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第6話

 リムルさん一族の蒸留酒を仕上げ、酒屋さんの注文の蒸留酒を作り始めて5日が過ぎた。


「ケイさん。これで最後」


 リムルさんが、鉄板を抱えたアゼルさんを連れてやってきた。


 鍋や食器など注文していた品は出来上がり次第、すでに順次届けられていたけど、ついに最後に注文した鉄板まで出来上がってしまったんだね。

 届けられた品はどれも注文通りもしくは注文以上の品ばかりだった。それに数が多い。例えば、食器は100セットの注文だったのに、軽く300セット以上はあったし、鍋も大きめの外輪鍋1つと20Lの寸胴鍋を2つの注文だったのに、寸胴鍋が10Lが1つ、30Lが3つ追加されていた。リムルさんは、修道院の炊き出しのときのように大勢の人が押し寄せて来たら大変だからと言っていたが、あんなに来られたら作るのも大変なんだけどね。


「ありがとうございます。これで美味しいハンバーグを焼くことができますよ。それで教えるのは、何時がいいですか?」


「ん、明日。明日、ケイさん達のお別れ会をする……」


 リムルさんはそう言って俯いてしまった。


「すみません」


「いい。ケイさんが謝ることじゃない。アリサもキアラも待つと決めた。私だけ、わがまま言えない」


「そう言ってもらえると助かるのですが……リムルさんが良くても、お義父さんとお義母さんは大丈夫でしょうか?」


「そっちは大丈夫。この世界、一夫多妻でもおかしくないし、私達ドワーフ族は人間族よりも寿命が長いから、時間の感覚が少し違う」


 そういえば、クロエさんも“妾にとっては、10年でもあっという間じゃ”と言ってたし、前世と時間の感覚や結婚に対する価値観が違うんだろうね。


「俺はそれに甘えるしかないのですが……じゃあ、今から買い物に行って、明日の準備を始めましょうか」


「ケイさん、蒸留酒はもういいの?」


 リムルさんが心配そうに尋ねてきた。


「ここにあるのは今日中にやってしまいますが、酒屋さんからはできるところまででいいと言われてますから、そのあたりも含め、買い物次いでに酒屋さんに話しに行きますよ」



 4人でリムルさんの家を出て、明日の確認をしながら村の商業区に向かった。


「リムルさん、準備するのはハンバーグだけでいいのですか?」


「あと、白いご飯があれば嬉しい。まだある? 他のものはお母さん達が用意してくれる」


「白米は残り少ないですが、この村を出た後に仕入れるつもりなので、あるだけ炊いてしまいますよ」


「ん、ありがとう」


 ハンバーグならパンでも合うんだろうけど、俺と同じ前世の記憶持っているリムルさんなら、白いご飯が欲しくなっても仕方ないよね。


「それと、数はどのくらい用意しましょうか? 来られる方は前回と同じぐらいなんでしょうか?」


「少し増えると思う。村長さんがケイさんに挨拶したいと言ってたし、他にも来たそうにしてた人がいっぱい居たから」


 そうなんだね。残っても困らないし、多めに用意しておくほうが良さそうだね。




「そうか、もう行くのか……これが報酬だ。100万ルリある。確認してくれ」


 買い物の後、酒屋さんに寄って今日の分で最後になることを告げると、おっちゃんが袋に入ったお金を俺に渡してきた。5日間やっていたから、一日あたり20万。作業はマリアさんと2人でやっていたから、1人あたり日当10万……


「いやいや、これ、貰いすぎでしょ。俺は加工していただけで、材料費とか酒屋さん持ちじゃないですか」


 受け取った袋の中を確認すると、金貨がぎっしり詰まっていた。


「いや、お前の技術にはそれだけの価値があるんだ。それに技術提供までしてもらっているんだ。それでも少ないくらいだぞ」


 技術提供は、この村に対して何かできなかいかと考えた上でのことだから、対価は要らないんだけど……


「すみません。有難く頂きます」


 受け取ってしまった。



 帰り道。


「リムルさん、良かったんでしょうか?」


「ん、いい。あと、コレ」


「なんですか、コレ!?」


 リムルさんが、お金の入った袋を渡してきた。


「今、買った分」


「いやいや、おかしいでしょ。今、買い物した分の中には、これからの旅で使う食材もあったんですよ。ハンバーグの材料費ならまだわかりますが、貰いすぎですよ」


「お父さんや村長さんから出すよう言われてる。ケイさん、先に言うと、旅の分、買わない。だから、買った後に言った」


 たしかにそうだけど……



 リムルさんの家に戻った。


 牛肉と豚肉をミンチにしたり、玉ねぎを刻んで炒めたり、パン粉を作ったりするのをリムルさんとマリアさんに任せ、俺はアゼルさんと残りの蒸留酒を作ることにした。料理は、アゼルさんよりもマリアさんのほうが向いているからね。


 蒸留酒作りが終わりに差しかかったころ、俺が辺りを見回していると、


「ケイ、どうした?」


 アゼルさんが尋ねてきた。


「いえ、また視線を感じるんですが……」


「ああ、精霊のか?」


「わかりません。“迷わせの草原”では、ずっと視線を感じていたのですが、“精霊の森”に入ってからは感じなくなっていたんです。それが、また感じるようになったんですけど、精霊なんでしょうか?」


「わからん。ワタシには感じないからな」


「あっ!」


「どうした?」


「たぶん、この間のエルフ族の姉妹が来ます」


「ああ、アイツ等か。アイツ等の視線なのか?」


「たぶん、違います。方向と質が違いますから」



 それからしばらくすると、


「ここか?」


「はい、そうだと思います」


 庭の垣根の向こうから姉妹の声が聞こえてきた。


「すまない! 誰か居られぬか!」


 姉のほうだろう。門に立ち、叫んでいる様子もないのに良く通る声だ。俺が出るべきか悩んでいると、お義母さんがすぐに出てきて対応してくれた。


 お義母さんと少し話をしていた姉妹は、お義母さんの案内を断わり、こちらに向かって歩いてきた。


 どうしたらいいのかわからないので、蒸留酒を作る作業を中断して立ち上がって出迎えることにした。


「改めて礼を言わせてもらう。この間は助かった。それに樹属性の魔石を譲ってもらい感謝している」


 姉がそう言って頭を下げたのに合わせ、妹も頭を下げてくれた。今回は嫌な顔もせず、頭を下げているところを見ると、本当に感謝をしてくれているのだろう。


「いえ、前にも言いましたが、助けることができたのは偶然です。それに、あの魔石は俺達には必要のないものです。必要な方に使って頂けるほうがいいでしょう」


「そう言ってもらえると助かる。あと、これを受け取って欲しい」


 姉が小さな瓶に入った緑色の砂のようなものを手渡してきた。


「なんですか、これ?」


 受け取った小瓶を確認しながら尋ねてみた。


「エルフの秘薬だ」


「えっ、高いんじゃないですかっ!?」


「ああ、通常は取引されていないのでわからないが、高価なはずだ」


「効能とか聞いてもいいですか?」


「ああ、怪我や病気、毒なら少し舐めるだけで完治するはずだ。寿命の場合は無理だが。今回も原因不明の熱に見舞われた子供が治ったからな」


 万能薬?


「そうなんですね。……でも、なぜ“完治するはず”なんですか?」


「それは、エルフ族以外には効かないと言われているのだ。しかし、今回、薬の調合を手伝ってくれた方が、他種族にも効くように調合して下さったのだ。そして、その方から、ケイ、お前に渡すよう、言伝を賜ったのだ」


「エルフ族の中にも、そんな方が居られるのですね」


「厳密には、その方はエルフ族ではなく、ハイエルフ族のはずだ。お前も名前ぐらいは知っているだろう。ベル・ラインハルト様だ」


「べ、べ、ベルさんっ!?」


「ちょっと待て! なぜ、お前があの方を慣れなれしく“さん”付けで呼ぶのだ。例え、命の恩人のお前でも許さぬぞ!」


 そういえば、ベルさん、おとぎ話に出てくるような伝説の人だったね。たぶん、普通の人は人間族とのハーフということも知らないんだろう。


「すみません。そんなつもりはなかったんです。ベルさん、いや、ベル様は、俺の育ての親なんです」


「そ、そうなのかっ! それは、こちらが失礼をした。良ければ、今までの無礼も忘れて欲しい……」


 姉もそうだけど、後ろにいた妹も慌てて頭を下げてきた。


「いや、何も無礼とか思っていませんから、頭を上げてください。それに今まで通りでいいですよ」


 俺も慌ててそう言った。……ベルさんって凄いね。名前を出すだけで、ここまで相手の態度が変わるんだね。


「そ、そうか。すまない。……ところで少し聞きたいのだが、それは何を作っていたのだ。酒だとは思うのだが、凄い臭いだな」


 ずっと作っていたから、俺はもう鼻が麻痺してしまっていたけど、お酒を蒸留しているんだから、凄い臭いだよね。


「すみません。酒屋さんの注文で酒精を強くしていたのです。かなり臭いますよね」


「いや、構わないのだ。私も酒を飲むのだが、少し飲ませてもらってもいいか? ドワーフ族が気に入った酒なのだろう」


 きっと姉はお酒が好きなのだろう。少し恥ずかしそうにしながらも、表情が柔らかくなった。


「これは売り物なので、俺が持っている分で良ければ」


 そう言って、自分達用に持っていた芋の蒸留酒をコップに入れて、姉に渡した。


「ん!……これは火酒かっ!? いや、アレよりもマイルドな感じだな……」


 姉は一口飲んでそう呟いた。


「姉さん、私も」


 姉が飲んでいるのが美味しそうに見えたのだろう。妹が姉に催促したが、


「クリス、お前は酒に弱い。これは止めておいたほうがいい」


「そ、そうなんですね……」


 妹は悲しそうな顔をしながら諦めたようだ。……クリスさん? そういえばこの2人の名前、知らなかったね。


「あの良かったら、果実の絞り汁で割りましょうか? それは芋なので香りにクセがありますが、麦の蒸留酒ならクセもないですし、飲みやすくなりますよ」


 俺はそう良いながら、麦の蒸留酒のオレンジジュース割りを作り、冷たくして渡した。


「い、いいんですか!」


 俺からコップを受け取った妹が目を輝かせている。


「クリス、飲み過ぎるなよ。後が大変なのだからな」


「わかっています。……おっ美味しいです。それに冷たいです……」


 妹は一口飲んだ後、そう呟き、残りを一気に飲み干してしまった。……きっとお酒に弱いけど好きなんだろうね。でも、大丈夫か?


「おい、クリスっ! 一気に飲むんじゃないっ!」


 姉が止めているが、もう飲んでしまったからね……


「おかわりっ!」


 妹が陽気に2杯目も求めてきた。……酔うの早いけど、いい酔い方みたいだね。


「ケイ、すまないがもう1杯だけ頼む」


 姉が頼んできたので、同じ麦酒のオレンジジュース割りを作って、姉に渡した。


「ああっ! 姉さん、ずるいっ! 私のっ!」


「一口ぐらい飲ませてくれてもいいだろう……いや、たしかにコレは美味しいな」


「そうでしょ。だから、もうあげない」


 妹がそう言って、姉からコップを奪い取り、ちびちび飲み始めた。……今回は、一気飲みじゃないから安心かな。


「あのう、少しお聞きしたいことがあるのですが、いいですか?」


「ああ、すまない。聞いてくれ」


 俺の問いかけに、少し顔を赤くした姉が答えてくれた。お酒は、姉のほうもそんなに強くなさそうだね。


「お名前をお伺いしてもいいですか?」


「そういえば、まだ名乗っていなかったな。すまない。私は、スザンナ・マスグレイブだ。宜しく頼む。そして」


「あっ! 私は、クリスティーナ・マスグレイブです。クリスでいいです。宜しくお願いします」


「おい、クリスっ! お前は巫女だろっ! 人間族に愛称で呼ばせるヤツがあるかっ!」


「でも、ケイさん。ベル様のお身内の方ですよね。問題ないと思うのですが」


「それもそうだな……んっ! ところでベル様は、なぜここには来られなかったのだ? この村までは、ご一緒していたのだが……」 


 姉のスザンナさんがそう言ったけど……“この村までは一緒”って、もしかして、この視線っ!



『ベルさんですか?』


 先程から感じている視線のほうに向かって、念話を飛ばしてみた。


『や、やあ、ケイ。こ、こんなところで会うなんて、き、奇遇だね』


 少し声が引き攣っているような気もするけど、ベルさんから念話が返ってきた。


『もしかして、ベルさん。俺達がカステリーニ教国を出てから、ずっと護ってくれていたんですか?』


『そ、そんなことはない。たまたまだよ……』


 そうか、ずっと感じていた視線は、精霊ではなく、ベルさんだったんだね……


『グレンさんに頼まれたのですか?』


『ん?……あっ! そうなのだ。グレンが突然やってきて、ケイが危ないというから仕方なく……いや、違うっ。私も心配してだな……』


 きっと、グレンさん。アリサさんに婚約届けと手紙を渡した後、ベルさんに俺達の事を頼みに行ってくれたんだろう。


『そういえば、なぜベルさんは出てこないんですか?』


『い、いや、ケイが、こ、婚約したと聞いたから、私は邪魔じゃないのかと思って……』


『何を言ってるんですか、俺にとって、ベルさんも大切な人なんですよ。邪魔だなんて思うはずがないじゃないですか』


『大切な人……そうなのかっ! 私の事も大切に思ってくれているか!?』


『もちろんです。ベルさんが1番大切です。なんたって、ベルさんは、俺にとって、そだt……』


『い、1番なのかっ! そうか、そうか。私が1番なのか……わかった。すぐにそっち向かうよ』


 ベルさんはそう言うと念話を切ってしまった。……良かった。ベルさんもこっちに来てくれるみたいだね。エルフの姉妹が酔い始めて困っていたんだよね。

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