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世界を救う旅に出る

「最近頭が重いのよねー。疲れがたまっているのかしら?」

「あ、それあたしも。それにさ、なんか気づくとボーっとしてることが多いんだよね。勉強しすぎかな?」

「そうだ、この際旅行でもして気分転換してきましょう!」

「賛成! 父さんだって海外出張してるんだもん。ちょっとくらい旅行しても罰当たらないよ!」

「そういうことだから虹治、留守番よろしくね♪」

「お土産買ってきてあげるからね♪」

「ああ、楽しんできてよ。でもその前に」


 おれは後ろ手に隠し持っていた伝家の宝刀をかまえた。気は進まないが、ここまで来たらやるしかない。


「問題です。地球上でいちばんすばしっこい生き物はなんでしょう?」

「え? なによいきなり」

「どうしちゃったの?」

「正解はハエです。ハエはハエー!!」


 一瞬、場が凍りついた。


「ブッ……あんた、そんなおもちゃどっから引っぱり出してきたの?」

「そんなかっこでオヤジギャグなんて、冗談きっつ……フフフ」


 母さんも姉ちゃんも、たまらなくなって笑い出した。それは頭の虫にも連鎖した。2匹の虫はおれをあざけるように腹を抱えて笑い転げた。


「隙アリ!!」


 バチッ、ベシンッと思い切り叩きこむ。虫は頭から転げ落ち、塵みたいに風化した。

 母さんたちも衝撃でその場にぶっ倒れる。


「ダジャレも蠅叩きも中二病も、振り切らなければやってけねーなチクショウ!」


 即席のベルトの鞘にくるりと武器をおさめる。


 ねらいとは少し違ったが、虫に憑りつかれて症状が進行し始めてたふたりを救うことに成功した。その前に裏の家のじーちゃんで試しておいてよかった。なかなか踏ん切りがつかなくて3回くらい殴っちゃったからな。女性陣ふたりに腫れあとでも残ったら後で何されるかわかんないし。じーちゃんには悪いけど起きたころには忘れてんだろ。




 こうしておれはハエ叩きソードと家族の写真を手に、世界を救う旅に出た。顔を覚えられて恨まれでもしたら嫌だから、小さい頃よく使ってたヒーローの仮面をかぶって。輪ゴムで止めるだけだから痛くて長時間はつけられないという制約つきだ。でもそれがまた予想外の効果を発揮して、2割くらいのひとはこの格好を見ただけで笑い崩れるのだった。ほかの7割は


「フトンがフットンダ、デヤー!!」

「隣んちのヘイはカッコイー、アターッ!!」

「アルミ缶の上にアルミンカ…あっ間違えたっ、エーイ!!」


 ってな調子で、ダジャレというよりはごり押しの一発芸で仕留めた。

 あとのもう1割は、勢いあまって仮面がとれた俺の顔を見て笑った。こういう時は遠慮なくぶん殴ることができるから清々しい気分だった。




 そのうち、この異常な行動に目をつけたテレビ局に追いかけられるようになった。


「待ってください!少しお話を!これは何らかの反社会行動ですか?それとも、話題を集めて芸人デビューするつもりなのですか?」

「どっちのつもりでもありません!放っておいてください!」

「あなたが蠅叩きで叩いた人は正気を取り戻すといううわさは本当ですか?」

「裏のじーちゃんはそうでした!っていうかハズいから勘弁してよもう」


 だけどカメラはしつこくついてきた。おかげで素顔を見せない神出鬼没な変態仮面として、日本中に知れわたってしまった。街中でサインなんか求められちゃったりして、正直少し調子に乗った。密着取材をOKしたために、持ちネタ…じゃなくて、お家芸…でもなくて、必殺技…(これだ!)が世間に知れわたった。




 結果、殺虫剤に耐性がつくように、虫たちを笑わせるのはだんだん困難になっていった。だってもうテレビで何回も見てるんだもん。


「だめだ…このままじゃ世界を救えない」


 あきらめかけたその時、誰かが肩をたたいた。


「ひとりでよくここまでやったな」

「情けない顔しないでよ。私たちも手伝うから」


 それが、颯也そうや螢子けいことの初めての出会いだった。

 ふたりはおれの遠い親戚にあたるのだそうだ。つまり、狭山家の血を引いていて、人面虫が見える数少ない人間だった。テレビに映るおれを見て探しに来たのだという。


「実は俺らも、虫たちと伝説の武器で闘ってるんだ」

「気持ち悪いよねーあいつら」


 突如として現れた味方ふたりに、おれは心からほっとした。けれども、それだけでは乗り切れない問題があった。


「せっかくだけどおれ、どうやらスランプ状態なんだ。もう誰も笑わせる自信がない。世界は君たちふたりで救ってくれ」

「何いってんの。シャキッとしなさい!」


螢子が背中をビシッとたたく。


「そうさ。こんなにアホみたいなこと本気でできるのは、世界でお前ひとりだけだって!」


 颯也のグーがわき腹に入る。


「そんなこといっても、新ネタ……いやいや、新技なんてそうそうできるもんじゃないでしょ」

「私が稽古つけてあげるわよ。螢子だけにね!」


 自分でいって恥ずかしそうにしている彼女は、とても可愛らしくて、元気が湧いてきた。


 ボーっと見てたら颯也のチョキが両目を襲った。




 こうして狭山新喜劇団は稽古に励んだ。仲間たちのおかげでおれはスランプを克服し、新たな気持ちで敵に立ち向かうことができるようになった。けど、初めて彼らといっしょに闘ったときは完全に意表を突かれた。


「ゲームオーバーだ、虫ども!」


 と颯也はシルバーの拳銃で遠距離から隙だらけのクワガタを射止め、


「大人しく散りなさい!」


 と螢子は蜘蛛に銀色のスプレーを噴射した。奴らは瞬く間に塵になった。


「…ってお前ら笑わせる必要ないんじゃん!!」


 世の中不公平だ。



* * *



 おれたちはその後も、町から町へ、国から国へと渡り歩き、虫退治を続けた。けどなんでか、被害は減るどころか拡大していく一方だった。そこらじゅうに虫に憑かれた人があふれ、意味もなく右往左往していた。なのになんとなく動きに統一感があるのが不気味だった。


「なんかあいつら、増えてない?」

「そうね……っていうかそれ今さらな質問なんだけど」

「ああ、お前はとっくに気づいてるんだと思ってたよ」

「え、どういうこと?」


 ふたりはため息交じりに教えてくれた。


「六佐の伝説はあなたも知っているんでしょ?」

「まあ大体は」

「あの変な虫は、六佐が虫を惨殺するたびに現れたのよ。」

「え、じゃあ……」

「狭山の血筋の誰かが大量に虫を殺したってことだな」

「なんてはた迷惑な! でもそういや、心当たりがある。人面虫が出始めたころ、うちの母さんと姉さんが、家に侵入したアリを殲滅させようとして、手当たり次第アース的なものを振りまいたんだ。家の中はもちろん、庭の隅々まで探してさ。そのせいで観葉植物もかなりダメにしてたっけな」


 螢子は首を振った。


「それぐらいじゃここまでの規模にはならないわ。そもそも、伝説の内容と肝心なところがかみ合ってない」

「肝心なところ?」

「虫を殺した六佐張本人には、なぜか呪いがかからなかったのよ。あなたのお母さんとお姉さんは、早いうちに症状が出始めたのよね?」

「うん、確かに。」

「ってことは、答えはひとつだな。」

「…といいますと?」


 颯也はおれに向かって銃を突きつけた。


「お前が虫殺しの犯人ってことだよ」



* * *



「待てよ、そんなのただの言い伝えじゃないか!」

「現にその言い伝えのおかげで、俺たちはここまで人生を左右されているんだぜ? ありふれた楽しいはずの青春を奪われてるんだ!」

「颯也、銃をしまって。どうせその軟らかい弾じゃ人間は殺せないんだから。」

「気絶させるくらいはできるだろうさ」


 慌ててハエ叩きソードを楯にする。


「……プッ」


 と颯也が吹き出す。……やっぱりこんなもんじゃ世界は救えない!!


「……悪い、ちょっとイラついてたんだ。最近どこもかしこもこんな光景だからさ」


 颯也は今しがたフラフラと横切って行った焦点の定まっていないお婆さんを目で示した。頭の上には、ぱっちり二重の間抜けな顔の蝶が1ぴき。


「お前って考えなしに突っ走ってるように見えて、実はけっこう先のことも視野に入れてたりするじゃん? だからきっと今も計画性があって動いてると思ってたんだ」

「そらぁ買いかぶりすぎですよ旦那」

「だな。」

「異議なし。」

「ちょっとは否定しろよ」


 螢子と颯也が笑い、少し空気が和んだ。だてに人を笑わせてきたわけじゃない。


「でも、虹治がこの怪奇現象の原因じゃないにしても、考え方の方向性は間違ってないと思う。言い伝えじゃ、人面バエが現れるのは六佐に近しい人の順だから」


 螢子はすうっと深呼吸をした。


「ねえ虹治、私ずっと考えてたの。虹治のお父さんて、今どうしてる?」

「さあ。最後に会ったときは海外出張するっていってたけど、あれから音信不通なんだ」

「じゃ、今度こそ決まりだな。」

「まさか、父さんがこの大惨事の原因だっていいたいのか?宇宙戦争の映画じゃあるまいし!ハハハ……」


 今度は誰も笑ってくれなかった。


「虹治、大事なことを忘れているわ。私たちはB級映画みたいな状況をすでに何度も経験しているのよ。この先何が起こったって不思議じゃない」


 螢子の言葉に、颯也も腕を組んでうなずく。


「むしろこの展開は必然だな」

「そんな、どうしてふたりともそんなに冷静でいられるんだよ!」


 くそっ、なんか乗せられてる気がするけどいちおういっておくか……


「うそだぁーーーーー!!!!!」



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