第六話(表)暗い森の中で
「(ったく、こんなの冒険者の仕事だろうに……)」
ドラゴンの襲来より二ヶ月、スペルビアは国防充実のため上から下まで大忙しだった。
こうして愚痴っている彼、ロニ・レオーネもその内の一人である。
三ヶ月前に騎士団に入団したロニだが本来の役目は王都の防衛だ。
だが今は国防計画の陣頭指揮を執るフィクトスの命により彼の所属する隊は素材集めの遠征に出ていた。
ロニが言うように本来の冒険者の役目で、実際に依頼も出しているがそれでも人手が足りないのだ。
「(王都の防衛に就けば楽出来るって聞いたのにさ)」
他国との国境上、或いはモンスターの動きが活発な地域であれば騎士団も忙しい。
だがロニの所属する王都の防衛を担う終盾騎士団は違う。
モンスターの動きはスペルビアで一番活発で、その質も段違いだが王都には多くの冒険者が詰めている。
モンスターの相手をする機会なんて精々、実戦訓練の時ぐらいだ。
それ以外では訓練と貴族街の警邏ぐらいしかやることがない程楽で、その癖給金は高い良いとこ尽くめの部署なのだ。
まあそんな部署だからこそ今回遠征に駆り出されたのだろうが。
とは言え団が丸ごと駆り出された訳ではない。
美味しい部署だけあって貴族の子弟らも多く所属しているので、その辺の人間は王都に残留している。
王都から放り出されたのは言い方は悪いが特権階級に属さない者ばかりだ。
「(一人で考え事してても気が滅入るし、誰かと駄弁るかな)」
だが運の悪いことにロニが所属する遠征部隊には知己が居なかった。
まだ入団して三ヶ月、そこまで交友範囲は広くないのだ。
誰か話しかけ易そうな奴は居ないかなと視線を彷徨わせ……そいつを見つけた。
「(うお! 何か柄悪い感じ……)」
アッシュブロンドの長髪を後ろで括りつけたどこか獣を想起させる男。
目つきがよろしくないせいで柄が悪いと言う印象を受けるものの、
「(ホントに柄悪いならそもそも騎士団に入れないよな)」
装備の具合を見るに恐らく自分と同じく新入りであろう。
ならば遠慮する必要はないと考え、ロニは笑みを浮かべて男に歩み寄った。
「よ! 暇か? 暇だよな? ちょっとお喋りでもしようぜ。あ、俺ロニってんだ。お前は?」
「あん? ダンテ・マルティーニだが」
「じゃあダンテって呼ぶわ。俺のこともロニって呼んでくれよ。なあダンテ、ダンテも新入りだろ? 何時入ったんだ?」
矢継ぎ早に言葉を繰り出すロニ、会話というものに餓えていたのだろう。
次々言葉を放られたダンテだが気分を害した様子もなくやや気だるげに口を開く。
「一ヶ月前」
「めっちゃ最近! じゃ俺の方が先輩じゃん♪ ロニ先輩って呼べよ! って冗談冗談。三ヶ月も一ヶ月も新入りと変わんねえよ」
「お前、お喋りだな」
「お喋りにもなるさ。ただでさえ遠征なんて面倒臭いことやらされてるのに……」
ぐるりと周囲を見渡す。
視界に映るのは木、木、木、木、木、木――つまりはまあ、森だった。
それも緑香る爽やかな感じではなく、陽の光もロクに差さない気が滅入ってしまう鬱蒼とした森だ。
滞在拠点としてこの広場の中央では明かりの火がごうごうと燃え盛っているがそれでもまだ暗い。
時間的にはまだ昼を少し過ぎたばかりなのに。
「俺ァ別に気にならねえがな」
「ああ、何となく獣っぽいし森の中のが落ち着くのか?」
「んな訳ねーだろ。酒も飲めなきゃ女も抱けねえしな」
「暢気してるな。ひょっとして”此処”の情報何も知らねえのか?」
「知らないって……何がだよ?」
ダンテがそう聞き返すとロニは得意げな顔をして喋り始めた。
「べスティア大森林、スペルビアが誇る世界で一番でかい森だ。
なあ、何でうちの国はこの森を開拓してないと思う?
戦争仕掛けてあちこちに領土広げるスペルビアが自国に手つかずの土地を遊ばせておくっておかしくねえか?」
「他所から奪った方が楽だからじゃねえか?」
森を切り拓くよりも既に開拓が成され人が住まう場所として整えられた土地を奪う方が安上がりだ。
ダンテの指摘にロニはチッチッチッ、と舌を鳴らし指を振る。
「そりゃ街を作るってんならその言い分にも一理あるさ。
実際、位置的に言えばここに街作ってもそこまで利益が上がる訳じゃねえしな。
だがそれ以外の部分。資源って意味で言えば話は変わって来る」
単純な木材もそうだが、これだけ広く深い森林だ。
隈なく探せば木材以外にも魔法資源やら何やらが見つかる可能性が高い。
だと言うのに国がそれをしていないのは何故か。
「建国から今に至るまで、何度か開拓計画が立ち上がって実際に派兵もされてんだよ」
だがその悉くに失敗している。
「森の中心に向かって進めば進むごとに出現するモンスターが強くなることが分かったんだ。
それで初めて派遣された調査隊は隊が半壊して逃げ帰る羽目になった。
じゃあ外側から木を伐採していって拠点を築きながら徐々に削り出せばどうだ?」
切り出した木も利用出来るので費用は幾らか節約出来る。
余った材木を本国へ送ればそれで儲けも出るしで良いこと尽くめだ。
「二度目の開拓計画はその方針で進められたんだが……その時、ご先祖様達は虎の尾を踏んじまった」
「もっとやべえのが見つかったのか?」
「ああ。流石にこの間王都に現れた終末クラスのドラゴンほどじゃねえが、天災クラスのモンスターが森の奥から出て来たんだ」
「出て来たってことは……」
「そう、自分から出向いて森を伐採しようとする連中を片っ端から殺し続けた。
そいつは馬鹿でけえ白い狼をした姿をしてるらしく、ヌルと名付けられたそうだ。
大規模な攻撃方法や特殊な能力こそ持ち合わせていないが単純に強く硬く速いという厄介極まる相手でな」
当時の人間は傷一つ負わせることも出来ず蹂躙されたそうだ。
数千人が動員された第二次開拓計画は失敗し、その生き残りは僅か十名ほど。
全員が殺されなかったのは森に手を出せばどうなるかを示すためだったのだろう。
「それでも時代時代の王様が軍や冒険者を動員して何度もこの森に挑んだが全て失敗に終わった」
どうだ? 怖くなっただろう? とロニがニヤニヤとダンテの横腹を小突く。
ちょっとビビらせてやろうとの腹積もりなのだろう。
「ほう……じゃあ俺らもヤバイ訳か」
ダンテは楽しげに笑うだけで期待していたリアクションは返って来なかった。
「つまんねえの」
「悪かったな。それで、どうなんだ? ヤバイのか?」
「血の気多いなぁ……まあ大丈夫だよ。全部が失敗に終わったって言っても情報だけは集められたからな」
多くの犠牲によってヌルの出現パターン――何が彼の怒りに触れるかも把握出来た。
その法則に抵触しなければヌルが出現することはない。
「今回の探索での狙いはこの森に生息している特殊なモンスターの討伐とその死体から獲れる素材だ。
冒険者も何度か同じ依頼をこなしてるしヌルが出て来ることはないだろう。
他の危険な連中もそうさ。比較的浅い場所で暮らしてるらしいからな、標的は」
ただ、浅い場所と言ってもこの広さだ。
探索だけでもかなりの日数を要することだろう。
それがロニにとっては一番の問題だった。
「こんなとこで長期滞在とかホント勘弁して欲しいぜ……」
そう思っているのは何もロニだけではない。
他の騎士らも――それこそ下っ端だけでなく指揮官クラスの人間も面倒臭さを隠そうとしていない。
「給料貰ってんだからしゃーねーだろ」
「見た目に似合わず真面目!」
「失礼な」
「つかさ、何でダンテは終盾騎士団に入ったの?」
ロニとしてはそこが疑問だった。
先ほどヌルの話を聞かされて不敵に笑っていたところを見るにダンテは間違いなく血の気が多い。
バトルジャンキーの気があるのは間違いないだろう。
だが終盾騎士団の役目は主に王都の防衛であり戦うことは皆無だ。
そんな場所にダンテがやって来たのは普通に疑問だった。
ゆえにそこら辺を深く突っ込んで訪ねてみたのだが……。
「んなもん仕事が楽で給料が良いからに決まってんだろ」
返って来たのはあんまりにも普通の理由だった。
「えー……」
「戦いたいなら休みの日にでも王都の外に繰り出せば幾らでもやれるからな。
趣味趣向も大事だが人間食わなきゃやってけねえだろ?」
「冒険者は?」
「社会的地位で言えば騎士団の方が良いじゃん」
一発ドカンと稼ぐなら冒険者も良いかもしれない。
だが社会保障やらも考え始めると安定した収入もある騎士団の方がずっと良い。
「そういうお前はどうなんだ? 冒険者を目指したりはしなかったのかよ」
「俺? まあ俺も昔は――――」
これまで吹いていた風がぴたりと止んだ。
そのことに嫌な予感を覚えるよりも早く、変事は起きた。
「うわあああぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」
少し離れた場所から悲鳴が轟く。
完全に弛緩していた騎士達の中には咄嗟のことに慌てふためくことしか出来ない者も居たがダンテは早かった。
即座に腰の剣を抜き戦闘態勢に移行したのだ。
ロニもまた混乱していたが、それでも一番近くのダンテが行動を起こしたからだろう。
混乱したまま倣うように立ち上がって剣を抜いた。
「来るぞ、気合入れろ」
「く、来るって何が!?」
「――――敵に決まってんだろ!!」
その叫びと同時に野営地を取り囲むようにモンスターの群れが雪崩れ込んで来た。
狼に似た姿を持つだけあって気配を絶つことに長けているらしい。
先ほど聞こえた悲鳴は偶然それを見つけてしまったがために殺された不運な誰かのものだろう。
「(何で、何でこんな……! 面倒だけど簡単な任務だって……!?)」
野営地は混沌の坩堝に叩き落とされていた。
統率が取れていれば退けることぐらいは出来ただろうが、指揮官からして気が緩んでいたのだ。
そんなところにこうも見事な奇襲を仕掛けられれば崩れるのは自明の理。
ダンテを始めとして戦えている者も居るには居るのだが、如何せん足手纏いが多過ぎてロクに連携も取れていない。
次々と仲間達が倒れていく光景に恐れ戦くロニ。
「に、逃げ……逃げろ! 無理だ! こんな状態じゃ無理だ!! 全員、バラバラにして的を絞らせないように逃げるんだ!!」
誰かがそう叫んだ。
その叫びを皮切りに恐慌している者たちの心が逃走一緒に染まっていく。
だが、染まり切るよりも早くに再度叫ぶ者が居た。
「逃げるなッ! 全方位から襲撃仕掛けて来たんだぞ!?
後詰が居ないとどうして言い切れる!? 各個撃破の良い的にしかならねえよ!!」
「(だ、ダンテ……)」
敵を斬り倒しながら声を張るダンテに視線を向けた途端、ロニの背後からモンスターが迫る。
だがそのモンスターもダンテの蹴りによって吹き飛ばされロニは九死に一生を得た。
「じゃあどうしろと言うんだ!? 隊長や副隊長も殺されたんだぞ!?」
誰かがそう返した。
そしてダンテはこう返す。
「――――戦うんだよ! 此処で、敵を皆殺しにする! それ以外に活路はねえッ!!
お前ら良いのか!? こんなとこで死んじまって! それで本当に良いのか!? 良かねえだろ!
畜生の餌になるために生まれて来たのか!? お前らの命の値段は銅貨一枚よりも軽いのか!?
違うだろ!? なら、立ち上がれ! 剣を取れ! 心を奮い立たせろ!!」
自身の負傷を厭うこともなく敵を振り切り、一番脆い部分の手助けに向かう。
鮮血を撒き散らしながらも剣を振るい、皆を叱咤するその姿はこの上なく頼もしいものだった。
「力を貸せ! そしたら俺が全員お前らを生きて返してやるからよォ!!」
救援に向かう際に切り裂かれ血で視界が塞がれ死角となった左方から攻撃が迫る。
ダンテも少し遅れてその殺意に気付くが完璧な対応は出来なかった。
しかし、
「う、うわぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」
悲鳴染みた雄叫びと共に駆け出していたロニが攻撃を防ぎ切る。
「お前……」
「た、戦う! 俺も! お、おおお俺は……俺達は王都を護る最後の盾だ!!
そ、そんな俺達がこの程度でやられてちゃ話にならねえ! だ、ダンテェ! お前の背中は任せろ!!」
言葉の内容は実に勇ましいもの。
だがつっかえつっかえで、それに加えて声が上ずっている。
滑稽だ、実に滑稽だ――だがその滑稽さが皆に勇気を与える。
「チンピラ隊長! どうすりゃ良い!? 俺らを生かしてくれんだろ! 指示くれよ!!」
「誰がチンピラだ! 訓練通りにやりゃ良い! 一番近くに居る奴らと死角を補い合って敵に当たれ!!
んで腕に覚えがあって精神的に余裕がある奴は俺と一緒に遊撃に就け! 大丈夫だ、お前らは戦える!!」
その指示に上下の区別なく頷き、身を寄せ合う。
ダンテは勇敢な仲間達を見渡し、誇らしげに笑った。
「行くぞテメェらぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「「「「「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」
この戦いを契機にダンテ・マルティーニは新人の身ながら異例の出世を果たすこととなった。




