第12話
精霊の森で一夜を過ごすことになったが、ここは森のどの辺りなんだろうか。Cランク以上の魔物の魔力は感じないけど、Dランク以下の魔物は結構居るんだよね。でも、精霊のおかげなのか、クリスさんやスザンナさんのおかげなのか、こちらには寄って来ないみたいだ。
食事の後は、俺が周りを警戒しながら、火の番をすることにした。リムルさんが用意してくれた馬車は、4人なら詰めれば寝れるけど、俺が一緒だとエルフの姉妹はゆっくり寝ることができないからね。
みんなが寝静まり、日付が変ったぐらいだろうか、スザンナさんが静かに馬車から出てきた。……用を足しに行くのかな?
「おい、今、失礼なことを考えていただろう?」
馬車から出てきたスザンナさんは、俺の前に座り、声を落として抗議してきた。……何でわかったんだろう?
「いえ、そんなことありませんよ」
俺は、視線を逸らし誤魔化した。
「そんなことよりも、聞きたいことがある。少しいいか?」
気を取り直したスザンナさんが、小さな声で話しかけてきたけど、みんな起きているんだよね……
「ええ、どうぞ」
「お前は、何者だ?……いや、何かを疑っているわけではないのだ。なぜ、私やクリスがお前に惹かれるのだ。私達はエルフ族だ。なのに、なぜ人間族のお前に惹かれなければならないのだ?」
いやいや、そんなの俺にはわかりませんよ!
「……」
俺が黙っていると、スザンナさんは続けて話してくれた。
「お前達を見ていると疑問に思うところもあるが、普通、他種族に恋愛感情を抱くことはない。他の種族と比べても、エルフ族は特にそれが顕著なはずなのだ。なのに、お前には惹かれるのだ。……お前には、何があるのだ?」
俺もつい忘れそうなるけど、この世界では、他種族間での恋愛や結婚ってあまりないんだよね。
でも、そろそろ……
「えっ! もしかして、みんな起きているのか!?」
スザンナさんも気付いたみたいだね。……アゼルさんの殺気に。
「はい、スザンナさんが馬車から出るときに、みんな起きたみたいです」
「なぜ、言ってくれなかったのだ!……今のは忘れてくれ! もう寝る!」
顔を赤くしたスザンナさんが、そう言い残し馬車に戻っていった。
「ね、ね、姉さん! な、な、何てこと言うんですか!」
「いや、違うのだ。少し気になっただけなのだ」
「いえ、詳しく聞かせてもらいますよ。あと、クリスさん。消音結界をお願いします」
馬車の中では、クリスさんが動揺し、スザンナさんが言い訳をし、マリアさんが凄んでいるけど、こういうのもいいだろう……
翌朝、みんなの寝不足を心配したけど、なぜか、みんな晴れやかな顔をしていた。
「何を話していたんですか?」
「内緒です」
移動中、馬の上で俺の背中に抱きつくマリアさんに聞いてみたけど、教えてくれなかった。
休憩を多めに取りながら、小さな川に沿って南へ進んでいくと、川はいくつか合流し、川幅が広くなっていった。そして、森を抜けるころには、深さも増し、幅が10mぐらいの川になった。
「ここからは、“迷わせの草原”になる。はぐれないように気を付けてくれ」
スザンナさんはそう言うと、馬の速度を緩め、進み始めた。……精霊の森の南側にも“迷わせの草原”があるんだね。それに、川沿いを進んでも迷うみたいだね。
草原の中を流れる川に沿って進んで行くと、川がふた手に分かれているところで中州に向かって橋が架けられていた。
「この橋を渡ると目的の村がある。しかし、エルフ族の村ほどではないが、よそ者には厳しい村だ。ケイ達は大丈夫だと思うが問題を起こさないでくれ」
橋の前で馬を止め、スザンナさんが忠告してくれた。出発した日に、2日ほどかかると言っていたので、1日遅れで着いたのかな。あの後も休憩中や寝る前などに“精霊”の話を聞いたけど、特に新しいことはわからなかった。
橋を渡り中洲に入ると田園が広がっていた。中州というよりも扇状地みたいだね。……だけど、変だ?
田園を見渡すと、田んぼによって、育ち具合が違う。水を溜め、苗が植わっているところもあれば、稲が黄金色の穂を垂れているところや、まだ青々と育っているところもある。あと、刈った稲を干しているところはあるけど、それ以外の休耕地が見当たらない。
「スザンナさん。ここの米は、田んぼによって、品種が違うのですか?」
「私も詳しい話はわからないのだが、この草原は気候が安定し、精霊の森からの恵みで土が肥えているから、いくらでも作物が育つそうなのだ」
前を行くスザンナさんに尋ねるとそう答えてくれた。……なるほど、ファンタジーだね。
「じゃあ、精霊の森の北側の草原はどうなんですか?」
行きしなに通ってきた草原では、田畑を見かけなかったので聞いてみた。
「昔は、田畑や村もあったみたいだが、人間族との戦争が度々起こるので、今は誰も住まなくなったらしい。それに北側には川がないからかもしれないな」
そんな歴史があったんだね。種族差別的な問題だけでなく、こういったことも対立の原因になっているんだろうね。
話しながら進んでいくと、家や人が増えてきた。ここの村もドワーフ族の村と同じように、獣人系種族や人間族も暮らしているようだ。
「ここが村長の家だ。私も行くから交渉するといい」
スザンナさんはそう言って、特に他の家とも代わり映えのしない家の前で止まった。
家の前に馬を繋ぎ、スザンナさんの後について家の中に入ると、
「あら、スージー、珍しいわね。あなたが人間族を連れてくるなんて。……それにそっちの子は鬼人族だね」
カウンターの中で寛いでいたエルフ族の女性が笑顔で出迎えてくれた。見た目の年齢は、スザンナさんよりも上に見えるけど、綺麗な人だ……
「痛っ!」
脇腹をマリアさんに肘で突かれた。……クロエさんの小太刀にはいつでも俺を護ってくれるようにお願いしたのに、こういう時は出てきてくれないんだね。
「あらあら、仲がいいのね」
カウンターの向こうにいるエルフの女性は、俺達を見て微笑んでいる。……大人だね。
「ああ、村長。すまないが、米を売って欲しい」
俺達を見かねたのか、スザンナさんが話を進めてくれた。
「いいわよ。どのくらい欲しいの?」
村長さんに聞かれたスザンナさんが振り返って俺を見てきた。
「ケイです。よろしくお願いします」
少し遅れたが、頭を下げておいた。
「そう、こちらこそ、よろしくね。それで、どのくらい欲しいの?」
「あのう、3千kgほど欲しいのですが、大丈夫ですか?」
「あらまぁ、多いのね。理由を聞いてもいいかしら。理由次第では売ることができないわ」
言葉では驚いているけど、まったく表情を変えずニコニコしながら村長さんが尋ねてきた。
「それは、――――。」
俺は正直に自分が前世の記憶を持っていることや教会での炊き出しなどでも使いたいことを話した。
「まぁいいけど、1つだけ条件があるわ。私にあなたの作る米料理を食べさせて。私が納得したら、売ってあげるわ」
俺が話し終えると村長はそう言って微笑んだ。
「わかりました。でも俺は、今、お米を持っていません。少し売っていただけませんか?」
「ええ、いいわよ。ちょっと待っていなさい」
村長さんは立ち上がると、カウンターの奥に入っていった。
「はい、これ」
しばらくして、戻ってきた村長さんは袋に入った米を俺に渡してきた。2kgぐらいだろうか。中を確認すると粒の長いインディカ米だった。
「これとは違う粒の短いのはありませんか?」
この世界で俺が見てきた米はジャポニカ米だったけど、インディカ米もあるんだね。
「あら、ちゃんと違いがわかるのね。これなら、期待できそうね」
村長さんはそう言って、ジャポニカ米の入った袋と交換してくれた。……試されていたんだね。
「あのう、代金は?」
俺が確認すると、
「いらないわ。私のために作ってもらうんだから。明日でいい?」
「ありがとうございます。明日お持ちします」
「楽しみにしているわ。……そういえば、スージーはどうするの。いつもどおり、ここに泊まるの? そっちの子、巫女でしょ。2人なら泊めてあげられるけど、5人は無理よ」
スザンナさんは、いつもここに泊まっていたんだね。
「最初は、そのつもりでしたが、妹のクリスの社会見学のためにも、宿で泊まってみようかと思っています」
「そうね。巫女が森から出られることなんて、あまりないからね。じゃ、また明日ね」
「はい、ありがとうございます」
スザンナさんが頭を下げ出口に向かったので、俺達も村長さんに一礼をして後に続いた。
「スザンナさん、ありがとうございました」
馬を引いて歩きながら、礼を言った。
「いや、まだ買えると決まったわけではないが……まぁケイの料理なら問題ないか」
「いえ、無理かもしれませんし、無理なら他を考えます。でも、スザンナさんが居なければ、俺はここに辿り着けなかったでしょうし、辿り着けたとしても村長さんと会うことができなかったかもしれません。スザンナさんとクリスさんのおかげです」
「そう言ってもらえると助かるよ。しかし、あの村長、悪い人ではないのだが、私は苦手なのだ。ケイも気を付けたほうがいい」
スザンナさんがそう忠告してくれたので、頷いておいた。
「ところで、この村に冒険者ギルドはありますか?」
「いや、この村には他のギルドもないのだ。あまり存在を明かしたくないのだろう」
そうかギルドを置くと存在を知られるので、戦争の火種になりかねないんだね。森の北側の草原もそうだけど、これだけの穀倉地帯を押さえれば、かなり国の力関係が変わりそうだからね。
村長さんの家を出て、南に歩いていくと大きな建物の前に雑貨や食糧などの露天が並んでいた。マギーさんの商隊が売っていたものと似ているものも多いので、ダカールから商隊が来ているのかもしれないね。周りの店舗では、武器や防具、米や麦などの穀物が売られている。店舗はここの村の人やドワーフ族の村の人が出店しているのだろう。
大きな建物に近づくと、中からエルフ族の女の子が出てきた。
「馬が3頭だ。頼む」
「わかりました。こちらの札をどうぞ」
スザンナさんに頼まれた女性は、木札を渡すと、俺やアゼルさんが引いていた馬も、建物の裏へ連れていった。
「ご宿泊ですか?」
中に入ると、少し年上に見えるが先程のエルフ族の女の子とよく似たお姉さんが笑顔で出迎えてくれた。姉妹か親子なのだろう。
一階は、これまで泊まった宿と同じように、食堂兼受付になっているようだ。
「ああ、5人だ。1部屋で頼む」
えっ! スザンナさんにすべて任せていたけど、1部屋でいいの!?
「食事はどうなさいますか?」
「ケイ、どうする?」
スザンナさんが振り返り、尋ねてきた。
「大丈夫です」
「いらない。素泊まりで頼む」
「畏まりました。2階7番の部屋にどうぞ」
ここは商隊などの団体客が多いのだろう。すでに用意されているみたいだね。
「いいのですか、1部屋で?」
部屋に入り、ひと息ついたところで、聞いてみた。
「え、いや、そのう……」
スザンナさんが顔を赤くして、口篭ってしまった。なぜか、クリスさんも顔を赤くしている。
「この間の晩、約束したのです。……さぁケイさん、汗を流しましょう!」
黙ってしまったスザンナさんの代わりにマリアさんが答え、お湯を求めてきた。
何の約束をしたのかわからないけど、タライにお湯を沸かし部屋を出ようとすると、
「いえ、ケイさんが先です」
マリアさんとアゼルさんに引き止められ、抵抗する間もなく服を脱がされてしまった。
「さぁどうぞ、ケイさん」
2人は服を着たままだけど、タライに入るよう俺を促し、いつものように俺の汗を流し始めた。
「どういうことですか?」
俺はされるがままになりながら、マリアさんに尋ねた。
「ええ、この間、話しているとクリスさんが男性の裸を見たことがないという話になったのです」
ど、どう話を展開させるとそんな話になるんだ!?
「それで……ですか?」
「はい、ケイさんの体に触れないことを条件に見てもらうことになりました」
まただ! どう展開したらそんな話になるんだ!?……それに、もしかして、社会見学ってこれのことか!?
「俺の意向は……」
「ありません。ケイさんは1度、2人の裸を見ていますからね」
おおっ! そういえば、そんなこともあったね……
「ね、姉さん! あんなに可愛らしかったのに……」
「そ、そうだな……」
「ケイさん! まさか、2人の裸を想って!」
「待ってください! 仕方ないんです! アゼルさんも待って!」
仕方ないよね。……あと、クリスさん。可愛らしいという表現は止めてね。気にしているんだから……




