4 タケルは綾子の最高の従魔
子狼の正体は如何に。
「あんた、なにした」
「タケル良いところに帰ってきた。この子どうしたら良い?」
「だから、どうしてこの子がここに居る!」
「そんなこと私がわかるわけないでしょ!突然目の前に現れたんだから。それよりも!この子ケガしてる。薬草とか、どっかに生えてない?」
「あ、くそ。だから森が荒れてるのか」
ぜってー管理者という名の神の仕業に違いない。この森の王フェンリルの子をここに運んで来たのは、どういう意味だ?
しかも罠に掛かって、脚をやられているとかあり得ない状態でだ。
「タケル!ほうけてないで考えて!」
仕方ない。この状況を放ってはおけない。
森の哨戒兵に当たるゴブリンやオークが何かを必死に探していた。いつもならウサギである俺を我先にと襲ってくるのに、餌を目に前に一瞥しただけだったのはおかしい。嫌な予感がして果物と一角うさぎだけ刈って帰ってきたのは、正解だった。
これは間違いなく、この森を治める王たるフェンリルが、兵に命じて血なまこになって探しているのだ。
ただ状況は良くない。薬草を探しに行くのも今は危険すぎてまずい。
どうすれば…。
「もしかして…魔法はイメージ!」
綾子が突然叫んだと思ったら、丸い水の塊を出していた。
「水よ、この子の傷を癒せ!」
普通の水ではない淡い光を帯びた水が、フェンリルの子を包んだ。
優しい癒しの光。思わず手を合わせたくなるような神々しさでその場を包む。
光と水が引いた時、眼を覚まし元気なフェンリルの子と倒れた綾子がいた。
「綾子!」
駆け寄って上半身を抱き上げ、状態を確認した。
良かった。顔色はかなり悪いが、息はちゃんとしている。
フェンリルの子は治してくれたのが綾子だとわかっているのか、足元に纏わりついていた。
こんなに人懐っこくて、本当にフェンリルの子なのか?
ただのオオカミじゃないかと疑いたくなるほどの、なつきっぷりだ。
その証拠に綾子を必死で担ごうとする俺に向かって、吠えるのだ。俺を人攫いのように扱うのはやめてくれ。
「綾子をベッドに寝かせるだけだ。お前を癒して今日2度目の魔力切れを起こした。ここに置いておくと余計に状況は悪化する」
吠えるフェンリルの子にわからせるように、まっすぐに見返してやる。
自分の所為で綾子が倒れたというのを理解したのか、それからは心配そうに綾子の足元で大人しくなった。
まず綾子を運んで、この子を森へ放たないと。
それにしても、綾子無駄に。いえ、何でもないです。ゴメンナサイ。
背筋が寒くなったので、誰にでもなく謝った。
俺がチビなのがイケナイんですよ。ハイ。
何とか担いだ時に、この畑もろとも結界全部が揺れた。
「なんだ!」
揺れの原因を探索で探れば、森の王フェンリルが入り口で牙をむいて立っていた。
「我に子を返せ」
当てられた殺気で、人生で二番目の終わりを意識した。
違う。
それが、声にならない。
言い訳を話そうにも、口がうまく動かない。震えながら、綾子を落とさないようにするのがやっとだった。
フェンリルが咆哮した途端に、俺の張った結界は消えた。
もう、ダメだ。
綾子を担いだまま、その場に座り込んで意識が朦朧としてきた。
綾子、ごめん。
守ってやれなくて。
そして無責任にこの世界に連れて、ごめん。
綾子の上に倒れこんで、意識が途切れ始めた。
覚えているのは意識が途切れる瞬間に、自分の背中に鋭いツメが食い込んだことだけだった。
意識が浮上する。
死んだんじゃないのか?
あのツメが食い込んで、生きていられるわけが無い。
動かない体の代わりに、目だけでも動かして状況を把握しようとするが、真っ白な壁に囲まれている以外は、何もなかった。
一体ここはどこだ。
そして、綾子!
綾子はどこだ!
『目覚めたか』
何処からか響いてくる声に、聞き覚えがあった。
管理者、神だ。
自分が助かったというよりも、怒りの方が先に来た。
今現れるなら、先ほどフェンリルに食われる前に、何故‼︎
『まあ、聞け』
怒りを露わにするタケルに神は嬉しさを滲ませた。
『なんとも人間臭くなったもんじゃ。綾子が大事か?』
「何を」
『今ならお前だけは、助けてやれるが』
神の表情を見ていれば、その言葉が全てではないことがすぐにわかるのだが、今のタケルにはその余裕がない。
「だから、何を言っている。あの時、管理者権限で綾子の契約を無かったことに出来たはずなのに、しなかったあんたが、どうして綾子を助けないんだ!」
『そうじゃのー。綾子はお前が助けるからに決まっているだろう』
「じゃあ、」
『タケル、お前に知識を授けた。綾子に役に立てよ』
タケルが文句の一つも言う前に、ひかりに包まれ体が浮遊しどこかに転移された。
『魔物でありながら死ぬ間際に知性を宿し、生まれ変わりたいと望んだ一角ウサギが、仮を捨て本物の従魔になったか。儂の目に狂いは無かった。綾子と一緒に世界を旅するといい』
これから少しは世界が動きそうだと、管理者(神)はニンマリした。
嬉しそうに戻って行ったタケルは、これからどう動くのじゃろーな。
甘いのー、溶けたアイスクリームより、甘いな。
儂は人の命一つでは、動かん。
早く世界が動くような相棒となれ。
浮遊した感覚が戻ってきた時、タケルは先ほどまでいた畑にいた。
一目散に小屋へと入っていくと、寝ている綾子のそばに魔の森の王フェンリルとその子が座っていた。
その場に行くのも肝が縮む思いだが、従魔の自分が側にいないにはダメだと奮い立たせた。
「綾子!」
「この人間は寝ておるだけだ。危害は加えておらん」
そのことに安心するが、綾子が目を覚まさぬ間は予断を許さない。普通ではあり得ない1日の間に2回も魔力切れを起こしたのだ。顔を覗き込むと、顔が赤い。
恐る恐る額を触ると、少し熱い。
どうやら熱を出したようだ。
慌てて桶にタオルを入れて水で冷やそうとしたが、水を出せる綾子が寝込んでいる為に肝心の水がない。
勿体無いが、綾子が持ってきた飲み水を入れようとダンボール箱に向かって行こうとしていたら、目の端にフェンリルを子狼がたすたすと前脚で叩いたのが見えた。
何気に顔を向けると、桶の中に水と氷が現れた。
「詫びだ」
完全に勘違いだと理解しており、申し訳ないと思ってくれているらしい。フェンリルから流れてくる覇気が強すぎて、そうは思えないのだが。
「ありがとうございます。出来ればもう一つお願いが」
「なんだ」
「それを抑えてもらえたら。俺も綾子もキツイかと」
「ああ、それはすまぬ。詫びにお主の代わりに結界を張っていてやろう。儂がこの森にいる間は何があっても、破られないと約束してやろう」
人を拒む魔の森で、綾子がここで襲われることは無くなったことにタケルは安心した。狩りで遅くなってもこの結界内にいる限り、命を落とすことはない。魔の森の王に認められたということは、そういうことなのだ。
綾子の額にタオルを乗せると冷たくて気持ちいいのか、幾分息が楽そうになった気がした。
目が覚めたら、きっと大丈夫だ。
安心したら気が緩んだのか、先ほどまで寝ていたというのに眠気が襲ってくる。目を擦りながら踏ん張っていると、子狼がタケルの足をたしたしと叩く。まるで、任せとけと言わんばかりだ。
「今日ぐらいは、見張っててやる」
眠たそうな子狼では心配だが、魔の王が大丈夫だというのなら間違いない。
フェンリルの言葉に今度こそ綾子の隣でタケルもベッドの住民となった。
それを見て子狼は悔しそうに空いている綾子の隣に陣取って丸くなった。
次回『綾子は大物』