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第7話

「ベルさんが、来られます」


 俺がエルフ族の姉妹スザンナさんとクリスさんにそう告げると


「本当かっ! クリスっ!」


「はいっ! 姉さんっ!」


 2人は、門に向かって跪いた。


「スザンナさん。ベルさんがここに来られるまで、少し時間がかかると思うのですが……」


「いや、これは、ベル様に対する私達の礼儀だ。気にしないでくれ」


 俺も跪くほうがいいのだろうか……と考えていると、家の扉が開き、リムルさんとマリアさんが出てきた。お義母さんが、エルフ族の姉妹の来訪を伝えてくれたのだろう。


「アゼル、どうかしたのですか?」


 マリアさんがアゼルさんに小声で尋ねた。


「あの女が来る」


「あの女?……はっ! ベル様!」


「んっ!」


 アゼルさんの言葉で、マリアさんとリムルさんの表情が変わった。


 そこからは長い沈黙だった。いや、時間にしたら短いかもしれないけど、空気が重い。エルフ族の姉妹は跪いているし、俺の婚約者達は、表情を固くし身構えている。アゼルさんからは、少し殺気が漏れているような気もするし……



「ケイ、久しぶりだね。元気だったかい?」


 重い空気の中を、ベルさんは、いつもどおり何も感じていないかのように門から入ってきた。……ベルさんクラスになるとこの程度の空気は日常なのかもしれないね。


「ベルさん、すみません。俺が不甲斐ないばかりに……」


 俺は、ベルさんに心配をかけてしまったことを謝罪した。


「いいのだよ。ケイは、私にとっても大切なのだ。気にしなくてもいい。……ところで、クリス、スージー。そういうのは、いらないと言ったではないか」


 スージー? 姉のスザンナさんの愛称かな。


「いえ、それはエルフの村でのことであって、ここは他種族の村です。そのようなことでは、外の者への示しがつきません」


「私は、示しや面子などどうでもいいのだが……まあいい。面を上げよ」


「「はっ!」」


 ベルさんの言葉で、やっと2人が立ち上がった。


「…………」

「「「…………」」」


 ベルさんと俺の婚約者達が見詰め合っている。……そういえば、アゼルさんはベルさんに会ったことがあるけど、マリアさんとリムルさんは初めてだったね。


「えーと。こちらは、ベルさんです。そして、こちらから、マリア、リムル、アゼル。俺の婚約者です」


「……ああ、すまない。私が、ベル・ラインハルトだ。宜しく頼む」


「マリアです。宜しくお願い致します」


「リムルです。宜しくお願い致します」


「アゼルです。宜しくお願い致します」


 リムルさんはまだわかるけど、アゼルさんまで敬語を使っているよ。どうしたらいいんだ……


 と、そこで、


「すみませ~ん! お茶が入りました! みなさん、中へどうぞ!」


 家の扉が開き、お義母さんが声をかけにきてくれた。……ありがとう、お義母さん。


「みなさん。とりあえず、中に入りましょう」


 俺がそう言うと


「そ、そうですね」


 マリアさんが答えてくれた。


「マリアさん、少しお願いしてもいいですか。俺はこの蒸留酒を仕上げてから行きますから」


「わ、わかりました」


「じゃ、ワタシも手伝う」


 俺とマリアさんが話していると、アゼルさんが申し出てくれたけど、


「いや、アゼルさんも行ってください。すぐに俺も行きますので」


「わかった」



 みんなが家に入り、1人になった。


 また、逃げてしまった……


 いや、わかっているんだよ、ベルさんの気持ち。


 いつからなんだろう……


 クロエさんと一緒に住み始めたころからなのか、それとも、シャルさんが現れたころからなのか、それとも、アゼルさんと対面した時からなのか。


 逃げていたからわからないけど……


 いや、ベルさんだけじゃないね。アリサさんからも、キアラさんからも、リムルさんからも、マリアさんからも、アゼルさんからも逃げていたんだよね。


 もしカステリーニ教国で教皇様に言われなければ、そして、みんなが言ってくれなければ、今も逃げていたと思う。


 俺は前世で死んだあの時から、何も成長していないよね……



 酒屋さんからもらった注文は終っているのに、1人で考え続けていた。


 何も考えが纏まっていないけど、日が傾いてきたので家に入ることにした。



「…………」


 扉を開け家の中に入ると、静まり返っていた。……違うな。正確には、俺が扉を開けると静まり返ったんだ。まだ、さっきとは違う柔らかい空気が部屋に残っているからね。


「ケイ! 話を聞いてくれ!」


 俺が扉を閉め立ち尽くしていると、ベルさんがそう言って、座っていたイスから立ち上がった。


 俺が頷くと、


「すまない。マリア達から、ケイの前世であったことについて、君に断わりもなく聞かせてもらった」


 ベルさんはそう言って、頭を下げてしまった。


「いえ、そんな人に誇れるような過去でもありませんので、気にしないでください」


「そういうことではないのだ。恥ずかしながら、私はこの歳になるまで恋愛の経験がなかった。だから、ケイの気持ちを理解できていないのかもしれない。しかし、理解したい気持ちはあるのだ。たしかに、マリア達も言っていたが、私も前世のケイの別れた奥さんや恋人達に対して、いや、それだけではないな。マリア達に対しても、嫉妬しているところもある。そして、マリア達と同じようにケイを癒し助けたい気持ちもあるのだ。わかってくれと言わない。でも、知っておいて欲しいのだ。私も、1人の女として、ケイ、君のことが好きだということを。愛しているということを……」


 ベルさんから少し視線を逸らし、マリアさん、リムルさん、アゼルさんに目を向けると3人とも頷いてくれた。……カステリーニ教国での教皇様との対談のときと同じように、また、この3人に俺は助けられたみたいだね。


「俺は、ここにいる、マリアさん、リムルさん、アゼルさん。そして、今は離れている、アリサさん、キアラさんのことも大切ですし、好きです。そして、考えないようにしていましたが、ベルさんのことも、1人の女性として、大切ですし、好きです。いえ、みなさんのことを愛しています……

 今、言ったことは、間違いなく本心です。しかし、戸惑いもあります。前世の俺が生きていた国では、一夫多妻が認められていませんでした。だから、1人の男性が複数の女性を愛することは、不誠実だと考えられていました。そして、俺もそう考えていました。ですから、これでいいのかどうか迷いがあります。この気持ちを整理するまで、時間がかかるかもしれません。もしかしたら、気持ちの整理ができないかもしれません。

 もし、こんな俺でも、受け入れてもらえるのなら、ベルさん、俺と婚約してください」


「はい!」


 ベルさんは、嬉しそうな笑顔をして受け入れてくれた。


 が、なんだ、この情けない告白は……



「おめでとうございます!」


 エルフ姉妹の妹のクリスさんが、少し顔を赤くしながら、イスから立ち上がり、拍手してくれた。それに合わせ、姉のスザンナさんや俺の婚約者達も拍手してくれた。……そういえば、この姉妹も居たんだね。婚約者達に情けないところを見られるのは慣れつつあるけど、それが以外の人には、あまり見せたくない姿だよね……


 その後、ベルさんとの婚約は、明日の朝、この村の教会で行われることが決まった。


 部屋の空気は、暖かく柔らかいものに変わったが、俺が少し居心地悪く感じていると、


「ケイさん、ちょっといい?」


 リムルさんが、俺を家のキッチンに連れ出してくれた。



 キッチンでは、お義母さんが料理をしてくれていた。たぶん、全員の分を用意してくれているのだろう。


「お義母さん、すみません。お手数をお掛けします」


「いいのよ。食事は大勢で食べるほうが美味しいんだから」


 お義母さんは、笑顔でそう答えてくれた。……新たに、自分の娘以外の婚約者が増えたというのに、今までと変わらない対応だ。どんな心境なんだろうか……


「お義母さんのことは、心配しなくてもいい。こっちが先」


 リムルさんが、指差すほうに顔を向けると、ミンチと刻んだ玉ねぎとパン粉が盛られていた。


「すみません。頼んでいたこと忘れていました。すぐに保管して置きます」


 俺はそう答えながら、魔法袋の中に盛られた食材を片付けた。


「ごめん、玉ねぎを炒めることできなかった」


「いえ、時間がなかったのは、俺に責任があります。明日、一緒にやりましょう」


「ん、ありがとう。……あと、大丈夫? お義母さんもそうだけど、みんな、この世界の記憶しかないから、ケイさんの気持ち、半分も理解してないと思う」


 リムルさん、食材よりも俺のことを心配してくれていたんだね。


「正直、俺も理解が追いついていません。少し聞いてもらってもいいですか?」


「ん」


「実際のところ、この世界に生まれることによってできた記憶や感情、価値観みたいなものもあるので、さっき言ったような一夫多妻に対する忌避感はそれほど感じていません。それだけに、違和感が大きい感じでしょうか……前にも、いえ、今でもですが、同じようなことがありました。リムルさんは、この世界で、人を殺したことがありますか?」


「ない。……ケイさんはあるの?」


「ええ、ステータスカードの名前の色が赤色の犯罪者ですが……」


「そう、良かった」


 不安そうに聞いてきたリムルさんは、犯罪者と聞いて安心したみたいだ。


「そうなんです。この世界では、犯罪者なら殺してもいい世界なんです」


「あっ!……ホントだ。なんで、犯罪者なら殺してもいいと思ったんだろう?」


「リムルさんも、俺と同じ世界の記憶を持っていますから、犯罪者とはいえ、自分の手で人を殺してもいいとは思わないですよね」


「ん、そう。……でも、ケイさんは殺したんでしょ。どうだったの?」


「殺す前は、忌避感がありました。でも、実際に殺すときは、高揚感や達成感のほうが大きかったです。でも時間が経って、その高揚感や達成感が薄れていくと、罪悪感と忌避感だけが残る感じでしょうか」


「もしかして、ケイさん。ずっと、そんなこと考えていたの?」


「もちろん、ずっとではありません。たまに思い出す程度です。だから、偽善や自己満足だとわかっていても、教会で炊き出しの奉仕活動をしようと思ったのです」


「ごめん。ケイさんが、そんなことを悩んでいたなんて知らなかった」


「リムルさんが謝ることではありません。特に、前世の記憶を持っているリムルさんとアリサさんとキアラさんには隠していましたから」


「ありがとう」


 リムルさんが、嬉しそうに笑顔を浮かべそう言った。


「なんで、“ありがとう”なんですか?」


「ケイさんを近くに感じることができたから」


 近くか……そうだよね。俺は、みんなと距離を置いているところがあるからね。


「アリサさんやキアラさんにも、話しても大丈夫でしょうか?」


「ん、大丈夫。2人も喜ぶと思う。……でも、殺人の忌避感と一夫多妻の忌避感は同じに考えないほうがいいと思う。だって、殺人は不幸になる人がいるかもしれないけど、一夫多妻はみんな幸せになれるから」


「そうかもしれませんね。……でも、本当にみんな幸せになれるのでしょうか?」


「ケイさんがちゃんと相手を選んでくれたら、大丈夫。……ベルさんは、ギリギリ」


「ギリギリなんですか?」


「だって、ベルさんは、私達よりも、ケイさんに近いから」


 私達よりも近いか……たしかに、そうかもしれないね。


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