チョウとガ
この日になると思い出す。
彼女と会えなくなった日のことを。
『会えない』ということを認めたくなくて、何度も何度も探したけど見つからない。
『会えない』という事実に悔しくなり、また必死で探す。
毎年毎年それの繰り返し。
そんな日が今年もやって来た。
窓からは今にも泣き出しそうな空が見えたが、傘も持たずにふらりと外に出る。
家の中でじっとしていることはできなかった。
どこかへ行くあてもなくふらふら歩いていると、遂に空が泣き出した。
ああ、雨は嫌いなのに。
憂鬱になりながらも歩き続けると、目にはいってきたのは彼女と似た柄の羽。
その瞬間、記憶が巻き戻される。
彼女と出会った時まで……。
初め出会ったのはただの偶然。
村の長の息子であるオレはどこにいても注目されていた。
いい意味でも悪い意味でも。
どこにいても感じる視線がいい加減鬱陶しくなり、逃げるように村の外れの丘までやって来た。
「ここまで来たら、さすがに誰もいないだろ。」
視線から解放されたことにほっとしていると、視界の端にキラキラと光る羽が見えた。
「誰だ!?」
「ひゃっ……!」
振り向きながら尋ねると、小さな悲鳴が聞こえた。
きっと、自分がいることも、声をかけられることも予想していなかったのだろう。
そう思ったのは悲鳴をあげた少女を見てからだったが。
視界に映ったのは、今まで見たなかでも一番きれいな羽を持つ少女。
「あの……。」
「……。」
「あの……どちら様、ですか?」
その羽があまりにもきれいだったから、返事をすることもできなかった。
見惚れていて、返事をすることも忘れていた。
ボーっとしていて返答がないことを訝しんだのか、少女は何度も何度もオレに質問をする。
それも繰り返されるうちにだんだん焦りが出てきた。「ど、どうかされたのですか……?」
「いや、きれいだな、と思って……。」
「きれい、ですか……?」
「あ。」
何も考えずに返事をしたので、思ったことをそのまま言ってしまった。
言葉にするはずではなかったのに。
「……すまん、今のは忘れてくれ。」
「気になるのですが。」
少女はオレから視線をそらさずに言う。
どうやら何に対して『きれい』と言ったのかがよほど気になるようで。
少女とにらみ合いをしても勝てないということを悟り、オレは諦めて口を開いた。
「その、お前の羽が、きれいだなって思ったんだよ。」
「私の羽……?」
「そー。
日の光が透けてキラキラしてるし、見たこともないきれいな色してるし。」
「……!」
口を開いた途端、言葉はすらすらと出てくる。
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのか、想定外の言葉に少女は驚いていた。
そして言葉の意味を理解すると同時に顔を真っ赤にした。
ほめられ慣れていないのかもしれない。
「も、もういいです!」
その後に早口で「ありがとうございます」と言った。
ただ、まだしばらく少女の頬の赤味はひきそうになかった。
赤くなった頬を隠そうと両手を顔に当てた時、少女は何かを思い出したような顔をする。
「今さらなのですが、どちら様でしょうか?」
「あ……忘れてた。」
「忘れてたんですね。」
「オレはそっち側に住んでるチョウ。
アゲハって言うんだ。
お前は?」
「私はチヨです。
この辺りに住んでます。」
少女__チヨは律儀にお辞儀をしながら自己紹介をした。
つられるようにオレもお辞儀をする。
顔を上げて目が合ったとき、どちらからともなく笑い出した。
「私、初めて他の方とこんなにお話ししました。
ここにはほとんど誰も来ないので。」
「そうなのか?」
「はい。」
チヨの言葉にそれもそうかと納得する。
ここは村の外れ。
つまり、チョウの住む村とガの住む村との中間あたりにある。
そんな場所にわざわざ来る物好きなどそうそう居ない。
「だから今日アゲハさんと話せたのはとても嬉しいことなんです。
あの……もしよろしければまた来ていただけませんか?」
「ああ、いいぜ。」
「本当ですか!?
ありがとうございます!」
提案しておきながら、快諾されるとは思っていなかったのだろう。
目を輝かせ、そして花が開くようにふんわりと笑いながらお礼を言う。
オレは、そんなチヨの姿をかわいいと思った。
きっとこれがオレの初恋なのだろう。
それから、暇を見つけては何度もチヨのもとに行った。
ある時はのんびりと話をしたり、またある時はチヨが作ってきたという手作りのお菓子を食べたり。
チヨと会っているときに流れる空気はとても緩やかで、オレが帰る時間を忘れることもあった。
ただ、ときどき感じていた違和感。
『何が』というはっきりしたことは言えなかったが、チヨを見ていると言葉にできないもやもやが心の中に溜まっていった。
早く気づかなければ。
気づくって何に?
はっきりしないもやもやの正体に。
チヨに会うたび増えていくもやもやに嫌気がさしていた時、唐突に『それ』に気がついた。
目の前には座っているチヨ。
その、羽は。
「羽が……開いてる……?」
「何か言いましたか?」
「……なんでもない。」
幸いにも声は聞こえていなかったらしい。
不思議そうに問われたが、それ以上の追求はされなかった。
それよりも、今自分が気づいたことに呆然としていた。
(チヨは……『ガ』、だったんだ。)
オレとは違う。
『チョウ』とは違う。
きっと彼女は気づいていない。
というか、もしかしたら『チョウ』も『ガ』も知らないのかもしれない。
ここには誰も来ないと言っていたから。
(ああ、大人に見られたら怒られるんだろうか。)
彼らはガを嫌っている。
自分たちとは違うものを認めたくないという、ただそれだけの思いで。
話してみれば何も違いはないのに。
姿を見ることも、声を聴くこともしようとしない。
見つかってしまえば、きっとオレがここに来ることも禁止される。
(……それは嫌だな。)
チヨに会えなくなるのは嫌だ。
花が開くような優しい笑顔が見れなくなること。
鈴を転がしたようなかわいい声が聞けなくなること。
今までに見たこともないようなきれいな羽を見ることができなくなること。
考えるだけでも嫌だった。
大人に見つかるかもしれない。
その恐怖よりもチヨに会うのをやめる方が耐えられなかった。
それくらい、本当にチヨのことが好きだった。
彼女が『ガ』だと気づいてからしばらく経った頃。
オレはいまだに誰にもばれずにチヨに会っていた。
チヨに『好きだ』と伝えようと、告白しようと決心したのはいつのことだっただろうか。
それを果たすことはまだできていない。
いつもいつも、伝えようとする前にチヨに邪魔をされるから。
「チヨ、あのさ……。」
「アゲハさん、ダメですよ。
それはきっと違いますから。
『可哀想』って言う気持ちと『恋』を取り違えているだけです。」
「そんなことはない!」
「本当にそう言い切れますか?」
「……っ。」
言い切れる。
そう言ってもチヨは信じてくれないのだろう。
言葉だけならなんとでも言える、とでも言われるのかもしれない。
それでも、オレには言葉以外で彼女に気持ちを伝える術を持っていなかった。
「それに……私ではアゲハさんと釣り合いませんから。」
「何が?」
「身分とか、他にもいろいろです。
私よりも良い方はたくさんいるのではないでしょうか?」
……チヨと会うようになってから気付いたことがあった。
主にチヨの性格について。
彼女は自分に対する好意に驚くほど鈍感だった。
というか、自分が好かれるとは思ってもいないようだった。
幼いころから一人だけで過ごしてきたせいか、好意を向けられることに慣れていないせいかもしれない。
何度オレがチヨに好意を伝えようとしても、彼女に届くことはなかった。
「オレは身分とか、そんなの構わない。
だから…!」
「……ごめんなさい。
もう少し、待ってくれませんか。」
これでも、聞いてくれるようになった方だった。
『待って』と返事をくれることが何よりの証拠。
初めは泣きそうな顔をされるだけだったのだから。
チヨと別れて帰る途中、オレはふと思った。
今日も『好きだ』と、その一言を言うことができなかったと。
(明日こそは……明日こそは伝える。
チヨに届かなくても、いつか届くと信じて。)
次の日。
チヨに会おうと思っていつもの丘へ向かう途中、大人たちに会った。
見たことはあるから、たぶん近所に住んでるもの。
彼らはオレを見ると血相を変えてやって来た。
そして、オレの腕を逃げられないよう強く掴んで言った。
「もうあいつと会うな。」
「お前には関係ない奴だ。」
「あの丘へは行ってはいけない。」
「どうして……?」
どうして、オレがチヨと会っているのを知っている?
あの丘で会っていることを。
誰にも見られていないはずだったのに。
昨日までは誰も何も言わなかったくせに。
「お前は気付いていないのか、あいつの正体に!」
「あいつは……あいつは『ガ』だぞ!?
『チョウ』とは違うやつなんだ!
そんなやつらと会っていいはずがない!」
「どういうことだよ……!」
捕まれている腕を振りほどきながら叫ぶ。
チヨが『ガ』だってことくらい知っている。
そんなの初めのときから。
それでも会っているのは、それだけ彼女が好きだったから。
オレの気持ちを知らないやつが好き勝手言ってるんじゃねえ!
言葉にならない叫びは、どうやら伝わらなかったらしい。
チヨを批判する言葉は止まない。
「『ガ』なんかと会ってるって知られたらどうなるのかわかってるのか?」
「だいたい、あんな『ガ』のどこがいいんだ。
『チョウ』にならもっといいものがたくさんいると言うのに。」
「珍しいから、じゃないか?
『ガ』なんて滅多に見るものでもない!」
途中から変わる言葉。
彼らの顔には、ニヤニヤとした他を見下す表情が張り付いていた。
もうオレがチヨに会っていることとは関係のない話をしている。
いかに『チョウ』が優れていて、『ガ』が劣っているか。
これだから、大人は嫌いだ。
他を貶める話なんて聞いていて不愉快なだけ。
いつもいつもそんなことしか話さない。
オレが思い切り顔をしかめているのにも気づかず、大人たちは去っていった。
言いたいことだけを言って。
こちらの返事など1つも聞かずに。
「なんだって言うんだよ……。
オレがチヨに会うのはいけないことなのか!?
オレが『チョウ』で、チヨが『ガ』だからか!?
そんなの、そんなの関係ないだろ……?」
不安を吐き出すように口に出す。
けれど、吐き出したところでなくなることはない。
大人たちにばれたことを、オレは自分が自覚している以上に不安に思っているようだった。
白い紙に黒いインクを垂らしたように、不安がじわりじわりと滲んでいく。
ばれた、ばれた、会っていることが。
チヨのこと、ガだって知ってた。
丘のことだって知ってた。
もう会わない方がいい……?
それでもオレはチヨに会いたい。
だけど会ってたらまた悪く言われる?
どうすればいいのか、何が正解なのか。
もう何もわからなくなっていく。
「今日は遅かったんですね。」
「……!?」
それでも、足は何度も訪れている道を覚えているようで。
無意識のうちにチヨの待っている丘へ向かっていた。
それに気がついたのも、声をかけられてからだったけれど。
「何かあったのですか?」
「いや、なんでもない。
……心配かけて悪かった。」
「ならいいのですが……。
顔色が少し悪かったので気になりました。」
「そう、か?」
思ったよりも動揺していたらしい。
これでも、ばれないように隠していたつもりだったのだが。
ちらりとチヨの方を見る。
すると目が合ったようで、『どうかしましたか?』とでも問いたげにふわりと笑った。
(どうして。
どうして大人たちはわからないんだ。
『チョウ』も『ガ』も関係ないってことに。)
オレはチヨが『チョウ』であっても『ガ』であっても恋におちていたであろう。
チヨはチヨであり、かわりはないから。
未だに優しい笑顔を浮かべたままであるチヨを見ながらそんなことを思う。
……その場を大人たちに見られていたことに、オレは気付かなかった。
また次の日。
いつもの場所へ、チヨの待っている丘に向かう。
その日、前の日のように大人たちに会うことはなかった。
オレは大人たちが諦めたんだと、そんな楽天的な考えを持っていた。
……あの丘に着くまでは。
初めにおかしいと思ったのは、丘に着いてもすぐにチヨから声をかけられなかったこと。
いつもはそんなことないのに。
不審げに思いながらも歩を進める。
見えたのは__複数の足跡。
オレの物でも、ましてやチヨの物でもない。
大きいそれは、明らかに大人たちの物。
そのことに気がついた瞬間、血の気が引いた。
背中を冷たい汗がつたう。
「チヨ!?
おい、チヨどこにいるんだ!?
返事をしてくれ!!」
足跡を追ってがむしゃらに走り出す。
嫌な予感がする。
頭の中でうるさいくらいに警報がなっている。
『急げ、急げ。間に合わなくなるぞ。』
そうオレを急かすように。
やっとたどり着いた丘の頂上。
チヨはいない。
代わりにいたのは大人たち。
それも、昨日居たものではない。
見たこともない、複数の大人。
その足の隙間からは、手の先だけがかろうじて見えていた。
「チ…ヨ……?
チヨ!!」
オレの声に対して大人たちは弾かれたように振り向いたが、それに構っている余裕はなかった。
驚いたのか、大人たちが動いてできた隙間に見えたから。
辛うじて見えていた手の先、大人たちの足元に倒れているチヨが。
あんなにきれいだった羽は、見るも無惨な姿になるまでボロボロにされていた。
もう片方の羽は根本の辺りから引きちぎられていた。
怒りのあまり、目の前が真っ赤に染まる。
言葉は何も出てこない。
ああ、こういう時って本当に言葉が出てこないもんなんだな。
頭の中でどこか冷静に状況を分析する自分がいる。
けれど、それは行動には現れなかった。
「何をした……!!」
一番近くにいた大人につかみかかる。
大人は一瞬怯んだが、すぐにその様子を見せなくなった。
代わりに、昨日の大人たちのようににやにやとした嫌な笑みを浮かべて言った。
「見てわからないか?」
「彼女は関係ない!!」
「いーや、関係あるね。
こいつは『ガ』なのに、お前に会ってた。
それ自体が問題なんだよ。」
訳がわからなかった。
何故チヨが『ガ』だからと言って、オレと会っていただけでこんなにひどい目にあうのか。
何故、それを見ず知らずの大人たちに言われなければならないのか。
「それにさー。」
さっきまで周りで見ていた他の大人が詰め寄ってくる。
皆一様に嘲笑をしながら。
「君はさ、こいつのこと好きなんでしょ?
そういうの困るんだよねー。
チョウがガを好きになるなんて前代未聞だよ!」
その言葉に余計に怒りが募る。
理性の箍なんてとうに外れていた。
「は……?
お前何してんだよ!?」
思わず殴りかかっていた。
大人たちはオレがそんなことをするわけがないと高をくくっていたのか、簡単にあたる。
それを見て呆然としている大人たちが我に返る前に、他の相手にも殴りかかる。
それからしばらく。
すべてが終わりはっと気づいた時、大人たちは怯えた目でオレを見ていた。
その表情からは『理解できない』という思いがありありと見て取れた。
「ここから今すぐ立ち去れっ!!」
叫ぶ。
きっとものすごい形相で睨んでいたかもしれない。
「ひっ……!」
「な、なんだよ!」
動かない大人たちに近づくと、その分下がる。
何度かそれを繰り返すうちに、大人のうちの1人が逃げ出した。
するとそれを追いかけるように1人、また1人と去っていき、最後には誰もいなくなった。
逃げ去る背中が完全に見えなくなってから、チヨに駆け寄る。
「チヨ、大丈夫か!?」
「……っ。」
薄く目を開くが、千切られた羽が痛むのか顔を歪めていた。
その表情を見て、何もできない自分に歯がゆくなる。
突然、チヨが空に向かって弱々しく右手を伸ばした。
まるでオレには見えない『何か』に手を差し出すように。
その姿に不安を覚え、思わず伸ばされた右手を掴んでいた。
掴んだ手は驚くほど冷たい。
その時、チヨはとぎれとぎれの口調で話し出した。
「私の……ために…嘘を……ついてくれ…ませんか……?」
「なんだ!?」
「好き…だ……と言ってください……お願い…します。」
「そんなものいくらでも言ってやる!!」
「嘘でも…いいのです。」
チヨの目に薄い涙の膜が張っている。
背中が痛むからなのか、それとも他に何か理由があるのか。
オレにはわからなかった。
ただ、その目が今にも閉じてしまいそうで、オレが彼女のために出来ることは何もないということはわかってしまった。
……チヨの望みを叶える以外は。
「好きだ……!
オレはチヨのことが好きだ!!
だから、嘘でもいいなんて言うな……!」
オレがそう言うと、チヨはにっこりと幸せそうに笑った。
そして何かを言おうとして口を動かすが、その声は言葉になる前に消えてオレまで届かなかった。
それでも、最後の一言だけは、はっきり聞こえた。
「ありがとう……ございます……。
ワガマ…マ……言って…ごめんなさ……い……。」
最後の力をふりしぼって言ったかのように、その言葉を言い終えたチヨは目を閉じていた。
そのほほを涙が一筋流れ落ちる。
それと同時に、オレが掴んでいたはずの右手がするりと抜け、パタリと力なく地面に投げ出された。
「ちよ……?」
息はまだある。
けれど、もう声は聞こえない。
何を言っても目を開かない。
その目が、オレを映すことはない。
「目を、あけて……。
チヨ、ちよ……!!」
ごめんって言うなよ。
謝らなくていいから。
ワガママだなんていうな。
嘘じゃ、ないんだから。
オレの本心なんだから。
いつの間にか雨が振りだしていた。
ぽつりぽつりと降り始めてから、すぐにザーザー振りに代わる。
せめてチヨの体がこれ以上冷たくならないようにと、雨から守るように抱き締めた。
しばらくそうしていた後に、チヨの両親がやって来た。
前に話で聞いた通りの優しそうな方たち。
彼らは謝っていた。
だけど、オレの頭の中に会話の内容はなにも入ってこない。
ただただチヨが心配で、それ以外何も考えられなかった。
「チヨを連れて帰る。」
チヨの父親の言葉が不意に耳に入ってくる。
出来る限りの治療をする、と。
本当は、オレもついて行きたかった。
でも、それは出来なかった。
チヨたちの家は境界の向こう側。
オレがそちらに入っていくのを誰かに見られたら、今度はチヨの優しい家族にも迷惑がかかる。
それだけを恐れていた。
それ以来、少女には会っていない。
何度もあの丘に行ったが、会うことはできなかった。
チヨが元気なのか。
たったそのことすらわからない。
……オレが今向かっているのは、その丘。
会えないことはわかっているが、この日には毎年その丘に行っている。
『会えるかもしれない』
そんな少しの望みを込めて。
それに、オレはチヨと会えるかもしれない場所を、そこ以外知らなかったから。
いつの間にか雨は上がっていた。
丘へ着いた頃には、雲の隙間から時折太陽が顔をのぞかせている。
その時。
「え!?」
視界の端で何かがきらりと光った。
まるで、チヨと初めて会ったあの時のように。
恐る恐る後ろを振り返る。
太陽が照らす雨上がりの空の下。
キラキラと雨の雫が輝く丘の上。
そこに、片羽のチヨを見つけた。
「チ…ヨ……?」
「……お久しぶりですね、アゲハさん。」
そう言って、優しそうにふんわりと笑う彼女の顔はあの頃と変わっていなくて。
……そのことに深く安堵した。
駈け出してチヨを抱きしめる。
「よかった……よかった……!」
「心配かけて、ごめんなさい。」
言葉に詰まる。
よかった、と。
それ以外の言葉が見つからない。
周りの目も気にせずに大声で泣きだしたオレの背中を、チヨはあやすようにポンポンと優しくたたいていた。
オレが泣き止んでからもしばらくそのままでいた。
ふとチヨと目が合う。
すると彼女は、はにかむように小さく笑った。
少女の笑顔を見て、オレは一つの決心をする。
「オレの話を聞いてくれないか?」
「はい。」
「大好きだ。」
「!?」
「うるさい大人たちは黙らせた。
もう、あんなことは絶対に起こらないから。
だから……。
オレと、付き合ってくれないか……?」
顔を真っ赤にする。
オレも、チヨも。
「私なんかで、いいんですか?」
「オレはチヨがいいよ。
嘘じゃなくて、本当に……好きだから。」
「はい、はい……!」
笑顔の花が一輪咲いた。
「私もアゲハさんのこと、大好きです!」