を空に形成。
ハッキリ言うとこれに意味は無い。
従軍している魔法使い達は読み取れる内容を見て顔を青くしているが、これは見栄え重視の演出でしかない。
”見栄えだけは良い小手先の魔法モドキ”
師匠が言うところのそれだ。
あの時は六百年早いと叱り飛ばされたが、既にその月日は流れ去った。
であれば何も問題は無い。無意味な魔法モドキに興じたところで師匠も俺を叱りはしないだろう。
「天より注ぐは邪なる悲哀、こうべを垂れて因果を受け止めよ」
「け、結界だ! 動ける者は今直ぐ結界を張れー!!」
星光の輝きを借りて今、必殺の! スター……ってパクリだこれェ!?
「――――凶星落涙ッ!!!!」




