第8話
キッチンで、リムルさんに俺の悩みを聞いてもらっている間も、お義母さんは俺達のために料理を続けてくれていた。
「お義母さん、手伝いもせず、すみません」
「いいのよ。少しでも、リムルと過ごしてあげてね。ケイさんと婚約した子達も私達の娘よ。でもね、リムルは、私達の実の娘なの。少しは贔屓したくなるのよ。親馬鹿でごめんないね」
お義母さんは笑いながらそう言ってくれたけど、本心なんだろうか。
「すみません」
「謝ることではないわ。今の話も聞かせてもらったし、その前からケイさんのこと、リムルに聞いていたけど、私には、ケイさんの悩んでいることが理解できないの。だって、魅力のある男性に女性が群がるのは自然の摂理よ。そして、ケイさんは、リムルと同じ15才なのに、もう6人も婚約者がいるの。それも、種族を超え、聖女様や伝説の方までいるのでしょう。それで、魅力がないわけがないわ。もっと自信を持ってもいいと思うんだけど、おかしいかしら?」
「そう。これがこの世界での常識。ここは、前世の日本じゃない」
お義母さんの言っていることも、リムルさんの言っていることもわかるんだけどね……
お義母さん言葉のあと、リムルさんがそう言ってくれたところで、
「さぁ、できたわ。ケイさん、リムル、運ぶのを手伝って」
お義母さんにお願いされた。
俺も手伝い、リビングに料理を運んでいくと、
「こんな伝説の方まで婚約者にするとは、さすがリムルの選んだ男だ。はっはっはっ!」
お義父さんは上機嫌でそう言ってくれた。……これが、この世界での普通の感覚なんだろうか。
「すみません」
「なぜ謝る? いい男の証じゃないか。もっと胸を張れ!」
お義父さんはそう言って、俺の背中を叩いた。……相変わらず痛いけど、なぜか気持ちが少し楽になったような気がした。
「さぁ、みんな待っていますよ。お父さん、お願いしますね」
「おお、そうだな。ケイも早く席に着いて、コップを持て」
「はい」
今日の俺の席は、ベルさんとリムルさんの間だった。
「よし! では、ベル様と……いや、違うな。ベル様も俺の娘だ。今日からはベルでいいか?」
「はい!」
お義父さんの問いかけに、ベルさんも嬉しそうに答えている。なんかいい雰囲気だね。……でも、こういう雰囲気を俺が作らないといけなかったんだよね。
「おい、ケイ。何をまた沈んでいるんだ。お前は、今日も主役なんだ」
お義父さんは笑いながらそう言ってくれた。……いつからなんだろう。俺は周りの人達に救われてばかりだね。
「はい!」
やっと気持ち良く返事をすることができたような気がする。
「よし、いいな! じゃあ、ケイとベルの婚約を祝って、乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
お義父さんの音頭で食事が始まると、みんなそれぞれに話を再開したみたいだ。
アゼルさんは、お義父さんと話をしている。きっと、アゼルさんの大太刀について話しているのだろう。
リムルさんは、お義母さんと給仕をしつつ、楽しそうにしている。
マリアさんは、エルフ族の姉妹と話しているけど、何を話しているのだろう。マリアさん、人間族なのに大丈夫なんだろうか……
俺が周りの様子を眺めていると、
「ケイ。私は、明日、婚約が済めば、黒龍の森に帰るよ」
ベルさんがそう言ってきた。
「えっ! もう帰るんですか?」
俺は、思わず聞き返してしまった。
「ああ、すまない。クロエに任せて、出てきてしまったのだ。少しのつもりだったのだが、ひと月近くも経ってしまってね」
「すみません。俺の責任ですよね」
「いや、違うのだ。私は……私がケイに会いに来たのは、私の思いをケイに伝えるためなのだ。それなのに、ひと月もかかってしまったのは、私の落ち度だ。それに、私は、ケイが私の所に戻ってきてくれると信じ、待つと決めたのに待てなかった。……だから、君の責任ではないのだ。謝るのは、君ではない。私のほうだ。許してくれ」
ベルさんはそう言って、頭を下げてしまった。
「違いますよ。俺は、ベルさんの思いに気付いていながら、そうではないと思い込もうとしていました。そして、ベルさんの思いに甘えていたんです。だから、悪いのは、俺なんですよ」
「き、気付いていたのか! 私は、上手く隠せていると思っていたのだが……」
「いや、普通、わかるでしょう」
俺とベルさんが話していると、
「はいっ! そこっ! こんな目出度い席で、主役の2人がなぜ暗くなっているのですか! さぁ、もっとみんなで飲みましょう!」
「おい! クリス飲み過ぎだ!」
まだ始まったばかりなのに、酒に酔った妹のクリスさんが声を上げ、姉のスザンナさんがそれを諫めている。
でも、クリスさんの言うとおりだよね……
翌朝、ベルさんは宣言どおり、ドワーフの村の教会で婚約を済ませると帰っていった。
「ケイさん、どうしたの?」
ベルさんを見送った後、俺が自分の左手の婚約指輪を見つめていると、リムルさんが尋ねてきた。
「いえ、今、ベルさんと教会で婚約をしたとき、俺の指輪も光ったんです。みんなと婚約した後は、一度も光っていないので、アリサさんは婚約してくれていないんじゃないかと思いまして」
「たぶん、してない」
「えっ!」
「あっ、違う。アリサは、婚約届けを1人で持っていくのが嫌なだけ。ケイさんが家に戻ってきたときに、一緒に教会に行くつもりだと思う」
ああ、なるほどね。アリサさんなら、そう考えそうだね。
その後、ハンバーグの準備をするために、リムルさんの家に戻ってきた。
「リムルさんに、ハンバーグの作り方を説明しますが、みなさんはどうしますか?」
俺が、みんなに尋ねると、
「私達は、お義母さんを手伝います。リムルは、ケイさんにお任せします」
マリアさんはそう答え、アゼルさんとエルフの姉妹を連れて家の中に入っていった。……たぶん、マリアさんとアゼルさんは、リムルさんに対して気を使ってくれたのだろう。でも、ベルさんはもう帰ったのに、あの姉妹、いつまで居るんだろうか?
「では、始めましょうか。今回は、合挽きミンチ10kgで、100個のハンバーグを作る予定なので、俺が先に50個分、作りますね」
「ん」
「まずは、昨日、刻んでもらった玉ねぎを炒めましょう」
庭にあるかまどで、新しく作ってもらった外輪鍋を使って、玉ねぎを炒めることにした。……外輪鍋って、鍋底が広いから、刻んだ玉ねぎを炒めるの楽だよね。
「玉ねぎ。生は、ダメなの?」
「生の玉ねぎを使うと水が出るから、捏ねた生地を焼いているときに割れ易くなるんです。それに、玉ねぎは、良く炒めておくほうが、甘みが出て美味しくなるんですよ」
「ん」
「植物油を使って、玉ねぎを炒めますね。バターでもいいのですが、焦げやすくなるので気を付けてください。……最初は強火です。ヘラで全体に油を馴染ませつつ混ぜながら炒めていきます。そして、端から焦げ始めたところで、弱火に変えます。あとは、好みなんですが、今回は、狐色ぐらいまで炒めましょう。カレーなんかは、もっと黒くなるまで炒めてもいいんですけどね」
「ん」
「玉ねぎが炒め終わったら、しっかりと冷ましましょう」
「ん」
「次に味付けをして混ぜて捏ねますが、順番があります。どうせ混ぜるので、関係ないように思うかもしれませんが、意外と大事です。特に今回のように、たくさんの量を1度に混ぜるときは、味付けが均等にならなかったりしますからね」
「ん」
「大きなボールに、最初にパン粉を入れます。その後に、塩、胡椒を入れて混ぜます。しっかりと混ざったら、牛乳と赤ワインを入れて、パン粉に吸わせます。その後に、卵と炒めた玉ねぎを入れて、よく混ぜます。玉ねぎは多いほうが美味しいと思うので、今回は、挽き肉の半分ぐらいの量を入れます。そして、この状態のとき、冷たくないとあまり良くありません。今は、まだ玉ねぎが温かいので、魔法で少し冷ましておきますね」
「ん?」
「それは、あと挽き肉を入れて捏ねるだけなのですが、肉の脂は、人肌程度の温度で溶け始めます。脂が溶けると成形し難くなるので、少し冷たいほうがいいです」
「わかった。……あと、なぜハンバーグは合挽きミンチなの?」
「それは、牛肉だけだと固くなるからです。いい肉を使って作れば、味は美味しいと思うんですけどね。あと、捏ねすぎると固くなるという人もいますが、俺は、その場合、玉ねぎの量を増やせばいいと思っています。このあたりは、好みです。今回は、玉ねぎが多いので、しっかりと捏ねます。捏ねるのが、足りないと焼いているときに割れますからね。……では、リムルさんもやってみましょうか」
「ん」
リムルさんがハンバーグを仕込んでいる横で、“精米魔法”を使って、持っていた残りの玄米を白米にしていると、
「ケイさん。ご飯、洗うところから、私がやりたい」
リムルさんがそう言ってきた。
「いいですよ。お願いします」
たぶん、精米は、酒屋さんとお義父さんが、水車を使ってできるようになるはずだから、俺が居なくても、この村で、白いご飯を食べることができるようになるかもしれないね。
ご飯が炊き上がったところで、お昼になった。
「リムル、ハンバーグはどうですか? みんな、楽しみにしているのですよ」
お義母さんが用意してくれた昼食をみんなで食べていると、マリアさんがリムルさんに話しかけていた。……そういえば、この世界には、ハンバーグがなかったね。
「大丈夫。完璧。私には、ケイさんが付いている」
リムルさんは、嬉しそうにそう答えているけど、責任重大だね。味は、この世界でも受け入れてもらえると思うけど、食感は、どうなんだろう……ゲルグさんは、固い肉のほうが好きだったんだよね。
昼食後、ハンバーグを焼き始めるまで時間があるので、お義母さん達の料理を手伝うためにキッチンに行くと、大量の食材が積みあがっていた。
「これ、多くないですか?」
思わず呟いてしまった俺に、
「そうなのよ。お義父さんが調子に乗って、村の人にいっぱい声を掛けちゃったのよ」
お義母さんが答えてくれた。……そうなんだ。ハンバーグの生地100個分ぐらいしか用意してないけど、足りるのか?
「焼き物や炒め物は、俺が、庭でやります。あと、リムルさんは、もう少しハンバーグを仕込みましょう」
「ホントに! 助かるわ。リムル、いい人、見つけたわね」
「ん!」
親子の会話を聞き流しながら、キッチンに積みあがっていた食材を預かり、リムルさんと庭に出た。
「リムルさんは、玉ねぎを刻んでもらえますか?」
「ん」
リムルさんに玉ねぎを任せ、俺は肉を刻みながら、お義父さんに作ってもらった鉄板をかまどに乗せて温め始めた。……俺の魔法じゃ、このサイズの鉄板を温めるのに時間がかかるからね。
「ケイさん。フードプロセッサー」
俺が肉を刻み終わったところで、リムルさんが涙を流しながらそう言ってきた。……玉ねぎを刻むの辛いよね。
「すみません。“フードプロセッサー魔法”で、玉ねぎを刻むと水が出るので、炒めにくいんですよ。俺も手伝いますよ」
「ありがとう」
2人で玉ねぎを刻み、炒め終わったところで、ハンバーグはリムルさんに任せ、俺は、鉄板で、肉や魚、野菜を焼きはじめた。
やっぱり、広くて厚みのある鉄板はいいね。1度に沢山の食材を焼くことができるし、何といっても、焼き面の温度が下がらないのがいいね。
しばらく、鉄板での焼き物を楽しんでいると、
「ケイさん、できた。ハンバーグも、焼く?」
リムルさんが尋ねてきた。
「いえ、ハンバーグは、もう少し鉄板の温度が低いほうがいいので、少し待ってくださいね」
「そうなの。どのくらい?」
「そうですね。今の鉄板の温度は200℃ぐらいなんですが、ハンバーグは、160~180℃ぐらいがいいんですよ。ハンバーグは、中まで火が通るのに時間がかかりますからね」
「ん、わかった」
焼きあがった料理は、作ってもらった食器に盛り付け、魔法袋を使って、闇魔法で作った異空間に入れていった。……闇魔法についても、リムルさん達に話すときが来るんだろうか。来ないほうがいいんだけどね。
お義母さんから預かった食材は、まだまだ残っているけど、ハンバーグも焼かないといけないので、一区切りついたところで、1度、鉄板をきれいにしてから温度を下げた。
「では、ハンバーグを焼きましょうか」
「ん」
「今回は、植物油ではなく、バターで焼きましょう。焦げやすいですが、香りはいいですからね」
「ん」
「まず、ハンバーグの生地を適量、手に取って、両手で打ちつけながら成形していきます。コツは、右手で投げて、左手で受け取り、左手で受け取った生地を右手に投げずに渡します。あとは、その繰り返しです。両手で、どちらからも投げると難しいですが、右手は、投げるだけ、左手は、受け取るだけと決めておくとそんなに難しくありません。速くすると、両手から投げているように見えますしね」
「ん」
「あとは、焼いていると縮んで戻りますので、厚みが1cmぐらいまで、伸ばすほうがいいです。厚みがあると、火が通る前に焦げてしまいますからね。俺は、右の端から乗せて焼いていきますので、リムルさんは、左の端から乗せて焼いてみましょう」
「ん」
リムルさんは、ドワーフ族だからなのか、元からなのか、器用ですぐにハンバーグを打ちつけるのに慣れていった。
「ケイさん。これに、なんの意味があるの?」
リムルさんが、ハンバーグの生地をペタペタとリズミカルに打ちつけながら聞いてきた。
「そうですね。生地の中の空気を抜くことによって、焼いているときに割れにくくなります。それに、1度、球形にすることによって、均一に平たく伸ばし易くなることぐらいでしょうか。……あとは、ハンバーグを焼いているという気分を味わうことができます」
「なるほど、気分は大事。……あと、先に乗せたハンバーグは、まだ返さなくてもいいの?」
「はい、今は鉄板の温度160℃ぐらいにしていますから、急ぐ必要がありません。それに、焼き物はもちろん、揚げ物でも、あまり、小まめに返さないほうが速く仕上がります」
「どうして?」
「中が生でも、両面を焼くと表面は固まりますよね。その後は、中が蒸し焼き状態になるんです。返すと中で対流している蒸気が抜けてしまいますから、火の通りが遅くなってしまうのですよ。2回返すだけで、仕上げるのが理想ですね」
「わかった」
「あと、表面に焦げ目だけ付けて、200℃ぐらいのオーブンに入れて、中まで火を通す方法もありますが、今回は、量も多いですし、鉄板で仕上げてしまいましょう」
「ん、わかった」
リムルさんとハンバーグを焼いていると、少しずつ手伝いの人が集まりだしてきた。




