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第8話

 魔法の訓練が始まってから3ヶ月が過ぎた、ある暑い日。ついに魔法第1号が完成した。その名も……


 “ビールを冷たくする魔法”


 木のジョッキに入った、黒ビールを冷たくすることに成功した。


 俺の願望が形になった瞬間だった。


 黒ビールは常温でも飲めるけど、暑い日は冷たいビールにかぎるよね。ベルさんにも好評だ。ベルさんは、普段あんまりビールを飲まないにもかかわらずだ……少し呆れられたが、凄いことらしい。こんなに繊細に温度を変えれる魔法は、この世界にはなかったみたいだ。やっぱり、“俺は食に関してチートだ”と思った瞬間でもあった。なお、この世界ではアルコールよりも飲める水のほうが高価なのでアルコールの摂取に厳しくない。


 その日から、夕食には冷たいビールが添えられることになった。ちなみに、まだ白い御飯は食べることができていない。玄米ごはんよりもパンのほうが美味しいよね。あと鰹節がないので、和食が進まない。ブイヨン、ホワイトソース、トマトソース、デミグラスソース、カルボナーラソースなど、洋食のバリエーションは増えたんだけどね。


 今日の夕食は、下味を付けて一口サイズに切り分けた豚バラ肉とぶつ切りにしたジャガイモ、キャベツ、玉ねぎを炒め、トマトソースとブイヨンで煮込み、味を調えたものを、皿に盛り付けてから削ったチーズと千切ったバジルをのせた、豚と野菜のトマト煮だ。本当はここにパン粉をのせて、オーブン焼きにしたいんだけどね。……そうだ! この次は“オーブン魔法”にしよう。


 一階にベルさんを呼びに行くと、誰かと話しているようだ。


「あぁケイ。彼はゲルグ。君の武器を作りに来てくれたらしい。彼の分も食事はあるかい? 今日は下で食べよう」


「わかりました。はじめまして、ケイです。よろしくお願いいたします」


 俺は、できるだけ丁寧に頭を下げた。


 白い髭面のちっこいおっさんは、怖い顔で頷いたようだ。ドワーフ族かな?


「すぐにご用意いたします。あちらにお掛けになって、しばらくお待ちください」


 俺はそう言うと、急いで階段を駆け上がり、キッチンに向かった。後ろで


「なんであいつ、四つん這いなんだ」


 と聞こえたが、気にしない。今はまだ、四つん這いのほうが速いんだから仕方がない。



 異空間や魔法袋も使い、急いで休憩所のテーブルに、トマト煮と、パン、冷たいビール、昨日の焼き鳥を用意した。焼き鳥だけど、醤油はあったんだよね。みりんはないけど、黒砂糖ならあるし、日本酒らしきものもあったので、たまに作って時間を止めた異空間に貯めてるんだよ。そういえば、焼き鳥はフライパンで焼くとタレが絡みやすく、クシも焦げないから焼きやすいよ。


「乾杯!」


 ベルさんの掛け声で、食事が始まった。


「おぉ! ビールは冷やすと旨いな。もう一杯貰おうか」


「少々お待ちください」


 俺はジョッキを受け取りビールを注ぐと、魔法を使った。


「なにぃ! 魔法か!……おい、ベルさん、魔王が言うから仕方なく来たが、こいつはスゲェな、この料理も旨いし、これも魔法で作っているのか?」


「ケイは、まだその魔法しか使えない。料理は異世界の料理だ。前世で料理人だったらしい」


「なるほど、前世の記憶持ちか……おい小僧、酒は作れないのか! 酒は!」


 ゲルグさんが興奮しているけど、俺は梅酒などのリキュールぐらいしか漬けたことがない……


「どうぞ……。作ったことはないです。知識ならあるのですが……」


 俺は冷たくしたビールを渡しながら、恐る恐る聞いてみた。


「あぁすまん……で、知識ならあるって、どんな酒なんだ?」


 ビールを飲んで、少し落ち着いてくれたようだ。


「蒸留酒って、ご存知ですか? アルコール度数……酒精を強化したお酒です」


「火酒か……北のほうにそういうスキルを持った種族がいるらしいんだが、できるのか?」


「ゲルグさんは、鍛冶師ですよね? できればガラスで、できなければ金属で細い管を作れますか? こうゆるやかなコの字型で、酒の入っている樽が密閉できるように口の周りをゴムで加工できませんか?」


 俺は、図に書いて説明した。


「金属なら出来そうだが、ガラスのほうがいいのか?」


「金属はどうしても匂いが移るので、こだわるならガラスですね」


「うーん……やっぱり、ここはこだわろう。ケイ、お前、武器は急ぐか?」


 しばらく考えていたゲルグさんが、尋ねてきた。小僧からケイに昇格している。


「いえ、まったく。前世でも料理で包丁以外、武器らしいものを握ったこともないので」


「よし、わかった。わしは、明日からガラスの修行に行ってくる。なに、少しはできるんだ。納得のいくものができたら、すぐに戻ってくるから心配するな。あと、なにが必要だ」


「しゅ、修行ですか……ビールのような泡のない穀物酒と土で出来た甕があればできると思います……ただ、酒精を強化するだけなら、時間はそれほどかからないのですが、より美味しくするには、一年ほど地下室か土の中で寝かせるほうがいいはずです」


 いや、いいね、職人だね。旨いものを喰いたければ、こだわらないとね。


「そうか……一年か……いや、旨い酒が飲めるなら、一年くらい待とう……酒と甕はワシが用意しよう。地下室はベルさん頼む」


「かまわないが……」


 久しぶりにベルさんの声を聞いた気がする。


「おい、ケイ。ビールを冷やしてくれ」


 こうして、この日の夜は更けていった。ビールを冷やすのも魔法の訓練だし、いいよね。



 翌日の朝食後、ゲルグさんは、転移ゲートを使って帰っていった。


「ケイ、できるのかい?」


 ベルさんが笑顔で聞いてきた。何かいいことでもあったのだろうか?


「たぶん“ビールを冷たくする魔法“を応用すれば、できるはずです。できないと次に使いたい魔法ができないんです」


「次の魔法って、どんな魔法だい?」


「決めた空間内を、250℃まで上げます。出来れば、自由に温度を調整できるようになりたいんです。名づけて“オーブン魔法”です」


「オーブンって、パンを焼く釜かい?」


「あっ、はい、そうです。これが出来れば、昨日のトマト煮が更に美味しくなるはずです」


 そういえば、パンがあるんだから、オーブンもあるよね……うん、そんなに凄くなかったね。


「そんなに落ち込まなくても、十分凄いよ。前にも言ったが、この世界には、そんな繊細な魔法操作を出来る魔法使いはいないからね。前のギルドマスターもそういうことを研究していたのだから……それに、あのゲルグと仲良くなれるのは、凄いことなのだよ」


「ゲルグさんは、やっぱり難しい人なんですか?」


「そうだね。彼は人間族が嫌いなのだよ。だから、最近はデス諸島に暮らしているはずだよ」


「デス諸島に移住されたんですか? 制限とか大丈夫なんですか?」


「デス諸島は誰でも移住が認められているね。救済処置なのだろうけど……だからこそ、デス諸島に対して良く思ってない王族や貴族、領主が多いのだろうね」


「偏見や差別だけでなく、政治的な意味でも、デス諸島はアーク大陸からよく思われていないのですね」


「そうだね、民イコール税としか見ていない統治者も多いからね。新しい勇者も生まれたし、これから時代が動くかもしれないね」


 ベルさんの意味あり気な言葉を最後に、また日常へと戻っていった。



 それから2週間ほどして、ゲルグさんはまたやって来た。


「おーい、ケイ。出来たぞ! これでいいか!……って、なんでおまえ、全裸なんだ?」


 ついに、ベルさんとサタン様以外にも全裸を見られてしまった。まぁおっさんに見られても何の問題もないよね。

 今日も、朝食後、四つん這いで広場を妄想しながら駆け回っていたら、ギルドの扉が開き、ゲルグが声をかけてきた。俺は背中に背負っていた魔法袋からローブを取り出し羽織った……そして、また脱いだ。火照った体に保温機能は辛らかった。


 ギルドの中に入ると、ゲルグさんが自慢げにゴム栓付ガラス管を見せてきた。


「完璧ですね。強度もありそうだし、いけますよ。これなら」


「そうなんだ、その強度が出せなくて、苦労したぜ」


 ちっこいおっさんが嬉しそうにしている。きっと苦労したのだろう。前世で理科の実験のときに使ったものと比べても遜色なさそうだ。強度だけでいえば、ゲルグさんのほうが明らかに良さそうにみえる。職人の拘りを感じるね。


「では、やりましょう」


 ゲルグさんが用意した酒は麦と芋だった。たぶん、糖質発酵させたものだろう。蒸留すると、ウイスキーやウォッカになるヤツだね。


 蒸留に関しては、もう完璧だ。あれから2週間、魔法の訓練は蒸留に費やした。嬉しい誤算だったのは“ビールを冷たくする魔法”は、“温度を調整する魔法”だった。さらに、樽内部で気化したアルコールに水分が含まれるとわかるようにもなった。たぶん限りなく78℃に近い温度に安定させることができるはずだ。ひとつ問題があるとすれば、俺もベルさんと同じで術式化の過程がわからない。これからも苦労しそうだね。


 まずは、芋酒から蒸留することにした。クセがあるし寝かせなくても、うま味があるだろう。ゲルグさんも、納得してくれるといいんだけどね。18Lぐらいある樽から3回蒸留すると、アルコール度数が40度ぐらいになった。時間は30分ほどで終わったけど、できあがった蒸留酒は6Lぐらいになった。思った以上に減って、少し焦ったが……


「ケイ、これ、火酒じゃねぇか!……オマエ、スゲぇもん作ったな!」


 ゲルグさんは、バシバシ俺の肩を叩きながら、旨そうに蒸留酒を飲んでいる。


 正直そんなに美味しくない。消毒液臭くて、うま味もへったくれもなかった。ベルさんも顔をしかめている。美人は顔をしかめても美人だね。ゲルグさんが喜んでくれたから、とりあえずは、成功でいいだろう。


 麦もやってみたが、


「これも、すっきりして、いい!」


 お気に召したようだ。


 麦は、まだ飲めそう。クセもなくウォッカのような感じだ。冷たくしてライムをしぼったら、ベルさんも頷いているが美味しそうではない。


「ケイ、これを1年寝かせたら、もっと旨くなるのか?」


 ゲルグさんが、目を輝かせながら聞いてきた。


「絶対とは、言えませんが……好みとしか……」


 今、俺の目は泳いでいるだろう……


「いや、構わねぇ。作ろう! すぐ、作ろう!」


 残り9樽ずつ、約324Lを蒸留するのに、10時間ほどかかった。2Lほどの甕に100本ほどでき、いつの間にか出来ていた地下室に安置しておいた。……美味しくなりますように。


 この日は遅くなったので、簡単に食事をすませて寝ることにした。


 翌朝、まだ暗い中、目が覚めた。だんだんと日の出の時間が遅くなってきている。いつものように掃除と洗濯をし、朝食の用意が休憩所にできたので、宿泊施設にゲルグさんを起こしにいった。


「ケイ、早いな……飯か、すぐ行こう」


 ゲルグさんが床に座って寝ているのかと思ったら、瞑想していたみたいだ。ただの酒飲みではないらしい。転移ゲートを使えるし、Sランクの冒険者なのだろう。


「あ、はい、おはようございます。ご用意できました」



 朝食の後、ベルさんが話しはじめた。


「ゲルグ、頼みがある。君の鎚術を、ケイに教えてやって欲しい」


 まだ4足歩行の段階なのだが、いいのだろうか?


「構わぬが、ケイには戦闘の才能を微塵も感じぬ、いいのか?」


 やっぱり、ないのね。エリスさんも言ってたしね。


「だからこそだ。回避と魔法は私が教える。相手の術を知れば回避にも役立つ。私にも教えられるが、専門家のほうがいいだろう」


「まぁベルさんや魔王が気にかけるんだから、普通ではないのだろう。蒸留酒のこともあるし、引き受けよう」



 そして、俺の訓練に鎚術が加わった。


「ケイ、まずこの木槌を使え」


 ゲルグさんは、魔法袋から全長1.5mぐらいありそうなでかい金鎚と同じ大きさの木槌を取り出した。


「いいか、ケイ。まずは見ていろ。振り下ろしからだ」


 ゲルグさんは、左足を前に、持ち手は左手を下にして、金槌を中段に構えた。そして、ゆっくりと大きく左足を踏み出し、ゆっくりと金槌を振りかぶり、そして、ゆっくりと振り下ろした。次に、足と持ち手を左右逆にして構え、同じように、ゆっくり右足を踏み出し、ゆっくりと金槌を振り下ろした。


 ちっこいおっさんがでかい金槌を振り回しているだけなのに、なせが美しく感じた。


「どうだ、ケイ。両方やってみろ」


「はい」


 俺も、同じように構え、大きく踏み出し、大きく振りかぶった瞬間……こけた。


「いや、それでいい。もっと大きく踏み出して、同時に踏み込むんだ」


 言われたとおり、おおきく踏み出して、強く踏み踏み込もうとしたが、大きく振りかぶった時に、またこけた。


「それでいい。お前はまだ、体ができてないからバランスを崩さないように、左右交互にしろ」


 それから30分ほど、左右交互にやっていたが振りかぶるとこけるので、振り下ろせていない。


「よし。ちょっと待て」


 ゲルグさんの指示で止まった。単純作業は好きだが、作業になってないとさすがに辛い。今日はゲルグさんがいるので、サタンさまのローブ着ているから痛くはないけど……ゲルグさんの後ろを見ると、ベルさんがニコニコしていた。……うん、美人さんだね。


「ケイ、何が悪いか、わかるか?」


 ゲルグさんが聞いてきた。


「足、腰が弱いからですか?」


「違う。確かにおまえは足、腰が弱い。でも、そんなの関係ねぇ。型通り体を動かせば、必ず振ることができる。いいか、ケイ。お前は、右手でコントロールしようとしているんだ。だからバランスを崩してこける。もしお前に力があれば、こけずに踏ん張れただろう。でも、そんなことに何の意味もない。だから、こけてもいいんだ。わかったら、右手でコントロールしようとせず、体全体の力を使うイメージで振るんだ。よし、続けろ」


 それから2時間後、なんとか降り下ろせるようにはなった。でも、振り下ろした後、ふらつく。言われることはわかるけど、無意識なので難しい。


「よーし、ケイ。今日はここまでにしよう。あとは、普段の訓練でもやってろ」


「ありがとうございました」


 俺が頭を下げると、ゲルグさんとベルさんはギルドに帰っていった。


 その後は、また走りはじめた。最近の走り方は、両手、両足を揃えて、カエル飛びのようになっている。直線ならこれが速いみたいだ。急には曲がれないけどね。……そして、また妄想の世界へと入っていった。


 その日の夕食のとき、ゲルグさんが、飲んでいた蒸留酒のコップをテーブルに置き、真剣な目をして俺に話しかけてきた。


「昼間ベルさんと話し合ったんだが、お前の武器を作るのは、まだ早い。鎚術教えている間、暫くはいるがわしも出て行く……それまでに蒸留酒をできるだけ作って欲しい。酒はベルさんに預けてある。頼む」


 なんかマズいことでもあるのかと思ったら、そんなことか……


「いいですよ、魔法の訓練にもなります。任せてください」


 

 そうして、ひと月後、ゲルグさんは酒の入った魔法袋を大事そうに抱えて帰っていった。……鎚術は、振り下ろしと横払い、左右ともに、型だけは合格をもらえた。……まだ金鎚では振れないから、槌術だね。



 あと魔法だけど、新しい魔法ができたよ。名付けて“洗濯魔法”……まだ、たらいに水を入れて、左右混ぜることしかできないけどね。……最終的には、空中に水も魔法で作って、すすぎ、脱水、乾燥までできるようになりたいと思っている。名付けて“全自動洗濯機魔法”だね。……いつのことになるのやら。


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