第13話
「はい! どうぞ、出ていってくださ~い」
エルフの姉妹に視姦されながら、マリアさんとアゼルさんに汗を流してもらった。そして、体を拭いてもらい、服まで着せてもらったところで、マリアさんに部屋から出て行くよう、命じられた。
「いや、私達も見られるのは恥ずかしいが、部屋から出てもらわなくても……なぁ、クリス?」
「はい、後ろを向いておいてもらえれば……」
スザンナさんとクリスさんが、優しさをみせてくれたが、
「ダメです。ケイさんは、見るなと言われれば見ない方です。そこは信用できます。ですが、音と気配だけで愉しむすべをお持ちだと、リムルが言っていました」
「そ、そうなのか!?」
マリアさんの説明にスザンナさんが驚いているけど、リムルさん、なんで知っているんだよ!
「ええ、先程は、お2人の裸を思い出されて、あんなことになったのです。……ですよね、ケイさん!」
なぜ、断定? 疑問の余地はないの?
「い、いや、そ、そ……」
「はい、確定です。このように、ケイさんは、記憶力と想像力が豊かなのです。ですから、お2人は、ケイさんが部屋から出られた後、消音と気配遮断の結界を張ってください」
「わ、わかった。……しかし、そこまでしなくても、私達もケイの体を見せてもらったのだから……」
スザンナさんは、それでも優しさをみせようとしてくれたが、
「あの時、約束しましたよね。もちろん、お2人にケイさんと生涯を共にする覚悟があるのなら、私もアゼルも何も言いません。ですが、そうでないのなら、認めるわけにはいきません!」
「わかった」
約束って、もっと軽いものだと思っていたけど、なんか凄そうだね……
今回は俺が意見できるような状況ではなさそうなので、素直に部屋を出て、1階の食堂に行くことにした。
「あら、お1人ですか?」
1階に降りると、宿泊の手続きをしてくれたエルフのお姉さんがカウンターから声をかけてくれた。馬を預かってくれた女の子は、食堂の掃除をしているみたいだ。
「はい、ビールを1杯頂いてもいいですか?」
「もちろんです。どうぞ、お掛けになってください」
お姉さんに勧められてカウンター席に座るとすぐにジョッキに注がれたビールが出てきたので、そのままひと口飲んだ。……誰かに作ってもらった料理や飲み物に手を加えるの嫌だからね。
「お客さん、商人ではないですよね?」
お姉さんが尋ねてきた。
「はい、俺は冒険者です。連れに1人商人がいますが、どうして、わかったのですか?」
「お客さん、この村、初めてですよね。この村には、あまり商い以外で来る人が少ないのです。商人の方でしたら、まだ日も高いですし、書き入れ時ですからね」
なるほどね。身元調査も兼ねているのかな? 目的のわからない余所者は怖いからね。
「冒険者なのですが、お米を買いに来たのです。でも、今、村長さんから課題を出されているので、買えるかどうか、わかりませんが」
「そうだったのですね。村長さんですか……賢いやり方です。あの方に気に入られれば、この村だけでなく、この草原一帯の農作物を仕入れることができますからね。ただ、気難しい方なので、頑張ってくださいね」
あの村長、凄い人みたいだね。あと、小売の店があるのに、なぜ、スザンナさんが村長さんを紹介してくれたのか気になっていたけど、スザンナさんは、後のことも考えていてくれたんだね。
その後、エルフのお姉さんと世間話をしていると、
「ケイさん! またですか! ちょっと目を離すとすぐそうなんですから!」
マリアさん達が迎えに来てくれた。……アゼルさんの嫉妬深さは前からだけど、マリアさんもどんどん嫉妬深くなっていくよね。お米を買った後、次は奴隷を買うかもしれないのに、どう説明したらいいんだろうか……
翌朝、目を覚ますとマリアさんとアゼルさんに抱きしめられていた。2人とも背が高いし、おっぱいが大きいから包みこまれているようで、気持ちいいんだよね。
「ケイさん、お米料理はどうするのですか?」
朝食の席で、マリアさんが尋ねてきた。
「初めから決まっています。何もしません。白いご飯でいきます」
「たしかに白いご飯は美味しいですが、おかずあっての白いごはんですよね? 白いご飯だけでは、味気ないと思うのですが……」
マリアさんが心配してくれているけど。
「だからいいのです。俺にとって、白いご飯は、パンの代わりです。あの村長さんなら、この事をわかってくれるはずです」
「そうでしょうか。ケイさんなら、いろいろできるのに……」
まぁ俺も心配なんだけどね。
朝食後、どうせならと、村長さんに作るところから見てもらうことにした。
「面白い魔法だね。それは何をしているんだい?」
村長さんが見ている前で、“精米魔法”を使って、昨日貰ったお米を精米していると村長さんがニコニコしながら尋ねてきた。
「これは、米の表面を削っています。前世では精米と呼んでいましたが、これをすることによって、米特有の臭みが少なくなります」
「そうなんだね」
ちゃんと興味を示してくれているみたいだ。
精米後、洗米をしていると、
「かなり丁寧に洗っているようだけど、それも意味があるのかい?」
村長さんが、また質問をしてくれた。……いいところに気付いてくれるよね。
「はい、この白く濁っているのが米の臭みです。できるだけ手早く、濁った水を米に吸わすことなく、水が濁らなくなるまで、洗うのがポイントです」
「うんうん、なるほどね。続けて」
洗米後、ザルにあげて、吸水の時間に入った。……今ぐらいの気温と湿度だと、1時間ぐらいは吸水させたいんだけど、どうやって時間を繋ごうかと考えていると、
「それは、その状態で置くにも意味があるのだろう?」
「はい、乾燥した米に、中まで水を吸わせています。水の中に漬けておいても吸水はしますが、表面がふやけてしまうので、ザルにあげるほうがいいと俺は考えています」
「よく考えているね。これは、決まった時間とかあるのかね?」
「はい、気温と湿度によって、30分から2時間程度の違いがあります。今の気温と湿度だと1時間ぐらいが理想です」
「それがわかっていて、私を待たせるということは、出来上がりには自信があるんだね。期待しているよ」
村長さん、理解力が高くて助かるんだけど、その分、プレッシャーもあるよね。
「できました」
ご飯が炊き上がり、蒸らし終わったところで、器に装い、村長さんに差し出した。
「どれ」
村長さんはそう言って食べ始めた。でも、盛ったご飯はすべて食べてくれたけど、黙ったまま何か考えているようだ。
俺達も黙ったまま待っていると、
「1つ、問題がある。それを解決できるのなら、米を売ってあげよう」
今までずっと笑顔だった村長さんが、真剣な顔をしてそう言った。
「問題ですか?」
「ああ、そうだ。君は、今、魔法を使って、このご飯というのを作ったよね。その使った魔法なのだが、私の知る限り、誰にもマネができない。あんな非効率的な術式、見たことないからね。そこでだ。魔法を使わず、このご飯を作ることはできるかい?」
俺の魔法って、非効率的だったんだね。それに村長さん、人が組んだ術式までわかるんだね。
「まず、精米ですが、鍋に米を入れて、すりこぎで突けばできます。大量に精米する場合は、水車を使えばいいと思うのですが、力加減が難しいかもしれません。表面を削るだけで、潰すわけではないので」
「なるほど、水車か……で、あとは?」
「炊くのは、かまどに火を熾せば、誰でもできると思います。鍋のふたが少し重いほうがいいと思いますが」
「わかった。一緒に来てくれ……と、その前に、その残りをくれ。私のだ」
たしかに、村長さんに食べてもらうために、貰った米だからね。……リムルさん達に作ってもらったお櫃にご飯を入れて、村長さんに渡した。
「この木の入れ物にも、意味があるのかい?」
木製のお櫃を珍しそうに眺めながら、村長さんが聞いてきた。
「いい湿度のまま、保つことができます」
「うん、いいね」
村長さんに笑顔が戻った。
村長さんの家を出て、向かった先は水車小屋だった。
村長さんは扉を開け、中に居たドワーフ族のおじさんと話し始めた。水車小屋がそれほど大きくなかったので、外から見ていることにした。水車の音がうるさくて、話している内容を聞き取ることができなかったが、おじさんの表情は険しい。
無理か……と思ったら、
「お前、ケイか! そうだよな! あの酒、旨かったぞ! それに、あの“はんばぐ”だったか? あれも旨かった!」
俺に気付いたおじさんが、声を上げながら、俺のほうに笑顔で駆け寄ってきた。
「“ハンバーグ”です。あの日、来て頂いていたのですか?」
「ああ、たまたまドワーフの村に寄っていたんだ。もしかして、米の注文、お前からか?」
「はい、できれば、お願いしたいのですが」
「よし、わかった。やろう!」
「ちょっと、待て!」
俺とおじさんが話を進めていると、村長さんが割り込んできた。
「なんだ、村長」
おじさんが聞き返すと
「お前、さっき、できないと言っていたじゃないか!」
「難しいとは言ったが、できないと言った憶えはない。それに、コイツの作るものは、旨いんだ。間違いない」
「まぁいい。頼んだぞ!」
「任せてとけ!」
「なぜ、村長の私が言ってできないことが、ケイが言うとできるのだ……」
村長さんが何か呟いているけど、まぁいいだろう。
次に向かった先は、俺達が泊まっている宿屋だった。
「あら、村長さん。それにケイさんも。まだ課題中なんですか?」
「ああ、そうだ。ケイが作る、ご飯という米料理を女将さんができるようになれば、課題は達成だ」
「わかりました。私も料理のレパートリーが増えるのは助かりますからね」
「ご飯というのは、主食だ。パンの代わりになるはずだ。そうだろう、ケイ?」
「はい」
「なら、ますます楽しみですね」
「ああ、頼む。……ケイ。女将さんがご飯を作れるようになったら、取りに来い。3千kg、用意しておく」
村長さんはそう言い残し、宿から出ていった。
「村長さん、どうかなされたのですか? 機嫌が悪そうでしたが」
宿屋のお姉さんが心配してくれているけど、ちゃんと用意してくれると言っているし、問題ないだろう。
3日後、村長さんの家に向かった。
「えらくかかったみたいだね」
村長さんが笑顔で出迎えてくれた。……もう機嫌は直ったみたいだね。
「はい。白いご飯を炊くのは、すぐに覚えて頂いたのですが、ついでに、いろいろアレンジも覚えてもらいました」
「うんうん。君はよくわかっているね」
「村長さんは、ご飯を普及しようとしているのですよね?」
「そうだ。君には、新しい可能性を貰った。感謝しているよ。さぁ、ついてきてくれ」
村長はそう言うと、外に出て、家の裏手に回った。裏手に並んだ建物は、すべて納屋のようだ。表から見ているときは、誰かの家だと思っていたんだけどね。
「ここの米は、君の物だ。持っていくがいい。多ければ、ここで預かっておこう」
村長さんは、1軒の納屋の扉を開けて、そう言った。
中を覗くと、俵が積みあがっていた。
「全部、持っていってもいいですか?」
「構わないが、持てるのかい?」
「はい、サタン様に頂いた魔法袋がありますから」
「サタンって、魔王か!?」
「はい、そうですが?」
「ヤツは、元気なのか?」
「はい、半年ほど前に会いましたが、元気でしたよ。お知り合いですか?」
「ああ。あまり表立っては言えないが、500年前の戦争が終ってから、しばらくは、互いに不作のときなどに食糧を補い合っていたのだ。最近は、こちらも向こうも安定しているので、会うことはないがな」
種族的には仲があまり良くないと思うんだけど、裏ではそういうこともしていたんだね。
納屋に積まれていた俵をすべて魔法袋と通して、俺の異空間に移し終えたところで、
「で、おいくらですか?」
値段の確認をした。そんなムチャな金額を言われることはないと思うんだけど、
「50万Rだ」
「へっ! 安すぎるでしょ!」
「そうだな。最低でも100万は欲しいところだが、半分は私に持たせてくれ。君は教会の炊き出しでご飯を出してくれるのだろう? それは、ご飯の宣伝になるよね。そのための費用だと考えてくれればいい」
たしかに、ご飯の布教は考えていたけど、まさか半分持ってくれるとはね……
「ありがとうございます。頑張って宣伝してきます」
「まぁ、そこまで気負う必要はないよ。この村には、各地から商人が大勢来る。そして、その商人達が泊まるのは、あの宿だ。女将さんが上手く宣伝してくれるよ」
「そう言ってもらえると助かります」
「そうだ。まだ名乗っていなかったね。私は、エレオノーラ・マスグレイブ。この子達の血縁者だ。何かあったら、私に言ってくるといい。力になろう」
そうだったんだね。マズグレイブ家って、たしかエルフ族の中でも名家だったよね。
村長さんと別れの挨拶を済ませ、宿に向かっていると、
「ケイ。やはり、お前は凄いな。あのエレオノーラ様に名乗らせるとは。さらに援助の約束まで取り付けるとは思わなかったぞ!」
スザンナさんが少し興奮しているようだ。
「そんなに凄いことなんですか? エレオノーラさんは、この草原の農作物を取り仕切っているみたいですが」
「知っていたのか!……しかし、それだけではないのだ。あの人は、表に出てくることはあまりないが、エルフ族の中で、族長である私達の父よりも、発言力を持っているのだ。昔は、何度もエルフ族の危機を救ったらしい。だから、あの人に逆らえる人は少ないのだ」
水車小屋のおっちゃんは逆らっていたけど……あぁ、あの人はドワーフ族か。
「ありがとうございます」
「なぜ、私に礼を言うのだ?」
「そんな凄い方と知り合えたのは、スザンナさんとクリスさんのおかげですから」
「そうか、私達も少しはケイの役に立てたのだな」
そう言ってスザンナさんは、クリスさんのほうを向いて笑顔で頷きあっている。……少しは気が晴れてくれたのかな。
「ケイさん、もう行かれるのですか? もっといろいろ教えて欲しかったのに」
宿屋のお姉さんが少し寂しそうしてそう言ってくれたが、商売上手だね。
「ええ、お世話になりました。宿泊代はいくらになりますか?」
「結構です。村長さんにもう頂いております。それに、本来なら私のほうがお金を支払わなければならないくらいです。それだけのことを教えて頂きました。本当にありがとうございました」
お姉さんはそう言って、頭を下げてくれた。
「いいのでしょうか?」
俺が戸惑っていると、
「構いません。この村で村長さんに逆らえる人はあまり居ませんから。……あっ、そうだ! ケイさん、婚約者がたくさん居られるのですよね。このソニアも、ついでに貰ってもらえせんか?」
お姉さんはそう言って、横に立っていた女の子の背中を少し押した。
「お、お母さん!」
ソニアちゃんは、顔を赤くして抗議している。……当たり前だよね。エルフ族の女の子が勝手に人間族の婚約者にされるんだから。
「ソニアちゃんはまだ小さいですし、機会がありましたら、お願いします」
俺も社交辞令で返しておいたが……
「あら、そんな返事よろしいのですか。この子、本気にしますよ」
お姉さんはそう言って微笑んでいる。
間違えたのかっ!……ソニアちゃんを見ると、顔を赤くしたまま俯いていた。
そして、後ろからは、
「ケイさん、わかっていますよね」
みんなからの冷たい視線と共に、マリアさんの氷のような声が響いてきた。
今話で第4章が完結です。次話から第5章になります。




