死神と男の話
本作品は、活動報告にてリクエストで小説を書く、と言うことで募集した内のエントラルさんのリクエスト(http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/453590/blogkey/932518/)より執筆させて頂きました。
……私は、死神だ。
――だから、人を――、いや、全ての生命あるものに忌み嫌われ、私自身も誰も好きになる事は無いと思っていた。
……なのに、この男は――、
「……貴女が死神だろうとなんだろうと、構いません――。
むしろ、貴女になら僕の生命が獲られるなら、本望かな?。」
……そう、言ったのだ。
――これは、私の遺書である。
……私は、不死鳥だ。
ずっと、一人で生きてきた。
私は、他の不死鳥とは違い、食べられる物は、生きた生物の魂だ。
肉体も、烏の様な姿で……。
私が近くにいると、やがてその生物は身体を蝕まれ、死に至る。
そうして死んだ魂を、私は喰らい、生きてきた。
……しかし、一度だけ、死人を生き返らせる事も出来る、しかしこの能力は等価交換であり、私は使うことは無かった。
……あの日、私はある男と出逢った。
――男は、独りだった。
孤独しか知らない、幸せを知らない。
――少なくとも当時は、そんな男だったと思う。
その日、私は人の姿となって、町を歩いていた。
――理由は魂を喰らう為の、人間探しだ。
……人間の魂であれば、先60年は魂を喰わなくとも余裕で生きることが出来る。
死んでも悲しむ人はおらず、又本人も死んでも良いと考えている人間。
その男は、そんな私の条件にピッタリと一致していた。
男と道でわざとぶつかった。そして、男と話をした。
……そうして、男と関係をもった。
ただなんとなく食事をしたり、会話をしたり、そんな関係だったが……。
――少しずつ、男は弱っていった。
昔の私なら、その事に対して何も感じず、寧ろ喜んでいた。……しかし。
――私は、男には、いつしか死んでほしく無いと思った。
それは、男の身の上を知った時からだろう。
男は幼い頃、精神異常者の両親に酷い虐待を受けて育った。
更には連日に及ぶ酷い虐め――、男は今まで、全く人を信じることも無く、『幸せ』を知ることは無かった。
――幸せを一切感じた事が無い――、それは、私と同じで……。
関係を持って一年、男は私に告白をしてきた。
「……君のお陰で、初めて人を信じる事が出来たよ。
……こんな僕で良ければ、付き合ってほしい。」
そう男は真剣な表情で言った。
「ごめんなさい。……私は、死神なんです。」
私は、そう答え、自らの力を少し解放した。
――ビリッ!
「……私は、死神。
……貴方を殺してその魂を喰べようとした、悪い奴よ……。」
私の着ていた服の背中の部分は破け、中からは真っ黒い翼が表れた。
――男は、驚いた顔でそれを見つめた後、言った。
「……何で、泣いてるんですか?。」
……と。
「……え?」
そこで気がついた。
……私は、泣いていたのだ。
生まれて初めての、涙だった。
男は、そんな私を見て、こう言った。
「僕は、癌なんですよ。
貴女に出会う前から……。
余命は、半年です。」
「……え?。」
私は彼の顔を見つめた。彼は――、笑っていた。
彼は、
「人生に絶望して、早く自分なんて死んでしまえば良い……、そう、考えてました。
でも、貴女に出会えて……、初めて、生きる事が楽しいと思えたんです……。
僕は、貴女が死神だろうとなんだろうと、構いません――、むしろ、貴女になら僕の生命が獲らても、本望かな?。」
……そう、言ったのだ。
「……本当に、貴方は……、馬鹿ね……。」
私は、そう言うのが精一杯だった。
――……それからは、彼の事を楽しませようと、色々な事をやった。
私と彼、二人で空を飛んだ。
星を眺めたり、ただ二人で居たり。
昔話もした、私が見てきた太古からの歴史……。
……人間は、かつては他の獣と同じだった。
しかし人間は知恵を得て。そして今は、こうしてとてつもない文明を築いたのだ。
……しかし人間は、知恵を得た事によって、やがて同族を殺すようになった。
……戦争だ。
――「……私は何度も、戦争の時の死んでいく人間達が自分の愛する人、守りたい人の名を呟きながら亡くなっていくのを見たわ。」
……そう私が言うと、男は、しばらく黙りこみ、それから、
「……きっと、自分の本当に守りたい人の為に、命を懸けたんだよ。
……僕は、凄いと思う。」
戦争の話をした時、男は、弱々しくそう言った。
……その頃になると、男は寝たきりになっていた。
……そしてある日、男は――、死んだ。
まだ、余命までは3ヵ月以上も残されていた。
――死に顔は、穏やかで……、眠っているようにしか、見えなかった。
しかしその瞼は、二度と開かれる事は無いし、もう二度と私と話す事も無い。
――『……きっと、自分の本当に守りたい人の為に、命を懸けたんだよ。
……僕は、凄いと思う。』
……ふと、男の言葉が甦った。
――生きる物の生命を奪う事、それが私の運命。
……じゃあ、私の生命は、何の為に存在しているの?。
――……この男だったら、今私が思っている事と、同じ事をするだろう。
……別に、私の事なんて、覚えて居なくても、良いんだ。
「バイバイ……。貴方の事、……大好きだから。」
そう言って私は、自分の本当の姿である不死鳥の姿となって……。男の屍の額に、自分の額を重ねた。
……そして、部屋は光に包まれ――、次の瞬間には、不死鳥は枕元に一枚の羽を残し、その姿を消していた。
……まるで、初めから不死鳥など、居なかった様に――。
……………………………
「……へぇ、これは売れますよ!。」
――それから半年後、一人の男がある出版社で編集者と話していた。
編集者の手にはその男が持ってきた原稿が入った茶封筒が握られていた。
男は頭を掻きながら、
「……いやぁ、嬉しいですね。」
と言う、すると編集者は、
「……ところでさ、君。どうやったらこんな……。話を思い付いたんだい?。」
と聞く、すると男は、
「……僕、半年前から一年前までの記憶が無いんですよ。
それに末期の癌だったのに、それもきれいさっぱり治っていて……。
不思議と、その話が浮かんだんです。
死を振り撒く孤独な不死鳥と末期癌の先の永くない青年の話が……。」
と、苦笑しながら言う。
編集者は笑って、
「……この主人公、不死鳥が自らの命を犠牲にして青年を助けたら跡形も無く消えちゃって、生き返った青年が目覚めた時には何も覚えて無かったんだから……。
もしかしたら、本当に君の身にあった事なのかもね。」
と言い、封筒を机の上に置いた。
そして、男の持っている鞄には、あの、黒い羽が付けられていた――。