2 腹黒うさぎ登場
まだまだ入口
あのよくわからない現象のあとは、流石に家庭菜園する心の余裕がなかったので、その日一日家の中でボーッと過ごした。旦那に大丈夫か?と聞かれて、大丈夫じゃないと答えれないほど、正気ではなかった。この現象を旦那に話したところで寝ぼけてたのかと言われて終わりだからだ。そんな馬鹿にされるようなこと、言えるわけがない。
まあ、今では自分でも夢じゃないかと思い始めている。
そう思わなければ、日常生活に支障が出ていたかもしれない。
二日経った日曜日、気を取り直して今日こそは続きをやるぞ!と長袖に長ズボン、手袋に長靴を履いて庭に出た。
ふー、今年はカボチャもトマトも収穫が少ないなー。何故か、トマトはこの間無くしたし。
天気や気温だけはどうにも出来ないので仕方ないけれど、農家の人は大変だな…。こんな暑い中畑仕事して、不作とかやりがいがなくなるよね。しかも周りを見ても高齢化してきてる。
毎年田んぼ見に来ていたおじいちゃんの姿がそういえば、今年なかった。
……そういうことなのかな。
近所の田んぼや畑も段々と埋め立てられて、家や駐車場などに変わっていくのも仕方ないのかもしれない。夏と秋の風物詩がなくなった寂しさと同時に、家の周りの蚊が減って虫が少なくなったことだけは救いかもしれない。
バッタだけは増えたけど。
土が少なくなってきたからか、去年に比べて蝉の鳴き声も今年は少ない。手を止めて空を見上げれば綿飴のような厚い雲が減り、綿飴が溶けかけたような雲が増えてきている。
日中はまだまだ33度を超える暑さだが、気がつけば秋がやって来ているのかもしれない。
台風も早かったしね。
もう少ししたら秋の味覚!今年は椎茸たくさん採れるかな?椎茸採れたら、やっぱり茗荷かショウガは欲しいよね。
綾子の興味の移り変わりは早い。目の前のことにとは別に、興味は浮かんだものに変わっていくのはいつものことで、大葉を取りながら秋の味覚で佃煮作るのも良いかと脈絡もなく一人頷いて納得していた。とその時、突然。そう突然ウサギが草むらから出てきたのだ。
「な、なに―――ッ」
鼻をひくひくさせて、綾子に興味津々に近づいてくる。
思わず後ずさる。
うさぎが怖いわけじゃない。どこからか突然湧いて出てきたことが得体のしれない何かのようで、怖い。これがネコだったら違っただろう。狭いところへ入り込んで、誰の庭とか関係なく我が物顔で散歩するネコならば。
綾子の心情などお構いなしでズイッとウサギが更に近づいてくる。
だから、来るなって。なんでウサギなのよ!
「ちょっ、と…」
最後まで言葉を言う間もなく、突進してきたウサギとともに綾子の身体は歪んだ空間へと誘われていった。
綾子の異世界の旅が始まる…?
始まってたまるかっ!
怒りにまかせて足元にいたうさぎを睨んだ。
絶対にこいつが何かしたに決まっている。前回みたいに偶然ではなく完全に嵌められた。このわけがわからないうさぎに。
喉を潰すような低い声でどういうことだと更に睨み付けた。
身体をびくつかせ目線を合わさないように泳いでいたが、覚悟を決めたのかきょどりながら台詞を言った。
「か、仮想世界『ファームでもふもふ』へようこそ」
「はあ―――ぁ?」
本当に驚くと自分でない声が出るのだと綾子は初めて知ったが、今はそんなことはいい。
「どういうことよ」
顎先を軽く振りうさぎに説明を促した。
「あ、はい。こちらの世界では自由に作物を育てることが出来ます。薬草・花・野菜・果物・そして牧場を作ることが出来、また上手く育てることが出来収穫していけば、レベルがあがりまた育てる種類を増やすことが出来ます。のんびり癒されながら自分なりの農園・牧場を作って貰おうというのがこのコンセプトです」
「ふーん。ゲーム見たいのを、身をもって体感できるって訳ね」
「そうです。そうなんです!家庭菜園をされている綾子様でしたら、きっと気に入って頂けるかと」
「まあ、時間があったらね。ないからすぐに帰して」
「そ、そんなー。僕あなたに帰られたら、首になっちゃいます。試し、そうチュートリアルだけでも一週間して見て下さい。それで難しいと言われるのでしたら、諦めますから。お願いします!!」
「一週間?」
「はい。何でもお試しってあるじゃないですか。ダメなら他の方を探しますので、まずは一週間!」
「なにかの通販みたいね」
「き、気のせいです」
「取り敢えず一度元に戻して。話はそれからよ」
「ここでは、ダメですか?」
「落ち着かない。ちゃんといつでも元に戻れるという確証もないのに、約束できない」
「わかりました」
舌打ちのような音が聞こえた後、ぐらっと視界が歪んだと思ったら家の庭に戻っていた。
戻れるのは、間違いないみたいね。
変なことに巻き込まれた。うんくさい。めんどくさい。
そう、分かっていたのに、何で騙されたんだろう。
気がつけば一週間のチュートリアルが終わり、楽しいけど時間ないしやっぱり無理と言ったのに、クーリングオフ期間が過ぎていると言われ、拒否された。
「このまま異世界に行って頂きます」
この腐れうさぎめ、どういうことだ!
「管理者を出して!こんなの契約無効に決まっている。そんな説明や契約書はなかった。ちょっと聞いてるの!やくざみたいな契約がまかり通っているのがおかしい。こいつを首にしてちゃんと手続きできるやつを連れてきて!」
「とにかく、行けば良いです。行けばどうにかなりますから」
「そんな横暴なことが許されるとでも」
「だって、時間過ぎてますし」
「あんたが故意に言わなかっただけでしょ」
「いい加減覚悟決めて下さい。いいですか」
「バカか、いいわけない」
口が悪いのは分かっているが、そんなことに構っていられるか。このゲームの畑の隅で出来た果実を収穫したら異世界へ行けだ?
本当に、舐めてんのかこいつ。ありえない。ありえないよ。出てこい、管理者こいつの暴走を止めれるやつ出てこい!人生かかってんだから、ここで諦めるわけにはいかない。こっちで死んだわけでも不満があるわけでも、やり直したいわけでもない。今を行きたい私が今更新しい門出だと言われて喜ぶかっつの!
それでも喧々とやりあっていると、頭上から?いや脳に響く感じで声が聞こえた。
「なにを騒いおる」
わかるやつ、こい!
綾子の心の叫びだった。