私の英雄はいつも窓からやってくる
この作品は作者の連載作品「英雄たちのデブリーフィング」の世界観に沿ってかかっれています。
この作品だけでも読むことができるようになっていますが、連載作品を読めばさらに面白くなると思います。
あなたはいつも私の隣にいました。
家が隣同士で生まれた日にちも同じ私たちは、ご近所から本当の兄妹のようだとよく言われた。
幼いころは、毎日近くの広場でいろんなことをして泥だらけになるまで遊んでいました。
子供だけで入ることを禁止されていた森に二人だけで忍び込んで湖を見に行きました。あの時の森はとても怖くてあなたの後ろにぴったりと張り付いていたことを覚えています。
少し大きくなった私はよく熱で寝込むようになってしまいました。家の中でみんなが遊んでいる姿を窓から見ていることが多くなった私。そんな私の所にあなたはみんなが寝静まった夜に窓から訪ねてきては自慢話をよく聞かせてくれました。
大きな虫を捕まえたこと、年上の男の子をコテンパンにやっつけたこと、学校のかけっこで一番になったこと。女の子に告白されたこと。
毎日あなたが私の部屋に忍び込んできてくれることが、退屈な私の一日で最も楽しい出来事でした。毎日あなたが来るのを心待ちにしていました。
私が十四歳になった年。こっそり私を連れ出してくれたあなたと共に町の国王陛下の生誕を祝うお祭りに行きました。初めて見たお祭りは、とてもきれいで楽しくてはしゃぎすぎてしまいました。そんな私をあなたは楽しそうに見ていました。
はしゃぎすぎて熱を出してしまった私を家まで運んでくれたあなたの背中はとても広くて暖かったことをうっすら覚えています。
でも、その日を境にあなた私の所に来てくれなくなりました。
私もあなたの家側の部屋から反対側の部屋に移動させられてしまいました。
私の両親があなたの家に怒鳴り込んでいったのを私は何度も窓から見ました。
あなたが何回も私を訪ねてドアをノックしたのも知っています。
何度も何度も訪ねてきたことを知っています。
私の両親があなたがポストに入れた手紙をいつもゴミ箱に捨てていたのも知っています。
あの日から私の世界は家の中だけになってしまいました。
私の世界がずいぶん小さくなっているうちに王国は大きくなっていったようです。両親が買ってきたラジオが王国軍の勝利を毎日伝えてくれます。
今日も遠いどこかで勝利したようです。
戦争が始まって三年。相変わらずラジオは勝利の知らせを教えてくれます。そんないつもと変わらない暑い夏の夜、久しぶりにあなたは、私の部屋にやってきました。両親が職人組合の会合でいない夜に。
久しぶりに間近で見たあなたは、窓から見るよりもとても大きくたくましく見えました。でも、くったいなく笑う姿はあの頃と変わりなくてとても安心しました。
あなたは、いろいろなことを話してくれました。
新しい工場ができたこと、学校の勉強のこと、町にサーカスがやってきていること。あのころと変わらない、とても楽しい時間でした。
楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。気づけばもうそろそろ両親が返ってくる時間です。あなたは何かを言いたそうにして一言「また来るよ。今日はお休み」と言いました。私が「お休み。またね」と返したら振り返りもせずに帰って行ってしましました。
その日からあなたは、私の家のドアをノックしなくなくなりました。
ポストに手紙も入れに来なくなりました。
私はそれから一カ月ほどたったある日、母からあなたが戦地に出征したと教えてもらいました。
私の目から涙が溢れ出てきて止まらなくなりました。なぜかは分からないけれど涙が止まらないのです。悲しいことではないのに、むしろ喜ばしいことだというのに涙が止まらないのです。
今日もラジオが作戦の成功を伝えています。
「また来るよ」と言ったあなたは、あれから何回も秋が来て、冬が来て、春が来て、そしてまた夏が来ても帰ってきません。
私は今日もあなたが窓からやってくるのを待っています。
今度は、遠い異国の地のお話をしてくれるのでしょうか。それとも戦地での活躍を話してくれるのでしょうか。
今度は私からもお話したいことがあるのです。ずっとずっと前から思っていたことです。
あなたのことが大好きですと。
最後まで読んでくださった方々、ありがとうございます。
この作品を読んだ感想をいただけると今後の執筆の糧となりますので評価だけでなく、酷評、批判もお書きください。
これからもよろしくお願いします。