第6話
アゼルさんに忠告は受けたものの、俺はこの奴隷商館の店主を待つことにした。今回の目的は、奴隷を買うことではなく、人探しだからね。……うん、人探しだからね。
10分ほど待っていると、先程の鑑定スキルを持った女性がお茶を運んできた。女性は、お茶をテーブルに並べる間、ずっと俺を見ていたような気がするけど、礼を済ませ出て行った。
『たぶん、ケイのステータスカードが見えないから、確認に来たのだろう』
アゼルさんが念話で教えてくれた。なるほど、俺には“闇魔法の認識阻害”があるからね。
そこから、また30分ほど待っていると、小太りで頭皮の薄いおっさんが汗を拭きながら、俺達の待つ応接室に入ってきた。
「これはこれは、当商館へようこそ。私が店主のカイルと申します。宜しくお願い致します」
おっさんは、仰々しく挨拶するとテーブルを挟み俺達の向かい側に座った。……ああ、コイツだ。間違いない。顔は憶えていなかったけど、コイツを見た瞬間、体に悪寒が走った。きっと、コイツに抱きかかえられたときの不愉快さを体が憶えていたのだろう。
「ケイです。お願いします」
「ほう、ケイ様ですか……さて、本日は、奴隷の購入をご希望されているようですが、当商館では、お客様のご要望に合わせ、数多くの奴隷を取り揃えております。どのような奴隷をご希望でしょうか?」
おっさんは俺に話をしているが、意識は俺の両隣に座っている2人に向いているようだ。
「獣人系種族の経産婦を探しているのですが、こちらでご用意して頂けますか?」
「ほう、お若いのに、またマニアックな。……いえ、決して貶めているわけではございません。すばらしい感性をお持ちだと、感服致していたのです。それに、当商館には、ケイ様がご希望される奴隷も多数在籍しております。まずは見て頂きましょう。ご案内致します。どうぞ、こちらへ」
おっさんはそう言うと席から立ち上がり、俺達を連れて部屋を出た。2階へ上がり、そのままおっさんについて行くと、懐かしい牢屋の部屋が並んでいた。
「さぁあ、ここが新生児とその母親の部屋です。お気に召す奴隷が居りましたら、声をお掛け下さい」
おっさんに促されて1つ目の牢屋の中を見たが、見覚えのある人は居なかった。2つ目、3つ目と見て廻ったが、首輪を付けたお母さん方はみんな若いような気がする。新生児とその母親なんだから、当たり前なんだけどね。……でも、胸と腰周りだけを小さな布で巻いたエロい着こなしが素晴らしかった。おっさん、いい趣味してるね。
そして、4つ目。この牢屋には、子供が居ないようだ。出産後、年数の経った女性が集められているのだろう……
居た! 狐耳姉さんだ!……狐耳に、大きな尻尾、大きなおっぱい、そして、あの赤くて冷たい目。……間違いないっ!
あっ! 姉さん、俺をチラッと見てくれたけど、すぐに顔を背けてしまった……
「ケイ、お前、バカだろ!」
「バカですね」
俺が、姉さんに顔を背けられ落ち込んでいると、アゼルさんとマリアさんが念話を使わず、俺に罵声を浴びせてきた。
「なるほど、お知り合いをお探しでしたか」
おっさんが、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべそう言ってきた。
……うん、俺はバカだね。狐耳姉さんに会えたことが嬉しくて、ついテンションが上がってしまった。きっと吹っ掛けられるんだろうね。
「久しぶりね、ケイ君。なんの用かしら。って、聞かなくてもわかるけど、ホント、バカね」
姉さんにまで、バカと言われてしまった。いや、バカなんだけどね。
「ええ、お久しぶりです。その節は、お世話になりました」
「気にすることないわ。あれも私達の仕事よ」
「でも、よく俺だとわかりましたね」
「ええ、雰囲気が昔と同じだったからね。すぐにわかったわ。それに、ケイ君だって、私のこと、気付いてくれたでしょう。同じよ」
「そうですね。でも、他の方は、もう誰かに買われたのですか?」
「ええ、そうよ。売れ残っているのは、私だけよ」
「お子さん達は?」
「子供達は知らないけど、みんな15才になったから、もう居ないと思うわ。でも、私の娘は残っているけどね。その様子だと、私達を買いに来てくれたのかしら?」
「はい、そのつもりですが、ご迷惑でしたか?」
「そんなことないわ。嬉しいわよ。でもね、私達は高いわよ」
「ええ、狐人族の方は、獣人系種族の中でもかなり高いとお聞きしています」
「それだけじゃないのよ。私達は、狐人族の中でも、白狐と言う上級種族なの」
“びゃっこ”? そう言えば、姉さん。髪と尻尾、真っ白だね。それで、“白狐”か。
「ということは……」
「そうよ、さらに高いわ」
爺やさんが言うには、能力や容姿によって変動はあるけど、狐人族の経産婦が約500万R、その娘は母親の2~3倍、合わせて1500~2000万R。そして、そこに“白狐”の上乗せ分か……3000万Rで足りるといいんだけど。
「ケイ様。もし宜しければ、娘もお連れしましょうか?」
俺が考えて込んでいると、おっさんが笑顔で申し出てきた。……くそっ、いい笑顔してるね。
「そうですね。お願いします」
「では、娘のミレーゼをご用意を致しますので、母親のシフォンとご一緒に先程の部屋でお待ち下さい」
おっさんはそう言うと、狐耳姉さんを牢屋から出して、さっきの応接室まで案内してくれた。……おっさん、ちゃんと奴隷の名前や親子関係まで憶えているんだね。この感じだと、種族や能力まですべて憶えていそうだね。知り合いってバレているし、確実に吹っ掛けてくるよね。
「3人とも座ってね。私は座るわけにはいかないから」
応接室に入ると、シフォンさんがそう言ってくれた。
『そうですね、すみません』
申し訳ないけど、立場上、仕方ないので座ることにした。
「えっ! 何?」
『念話です。話したいことを頭に思い浮かべてください。俺が、読み取りますので』
『凄いわ、ケイ君。オリジナル魔法でしょう。スキルなしだったのに、頑張ったのね』
シフォンさんが褒めてくれた。“闇魔法”なんだけど、今はいいだろう。
『はい。これで、盗聴の心配はありません』
『そうね。ならちょうどいいわ。ケイ君にお願いがあるの。私達を買うつもりで来たのだから、それなりにはお金を用意しているのでしょう。私は構わないから、娘のミレーゼだけでも買って欲しいの。あの子、ケイ君と同じ、前世の記憶を持っているの。誰か知らない人に買われるよりも、ケイ君に買われるほうが幸せになれると思うの。だから、お願い』
シフォンさんは、いつもの冷たい目でなく、すがるような目をして俺に頼んできた。
『わかりました。でもできれば、お2人とも何とかしたいのですが……シフォンさん、ご自身の相場、わかりますか?』
『そうね、なんとも言えないけど、知り合いってバレてるから、500万Rぐらいは言ってくると思うわ』
『えっ!』
『ごめんね、高いわよね』
『いえ、それじゃあ、娘さんは、1500万Rぐらいですか?』
『いいえ、娘も私と同じくらいよ』
『えっ!』
『ああ、娘のミレーゼは、人間族とのハーフなの。だから、純血よりも安いのよ』
『でも、その程度なら、買いたい人は結構居るんじゃないんですか?』
『えっ! その程度って、ケイ君、もしかしてお金持ちなの!?』
“コンコン”
そこまで話したところで、ドアがノックされた。……もう少し話をしたかったんだけど、もう来たんだね。
「失礼致します」
おっさんがそう言って、メイド服を着たシフォンさんに良く似た女の子を連れて、部屋に入ってきた。娘のミレーゼさんだろう。ミレーゼさんは俺の顔を見て少し目を見開いたが、すぐに澄ました顔に戻った。
「こちらが、娘のミレーゼです。さぁ挨拶をしなさい」
「ミレーゼと申します。宜しくお願致します」
おっさんに命じられたミレーゼさんが、俺に丁寧に頭を下げてくれたけど、その目、怒っているよね?
『ケイさん。あの子に何かしたのですか?』
マリアさんも気付いたのだろう、念話で話しかけてきた。
『いえ、まったく憶えがないんですけど……』
「こちらのミレーゼは、当商館で教育を受けさせております。礼儀作法はもちろん、炊事、
洗濯、掃除、読み書き、地理、歴史など大変優秀でございます。魔法スキルはございませんが、“計算”と“言語”のスキルが発現致しております。まずは、ステータスカードの確認をどうぞ」
おっさんがそう言うと、ミレーゼさんが右手を差し出してきた。……“言語”?
ミレーゼさんの右手に触れ、“ステータスカード”と念じると、ステータスカードが出てきた。
ステータスカード
氏名:ミレーゼ
年齢:15才
種族:狐人族×人間族
階級:奴隷
住所:アイリス
スキル:計算・言語
たしかに、スキルに言語があるね。
「もちろん、ミレーゼは初物で御座います。さらに、ここまで教育するのに、それはもう時間と手間をかけました。さらに、娘はハーフですが、ご存知の通り、この親子は狐人族。それも希少種族の白狐です。娘には種族特性のスキルは発現致しておりませんが、母親のシフォンは、“氷魔法”、“シャク魔法”、“幻術”だけでなく、後天スキルとして、“体術”まで発現致しております。まぁあ、お知り合いと言うことですので、勉強させて頂くつもりでおりますが、いかがでしょうか?」
俺がミレーゼさんのステータスカードを確認していると、おっさんが勝手に営業トークを始めやがった。でも、また知らないスキルが出てきた。“幻術”はなんとなくわかるけど、“シャク魔法”ってなに?
『マリアさん。“シャク魔法”って何ですか? 知っていますか?』
わからないので念話で聞いてみた。
『いえ、私も始めて聞きました。……それよりも、ケイさん! シフォンさん、“氷魔法”のスキルを持っていますよ! 絶対に買いましょう!』
そうだね。マリアさんにとっては、“氷魔法”のほうが大事だよね。
「どうかなされましたか?」
おっさんがマリアさんを見て、ニヤリと笑った。
「いえ、何でもありません」
落ち着きを取り戻したマリアさんが冷たく答えた。
「金額次第でお断りすることになるかもしれませんが、ある程度は覚悟しています。おいくらになりますか?」
スキルがあろうがなかろうが買うことは決まっているので、俺が確認すると、
「ありがとうございます。母親のシフォンは500万R、娘のミレーゼは若くて初物ですので、本来はもう少し頂きたいのですが、お知り合いということで、母親と同じ500万Rでいかがでしょうか? あと、そこに20%の諸経費を頂いております」
「……」
シフォンさんの予想通りの金額だったね。何がお知り合いということでだよっ!……でも、諸経費って何?
『アゼルさん。諸経費って、何の諸経費ですか?』
『奴隷契約や税金だ。これは仕方ない。20%なら普通だ』
そうなんだね。ここは公的に認められた奴隷商館だし、税金とかも誤魔化せないのだろう。
「たしかに、お高いですよね。しかし、私もこれで精一杯なのです。……もし、そちらのおふt」
俺が念話でアゼルさんと話していると、おっさんが勝手に話し始めたが、
「わかりました。1200万Rでいいですか?」
「えっ!……失礼致しました。よ、宜しいのですか!?」
おっさんが焦りながら確認をしてきた。……どうせ、俺が払えないと思っていたのだろう。それで、足りない分は、そちらのお2人と引き換えにとか言うつもりだったのだろう。
「ええ、ここに1200万Rがあるはずです。確認をお願いします」
俺は袋に1200枚の金貨を用意し、おっさんに渡した。
「確認させて頂きます……」
おっさんはそう言うと、木枠を取り出し、俺達に見えるように金貨を並べ始めた。こういうところはちゃんとしているんだね。
「たしかに、1200万R御座います。こちらが契約書になります。サインをお願い致します」
おっさんから受け取った奴隷契約書に俺がサインしようとすると、
「ちょっと待って! 私、そんなヤツの奴隷になるの、嫌よっ!」
娘のミレーゼさんが叫んだ。
……ええええぇぇぇっ!?




