第1話
無事、米を仕入れることができた俺達は、エルフの姉妹の案内で、精霊の森の西側を南北に伸びる街道まで来ていた。
「私達は、ケイの役に立てたのだろうか?」
馬に馬車を繋いだところで、スザンナさんが自信なさげに聞いてきた。
「もちろんです。お米を仕入れることができた上に、村長のエレオノーラさんとの繋がりを持てたのは、お2人のおかげです。俺達だけでは、あの村に辿り着くことすらできなかったかもしれません。それに、精霊や俺の持つクロエさんの小太刀のことを知ることができたのもお2人のおかげなのですから」
「ケイを見ていると、私達が居なくて問題なかったのではないかと不安になるのだが、そう言ってもらえると助かる。……しかし、これで命を救ってもらった恩を返せたとは私達は思っていない。何かあれば、私達にも頼って欲しい」
「ええ、ありがとうございます」
「あ、あと、1つだけ頼みがある。わ、私のことも、そ、その、愛称で呼んでくれないか? スージーと……いや、クリスは、愛称で呼ばれているのに、そうでないと、私だけ仲間外れにされているようで……」
スザンナさんが赤く頬を染めて頼んできた。それはいいんだけど、うちの2人が……と思って、マリアさんを見ると、
「まぁそのくらいはいいでしょう。許可します」
お許しを得ることができた。
「もちろん、マリアとアゼルにも愛称で呼んでもらいたいのだ……」
「当たり前です。そうでなければ認めることはできません」
「ありがとう、マリア」
あれっ? 俺に頼んでいたよね?
「ケイさんは、私も……」
俺が呆けていると、クリスさんが何かを言おうとして、口をつぐんでしまった。……言いたいことがわからなくもないけど、人は1人で生きているわけではないので、難しいこともあるよね。
「クリスさんのご迷惑にならないのであれば、エルフ族の村にも、そのうち寄らせてもらいますよ」
「本当ですか!……でも私が良くても、ケイさんが嫌な思いをするかもしれません」
「大丈夫だ、クリス。私も手伝う。ケイ達が私達の村に来ても、嫌な思いをしなくて済むように、なんとかしよう」
「そうですね。私達が頑張れば良かったのですね」
なんとかクリスさんも気を取り直してくれたみたいだね。
「では、そろそろ行きますね。お世話になりました」
俺がそう言って、頭を下げると
「ああ、気を付けてな」
「ケイさん。必ず、来てくださいね」
2人は、マリアさんとアゼルさんとも挨拶を済ませ、笑顔で見送ってくれた。
俺が御者台で手綱を握って、馬車を南に向かって走らせていると、
「ケイさん、また安請け合いをして……今のは、仕方がないのもわかりますが……」
俺の右側でマリアさんがブツブツと呟いき、俺の左側でアゼルさんが頷いている。
なぜ、この2人は荷台ではなく、御者台に乗っているのだろう? 狭くもないし、悪い気はしないんだけど……
「ところで、ケイ。本当にアイリスに行くのか?」
アゼルさんが尋ねてきた。
「そうです! 道中、かなり危険だと聞いているのですが、アイリスには何があるのですか?」
マリアさんも気になっているみたいだね。……いつかは話さないといけないし、今でもいいか。
「俺が奴隷だったのは、覚えていますよね?」
「ええ、私も奴隷でしたから」
そうだね。マリアさんも元奴隷だったね。
「俺は、アイリスの奴隷商会で生まれました。俺が生まれてすぐに母は亡くなったそうです。そのため、俺は同部屋にいた乳飲み子の居る方達から母乳をもらっていました。その方達をなんとかしたいと思っていたのですが……」
俺は言葉を選びつつ慎重に話を進めていくと、
「素晴らしいです! その方達を救おうとしているのですね!」
マリアさんが感動してくれたみたいだ。横ではアゼルさんも頷いてくれている。
そういえば、そうだね。奴隷を買うということに後ろめたい気持ちになっていたけど、俺はあの人達を救うために、買いに行くんだよね!
「そうなんです! ずっと気になっt……」
「で、その方達も、さぞかしケイさんの好みのタイプだったのでしょうね」
マリアさんが冷たく言い捨てた。横ではアゼルも頷いている。……ちゃんと俺の疚しい気持ちにも気付いていたんだね。
東側の迷わせの草原と西側の奥に山脈が聳える森の間を抜ける街道を南に向かって馬車を走らせていたが、嫉妬されているうちが華だとは言え、空気が重たいので話題を変えることにした。
「アゼルさんは、この街道も通ったことがあるんですか?」
「ああ、あるよ。ここは、シュトロハイムとダカールを繋ぐ道だからな。でも途中で精霊の森に沿って東へ抜ける道とそのまま南に抜ける道に分かれるんだ。今から通る南へ抜ける道は、マギーさんの商隊に居たころに通ったきりで、今はどうなっているかわからない」
「その頃から危なかったのですか?」
「そうだな、あの人達には関係ないみたいだが、この辺りと比べると魔物も盗賊も多かったな。あと、途中にある村もあまり良くない」
「村が良くないとは、どういうことですか?」
「人がダメだ」
信用できないということかな? まぁ行ってみればわかるか。
「ケイさん、大丈夫なんでしょうか?」
アゼルさんが言っていた分れ道から南に少し入ったところで、マリアさんが不安げな顔をして聞いてきた。
たしかに、道がなくなったからね。いや、轍があるから道なんだろう。
「爺やさんの話では、俺達、3人なら気を抜かなければ大丈夫だと言ってくれていたので、大丈夫だと思いますが、気を引き締めて行きましょう」
「そこは、ちゃんと確認してくれていたのですね」
マリアさんは、少し安心してくれたようだ。……爺やさんのおかげだけどね。
「それにしても、この馬車、あまり揺れませんね」
「リムルが頑張っていたからな。ワタシも手伝っていたが、何をしているのかわからなかった」
アゼルさんは、馬車の構造にも詳しそうなのにわからないということは、前世の技術でも使っているのかな。でも、そんなの壊れたら誰が修理するんだろう? と少し不安になっていると、
「大丈夫だ。この馬車には、リムルの自動修復の術式がかかっている。壊れても、しばらくすれば直るとリムルが言っていた」
アゼルさん、俺の不安を感じとってくれたんだね。
太陽が西の山脈に近づいてきた頃、ちょうど村かが見えてきた。
「今日は、あそこで休みましょうか」
俺が何気なくそう言うと、
「いや、y」
「アゼル、構いません。1度、ケイさんに知ってもらいましょう」
「そうだな。それが早いか」
アゼルさんが俺の意見を否定しようとしたところで、マリアさんが止めた。……何かおかしいのだろうか?
柵で覆われた村の門まで行くと、
「これはこれは、お疲れ様です。3名様ですか?」
門番であろう人間族の男が、下卑た笑みを浮かべながら聞いてきた。
「はい、そうです」
俺が顔を引き攣らせつつもそう答えると
「馬2頭と3名様で、50万Rになります」
へっ! 50万!……
「た、高くないですか?」
あまりの高さに思わず聞き返してしまった。すると、
「なんでぇい。貧乏人かい! 貧乏人を匿う場所なんて、この村にはねぇんだ。さっさとよそへ行ってくれ」
門番の男は興味をなくしたのか、しっしっと手で払いながらそう言った。
「ケイ、行こう。時間の無駄だ」
俺がどうするか迷っていると、アゼルさんがそう言った。
轍しかない街道に戻り、南に向かって走りなおしたところで、
「すみません。あんなに高いとは思っていませんでした。あれで普通なのですか?」
俺が謝り、尋ねると、
「ええ、まだ良心的です。アーク学園都市や3大大国と結ぶ主要街道は、人通りも多く危険が少ないので、村に出入りする通行料は低く抑えられています。高くすると誰もそこに留まってくれませんからね。逆にそれ以外のところでは、人通りが少なく危険ですので、通行料は高くなります。でも、村の依頼を受けた冒険者やそこで商いをしてくれる行商には安くしているようです。さすがに街レベルになるとそこまで酷くはありませんが」
マリアさんが説明してくれた。
「じゃあ、みんな1人10万以上も払っているんですか?」
「いえ、普通はみんな、村や集落では留まりません。水や食糧を切らせた場合や、急病や怪我などの場合は、仕方なく留まることはありますが、私達のように水も食糧も十分あれば、野宿が基本です。あとは……」
「すみません。つけられていますね」
さっきの村で入村を断わられてから、10人ぐらいに尾行されている。
「はい。あのとき、3人と言ってしまいましたからね。いいカモだと思われても仕方ありません」
「だから、2人は御者台に乗っているんですね」
荷台には幌があるから、中に何人乗っているがわからないからね。
「いや、それだけではないぞ」
「アゼル! ケイさんにはそう思って頂いておけばいいのです」
「ああ、そうだな」
それだけでもなかったんだね……
「でも、どうしましょう。このまま走り続ければ諦めてくれるでしょうか?」
「いや、やろう」
「そうですね、やりましょう」
俺が尋ねると、2人は“やる”と言ってるけど、きっと“殺る”だよね……やっぱり、この世界の人は、盗賊相手には容赦がないんだね。
「少しお願いがあります」
この2人にならいいだろう。
「どうしたんですか?」
「生け捕りにできますか?」
「氷漬けでよければできますけど、どうするのですか?」
「後で説明します。見ててください」
俺はそう言って、馬車と停めた。




