第9話
「ミレーゼさん。奴隷の契約主だけが、旦那様と呼ばれているわけではありませんよ」
「えっ! 本当っ!」
「大店の店主のことを、従業員が旦那様と呼ぶこともあります」
「そんなの奴隷と一緒じゃないっ!」
ミレーゼさんになんとか気を取り直してもらおうと説明したが、まだ足りないようだ。
「他にもまだあります。貴族などの名家の家長のことw……」
「だから、それも一緒じゃないっ! アンタ、私をバカにして、楽しんでいるでしょ!」
うん、否定はできないよね……
「でも、なぜ旦那様なんて言い方をしたのですか? もっとわかりやすい表現が他にもありますよね」
「仕方ないじゃない、結婚したことなかったんだから……いろいろ頑張っていたのに、上手くいかなかったのよ……って、何を言わせるのよっ!」
「今のは、ミレーゼさんが勝手に……」
「うるさい!……そういうアンタはどうだったのよ? あんなところに居たんだから、どうせ年齢イコール彼女いない歴の引き篭りだったんでしょ」
ミレーゼさん、それ偏見だよ。それにミレーゼさんもそこに居たんだから、自爆だよ。
「いえ、俺は結婚しましたよ。離婚もしましたが」
「えっ、そうなの……離婚って、どうせ浮気でもして愛想を尽かされたんでしょ。今のアンタを見てたらわかるわ」
「浮気をした憶えはないんですが、そう思われても仕方のない行動はしていたかもしれませんね」
「なんか上手いこと言うわね。まぁその話は今度詳しく聞かせてもらうわ。それよりも、アンタ、離婚までしているということは、結構な歳よね。何才で死んだのよ?」
今度詳しく話さないといけないんだね……
「38才です」
「ププッ……38って、おっさんじゃない!」
なぜ、笑われたんだろう?
「たしかに俺はおっさんですが、ミレーゼさんは何才のときだったのですか?」
「えっ! 私は…………じょ、女子高生よ!」
何、その間? あと、女子高生は自分ことをあまり女子高生と言わないと思うんだけど……
「いえ、何才のときだったのかを聞きたかったのですが」
「えっと……17才?」
なぜ、疑問系?……きっと、触れてはいけない部分なんだろう。
「そうなんですね。大変だったのですね」
「そ、そうよ。大変だったのよ。習い事に、フィットネス、エステとかいろいろ頑張ったんだけど、ぜんぜん駄目で、可愛いコスプレの衣装を着たら、男性の目を引けるって聞いたから、初めて行ったんだけど……って、だから、何言わせてんのよっ!」
面白いね、この人。聞かなくても、全部、自分で話してくれるんだね。
「この話はこれぐらいにしておきましょうか」
「そうね。それがいいわ」
「良かったわね、ミレーゼ。優しい旦那様が見つかって」
今まで黙って俺とミレーゼさんの話を聞いてくれていたシフォンさんが話しかけてきた。
「何言ってるのよ、お母さん。こんなヤツ、私の求める優しい旦那様じゃないわ。きっと、まだこれから現れるのよ」
「まぁ事故死によるお詫びの特典なので、現れるのは間違いないでしょう」
ミレーゼさんの願望に、俺が補足すると、
「アンタ、わかってるじゃない。そうよ、これは運命で決まっていることなの。だから、お母さんは、何の心配もいらないわ」
「そうなの。私はミレーゼが幸せになってくれれば、それでいいんだけど」
「大丈夫よ、お母さん。私、絶対に幸せになってみせるから!」
おおっ! なんか上手くまとまったみたいだね。
「じゃあ、その辺りも含めて、今後について話し合っていきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
俺が声をかけると、みんな、頷いてくれたので、続けて話を進めることにした。
「先程、シフォンさんとは、少し話をさせてもらったのですが、ミレーゼさんは、これからどうしたいですか? 具体的に言って頂けると助かります」
「そうね。まず、アンタにお金を返したいから、仕事を何とかしたいわ。私、家政婦ならできると思うんだけど、どこかいい職場を知らないかしら?」
「いや、待ってください。俺は、ミレーゼさんにお金を貸した憶えがないんですが」
「何言ってるのよ。私達を買ったときに使った1200万Rがあるじゃない。それに、日用品や食事まで用意してもらっているのよ。それを返すのは当然でしょ」
何、この人。もっとわがままかと思っていたら、意外と真面目な人だったんだね。
「これは、俺のわがままと自己満足でやったことですから、忘れてもらって構いませんよ」
「駄目よ。私のプライドが許さないわ。それに、この世界。前世の日本と比べて、生活水準も文化も遅れているから、どうせ物価も安いんでしょ。1200万ぐらいすぐに何とかなるわよ」
「いや、普通、物価が低いと、通貨の価値は上がりますよね」
「えっ!……あそっか。じゃあ、1200万Rをあの頃の日本円に直すといくらなのよ! もしかして、1億円……まさかっ、10億円とか言わないでしょうね!」
「その心配は必要ありません。もし生まれた街で一生を過ごすのなら、前世の日本よりも少し物価が低いようにも思いますが、他の街や他の国に移動する場合、その移動に伴う費用は少し高いように思うので、合わせれば、だいたい同じぐらいだと、俺は考えています」
「そうなのね。アンタ、意外とよく考えているのね」
「ケイ君、ちょっといい。なんか難しい話をしているけど、何を話しているの?」
シフォンが戸惑いながら尋ねてきた。
「簡単にいうと、ミレーゼさんが家政婦の仕事で何年働けば、1200万Rを貯めることができるかということです」
「その1200万は返すのだから、給金から生活費を引いたお金だよね?」
「はい、その通りです。シフォンさん、わかりますか?」
「私は、家政婦なんてしたことないからわからないわ」
シフォンさんもわからないみたいだね。
「ケイさん、いいですか?」
おおっ! ここに、元本職のメイド長が居たじゃないか!
「マリアさん、お願いします」
「詳しい年数はわかりませんが、住み込みのメイドだと、ひと月に1万も残ればいいほうだと思います。もちろん、技能によって格差はありますが」
「ちょっと、待ってよっ! 月1万って、100年もかかるじゃない! っていうか、返しきる前に、死んじゃうじゃない!」
さすがスキル持ちだね。計算が速い。……あと、言語スキルって、どんなスキルなんだろう?
「大丈夫よ、ミレーゼ。私達の種族は、寿命が長いから、人間族とのハーフのあなたでも、あと100年ぐらいは生きられると思うわ」
いや、そういう問題じゃないんですが……
「あのう、いいですか? 返して頂いても、返して頂かなくても、どちらでも構わないのですが、家政婦でないといけないのですか?」
「それもそうね。アンタ、頭いいわね。……でも、私、何ができるんだろう」
「ワタシ達と一緒にいればいい。早ければ10年もすれば、冒険者にも、商人にもなれる」
突然、アゼルさんがそう言ってくれたが……あっ、徒弟制度! たしか、商人や冒険者、職人などの階級の人と師弟関係を結んで、複数年経つと、その階級になれるんだったよね。ただ、その複数年が問題なんだけどね。
「えっ! マリア、商人だったの?」
ミレーゼさんが、マリアさんに尋ねた。……たしかにアゼルさんは商人に見えないけど、決め付けるのは失礼だよね。
「いえ、アゼルが商人です」
「あっ、ごめんなさい」
マリアさんに指摘され、すぐにアゼルさんに謝ったが、すぐ謝ると間違いを認めたことになるから余計に失礼だよ。
「いや、いい」
アゼルさんは、優しいね。
「でも、いいの。そんなに長くミレーゼが一緒に居ても。できれば、私もミレーゼと一緒に居たいんだけど、迷惑じゃないの?」
シフォンさんがそう聞いてくれたが、
「もちろん、構いません。あっ、マリアさんもいいですか?」
「はい、もちろんです」
「アゼルさんもいいみたいですし、ミレーゼさん、どうしますか? アゼルさんと師弟関係を結びますか? 俺が冒険者ですから、冒険者にはすぐになれると思いますけど」
「えっ、どうしよう。……お母さんは、どう思う。私に商人や冒険者ができるかな?」
「そうねぇ~、あなた、人を見る目がないから、商人では大成できないわよ。それに冒険者には、戦闘が不可欠よ。あなた、大丈夫なの。半端な気持ちで始めたら、すぐに死んじゃうわよ」
「えっそうなの。でも、ケイは戦闘よりも家事のほうが得意だって言ってたよ」
「それはね。ケイ君の家事の能力が凄すぎるだけだと思うの。私は冒険者をやっていたから、戦闘のことなら少しはわかるけど、ケイ君の戦闘能力は、低く見ても、Aランクの下位よ。常に自然体でいるからわかりにくいけど、意識の張り巡らし方が半端じゃないの。あなたがこの部屋から出ていって、トイレにいるのを気付いていたのは、この中で、ケイ君だけなのよ」
褒めてくれるのは嬉しいんだけど、なんてことを言うんだ、この人は。
「えっ!……ちょ、何!? アンタ、私がしているとこ覗いていたの!?」
「違いますよ! ミレーゼさんの魔力を追っていただけで、覗いていたわけではないですよ!」
「ケイさん、本当に、そうなのですか? 本当は、見えているのではないのですか?」
マリアさんが、俺に疑いの目を向けてきた。
「まだ、そこまでは無理ですよ」
「“まだ”!? “まだ”ってどういうことですか?」
「いや、将来的にはそうなれればいいとは思っていますが、もちろん、トイレを覗くためではありません。より戦闘を優位に進めるためです」
「まぁ今日のところは、ケイさんを信じましょう。ただし、見えるようになれば、必ず、ご報告ください」
「はい、わかりました」
なんとか、マリアさんも納得してくれたみたいだね。
「いいじゃない、見られるぐらい。あなた達はケイ君の婚約者だし、私達はケイ君の奴隷なのよ」
えっ! まだ続くの、この話。
「はい、もちろん、私達婚約者が見られるのは構いません。しかし、ケイさんが他の女性を見るのは、許せません。シフォンさんも何か対策があれば、お教えください」
「まぁ私達が対策を考えても、ケイ君ならすぐにその上をいきそうなんだけどね。わかったわ。……ところで、ミレーゼ、あなたはどうするの?」
「私は見られるの、嫌だわ」
「何を言っているの、ミレーゼ。ケイ君達に仕事もお世話になるか、どうかよ」
シフォンさん、切り替えが速いね。
「あっ、ごめんなさい。でもどうしよう。少し考えてもいいかなぁ」
ミレーゼさんが自信なさげに呟いた。……痛いのが嫌で、回復魔法を使えるように特典をお願いしたぐらいなんだから、戦闘とか苦手そうだよね。
「もちろんです。俺は、この街でまだやりたいこともありますし、急ぐ旅でもありません。ゆっくりと考えてみてください」
「ありがとう」
ミレーゼさんは素直にそう呟いた。
「ゴメンね、ケイ君。あなた達にも予定があるのに」
「いえ、この旅での目的の中には、シフォンさん達を奴隷から解放することも含まれていますから、お気になさらずとも結構です。ところで、俺に母乳を飲ませてくれた他の方々は、みんな幸せになれているのでしょうか? 俺が考えていたよりも、奴隷の立場が悪そうなのですが」
「たぶん、大丈夫よ。みんな、私と同じで、好条件で奴隷落ちしているから、自分の納得した契約主と奴隷契約を結んでいるはずよ。それで、失敗したのなら、さすがに自己責任だわ」
それならいいのかな。もし気付くときが来れば、そのときに何とかすればいいか。
「でも、そんな好条件で奴隷落ちする人って多いのですか?」
「いいえ、そんな人、滅多にいないわよ。誰も好き好んで奴隷になんかにならないからね……でもちょうどいいわね。私達の話もしましょうか」
「はい、聞いてもいいのですか?」
「もちろんよ。ケイ君も係わっているんだから。ただね。信じるのか、信じないのかは、ケイ君が決めて。私は自分の見たことと感じたことをそのまま話すから」
えっなに!? また、ファンタジーな展開なの……




