第9話
太陽が山の端に差し掛かり、空が赤く染まってくると、篝火が燈された。
日のあるうちは、みんな仕事をしているのだろう。まだ手伝いの人しかいないけど、前回よりもかなり多くの人が手伝ってくれている。机やイスも近隣の家からも運びこまれ、準備は整いつつあるみたいだ。いったい、どのくらいの人が来るのだろうか……
「ケイ。この間、渡した食器を貸してくれ」
俺とリムルさんが鉄板でハンバーグを焼いていると、お義父さんがそう言ってきた。
「いくつぐらい、出しましょうか?」
「全部だ」
300人分以上あるんだけど、そんなに来るのか? いやたぶん、お義父さんはこの日のことを予測して、俺の注文よりも多い食器を用意してくれたのだろう。
「わかりました」
ハンバーグをリムルさんに任せ、庭に並べられた机の上に、用意してもらった食器を魔法袋から取り出して並べていった。
辺りが暗くなるころには、机に料理も並べられ、村の人達が集まりだしてきた。
「ケイさん。ハンバーグ、食べてもいい? 無くなりそう」
リムルさんが心配そうな顔をして聞いてきた。……たしかに、追加でハンバーグの生地を仕込んだとはいえ、300人分はないからね。
「そうですね。まだ集まってきている人も少ないですし、マリアさんやお義母さん達にも持っていって、一緒に食べてきてください」
「ケイさんは?」
「俺は大丈夫です。ここを見ていますよ。それに、ハンバーグはリムルさんのために用意したんですから」
「ゴメン、ケイさん」
リムルさんは、はにかみながらもそう言うと、器に盛ったハンバーグに用意していたデミグラスソースをかけ、白いご飯も持って、お義母さん達のほうに走っていった。
1人残った俺がハンバーグを焼き続けていると、白髪白髭のドワーフ族の男性が近づいてきた。
「お前が、ケイか?」
年老いた感じの男性は、少し不機嫌そうな口調で話しかけてきた。
「はい、ケイです。よろしくお願いします」
俺はハンバーグを焼く手を止め、頭を下げた。
「構わん、続けてくれ。ワシも鍛冶師じゃ、途中で止められんことぐらいわかる。手が空いてからでいい。ワシのところに来てくれ」
老年風の男性はそう言うと、俺から離れていった。
「おい、ケイ。大丈夫だったか? 何か言われたのか?」
老年風の男性が去った後、酒屋のおっちゃんが声をかけてくれた。
「いえ、大丈夫です。後で来るように言われただけですから。でも、あの方はどなたですか?」
「おい、知らなかったのかよ。……村長のモルドバさんだ」
「そうですか。……やっぱり、村長さんは、俺のこと、気に入らないのでしょうか?」
「いや、お前だけじゃないんだ。モルドバさんは、ここの一族のことが気に入らないんだ」
「そ、そうなんですか! 何かあったんですか?……いや、俺が聞いてもいいんでしょうか?」
「当たり前だろ、お前もここの身内じゃねぇか。それに、後でモルドバさんに会うのなら知っておくほうがいいだろう」
「はい、お願いします」
「ああ、そんな構えなくてもいい。みんな知っていることだ。……それでだ。モルドバさんとここのゲルグさんは、幼馴染なんだ。ライバルと言ってもいいかな。ずっと競いあっていたが、いつもモルドバさんが負けていたらしいんだ。昔のことは俺も知らないがな。だから、みんな、次の村長にはゲルグさんがなると思っていたんだが、ゲルグさんは、次の村長を決める話が出たときに、この村から出ていったんだ。後は、まぁわかるだろう。俺も村のみんなも、もちろんここの一族もモルドバさんが村長で納得しているんだが、モルドバさん本人が納得していないんだろうな」
「そんなことがあったんですね」
劣等感か……ゲルグさんが死んでいれば、また話は変わるんだろうけど、ゲルグさん、元気だからねぇ。
酒屋おっちゃんと話していると、リムルさんが、マリアさんとアゼルさんを連れて戻ってきた。
「リムルさん、鉄板の下のかまどに火を熾してもらえますか? 弱火でいいです」
「ん、わかった。何かあったの?」
「村長さんに呼ばれました」
「ん! 大丈夫?」
やっぱり、リムルさんも村長さんとゲルグさんの関係を知っているんだね。
「ええ、大丈夫です。今、酒屋さんから、おおよそのことは聞きました。少しの間、お願いします」
「わかった」
リムルさんの不安を感じとったのか、マリアさんとアゼルさんも心配そうにしてくれているけど、今回はぞろぞろ引き連れていくよりも、1人で行くほうがいいだろう。
日が沈んで少し経ったからなのか、リムルさんの家の庭には大勢の人が集まっていた。俺が村長のモルドバさんを探して歩いていると、気軽に話しかけてくれる人もいれば、遠巻きに見つめてくる人もいる。俺は人間族だし、こんなものだろう。
俺がモルドバさんの席に近づくと、周りにいた人達が少し離れてしまった。
「まあ、座れ」
モルドバさんの側まで行くと、そう言われたので隣に座った。
「先程は、村長さんだとは知らz・・・」
「そんな堅苦しいのはいい。まずは飲め」
俺は先程の無礼を謝罪しようとしたが、遮られてしまった。
「いただきます」
モルドバさんに注いでもらった酒を飲むと、俺の作った蒸留酒だった。
「話には聞いていたが、この酒は旨いな。……ミスリルの鉱脈の権利だけでなく、この酒の造り方も村の酒屋に教えてくれたらしいな。まずは、ドワーフの村の村長として礼を言わせてくれ。感謝している」
モルドバさんはそう言って頭を下げてくれた。
「頭を上げてください。俺もこの村にはお世話になっていますから。それに旅の支度金まで頂いてありがとうございました」
「あんなのは、なんの返しにもなっとらんわ。……おお、そうじゃ。これを受け取れ」
モルドバさんは腰に下げていた袋を俺に渡してきた。中には金属が入っていそうだけど、
「なんですか、これは?」
「お前の嫁のアゼルが最初に掘ったミスリルじゃ。精製もしてある持っていけ」
「いえいえ、こんなの頂けませんよ」
「構わん。そうでないと、村長としてのワシの顔が潰れる」
モルドバさんはそう言ってニヤリと笑った。……なんか一瞬で俺の性格を見破られたみたいだね。
「すみません、頂きます」
俺も苦笑いを浮かべながら礼を言った。
「ああ、それでいい。……次が、本題じゃ。村長としてではなく、ワシ個人としても礼を言わせてくれ。ありがとう」
モルドバさんはそう言って、また頭を下げてしまった。
「いや、頭を上げてください。モルドバさん個人とはどういうことですか?」
「ああ、すまんな。お前も聞いているかもしれんが、ワシとゲルグは、あまり仲が良くない。……いや、そうではないな。ワシが一方的にゲルグを妬んでいただけだな。……それで、ゲルグがこの村を出て行ってから、ワシはゲルグの一族とはあまり交流がなかったのだ。こうして、ゲルグの一族の家に来るなど、ゲルグがこの村を出てから初めてのことだ。歳を取るとな、意固地になっていかんのう。このままではダメだとわかっているのに、ずるずると今まで来てしまったのだ。……しかしじゃ、こうして、この家に来るきっかけをくれたのが、ケイ、お前なのだ。本当に感謝している」
そう言って、モルドバさんはまた頭を下げてしまった。
「そういうことでしたら、良かったです。……お義父さん! 乾杯しましょう!」
周りにいる村の人達に混じって、心配して見に来てくれていたお義父さんに声をかけた。
「お、おお。そうだな。……モルドバさん、俺はアンタの気持ち、何もわかっていなかったみたいだ。今日はもちろん、これからは、遠慮せず何でも言ってくれ。俺達は、モルドバさんに協力を惜しまない。……そうだろ、みんな!」
お義父さんはそう言って、周りにいた親戚の人達が頷くのを確認すると、
「よし! 今日はいろいろ目出度い! みんな! 好きなだけ飲んで、喰っていってくれ!……乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
上手くまとめてくれた。
「ケイ。いきなり振るな。焦ったじゃねぇか。……だが、お前はいい息子だ。モルドバさんと俺達の仲まで取り持ってくれるとはな。恐れ入ったよ」
お義父さんはそう言って、嬉しそうに俺の背中を叩いてくれた。
「みんな喜んでもらえて良かったです」
「ああ、本当にそうだ。……ああっそうだっ! 早くリムル達のところに行ってやってくれ。客が押し寄せて、大変なんだ!」
お義父さん、俺を心配して見に来てくれたのではなく、リムルさんが心配で、俺を探していたんだね。
「わかりました。……モルドバさん。どうぞ、楽しんでいってください」
俺が席を外すために声をかけると、
「ああ、すまんな、ケイ。今日は、楽しませてもらうよ」
モルドバさんは笑顔で答えてくれた。
「ケイさん、早く、出して!」
俺はリムルさん達の元に向かったものの、大勢の人が集まり過ぎて近づけずにいると、リムルさんが叫んだ。
そういえば、先に焼いたハンバーグを持っていたね。
「マリアさん! アゼルさん! 配るのを手伝ってもらえますか!」
俺が叫ぶと、2人は頷いて、こっちに来てくれたが、近くのテーブルに魔法袋からハンバーグやその他の焼き物を出していくと、2人が配る暇もなく、事前に作っておいた分がなくなってしまった。
「凄い人でしたね」
作りおきがなくなったものの、人の波もおさまり、俺がマリアさんに声をかけると、
「仕方ないです。ハンバーグ、美味しかったですからね。早く、リムルを手伝ってあげてください。私達では、手伝えることが限られていますから」
マリアさんがそう言うと、アゼルさんも頷いている。……3人に負担をかけて申し訳ないけど、ハンバーグが受け入れてもらえたみたいで良かったよね。
「リムルさん、すみません」
「ん、もう大丈夫。村長さん、どうだった?」
ハンバーグを焼くのを手伝いながら謝ったが、リムルさんは、ここのことよりも、俺のことを心配してくれていたみたいだね。
「ええ、大丈夫です。お義父さん達との蟠りも解けたみたいで、今日は楽しんでくれると言ってもらえました」
「ケイさん、ありがとう」
礼を言ってくれるぐらいだから、リムルさんも気にしていたのだろう。
同じ種族で、同じ村に住んでいても、こうして対立することがあるんだから、違う種族同士が分かり合うことはそう簡単なことではないんだろうね。
始まって2時間もしないうちに、用意していたハンバーグがなくなってしまった。気付けば、隣や向かいの家の庭にも、篝火が焚かれている。いったい、何人の人が来ているんだろうか……
ハンバーグは無くなったが、お義母さんから預かった食材が残っていたので鉄板で焼いていると、
「ケイさ~ん。どうして、ケイさんの周りには精霊がいないのぉ~?」
エルフ族姉妹の妹クリスさんが、ご機嫌な様子で尋ねてきた。
「おい、クリス! お前は、エルフ族の巫女なんだぞぉ。酔って人に絡むなぁ!」
姉のスザンナさんがクリスさんを止めているが、いつもの迫力がない。スザンナさんも酔っているのだろう。
「スザンナさん、構いませんよ。でも、どういうことですか?」
「ああ、すまんな。私も精霊が見えないからわからないのだが、クリスの話では、どこにでも精霊はいるらしい。そして、魔法が得意な人ほど、周りにいる精霊が多いらしいのだ」
「私は水と氷の精霊が周りに多くいるらしいです。アゼルは火の精霊が周りに多くいるらしいです」
スザンナさんの説明に付け足して、マリアさんが教えてくれた。……スキルに関係あるのかな。昨日、マリアさんがこの姉妹と話していたのは、この事なんだろう。
「リムルさんは、どうなんですか?」
「ドワーフ族は、火と土と樹の精霊が多いみたい」
リムルさんが答えてくれた。……採掘や鍛冶、木工に関係ありそうだね。
「で、俺にはいないんですか?」
「違うのぉ。すぐ傍にいないだけ。その周りには、いっぱい居るのぉ~」
クリスさんはそれだけ言うと、スザンナさんに抱えられたまま寝てしまった。
いったいどういうこと何だろうか……




