抜刀
カルラさんを信じているわけではなかった。
ただ坂上と坂下の狭間にあって追手の盲点になりそうな気がしたのだ。
霧哉は伽楼羅炎神社の神楽殿の床下に潜りこんでいた。周囲には雑草が生い茂り、人目につく心配はなかったが、蚊が出るのには閉口した。まだ5月だというのに羽音を立てて飛びまわり、顔や首筋を刺す。彼はパーカーのフードをかぶり、鞄を枕に寝転がった。
暗い。
これだけ暗いと煙草の火でも目立ちそうだ。となると、やることがない。
目の前に迫る床の裏を見つめながら、これからのことを考える。
まずこの刀を持って西園寺を襲う。奴の不意を突く。奴を殺せば、自分は本当の自分になれる。学校でも仲間たちの前でも変わらない、本当の自分に。
駐車場で宏政たちの前に出ていったことを後悔してはいなかった。むしろあれこそが自分の役目だったのだ。
自分たちが集まって悪さをするときには、度胸のある波止野が真っ先に突っこんでいく。カズサはそれについていくだけだが、いざというときには一番大胆に行動する。富田はビビリだが、彼がいないとどうも面白くない。彼をビビらせて笑うために自分たちは悪さをしているのかもしれない。
では自分は何なのだろう。彼らの1コ上で、何かひとりだけちがう気がして、まわりに「ガキとつるんでる」と思われたくなくて、本当の友達になりたくて、1コ上なんだし尊敬されたかった。
リーダーになりたかった。彼らが自分を頼り、ずっといっしょにいてくれればいいと思った。
宏政の家に侵入してから3時間が経過していた。彼はジップアップパーカーを脱ぎ捨て、神楽殿の床下から這い出た。
服も鞄も別の日に回収しに来ればいい。あのとき一度姿を見られた。そのままの格好でうろうろするのはまずいだろう。
彼の家は坂上にある。昔からカズサたちと遊んでいたので坂下の地理にも明るいが、宏政以上ということはない。だから下手に逃げまわらず、まっすぐカルラ坂を目指した。そのまま家に直接帰らなかったのは、ひとつにはこの鞄を持って家に帰れば母に中身は何かとうざいくらいに尋ねられるというのもあるのだが、宏政たちが朱雀通りを車でやってくるのを恐れたからでもある。
いまならだいじょうぶ。ちょっと遅くに出歩いているだけのふつうの中学生にしか見えない。
藪の中に放っておいた自転車を起こし、押して歩く。Tシャツ一枚ではすこし肌寒かった。砂利道を通って拝殿の脇に出る。
大勢の声がした。声質がガキのそれだったので霧哉は気にも留めなかった。ガキどもは境内に輪をなして座っていた。赤い火が闇に浮かぶ。
ろくでもないと霧哉は思った。
別に彼らがガキのくせにこんな時間に出歩いていることや、ガキのくせに煙草を吸っていることを咎めるつもりはない。だが彼らの話の内容が気に食わなかった。ガキのいうセリフではない。
「おい、いくらでやらせんだ」
「こっち来いよ。近くでよく見せろ」
「2個買ってやるからそこで小便しな」
ガキどものターゲットは2人組の女だった。年は霧哉と同じかすこし上くらい。石灯籠のそばに立って、ガキどもの声に耳も貸さない様子だ。
霧哉は目の端で彼女たちの様子をうかがった。服はふつうなのに、革の靴と鞄が金持ちのババアみたいだ。塾の帰りという感じには見えない。バリバリの売女。ガッチガチのビッチ。
煙草売りだろうか。女の煙草売りがこんなところに? 自分と同じくらいの年の女が? 波止野から聞いたうわさ――10000円で何でもやらせる。何でもということは誰でもどこでもということか。実際に見てみると、痛々しすぎていやらしい気持ちにはなれなかった。
それにしても最近のガキどもときたら――霧哉は嘆息する。
あの年代のガキは近くの「女」にやたらと敏感だ。自分にもおぼえがある。同級生の発育がいい子をからかったりプール休む理由を知りたがったり。若気の至りというやつだ。だがスマホで誰かに報告するようなことだろうか。ガキなんだから明日学校でいえばいい。ガキにスマホは必要ない。
そのガキの液晶で照らされた目に、霧哉は背筋の凍る思いがした――いまから人を殺そうかという目。
いや、奴はこちらを観ている。ガキどもが全員、黙ってこちらを観察している。
何かヤバイ。
霧哉は自転車に飛び乗り、全力でペダルを漕いだ。カルラさん名物・無限鳥居の参道を猛スピードで駆け抜ける。石段があるのを忘れていて、サスペンションなどついていないオンボロ自転車がぶっ壊れるかと思うようなスーパービッグジャンプ&ミラクルランディングを決めて神社から飛び出した。
もっと加速しなければと思った。
ハンドルを左に切り、カルラ坂をくだる。早くも最高速度だ。ペダルをいくら踏んでも空まわりしてしまうほどに。
最初のコーナーを曲がったところで片目のワゴンとすれちがった。
見おぼえが、身におぼえが、ある。ありすぎる。
映画みたいなUターンを決めて追ってくる車のライトに照らされて自分は映画みたいな殺られ役顔をしてるんだろうなと思ったところにバンパーで後輪に一撃食らった。
倒れそうになったが、地面を蹴って立て直す。全身の筋肉を一瞬の内にフル稼働させた後遺症で、骨から肉を剥がされたような痛みが走る。
「クソックソックソックソッ……」
次の衝撃で霧哉は足払いをかけられたみたいにあっけなく倒れた。膝が地面に触れて痛いと思う間もなく尻を突いていて、そのまま路面を滑っていく間に自転車は路肩に吹き飛び、足のすぐ先を例の片目ワゴンが通過していく。何かの力で頭がうしろにひっぱられてゆっくりと倒れていき、地面とぶつかった瞬間、ぎんと刃が火花散らすような音がして、笑ってしまうくらいの勢いで坂を転がった。
立ちあがろうとするが、なぜかズボンが脱げて足首のところに絡まっていて、どうなってるんだと思いながらひっぱりあげている間に、何か臭くてねばねばするもので口と目を塞がれ、手足も同じもので拘束された。
後手に縛られた両腕とひとまとめにされた脚をつかまれ、運ばれる。肩がはずれそうに痛い。
「おい、自転車どうする」
「ガードレールの外に捨てとけ」
おいおい何してくれてんだ人のものに――抗議したいが口には粘着テープが貼られている。
最初、唇にぺりぺりくっついてもなかでも食っているみたいだったのが、次第によだれでびしょびしょになってきた。鼻が詰まる。息が吸えない。鼻息を思い切り吹いて鼻水を飛ばす。耳の中が痛い。
狭いところに押しこまれる。
ばたんとドアが閉められ、車が走り出す。知らない車の知らない臭いがする。手足の自由が奪われているので車の揺れが直接腹に響いて気持ち悪い。
尻を触られる。
「こいつ勧学院だぜ」
財布に入れていた学生証を見られたらしい。あれを見られるのは嫌だった。あの写真の髪型は最悪だ。
「名前は……住吉霧哉」
「キリヤ?」
頭のすぐそばで男の声がした。「こいつ霧哉かあ。でっかくなったなあ。わかんなかったわ」
「知り合いか?」
「弟のツレ」
波止野の兄貴――こいつはヤバイ。カズサたちとのつながりを知っている。
「おまえの弟も絡んでんじゃねえの?」
「あいつにそんな度胸ねえよ」
「じゃあこの前のガキは?」
前の方にいる男がいう。「宏政の幼なじみとかいう――」
「カズサのことか?」
頭上で宏政の声がした。尻を踏んでるこれが宏政の足らしい。
「カズサが俺んち盗みに入ったっつーのかテメー」
ざらついた声に車内の空気がけばだった。
前の席の男は動揺を声に出す。
「い、いや、そういうわけじゃ……。そうかもしんねえってだけで――」
「あいつとはテメーより長いつきあいなんだよ。ホントの弟みてえなもんだ。あいつがそんなことするわけねえ」
霧哉は笑い出しそうになった。
はい残念。不正解。おまえはカズサのことを何もわかってない。えらそうなこといってるけど、おまえは裏切られた。寝首を掻かれた。飼い犬に手を噛まれた。それを知ったらどんな顔するか見てみたいもんだ。
「でもテルもカズサも、こいつとつるんでたぜ?」
「勧学院に行ってんなら、もう会ってねえんじゃねえのか。武蔵中行ってて私立の奴とつきあうなんてねえだろ」
「勧学院っつーとよォ――」
また別の男。霧哉の頭に足を乗せている。
「『ピンプ』の連中が入りこんでるって話だぜ」
「マジか」
「まあ坂上だからな」
「しかし金谷修理大夫ってのは何者なんだ。急に出てきたよな。上の人らにきいても知らねえっていうしよ」
「『セブン』の下部組織を1人でぶっ潰したってのはマジ情報?」
「まあ、そのうち殺り合うことになんだろ。俺たち『蟻』が総力を挙げて潰す。あいつも『ピンプ』もな」
霧哉は困惑した。彼の知らない名前がたくさん出てきた。
自分はそんな理由でここにいるわけじゃない。仲間のためだ。自分の仲間はカズサと波止野と富田だけだ。それは口が裂けてもいえないし、きかれても答えないが、一番肝心なところだ。
だが彼は何も尋ねられることなしに、今度は車から運び出され、階段をのぼって、どこかの部屋に放り捨てられる。カーペットの毛が頬に刺さる。
この染みついた煙草の臭い、さっきまで嗅いでいた恐怖の臭い――宏政の家だ。
電話が鳴った。宏政が出て、短い応答をした。
「ガキどもが刀と煙草を見つけた。カルラさんの建物の下にあったとよ。俺らが行くまで見張っとけっていっといた」
「刀は何本あるって?」
「3本」
「じゃあ他にも仲間がいるな」
「ま、それはいいや」
宏政がいう。「もともと盗んだもんだしな。また誰かから盗みゃいい」
「だけどよォ、刀を盗まれるってのは……何つーか、ナメられてるっつーか、男のプライド傷つけられた感じだよなァ」
波止野の兄がいう。宏政はすこしの間、口をつぐんでいた。煙を吐く音。煙草に火を点けていたらしい。
「刀を特別扱いすんなや。あれは道具だ。道具は必要なときにあればいい。で、いま俺らには刀がある。問題ねえよ」
「じゃあこいつはどうする」
誰かの生温かい足の裏が霧哉の腹を押す。はじめて聞く声だ。ベッドのきしむ音。
「こいつも道具だ」
「道具?」
「そ、道具。金谷修理大夫か誰かの道具だ。命令されて来たんだろ、俺らが『蟻』だと知っててな。でもこれからは俺らの道具だ。おいコウキ、車からビニールシート持ってこい。あと何かまな板代わりになるものも」
「まな板ァ? そんなもん何に使うんだ?」
「こいつの手首を斬り落とす。勧学院か『ピンプ』のガキさらってきてそれ見せりゃ、ビビって何か吐くだろ」
霧哉は頭をあげる。体力測定の伏臥上体反らしみたいな姿勢になる。
正面から顔を蹴られる。
「まな板か……。あそこの石じゃ駄目か? 駐車場の段差んとこにあるやつ」
「それでいい。ある程度硬けりゃ何でもいいよ」
靴を履く気配。誰かがドアを開けて出ていく。
「手首いっちゃう? 脅しに使うんなら指とかでいいんじゃねえの?」
「やだよ。転がってなくなったりしたら怖えェだろ。まちがって踏んだりしたらトラウマになるわ」
男たちが笑う。
霧哉は胃の中のものをもどしそうになる。本気でそんなことする気なのか? 手首を?
「で、最後はちゃんと殺すの?」
「当然。警察みてえに尋問しろっつーのか? 絶対ムリ。途中でキレて斬っちまうわ」
男たちがふたたび笑う。
霧哉は尿意と便意と、それから妙な快感をおぼえる。なぜか勃起している。
ちょっと待て。口のガムテを剥がせ。いいたいことが山ほどある。俺は仲間のためにここにいるんだっていいたい。俺は仲間を売ったりしねえといいたい。俺はテメーらなんか怖くねえんだといいたい。なあ、頼む。しゃべらせてくれ。俺のいうことを聞け。なあ、俺は度胸があるんだ。ホントだ。ビビってなんかないんだ。仲間を助けたんだ。嫌だ。こんな風に死ぬなんて嫌だ。怖い。死ぬのが怖い。助けてくれ。
ドアが開く。誰かがあがりこむ。ばりばりがさがさ音がする。
手のいましめが解かれる。1人が背中に乗り、2人が右腕を伸ばして押さえつけ、もう1人が左腕をねじりあげる。
目の粘着テープが剥がされる。眉毛も睫毛も引き抜かれる。
「おい、目ェ開けてよく見とけ」
宏政が屈んで霧哉の顔をのぞきこんでいた。額に頂くような格好でコノイドを抜き、スカバードを捨てる。
「いまから手首をぶった斬る。それ見てちょっとの間反省しろ。そしたら死んでいい」
霧哉は頭を振る。
やめろ。やめろ。俺じゃない。カズサだ。カズサがいい出したんだ。カズサだ。カズサだ。
声は声にならなかった。うなりとよだれが漏れるだけだった。
宏政が立ちあがり、青いビニールシートを足でさっと伸ばした。
助けて。
頼む。
カズサだ。
カズサだ。
カズサが。
カズサが――
カズサがそこにいた。
ガキの頃のチャンバラと同じように木のグリップを大上段に振りかぶって、宏政の背後に立っていた。
霧哉は声をなくした。
宏政が怪訝な顔をして目をうしろにやる。
同時にカズサが斬りこんだ。小さく膝をあげ、鋭く打ちこむ。ブレードが宏政の側頭部に硬く割り入る。
何かが削り取られる音。
鼻を鳴らして宏政は倒れた。
「霧哉ッ、どいてろッ」
そう叫びながらカズサは踏みこんできて、霧哉の右肘を押さえつけていた男の首に斬りつけた。ぱちんといやに薄っぺらな音がして、血飛沫があがった。
霧哉の背中に乗っていた男が立ち、カズサの手の内を押さえにかかった。右手の甲を覆われ、肘を極められかけたが、カズサはとっさに右手を離し、左手一本で剣を持って振り向きざまに打ち払う。対手は脚を押さえて倒れた。そこを足で押さえつけ、首を掻き斬る。
霧哉は頭から鮮血を浴びながら、ベッドの下に逃げようと床の上を這った。
「死ねオラッ」
刀を持った男がカズサに打ってかかった。
受けたカズサは力と体格差で押しこまれた。対手の刃が肩に触れる。
カズサはブレードバックに左手を当て、対手のブレード伝いに滑り落とした。
そこから一瞬で切り返して、体当たりのような抜胴。
壁に寄りかかったカズサの足元に対手が崩れ落ちる。
「カズサ、テメーかァ」
波止野の兄が、霧哉たちの破った窓を背に、刀を構えていた。「テルもいっしょか、あのクソガキ」
「テメーの代わりに病院だよボケ」
カズサは中段で、擦足気味に半足詰めた。
ひっひっと笑うような声を立て、波止野の兄が足をあげた。
足の裏を手で払っている。
カズサは迷わず出た。胸板に突きこむと、どんと鈍い音がした。
波止野の兄は天を一度仰ぎ、膝を突いて前のめりに倒れた。カズサの靴の下でガラスの潰れるのが聞こえた。
霧哉は自由になった手を床の血溜まりに突いて這った。カズサが振り返り、こちらへ歩いてきた。血のしたたる60式を手に、死体を乗り越えてくる。ひょっとして自分を殺しに来たのか、と霧哉は思う。最後の最後でブルってカズサを売ろうとした。それを知られたのか。
カズサが彼の体を跨いで立った。血に染まった手が彼の顔に伸びる。
「それ取ってやる。ちょっと痛てェぞ」
カズサは霧哉の顔に貼られた粘着テープを剥がす。霧哉の口のまわりは汗と唾液でふやけていた。
「だいじょうぶか、その傷?」
カズサが霧哉の腕の擦り剥けを指す。
「ちょっとチャリでコケただけだ」
足首を縛るテープを切ってもらいながら霧哉は答えた。「つーかオメー来んの遅っせえよ」
「あァ? 来んの遅せえのはおまえの方だよ」
カズサはテープの切れ端を床に捨て、ブレードについた血をベッドのシーツで拭った。「俺、最初からそこに隠れてたんだけど」
霧哉は振り返り、数時間前に自分がさぐっていたクローゼットを見た。
「最初からって?」
「こいつらがおまえ追っかけていってからずっと。スゲー退屈だった。それに便所行きたくても行けねえしよォ。マジ最悪だった」
カズサはブレードをグリップに納め、グローブをシーツで拭った。霧哉は笑った。
「俺も神社の床下で3時間隠れてた。考えることは同じだな」
霧哉は立ちあがり、固く強張っていた手足を動かした。周囲には男たちの死骸が転がり、カズサは返り血にまみれていて、生きていた。
ふたりは生きていた。
霧哉は腕をひろげ、ぎこちなくカズサの体を抱いた。
ふたりは仲間だ。
ふたりで死線を潜った。
背後で何か引きずるような音がした。カズサが身を硬くし、60式のグリップをつかんだ。
振り返ると、宏政がヤモリのように腹這いになって玄関へ移動しようとしていた。その動作は緩慢だった。カズサの一打で脳をやられている。ほとんど意識もないはずだ。
霧哉はカズサを手で制しておいて宏政を追った。床に落ちていたコノイドを拾いあげ、逆手に持って二度三度と背中に突き立てる。
対手は動かなくなった。
「服着替えんぞ。いま着てんのは足羽川に沈める」
霧哉は血糊を対手の服で拭い、ブレードをスカバードに納めた。
「それより、便所行っていいか? マジ漏れそうなんだけど」
カズサがいうので、霧哉は笑った。
「バカ、我慢しろ。証拠残すなよ」
「あ、そうか」
カズサも呆れたように笑い、60式をズボンに差した。霧哉は手足と顔に貼られていたテープを拾いあげ、ポケットに入れた。
そばにある段ボール箱に手を突っこみ、適当に取ってみると、ローカスのショートだった。カートンの包装紙を破り、銀紙を引きちぎって1本取る。カズサも1本引き抜く。
「俺が持ってった鞄な、カルラさんとこに置いてあるんだけど、見つかって張られてんだよ。あれはあきらめよう」
「仕方ねえな。俺とタクのは近くに隠してある。それで我慢するか」
霧哉は煙草に火を点けた。
「なあ……助けてくれてありがとな。おまえがいなきゃ俺、たぶん死んでた」
「俺も同じことをいいに来たんだ」
カズサが顔を近づけてきて、自分の煙草に火を移した。
ふたりして吐く煙がふたりの間で入り混じった。傷と目に沁みる。そこからあらゆる体液と感情が溢れ出そうで、霧哉は固く目を閉じ、胸の一番深いところまで煙を吸いこんだ。




