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TS転生したからロールプレイを愉しむ  作者: ドスコイ
序章
11/45

第五話(表)優しい世界

「いやぁ、ここも随分寂しくなっちゃったねえ」

「……ですねえ」


 シンケールス領内、スペルビアとの国境に位置する街の冒険者ギルドで二人の男女が雑談に興じていた。

 一人は三十半ばほどの草臥れたオッサンで名はロッド。

 もう一人は二十三歳だが実年齢よりも幼く見える女性、名はフレイ。

 共にギルドの職員なのだが、仕事をしている様子はない。

 サボっている訳ではない、冒険者が少なくなってしまったせいで仕事がないのだ。


「ホント、嫌ですね。戦争って」


 フレイが深く溜め息を吐く。

 二ヶ月ほど前から、シンケールスではある噂が蔓延していた。

 それは近々スペルビアによる侵略が始まると言うものだ。

 大国と小国、ぶつかり合えばどうなるかなんて語るまでもないだろう。


 国境のこの街で活動していた冒険者らは戦火に巻き込まれては面倒だと逃げ出したのだ。


 この街で生まれ育ち冒険者になった者。

 他所から来たが根を下ろし簡単には手放せない生活基盤を築いたり愛着を持った者。

 それらの理由が無い多くの冒険者はこの街を去ってしまった。

 冒険者を生業にする人間はモンスターが居る限り、どこであろうとやり直せるからだ。


「まあでも、向こうさんも色々あったみたいだし当面は大丈夫でしょ」

「……ああ、終末クラスのドラゴンがいきなり現れたんでしたっけ?」

「そうそう」


 数年は猶予が生まれたとロッドは読んでいる。

 与えられた猶予の中で国のお偉いさんがどんな方針を示し、どう備えるか。

 その如何によってシンケールスが歴史の大海に散るかかどうかが決まるだろう。


「ケッ、どうせならそのままスペルビアを焦土にしてくれたら良かったのに」


 心底忌々しげに吐き捨てるフレイ。

 別に彼女の血の気が特別荒いと言う訳ではない。

 シンケールスで生まれ育った人間は大体こんな感じで、スペルビアと言う国を心底から嫌悪している。

 他を省みず好き勝手振舞っているスペルビアは世界の嫌われ者だが、一番嫌っているのはシンケールスの人間だろう。

 嫌いな理由を挙げていけばキリがないが、根っこの部分にあるのはただ一つ。


 ”気持ち悪い”のだ。


 どうにもスペルビアと言う国が、そこで生きる人間が自分達とは異なる”ナニカ”に見えてならない。

 どうしてそう感じるかは分からない。しかし、本能的に相容れないのだ。


「そうなりゃ抑え付けられていた他の大国が暴れ出すから、おじさんとしては勘弁かなぁ」

「まー……それはそうですけどぉ……」


 舌打ちをかますフレイにロッドは苦笑いを返すことしか出来なかった。


 ロッド・レオーネはシンケールスの出身ではない。

 スペルビアで生まれ、スペルビアで育ち、そしてスペルビアを去った人間だ。

 シンケールスに移住した当初こそ風当たりが強かったり、ロッド自身もシンケールスの空気に違和感を覚えていたが今は違う。

 フレイが過激な発言をしているのも、ロッドをすっかり受け入れてしまっているからだろう。


「でも、あの国はいっぺん天罰を受けるべきですよ。今回だって結局被害は無かった訳ですし」

「(参ったな……いや、気持ちは分かるけどね。あの国は確かに酷い……)」


 ロッドがこの国に来て驚いたことは数多いが一番は治安の良さとそれに付随する民度の高さだ。

 悪徳が罷り通り、欲望のままに好き勝手振舞う人間が大半を占めるスペルビアとは比べ物にならない。


 その例の一つがギルドにおける”指導員”の存在だ。


 仕事は駆け出し冒険者に同行し安定するまでサポートを行うこと。

 冒険者なんてものは自己責任の極み、野垂れ死んでもお前が悪いで済まされてしまうのがロッドの常識だった。

 強制ではなく選択制、希望した場合も依頼の報酬から幾らか天引きされてしまうとは言え彼の常識からすれば信じられないものだ。

 ゆえに指導員の存在を聞いた時、最初はその正気を疑ったほどである。

 だが今は少しでも人死にが減りますようにと言う優しいその制度を好んでいる。

 好んでいるからこそ自らもまた指導員の職に就いたのだ。


「最低でも首都消滅とか……ってあら、いらっしゃいませー!!」

「フレイちゃん、そんな飲食店の店員じゃないんだから……」


 カランコロンと入口のベルが鳴り扉が開かれた。

 仕事だと意気込むフレイであったが現れたのは、


「はぁ……何で僕がこんな……」

「ぐだぐだ言ってんじゃねえぞ。テメェ、それでもタマぁついてんのか?」

「(子供……?)」

「えっと、君達、どうしたのかな? お使いか何か?」


 フレイも面喰っていたが彼女は生来の子供好き。

 直ぐにニコニコ笑顔を浮かべて彼らに歩み寄った。

 威圧感を与えないようにと子供達の目線に合わされているが好印象だ。


「ちげーよ、あたしらは冒険者になりに来たんだ」

「ぼ、冒険者に……? え、えーっと……」

「年齢制限とかは特にないって聞いてるよ。早く手続きしてくんない?」

「登録料もあるぜ、ほら」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね? ロッドさん!」

「あ、ああ」


 部屋の隅まで移動し、二人は顔を寄せ合う。


「私、子供が冒険者になりに来るとか受け付け史上初めてなんですけど!

幾ら人手不足だからって子供に危ないことさせられませんよね!? 説得した方が良いですよね!?」

「それは、まあ……」


 スペルビアにおいてはそう珍しい事例でもない。

 底辺のストリートチルドレンらが現状打破を夢見てギルドの門を叩くなぞざらだ。

 まあ、その夢が叶うかどうかは別として。

 だが、治安も良く福祉にも力を入れているシンケールスにおいてはあり得ないこと。

 フレイが言うように子供が危険な仕事に就くなぞ言語道断と言うのが常識だった。


「で、でもこう言う時何て言えば良いんですかね?」


 チラリと二人を見やる。

 フレイには黒髪の少女も、銀髪の少年も、大人の言うことを簡単に聞くような手合いには思えなかった。

 受付嬢として多くの人間を見て培った観察眼ゆえだろう。


「とりあえず検査してみたらどうだい? 子供相応の能力しかないだろうし、それを理由にしてさ」

「あぁ、もう少し大人になってから……みたいなことを言えば良いんですね」

「そうそう」


 密談を終え、子供達の下へ。

 受け付けのフレイはともかくロッドの仕事はないので彼は静観の構えを取っている。


「まずはこの書類に名前を書いてくれるかな? うん……そう。シンちゃんに――ポチ!?」

「(ポチ!?)」

「マスターにつけてもらった名前に文句ある訳?」

「い、いえ……ご、ごめんね?」


 不機嫌そうにフレイを睨み付けるポチ少年。

 だが本当に不機嫌になるべきはポチと言う名前そのものではなかろうか。

 そう思ったロッドであったが、本人が気に入っているなら……とツッコミを入れたくなる衝動を必死に堪えた。


「えっと、二人共苗字は……」

「あ? んなもんねーよ」

「強いて言うならステラエ、だけど……勝手に名乗ったら怒られるかもだし……」

「ルークス様の苗字使おうとか百万年はえーんだよ!!」

「使うなんて言ってないだろクソチビ」

「(一体どう言う関係なんだこの二人は……?)」


 疑問が尽きないロッドであった。


「じゃ、じゃあ次は魔女の鏡に手を触れてくれる?」

「鏡? 黒い石板にしか見えねえんだけど」

「あはは、まあそう言う名前のアーティファクトってだけだから」


 二人が滑らかな黒いモノリスに小さな手を重ねると光の文字列が浮かび上がった。

 それは冒険者として必要な能力を可視化したもので……。


「! ろ、ロッドさん!」

「ん? 何だい何だい」

「これ、これ見てください!!」


 フレイに促され石板を覗き込むとロッドもまた驚きを露わにする。


「(これ、は……特別凄いって訳じゃあないが……)」


 駆け出し冒険者の平均値よりもそれなりに高い数値が記されていた。

 子供としては破格のもので数値だけを見るなら問題なく冒険者を始められるだろう。

 つまるところ先ほど考えた説得は難しいと言うことだ。


「……」


 フレイが困ったようにロッドを見つめる。

 どうしましょうロッドさん? そんな声なき声が聞こて来そうだ。


「(嘘を吐いて……ってのも、後味悪いしな……)」


 スペルビアに居た頃ならまだしも、今ではロッドも立派なシンケールスの国民だ。

 嘘を、それも子供相手に虚言を弄したくはなかった。


「なあおい早くしてくんね? あたしらも暇じゃねえんだからよ」

「そうそう。何? 僕らそんなに駄目だった訳?」


 かったるそうな表情の子供達。

 かなりふてぶてしいが、それでもロッド達からすれば子供には変わりなかった。


「あー……その、君達は何で冒険者になろうと思ったんだい?」


 結論の引き延ばしプラス彼らへの理解を深めるためロッドが問う。


「「強くなるため」」

「何で強くなろうと?」

「それをあんたに説明する必要あんのか?」

「それとも説明しなきゃ冒険者にはなれないの?」

「い、いやぁ……そんなことはないんだけどさぁ……アハハ」


 子供達の機嫌がますます悪くなっていく。

 ロッドにも覚えがあった。

 これぐらいの時分は、とかく大人が鬱陶しくてしょうがない。

 真っ当な説教をしたところで意味は無いだろう。


「(となると……)」


 ”指導員”としての立場を利用するしかない。

 ロッドはそう決意し、顔に愛想笑いを貼り付けた。


「フレイちゃん、二人の手続きを済ませてカードを発行しちゃってよ」

「ロッドさん!?」

「気持ちは分かるよ? でも、このまま問答を続けても多分無駄だ」


 冒険者になることを諦めたとしても、勝手に戦いを求めてモンスターの下へ向かうだろう。

 目的が金銭ならばともかく、彼らの目的は強くなるため。

 冒険者と言う立場は必ずしも必要ではないのだ。

 金も稼げるし丁度良いと言う程度の重みしかないだろう。


「さて、シンちゃん。ポチくん」

「「馴れ馴れしい」」

「……ごめん」


 何と刺々しい子供達だろう。

 だが生意気だと切り捨てるほど、ロッドもフレイも非情な人間ではなかった。


「改めて、君達が冒険者になることは認めよう」

「そりゃどーも」

「ただ、オジサン達も若い命を無駄に散らせたくはないんだ。そこで一つ提案がある」

「あ゛?」

「落ち着け駄犬。悪いなオッサン、続けてくれ」

「う、うん。えーっと、この国のギルドには指導員と言う制度があってだね?」


 ロッドが思い付いたのは指導員と言う制度を利用することだった。

 能力はあっても戦いに向いていない人間と言うのはどうしても存在する。


 指導員としての立場でシンとポチがやっていけるかどうかを見極めるつもりなのだ。


 もしも向いていないのであれば、冷徹にそれを指摘し冒険者を廃業するように促す。

 普通にやっていける、向いているのならば仕方ない。

 止められる理由がないのならば傍で教導して生存の確率を少しでも底上げしてやれば良い。

 子供が冒険者になるのは好ましくはないが、どこかで妥協点を見つけなければ何時までも平行線だ。


「それ、僕らが受けるメリットある? よくは分からないけどお金って大切なんだろ?」

「本来なら報酬から天引きさせてもらうが、今は特例だよ。見ての通り、ギルドは閑古鳥が鳴いててね」


 残っている冒険者は居る。全員が居なくなった訳ではない。

 ただ駆け出し連中に関してはゼロで残っているのはベテランばかり。


「オジサンもやることがなくてね。いや、お茶くみだったり掃除だったり書類仕事を手伝ってるんだけどね」


 それでも本業の仕事はゼロだ。

 だからこそ、多少の融通は利かせられる。指導対象が子供とあれば尚更だ。


「報酬の天引きは行わない。君達が子供だと言うのもあるし……何より人手不足なんだよ」

「あぁ、確かに元々天引きの値下げも検討されてましたからね」

「ふぅん。でも、僕らには必要な――――」

「待てよ駄犬」

「何だよチビ」

「(……協調性が無さそうなのは、冒険者としては減点かな?)」


 一歩引いて二人を見守るロッド。

 もしここで跳ね除けられたのなら、こっそりと彼らを見極めるつもりでいた。


「ルークス様に言われたことを忘れたのか? 強くなるために必要なこと」

「……あの人間が役に立つのかい?」

「少なくとも今のあたしらよりは強いだろうぜ。何か役に立つこともあるかもしれねえだろ」

「ふむ……僕には分からないから、君に任せるよ」

「(ルークス様、ねえ)」


 ちょいちょい話題に出ていた名前だ。

 様付けされていたりマスターと呼ばれているところを見るに、


「(彼らは奴隷……だと考えるのが自然だろうけど……)」


 それにしては自由過ぎる。

 身なりも良いし、何より子供達は相当ルークスとやらを慕っているように見えた。

 イマイチ関係性が読めない、と言うのがロッドの素直な感想だった。


「話はまとまったかい?」

「おう、オッサンの手助けを借りることにするよ」

「それは何より。じゃあ早速だけど、簡単に依頼を受けてみないかい?」

「あたしらがどれだけやれるかを見てえんだな?」

「その通り。フレイちゃん、何か良いのはあるかい?」

「そう、ですねえ……コボルトの討伐依頼なんてどうです?」

「ああ、良いね。よし、それにしよう」


 話はまとまった。

 ロッドは子供達の身分証明になるカードの発行をフレイに任せ自身は依頼の手続きを行う。


「これで準備完了。君達も心の用意は出来たかな?」

「おう」

「何時でもどうぞ。誰とだってやるよ」

「OK! それじゃあ出発しようか」


 心配そうな視線を送るフレイに手を振り、ロッドは子供達を伴ってギルドを後にする。


「(……願わくば、戦いに向いていない人間であってくれよ)」

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