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高坂あゆみは挫けない!  作者: 濡れた雑巾
プロローグ
2/2

第一話「ハプニングは唐突に……」

じんわりとした汗が、私の頭から頬へと流れる。


その汗は私の首元まで辿ると、そのままぽつり、と地面へと落ちていった。


私の今居るこの空間は蒸し暑く、ただジッとしているだけでも汗が湯水の様に流れていくのだ。


しかし、それもそのはずだろう。


7月の夏真っ盛りのこの時期に、狭いロッカーに入っていれば、誰だって汗だくになるはずだ。


時刻は17時を過ぎた頃とはいえ、まだまだ暑さは充分伝わる。


暑さのせいか、息遣いまでもが荒く、心なしか息苦しい。


まぁ、そんな私の息の話はさておき、なぜ私が真夏の時期にこんな狭いロッカーに入っている…いや、正確には隠れているのかと言うと、それは私のミスと偶然が重なったからなのだ。


話は、20分前まで遡る───。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」


私は呼吸を荒らげながらも、2年生教室の廊下を駆け回る。


かれこれ、もう2周は2年生教室前の廊下を走り回っている。


と言うものの、彩先輩のクラスがまだホームルームを終えていないのだ。


仕方なく、私はこの沸き上がる気持ちを走る事で抑えているわけなのだ。


最近、彩先輩は美里先輩とばかり一緒に居て、私とはあまり関わってくれていない気がする。


ついこないだも、私が彩先輩に一緒に帰ろうと提案した時の事なのだが──。


──「彩先輩、一緒に帰りませんか?」──


──「良いよ!美里とも約束してたんだ」──


──「なッ!?なぜです!?なぜ私よりも美里先輩と先に約束をぉぉおお!!!!」──


──「…あゆみちゃん?」──


──と、こんな事があったのである。


彩先輩は、私よりも美里先輩を優先するのである。


そんなのめちゃくちゃ酷いです!と叫びたくなるこの頃なのである。


とりあえず、現状私は彩先輩の愛人No.2みたいなのだ。


No.1はあのデカち……美里先輩みたいなのだ。


そんな事が許される訳がない!!


あんなただデカイだけの胸を揺らしてる美里先輩よりも、私の控えめで主張感の無い胸の方が断然、美しいに決まっている。


第一、あの人はお調子者過ぎて彩先輩をダメにするに決まっている。


その点、私は彩先輩の事を第一に考えて行動するし、後輩として彩先輩に敬意を持っているし、彩先輩のスリーサイズを間違えずに早口言葉の様に3回唱える事も序の口だし、毎日彩先輩のパンツをチェックする事も欠かさずやるし、彩先輩の周りに群れる底辺な俗共を社会的に抹殺するし、3分に1回は彩先輩に抱き付くし、彩先輩の制服を嗅いでみたり着てみたりするし、彩先輩が飲み終えて空になったペットボトルは宝物にするし、彩先輩が入った後のお風呂は頭ごと浸かるし……言い出せばキリがない。


まぁ、とにかく、私は美里先輩よりも優れているのだ、それもかなり。


だからこそ、今日こそは私が先に彩先輩に一緒に帰る約束を立てるのだ。


先に約束を立ててしまえばこちらのもの!美里先輩がこちらに近付く前に彩先輩を抱えて学校を飛び出しさえすればゲームセット。


あとは私と彩先輩の濃密な下校シーンが……うん、これは一生の思い出確定。


私がそんな事を思いながら廊下を走り回っていたその時だった。


彩先輩のクラスの教室の扉がガラリと開いた。


そこから、次々と生徒が教室を後にしていく。


どうやら、ようやくホームルームが終わったみたいだ、待ちくたびれたにも程がある。


私はすぐに走り回るのを止めて、2年生教室の扉の前へと立ち止まる。


教室の中を覗いてみると、彩先輩と美里先輩が何やら楽しそうに笑い合っている。


楽しそうに笑う彩先輩……とっても素敵です!!


楽しそうに笑う美里先輩……うん、まぁいいや。


それにしても……何だろう、この気持ちは。


なんか……モヤモヤとした何かが、私の胸の中に芽生え始めたのだ。


もしかしてこれ……嫉妬感?


いや、そんなはずは無い。


私が、美里先輩相手に嫉妬感なんて抱くはずが……。


ふと、私の頭に[嫉妬]というワードが過った瞬間、何故だか私の胸の中が穏やかではなくなったのだ。


こんな気持ち、何だか初めてで──。


「あゆみちゃん?」


「は、はいっ!?あ、彩先輩!?」


突然、自分の名前を呼ばれたので、思わずすっとんきょうな声をあげてしまう。


さらに、相手が彩先輩だったとは……どうやら、考えに夢中で目の前が見えていなかったらしい。


「どうしたの?こんなところで?ここ、2年生教室だよ?」


「あ、そ、それはそのですね……」


「彩、言わなくても分かるじゃん、彩と帰りたいからわざわざここで待ってたんでしょ」


「あ、そういうことかぁ!ありがとあゆみちゃん、一緒に帰ろ!」


美里先輩のそんな推測に、彩先輩はすぐさま納得すると私にそう笑顔で言った。


彩先輩……泣かせてくれます。


私はそんな事を思いながらも、とりあえず先程の思考はさておき、彩先輩に返事を返す事にした。


「はいっ!私、ずぅ~~~っと!待ってました!だから早く帰りま──」


「美里も一緒に帰るでしょ?」


「うん、彩と帰りたいしね~」


「──ふぇぇ……」


私が彩先輩に返事を返している最中、彩先輩は美里先輩と帰る約束を立ててしまった。


それはつまり、私の先程立てた計画は全て失敗に終わったということで、私にとっては何よりのショックだったのだ。


私はあまりのショックを感じた為か、ガクリと肩と膝の力が抜けて、そのままペタリとその場に座り込む。


「……あれ?あゆみちゃん?」


そんな私の姿を見た彩先輩は、不思議そうな表情で私を見つめる。


「どったのあゆみん?そんな腑抜けた顔して」


彩先輩に続いて、美里先輩も私の顔を覗き込む。


「腑抜けてません!!」


「あたぁっ!!?」


そんな美里先輩のおでこに目掛けて私は頭突きをお見舞いすると、私はすぐに立ち上がる。


「み、美里大丈夫!?」


私に頭突きをされた箇所を擦りながら床で悶絶している美里先輩に近寄って、彩先輩はそう言った。


「安心して下さい彩先輩、美里先輩は頑丈ですから」


「何すんのあゆみん!?たんこぶできちゃったじゃん!!」


私が彩先輩にそう伝えた時、美里先輩はガバッと起き上がって私にそう叫んだ。


確かに、美里先輩のおでこの中央には、遠目でも分かるくらいに大きめのたんこぶができてしまっている。


そんな美里先輩のたんこぶを、彩先輩はなでなでしながらも、私に向かって言った。


「あゆみちゃん、美里に謝らなきゃダメだよ」


「ぅ……」


彩先輩の優しくも、いつもよりは厳しめな眼差しが私の瞳に映し出される。


さすがに私も、彩先輩にそんな目で見られては敵わない。


恋愛相手とはいえど、相手は先輩なのだ。


また、美里先輩がいくら恋敵とはいえど、相手は先輩なのだ。


後輩として、私は敬意を示さねばならないのだ。


「美里先輩……その、すみませんでした…」


私は少しだけ頭を下げながら、そう美里先輩に謝った。


「許さん!…とは言わないから許す!…てか、あゆみん今日は何だか様子が変じゃない?何かあった?」


美里先輩は私の謝罪への返事をすぐに終わらせると、そう私に言ってきた。


「あ、それ私も思ってたんだ。何かあったなら、私達に相談してよ」


美里先輩に続いて、彩先輩も私にそう聞いてくる。


「あ……いや、えと…」


そんな2人の先輩の問いに、私は戸惑いを隠せずにいた。


私がいつもより様子がおかしい理由、それは彩先輩とただ2人きりで帰りたいという事なのだから。


美里先輩が居る前で、それを口にするのは何だか気が引ける。


だから、私が本当の理由を伝える事はできないのだ。


それゆえに、戸惑っているのだ。


「……あゆみん?」


「何だか、もっと様子が変だね……」


そんな私の戸惑った姿を見ていた先輩2人は、更に不思議そうな表情でこちらを見つめる。


「よ、様子が変だなんて!し、失礼じゃないですか!わ、私はいつも通りですよ!」


私は自分でも分かるくらい、動揺を隠せてはいなかった。


誤魔化そうとすれば、誤魔化そうとするほど、それは逆に彩先輩と美里先輩に不信を与えてしまう。


そんな私の姿に痺れを切らしたのか、美里先輩はニヤリと笑って私に言った。


「あゆみん……何か隠してるね?」


「ふえぇっ!?」


ドッキーン!!胸の鼓動の音がそう聞こえた。


美里先輩はニヤニヤと笑みを浮かべながら、私に近付いてくる。


それは、まるで何かを企んでいるかの様に……。


「えいっ!!」


「なっ!?何するんですか!?」


案の定、美里先輩は私の事を羽交い締めにして、私の身動きを制限する。


「ほら、彩!」


「…?あ、分かったよ!」


美里先輩に続いて、彩先輩も何かを察したかの様にそう返事をすると、両手を前に出して彩先輩も私に近付いてくる。


あ、そういえば、前に同じ様に拘束された事があったなぁ…。


……!?


「まっ、まさか!?」


私が彩先輩と美里先輩の意図に気付いた時、既に彩先輩は動き出していた。


私の両脇に両手を回して、彩先輩はにこりと笑って呟いた。


「あゆみちゃん、ゴメンね」


その笑顔は、いつも私に見せてくれる笑顔とは、少し違ったモノが映っていた気がした。


2年生教室前の廊下では、私の奇声とも言える笑い声が響き渡ったとか。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


気が付けば、私はぐったりと横たわっていた。


どうやら、彩先輩のくすぐりも終わったらしく、私を拘束していた美里先輩も私の隣で佇んでいる。


「さぁて……あゆみん、話してもらおうかなぁ~」


美里先輩の、妙に笑顔が混ざったその表情は、何だか違うシチュエーションを想像してしまう。


いや、決して如何わしいモノとかではなく。


「あゆみちゃん、私達には話せないことなのかな?」


美里先輩に続いて、彩先輩もそう心配そうな表情で私に聞いてくる。


その表情を見ると、私の気持ちはぐらりと揺れてしまうのだ。


「うっ……ズルいですよ、その言い方は……」


私がそう彩先輩に呟くと、彩先輩はすぐに私に返事を返した。


「心配だからね、あゆみちゃんの事だもん、気になるよ」


彩先輩のその言葉を聞いた途端、もう私には誤魔化す事はできないだろうと脳内で悟っていた。


私は心の中で決心すると、彩先輩と美里先輩に向かって大きな声で叫んだ。


「……あ、彩先輩と2人きりで帰りたかっただけです!!」


その叫び声は、2年生教室前の廊下中に響き渡り、廊下に留まっていた生徒は全員こちらへと視線を移す。


「あ……あゆみちゃん?」


「だって、最近彩先輩いつも美里先輩とばかり…!私だって彩先輩と2人きりで帰りたいんです!!それなのに、私よりも先に美里先輩と約束したり、私は誘ってくれないのに美里先輩の時は誘うだなんて、だから、その……!」


歯止めが効かなくなったのか、私は自分の思いをどんどん彩先輩へとぶつけていた。


そう、これこそが私の思いなのだ。


今回の計画の、私の思いなのだ。


「あゆみちゃん…そんなこと?」


「───え?」


「あゆみん、そんなことで悩んでたの?」


しかし、私の熱い思いとは裏腹に、彩先輩と美里先輩からの返事はとても冷めたものだった。


「なぁんだ、そんな事かぁ~……言ってくれれば、今日くらいは2人きりにしてあげるのにね~」


「……へっ?」


美里先輩からのその返事に、私は口をぽかんと開けてしまう。


「あゆみちゃん、言ってくれれば良かったのに!私も、あゆみちゃんと帰るの大好きなんだよ!」


「…!大す……!!」


彩先輩からのその返事に、私は心臓が止まってしまうくらいに嬉しい気持ちになる。


どうやら、私の考え過ぎだったみたいだ。


美里先輩は、心の広い人だということを忘れていた。


彩先輩の事はもちろん、私は美里先輩の事も尊敬しているのだから。


「よっし!じゃあ、帰るか~」


「そうですね、美里先輩も一緒に帰りましょう」


「あれ?良いの?」


「ええ、騒がし……ムードメーカーは必要です」


「騒がしいって言おうとしたな!?」


私達は、3人でそう笑い合いながら廊下を歩きだした。


なんだ、楽しいじゃないか。


彩先輩と2人きりも良さそうだけど、美里先輩も合わせた3人で帰るのも悪くはない。


私の行き過ぎた感情だったのかな……。


そんな事を思いながら歩いていた時の事だった。


ピンポンパンポン、とアナウンスの音が校内へと鳴り響いたのだ。


「あれ?何かな?」


「どーせ、私達にはかんけーないことだよ~」


美里先輩がそうヘラヘラとしながら私達にそう言った時、アナウンスは流れた。


──校内へ残っている生徒に連絡致します。先程、校内で犬が発見されました。犬は昇降口から校内へと侵入しています、校内に残っている生徒は、絶対に犬に近付かないで下さい。また、犬を見かけた生徒は、先生に連絡してください──


ピンポンパンポン、アナウンスの終わりを告げる音が校内へと鳴り響く。


「………………」


「……えっと、犬が侵入したって言ってたよね?」


「大丈夫ですよ、彩先輩、まさかこの階に限って現れるとは限らな──」


ワン!!!


私がそう彩先輩に返事をしていた最中、聞き覚えのある鳴き声が廊下に響いた。


そしてそれは、私達の背中の方から聞こえた気がするのだ。


「……うそ?」


「……まさか、ね?」


「……1、2の3で振り返ってみましょうよ」


「……そだね、じゃあいくよ?」


私の提案に彩先輩はそう頷くと、みんなに合図を呼び掛ける。


「せぇの、1、2の──」


ワン!!!


「ひっ!?」


彩先輩の合図の前に、さっきの聞き覚えのある声がまた耳に届いた。


どうやら──。


「これは……」


私は彩先輩に向かって、そう言葉のバトンタッチをする。


「居るよね?」


彩先輩は、そう言葉を終えると目をぱちぱちとしている。


そんな中、美里先輩は何故か一言も喋っていない。


「美里先輩?どうしたんですか?」


「……ごめん、私さ…昔から犬だけは──」


ワンワン!!!


「ひっ!?きゃぁぁああぁああ!!!!」


再び犬の声が廊下に響き渡った時、美里先輩は叫び声をあげながら廊下を走り出した。


「あっ!美里!!」


「どうしたんですか美里せんぱ──うわっ!?」


私と彩先輩が美里先輩にそう呼び掛けた時、後ろから茶色の何かが美里先輩の方へと向かって走り出していた。


私はその茶色の何かをようやく犬だと視認すると、彩先輩の方へと視線を移す。


「ど、どうします?」


「美里、犬だけは大の苦手らしいんだ。とにかく、追いかけよう!」


彩先輩はそう私に言うと、そのまま廊下を走り出す。


私もそれに続いて、彩先輩の背中を追う。


追いかけるとは言っても、陸上部エースの美里先輩に続き、犬を相手に追い付く事はできるのだろうか…?


そんな疑問が頭に過ったが今はそれを考えるよりも、走ることを意識する事にした。


唐突のハプニングって、簡単に起こるものなのだろうか…?


私はいつの間にか、彩先輩と一緒に帰るどころか、犬と美里先輩を追いかける羽目になっていたのだった。

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