第5話
冒険者ギルドアイリス支部で魔石と盗賊のステータスカードの換金を済ませ、宿に戻ってきた俺達は休むことにした。今回はマリアさんもまだ元気そうだが、2週間、野宿だったからね。アゼルさんが言ってた通り、休むことも大事だよね。
「やっぱり、広いベッドは気持ちがいいですね~」
汗を流し、食事を済ませ、ベッドに入ったところで、マリアさんが俺を抱きしめながら、囁いてきた。
今回の部屋は、ダブルで、ベッドはキングサイズだ。マリアさんの強い希望でそう決まった。前回泊まった宿の部屋は、ツインで、シングルベッドが2つだったので、揉めた。さすがに俺達3人がシングルベッドで寝るのは、狭すぎる。なのに、初日以外は1つのベッドで寝ることに決まった。戦闘時や依頼を受けている時は、素直に言うことを聞いてくれるのに、こういう時は、2人ともまったく言うことを聞いてくれない。……まぁ嫌ではないんだけどね。
「これだと、揉めなくていいですね」
「人前では恥ずかしいので、控えてもらいたいのですが、今なら、好きなだけ揉んで頂いてもいいのですよ~」
マリアさんがまた囁いてきた……
翌朝、宿の部屋で朝食を食べていると、
「ケイさん、今日は奴隷商館に行くのですか?」
マリアさんが尋ねてきた。
「はい、そのつもりです。お2人はどうしますか?」
「もちろん、行きます! 何を言っているのですか!」
俺が確認をすると、即答な上に怒られた。
「マリアさんが思うほど、疚しい気持ちはないんですが……」
「いいえ、ケイさんは自分で気付いていないだけです。もし、本当に疚しい気持ちがないのなら、ケイさんは1人で行こうとしません。どこかに疚しい気持ちがあるから、私達に確認をとったのです」
なるほど、そうだったんだね。アゼルさんも頷いているし、間違いないのだろう。
宿から出掛けるので、鍵を返すために1階の食堂にあるカウンターまで行くと、おばさんがニヤニヤとしながら出迎えてくれた。
「若いと元気だね。アンタら昨日この街に着いたばかりだろう。もう行くのかい?」
「いえ、また戻ってきますので、馬を預かっておいてもらえますか?」
「もちろん、構わないよ。なんか買い物かい?」
「はい、そうなんです。……あっそうだ! お姉さん。聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「あら、やだ。こんなおばさん捕まえて、お姉さんだなんて。なんでも聞いておくれ」
“痛っ”、後ろから脹脛を蹴られた。
「奴隷商館って、どこにありますか?」
「アンタ、2人も居て、まだ足りないのかい! うちの亭主に、アンタの爪の垢煎じて飲ませたいくらいだね」
おばさんはそう言って、後ろで料理を作っていたおじさんを睨んだが、おじさんは顔を逸らし、聞こえない振りをしていた。……まだまだ現役なんだね。
「あら、ごめんなさいね。……奴隷商館は、南の花町にあるわ。でも、まだ開いてないから昼が過ぎてから行ってみるといいよ」
おばさんが丁寧に教えてくれたので、礼を言い、宿を出た。
「お昼まで時間が空きましたけど、どうしますか?」
マリアさんが尋ねてきた。
「冒険者ギルドに行って、アゼルさんの“身体強化”を見てくれる人がいないか聞いてみようかと思うんですけど、どうですか?」
「いいですね。この街のギルド、レベルが高そうですし、高ランクの魔法使いがいるかもしれませんね。私も見て欲しいですから、行きましょう」
2人の了解を得て、冒険者ギルドに向かった。
ギルドの中に入ると、まだ早いせいか、昨日よりも混んでいた。依頼を受けるわけではないので、周りの迷惑にならないように、しばらく人が減るのを待ってから、昨日のお姉さんのところへ向かったが……
「“氷魔法”に“火魔法の身体強化”なんて、無理です! そんな希少な魔法を普通のギルドで指導できる人なんているわけないじゃないですか!」
お姉さんに、誰か指導できる人がいないか聞いてみたけど、怒られてしまった。……そうなんだね。やっぱり、爺やさんが特別なだけだったんだね。
「すみませんでした」
「いえ、こちらこそ、申し訳ございません。あまりにも驚いてしまって。それに、お2人とも、かなりのレベルだと思いますよ。下地が十分に出来ていそうなので、あとは、ご自分で試行錯誤されるほうがいいように思います。魔法はご自身のイメージが大事ですから、人から教わると自分のイメージが崩れ、威力や精度が落ちることもあります。安易に習うことはいいことばかりでもないのです」
お姉さんは謝ってくれた上に、アドバイスまでしてくれた。きっと高ランクの魔法使いなんだろう。
「ありがとうございます。でも、修練場はお借りしてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。もうすぐここも落ち着きますので、私も見学に伺いますよ」
受付のお姉さんの了解を得て、ギルドの修練場で鍛錬を続けていると、事務長のエルバートさんが俺に話しかけてきた。
「あれが、“火魔法の身体強化”なんだね。私も魔法を使うが、初めて見るよ」
エルフ族の魔法使いでも、見たことがないぐらい希少な魔法だったんだね。まぁ俺は見るまで存在すら知らなかったんだけどね。
「そうなんです。でも、まだ発展途上で無駄が多いらしいのですが、わかりますか?」
「ケイ君の言っていることはわかるけど、完成形を知らないからね。何をどうすればいいのかわからないよ。それに、今のままでも、十分に凄いと思うんだけどね」
そうだよね。十分に凄いんだよね。
エルバートさんと話をしていると、周りが騒がしくなってきた。珍しい魔法が見られるのでギルドの職員達が集まってきたのだろう。職員に混ざって、冒険者もいるようだ。
「おい! 嬢ちゃん、そうじゃねぇ! 俺に打ち込んで来いっ!」
人垣から出てきた、白髪のごついおっさんが、右手でこれまたごつい諸刃の長剣を構え、叫んだ。
「あれって……」
「ケイ君、知っていたんだね。そうだよ、うちのギルドマスターだ」
エルバートさんが教えてくれた。……15年前に会ったとき、ギルドマスターは白髪交じりの黒髪だったはずなのに、今は完全な白髪だ。でも、体は良く鍛えられているみたいだけどね。
アゼルさんが、俺のほうを見ている。やってもいいか、確認しているのだろう。ギルドマスターだし大丈夫だろうと思い、俺が頷くと、アゼルさんは、迷いを感じさせず、おっさんに向かって飛び込み、上段から斬りつけた。
「なんだ、それはっ! 本気で来いっ!」
おっさんは、アゼルさんの打ち込みを軽々と右手1本で掴んだ長剣で受け止めると、そう叫んで、アゼルさんの腹を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたアゼルさんは、赤い輝きを増しながら起き上がり、また構えた。
「そうじゃねぇ! 殺気を撒き散らせてどうするんだっ! その殺気を俺に向けるんだっ! 来いっ!」
おっさんの掛け声とともに、アゼルさんは打ち込んだが、また軽々と片手で受け止められ、今度は顔面を殴られてぶっ飛んでいった。……腹ならまだいいけど、顔は止めて。アゼルさん、綺麗な顔してるんだから。
「違うっ!――そうじゃねぇっ!――何度、言ったらわかるんだっ!」
アゼルさんが、何度も何度も、打ち込み、ぶっ飛ばされるのを繰り返していると、赤い輝きが小さくなってきたような気がする。疲れてきたのだろうか……
「そうか! そういうことだったんだ!」
俺の横に居たエルバートさんが声を上げた。……何かわかったのだろうか?
「そうだっ! わかってきたじゃねぇか、嬢ちゃん! そのまま、もっと来いっ!」
気が付けば、おっさんは長剣を両手で握って受け止めていた。……あっ! 俺もわかった。アゼルさん、輝きが小さくなっているんじゃなくて、拡散していた輝きが収縮して、体に纏わりついているようだ。
「よしっ! ラストだっ! 全力で来いっ!」
おっさんの掛け声で、アゼルさんが動き始めたけど、最初の頃と比べて、スピードが格段に上がっている。たぶん、パワーも凄いんだろうと思っていると、
“バァン!”
破裂音とともに、2人の大太刀と長剣が砕け散った。アゼルさんの赤い輝きに照らされて飛び散った破片が綺麗に輝いているけど……アゼルさんの大太刀って、結構な業物だったと思うんだよね。
「嬢ちゃん、今のだっ! よく覚えとけっ!」
アゼルさんに向かってそう叫んだおっさんは、こっちに向かって歩いてきた。そして、
「エルバート、経費で頼む!」
「駄目です!」
おっさんが両手を合わせ頼んできたが、エルバートさんは即答だった。
「じゃあ、俺が弁償します」
申し訳なかったので俺がそう言うと、おっさんの顔が輝いたが、
「いいえ、甘やかさないでください。あれは自己責任です。それよりも、アゼルさんの大太刀は、ギルドで用意します。あれほどのものがあるかわかりませんが、何本か大太刀もあったはずです。好きなのを持っていってください」
エルバートさんは俺の提案を受け入れてくれなかっただけでなく、アゼルさんの大太刀を用意するとまで言ってきた。
「じゃあ、俺のもいいじゃねぇか!」
「誰のせいで、こうなったと思っているのですか。良く反省してください!」
「わかったよ。エルバートのケチっ!」
おっさんはすて台詞を残して、修練場から出て行った。
「でも、いいのですか? うちのアゼルに稽古までつけてもらったのに」
「あれは指導でも稽古でもありません。マスターが楽しんでいただけです。脳筋のあの人が魔法のことなんて知るはずがありませんから」
そうなんだね。でも、結果的にはアゼルも何か掴めたようだし、脳筋同士、わかり合えるものがあったのかな。
アゼルさんは、ギルドで用意してもらった大太刀をあっさりと気に入り、鍛錬を済ませた俺達は、街の南にある花町に向かっていた。
「アゼルさん、その大太刀で良かったのですか? もし気になるところがあるなら、買うこともできるんですよ」
「これでいい。さっき折れたヤツよりも、重いし頑丈そうだ。それに、もうすぐリムル達が用意してくれる」
そうだったね。もうあれから、ひと月以上経つんだね。時の流れって早いね。
「アゼルばかり、ズルいです。私も誰か教えてくれる人に出会えないのでしょうか」
マリアさんが愚痴ってきたけど、こればかりは運の要素が強いからね。
「頑張っている姿は必ず誰かが見ています。諦めず頑張り続けていれば、誰かが必ず導いてくれるはずです。と、前世で誰かが言っていました」
まぁ若いうちだけなんだけどね……
「そうですよね! 私は諦めません!」
マリアさんもあっさりと納得してくれた。……2人ともこういう時は、素直なんだけどね。
「なんか閑散としていますね」
花町に着くと、マリアさんが感想を漏らした。
「ここは、夜がメインですからね」
「あっ!……」
俺が答えると、何かに気付いたのか、マリアさんは顔を赤くしている。ナニを想像しているのだろうか。
「ケイ、どうだ?」
妄想に耽っているマリアさんをおいて、アゼルさんが聞いてきた。複数ある奴隷商館を何軒か廻ってみたけど、見覚えのある店主ではなかった。
「すみません。ここに居たころは、あまり目も見えていなくて、はっきりと憶えていないんですよね。もう少し、付き合ってもらえますか?」
「ああ、構わん。ケイの気の済むまでやればいい」
アゼルさんがそう言ってくれたので、2人に甘え奥へと進んでいくと、並んでいる建物が大きくなってきた。奥へ行くほど、高級店になっているのだろう。
そのまま南の外壁近くまで行くと、一際大きな奴隷商館があった。
「すみません。ご主人は居られますか?」
商館の前で掃除をしていた奴隷の首輪を付けた女性に話しかけると、
「は、はい! 少々お待ちください!」
女性はそう言って、慌てて商館の中に入っていった。しばらく待つと、先程の奴隷の女性が奴隷ではない別の女性を連れて戻ってきた。
……この人が店主? 綺麗な人だけど、違ったか。と思っていると、
「ようこそ、奴隷商館。ご用件は、査定で宜しいですか?」
綺麗な女性が、俺の後ろに立っている2人を見てそう尋ねてきた。……嫌だよ! 売らないよ!
「いえ、今回は、奴隷の購入を考えています。失礼ですが、あなたがここのご主人ですか?」
「失礼致しました。私は、ただの下働きでございます。旦那様は、中に居られます。さぁどうぞ、ご案内致します」
女性に案内されて、趣味の悪い豪華な応接室に入った。
「旦那様をお呼びしてきます。どうぞ、お掛けになってお待ち下さい」
女性はそう言うと応接室から出て行った。
「ケイ、念話で話せ」
1つのソファに3人で腰掛けると、アゼルさんが俺の耳元で囁いた。
『どうしたんですか?』
俺が念話でアゼルさんに問いかけると、
『さっきの女に、ワタシとマリアのステータスカードを見られた。ここでの会話も聞かれているはずだ。気を付けろ』
アゼルさんがそう返してきた。
『ステータスカードを見られたって……あっ鑑定スキル!』
『そうだ。鑑定スキルは成長すると相手のステータスカードを見ることができる。ワタシは見ることができないが、見られるとわかるんだ。ワタシならここで商いをしない。信用できないからな』
アゼルさんが忠告してくれたけど、ここにあの人達が居るのなら、なんとかしたいんだよね。




