第4話
アイリスへ向かう途中にあった街の冒険者ギルドで魔物の素材を換金し、宿の部屋に戻った。しかし、マリアさんだけでなく、アゼルさんも疲れているようだったので、この街では炊き出しなどの行動は起こさず、3日間、ゆっくりと休養を取ることした。
街を出て、しばらく馬車を走らせていると、
「ケイさん、どうですか?」
マリアさんが話しかけてきた。動物や魔物の動向についてだろう。
「“探知魔法”の反応を見るかぎり、あまりわかりません。近くにいる小動物が逃げているようにも思いますが、俺達の進行方向だけに逃げているわけではないので、今のところ大丈夫だと思います」
「そうですか。本当に私達が原因だったのでしょうか?」
「わかりません。しばらく、様子を見るしかないでしょう」
俺とマリアさんが話していると、
「すまん。ワタシかもしれない」
アゼルさんが謝ってきた。
「えっどういうことですか?」
「ちょっと、確認してくれ」
アゼルさんはそう言うと、“火魔法”の“身体強化”を使い、赤く輝きだした。すると、凄い勢いで小動物や低ランクの魔物が俺達から離れていく。さらに、クロエさんの小太刀を出すと、アゼルさんの輝きが増し、動物や魔物に影響を及ぼす範囲が大幅に広がった。
「ああ、これですね」
「すまん。ワタシは、まだ上手くコントロールできてないんだ。爺やが言うには、無駄が多いらしい。その無駄がなくなれば、もっと強くなれるみたいなのだが、なかなか上手くいかないんだ」
アゼルさんはそう言って、“身体強化”を解き、通常に戻った。
「えっ! アゼル、それ、完成型ではなかったのですか!?」
マリアさんが驚いているが、また落ち込まなければいいんだけどね。
「そうなんだ。こういう使い方もあるらしいんだが、普通は、ここまで殺気を撒き散らす魔法ではないんだ」
そうだったんだね。多勢を相手に威圧するときは効果的だけど、この魔法は“身体強化”だからね。
「じゃあ、今からアゼルさんの魔力操作の鍛錬をしながら行きましょう。ここまで原因がわかれば、対策を立てることができるので大丈夫です」
「そうです。アゼルが成長すれば、より安全にこれからも旅を続けることができます。私も頑張らないといけませんね」
「2人とも、ありがとう」
早い段階で、アゼルさんの欠点が明らかになったし、マリアさんも前向きに頑張ってくれるようなので、あの森で魔物や盗賊に襲撃され続けて、良かったのかもしれないね。
それから、2週間が過ぎた。動物や魔物の動向を気にしながら馬車を走らせ、アゼルさんの鍛錬を続けていると、轍だけだった道が踏み固められた土の道になり、歩く人や馬車の数が増えてきた。アイリスに近づいているのだろう。
「それにしても、盗賊が増えましたね」
マリアさんが話しかけてきた。
「そうですね。アイリスの街に近づけば、人や物が増えますし、盗賊達にとっていい収入になるのでしょうね」
まぁおかげで、俺達のいい収入にもなっているんだけどね。
石でできた5mほどの高さの外壁に設けられた街門に辿りつくと、大勢の人や馬車が集まっていた。外壁の外側には露店やあばら家が立ち並んでいるのも見える。かなり大きな街なのだろう。
馬車を魔法袋の中に片付け、街に入るための人の列に並んだ。
「はい、次。馬2頭と……冒険者と商人ね。1万Rだ」
門番の男性に通行料の支払い、街に入った。
「ここは通行料が安いんですね」
俺がそう言うと、
「このような辺境の大きな街は、常に物資が不足していますから、冒険者だけでなく商人も通行料がかからないのですよ」
マリアさんが教えてくれた。当たり前のことだけど、ちゃんと考えられているんだね。
宿を決めて馬を預け、冒険者ギルドに向かった。
ギルドの中に入り周りを見渡したが、見覚えがあるようなないような……あの時は、生後半年で視力がまだ安定していなかったからね。
「魔石と盗賊のステータスカードの換金をお願いします」
受付カウンターのお姉さんに、換金を頼んだ。
「では、タグを石版にお願いします」
ここの受付のお姉さんも愛想がいいみたいだ。言われたとおり、カウンターの上にある石版にタグを乗せると、お姉さんは、一瞬、真剣な表情に変わったが、すぐに愛想のいい笑顔を浮かべ直した。……いろいろ気付いたはずなのに、流してくれるみたいだね。
「かなり量が多いようなので、別室にご案内いたします」
受付のお姉さんはそう言うと、中央にテーブルとイスがある10畳ほどの別室に案内してくれた。テーブルには、いつもの石版と職員の人が使う画面だけが置かれていた。
「こちらにお掛けになってお待ち下さい。担当の者を呼んで参ります」
お姉さんはそういい残し、部屋から出ていった。
俺達は並んでイスに座り、しばらく待ていると、ギルドの職員の制服を着たエルフ族の男性が入ってきた。すぐに立ち上がり、挨拶しようとすると、
「ハッハッハッ! 君達は本当に冒険者かい? 騎士じゃないんだ。楽にすればいいよ」
男性は、にこやかに笑い、立ち上がろうとする俺達を制してくれた。
「ケイです。Cランクです。こちらはマリア、Eランクです。そして、こちらはアゼル、商人です。よろしくお願いします」
座り直した俺は、とりあえず、挨拶をした。
「これまたご丁寧に、ありがとう。私は、このギルドの事務長のエルバートだ。失礼するよ」
エルバートさんはそう言って、俺達の向かい側の席に腰をおろした。事務長か、偉いさんだったんだね。挨拶をしておいて良かった。
「率直に聞こう。君達の目的はなんだね?」
席に着いたエルバートさんの話し始めると和やかがだった雰囲気が、一瞬にして凍りついた。
「目的ですか?」
「そう目的だ。ケイ君。君のタグに記録されている討伐情報と経歴を確認させてもらったが、異常だ。君はアーク学園卒業1年目のルーキーだ。それにもかかわらず、学園都市を出てから1度も冒険者ギルドの依頼を受けていない。去年の12月に卒業をして、もうすぐ4月だよ。普通では考えられないのだ。差し支えなければ、この街での目的を聞かせてもらいたい。君は、危険な香りが強すぎるのだよ」
たしかにそうだよね。普通はランクを上げるために依頼を受けるからね。エルバートさんは仕事上、この街を護る立場にあるからトラブルを持ち込まれるのを避けたいのだろう。
「この街には、人を探しに来ました。俺はこの街の奴隷商館で生まれたのですが、母は俺を産んですぐに亡くなったそうです。ですが、俺はその商館にいた奴隷の乳母達に育てられました。もし、その商館にまだ乳母の方やそのお子さんが残っているのなら、購入できないかと思い、この街まで来たのですが、ご迷惑だったでしょうか?」
「もしかして、君も噂の前世の記憶持ちかい?」
「はい、そうですが」
「いや、疑って申し訳なかった。見つかるといいね。いや、見つからないほうがいいのかな」
エルバートさんは頭を下げ、笑顔に戻ってくれた。……たしかに、もう誰かに買われて幸せになってくれているほうがいいよね。
「こちらこそ、すみませんでした。俺は何かとトラブルに巻き込まれることが多くて、皆さんに迷惑ばかりかけているんです」
「まぁ、今、少し話すだけでもわかるよ。君は優しすぎるんだろう。悪く言えば、甘いんだけどね。あと、君は追われているよね。追われているというよりも監視されているのかな。君も気付いているようだけど、このギルドにも君が来るのを待っていた人達がいたよね。1つアドバイスをして上げよう。もし次の街でも冒険者ギルドの依頼が受けないのであれば、ギルドに近づかないほうがいい。たぶん、冒険者ギルドから君の情報が漏れているよ」
やっぱりそうだったんだね。精霊の森を通って、1度追っ手を撒いたはずなのに、また、現れたからね。
「でも、知り合いに生存確認を入れるように言われたのですが」
「そんなの大きな都市だけですればいいんだよ。本当に、君は真面目だよね。そんなことじゃ、いつまで経っても追われ続けるよ」
そう言われるとそうだね。それに大きな都市ならそこからどこへ行くのか予想を立てにくいしね。
「ご忠告、ありがとうございます」
「なに、私も、君に期待しているだけだよ。変なトラブルに巻き込まれて死なれると貴重なSランク候補が減るからね。それに、君は人がいい。頼めば、高ランクの依頼を片付けてくれそうだからね。今いるSランクの冒険者は、みんなわがままで、気に入った依頼しか受けてくれないんだよ。早くSランクになってくれよ。……じゃ私は行くから、もう少し待ってくれるかい、査定は別の者がするからね。……あっ! そうだ。この街で何かトラブルに巻き込まれたら、私に言ってくれるといい。ここのギルドマスターに言ってはダメだよ。あの人、トラブルを大きくすることしかできないから」
エルバートさんはそう言い残して、部屋を出て行った。……ここのギルドマスターも問題児なんだね。
エルバートさんと入れ替わるように、先程の受付のお姉さんが入ってきた。部屋の前で待ってくれていたのだろう。
「お待たせいたしました。早速、査定を致します。査定する品を出して頂けますか」
お姉さんは席に着くと、すぐに査定に取り掛かってくれた。
しばらく待っていると、
「今、査定中のステータスカードの中に、討伐依頼が出ている盗賊の物が複数あります。依頼を受けられますか?」
「後からでも、依頼を受けることができるのですか?」
「一応、可能です。普段は、私達職員がそのことに気付いても、ご指摘することはありません。そこは冒険者の自己責任です。換金後、申し出られても対応できないこともありますので、お気をつけください。今回は、こちらが在らぬ疑いでケイさん達に時間を取らせてしまったので、その代償です」
そうなんだね。でも、冒険者ギルドという仕事の性格上、トラブルを未然に防ぐために、あの程度の尋問は必要だと思うんだけどね。まぁ不満を持つ人もいるんだろうけど。
「ありがとうございます。お願いします」
「では、3人のギルドタグを石版に乗せて頂けますか?」
「すみません。1人は商人なので、2人でお願いします」
「わかりました。……あら、マリアさん、2ランク昇格です。おめでとうございます。ケイさんも、Bランク昇格への受験資格が認定されました。試験はどうなさいますか?」
そういえば、Bランクへの昇格から試験があったね。
「今は、いいです」
「ケイさん、いいのですか?」
俺が昇格試験を保留にすると、マリアさんが聞いてきた。
「ええ、マリアさんもCランクなりましたし、マリアさんがBランクへの受験資格が取れたら、一緒に受けましょう」
「ありがとうございます」
「ええっと、宜しいですか?」
さっきまで優しそうだったお姉さんが少し冷たくなったような気がする。女性って難しいね。
「すみませんでした。お願いします」
「いえ、構いません。では、続けます。魔石と盗賊のステータスカード、そして、盗賊の討伐依頼の報酬も含めまして、合計が1475万8000Rになります。そこから、税金と手数料で10%頂きますので、お支払い額が1328万2200Rになります。マリアさんの新しいタグとお支払い金をご用意致しますので、しばらくお待ち下さい」
お姉さんはそう言うと、査定された魔石と盗賊のステータスカードを魔法袋に入れ、部屋から出て行った。……ここは、10%引かれるだけなんだね。たしかにお得だね。
お姉さんが部屋から出ていった後、
「凄い額になりましたね。この間の街で魔物の素材を換金した分も合わせて、1500万を超えます。500万ずつでいいですか? 残りはパーティで使う積立金にしようと思うのですが」
俺がそう提案すると、
「ダメです。すべて、ケイさんのものです。私達はケイさんの婚約者です。財産はすべて、主人であるケイさんのものなのです」
マリアさんがそう断言すると、アゼルさんも頷いている。
でも、この世界でそんな話を聞いたことないんだけどね。どちらかといえば、ステータスカードがあるからなのか、夫婦間の個人の財産は、前世のときよりも守られているような気がするぐらいなのに……キアラさんもリムルさんもそうだったんだ。結局、別れる際に残った積立金の精算をさせてくれなかったんだよね。
「わかりました。お預かりしておきます」
俺がそう言うと、2人は満足そうに頷いてくれた。
「お待たせしました。確認をお願いします」
俺達が話をしていると、お姉さんが戻ってきて、受取金の確認を求めてきた。一応、金貨と端数で袋に分けてくれているみたいだけど、そのまま魔法袋に入れた。
「宜しいのですか!?」
お姉さんは驚いたようだけど、
「ええ、お姉さんを信用します。お世話になりました」
俺はそう言って、2人を連れて冒険者ギルドを後にした。
「ケイさん、本当に確認しなくても大丈夫なのですか?」
ギルドを出た後、マリアさんが不安そうに聞いてきた。
「ええ、俺には、“闇魔法の異空間”がありますから、数える必要がないんですよ。それに、お姉さんが嘘をついていたら、アゼルさんが気付くはずです」
「そうでしたね。お2人とも便利でいいですね」
マリアさんは呆れたようにそう呟いた。




