第4話
リムルさんの親戚や知り合いが集まり宴会を開いてくれた翌朝、家の前の庭を借りて日課の鍛錬をしていると、馬車で大量の酒樽が運びこまれてきた。
「おはようございます。まだ、あるんですか?」
酒樽を運んでいたおっちゃんに確認する。
「いや、これで終わりだ。……今日はな。しかし、どうするんだ、こんな量? 宴会でもするのか?」
“今日は”ですか……
「いえ、少し頼まれまして」
「そうか。まあ、うちも商売だから構わんが」
おっちゃんはそう言って、馬車に乗って帰っていった。
鍛錬を済ませ家の中に戻ると、朝食が当たり前のように俺達の分も用意されていた。
「すみません。俺達の分まで用意してもらって」
「何言ってんだ。お前達も家族だ。遠慮するな」
「そうですよ。それに、私達はケイさん達に感謝しているんです」
俺が恐縮していると、お義父さんとお義母さんがそう言ってくれた。
「感謝ですか?」
「そうです。リムルは幼いころから鍛冶師としての才能はあったんです。あのゲルグさんも認めるぐらいですから相当なのでしょう。でもこの子は、ずっと遊びの延長としてしか鍛冶をやっていませんでした。
それがです。昨日帰ってきたら、この子、職人の目をしていました。きっと、ケイさん達に出会うことで変わることができたのでしょう。リムルを見ているとわかります。
それに、夜の宴会のときのリムルには、本当に驚かされました。あの人見知りが激しく大人しかった子が、大勢の大人相手に交渉までしたんです。
すべてケイさん達のおかげだと私達は思っています。だから、感謝しているんです」
お義母さんの言葉に、お義父さんも頷いている。
「俺も、昨日のリムルさんの言動には驚かされました。でも良かったのですか? せめて材料費ぐらいは用意しますが」
「いや、俺達はドワーフの鍛冶師なら誰でもできることをやるんだ。しかし、お前はお前にしかできないことをやるんだ。対価として釣り合ってないのは俺達のほうだ。気にするな。
もちろん俺達にもプライドがある。最高のものを用意してやるつもりだ」
お義父さんはそう言ってくれるけど、俺に何かできることはないんだろうか……
朝食後、アゼルさんはリムルさんの手伝いでどこかに行ってしまったので、マリアさんに手伝ってもらいながら、お酒の蒸留を始めた。
「マリアさんは、大丈夫ですか?」
「何がですか?」
「俺は気付けなかったんですが、ドワーフ族の人達、俺達のこと警戒してたみたいですし」
「たしかに最初はそうでしたが、今は大丈夫ですよ。それに、いい話も聞かせてもらえました」
アゼルさんの言うとおり、マリアさんはちゃんと気付いていたんだね。
「いい話ですか?」
「ええ、ケイさんを口説いていたお婆さんが教えてくれたのですが、私も水や氷の加護が発現するかもしれません」
“口説いていた”って、あんなのも数に入るんですか……
「加護ですか?」
「そうです。北の大地には、それぞれの精霊が集まる場所がまだ残っているらしいです。南の大地にも、昔は沢山そんな場所があったみたいですが、今では、ここの樹の精霊が集まる森しか残っていないと仰っていました。そこに行けば、スキルを持っている人なら加護が発現する可能性があるらしいです。横にいた若いドワーフの女性も知らなかったようなので、本当かどうかはわかりませんが」
まったくの嘘でもなさそうなんだけど、北の大地か……
「その北の大地や南の大地というのは、この大陸にある2本の大河の北側と南側ですよね?」
「ええ、そうだと思うのですが……あっ、もちろん、今すぐに行きたいとかではないです。私も北の大地の噂ぐらい聞いていますから」
そうだよね。高ランクの魔物が跋扈する人の住みにくい環境だと、マギーさんも言ってたからね。
「俺達の実力ではまだ無理ですが、その辺りも含めて、これからの旅を考えていきましょう」
「ありがとうございます」
なぜだろう、マリアさん、何か焦っているような気がするんだけど……あっそういえば、前にもあったね。アゼルさんが火魔法の身体強化を発動させられるようになった時、爺やさんに自分の水や氷魔法スキルにも無いのかと必死に聞いていたことが……
「そういえば、ケイさんは、今でも精霊の視線を感じるのですか?」
「あっはい。いえ……それが、草原に居る間はずっと視線を感じていたんですが、精霊の森に入ってからはまったくなくなりました」
また悪い思考に入るところだった。
「そうなんですね。ケイさんのことを気に入っている精霊は、草原に居るのでしょうか」
マリアさん。まさか精霊に対してまで、嫉妬してるわけじゃないですよね?
マリアさんと話しながら、蒸留酒を作っていると
「おーいっ! 兄ちゃんが、ケイかっ!」
朝、酒樽を運んできてくれたおっちゃんが、叫びながら走ってきた。
「どうぞ」
息を切らせていたので、水の入った水筒を手渡した。
「おお、すまん……で、ケイって、兄ちゃんか?」
水筒の水を一気に飲み干したおっちゃんが、再度尋ねてきた。
「そうですが、何かありましたか?」
「頼むっ! あの酒の造り方を教えてくれっ!」
おっちゃんはそう言って、勢いよく頭を下げてきた。
「いやいや、頭を上げてください。教えるのはいいですが、オリジナル魔法でやっているので、できるかどうかわかりませんよ」
「いや、それは聞いたんだ。でも、魔法使わず造るコツなんかないか?」
「蒸留して、1年ほど寝かせると近いものはできますが、それでもいいですか?」
「1年かぁ……いや、なんとかなるだろう」
「どうかしたんですか?」
「ああ、それがな。今朝、ここに酒を届けた後、店に戻ったら客が押し寄せて来たんだ。お前の酒、なんとかならないのかってな。俺も知らなかったから、ここの酒を注文してくれたミルグに聞きに行ったら、教えてくれてな。そのまま、走ってきたんだ。もう暴動寸前なんだ。なんとかならんか?」
ミルグって、昨日の宴会に来てた人の誰かかな? あと残った蒸留酒は、みんなが分けて持って返ったから、誰かが自慢して知り合いに飲ませたんだろう。……それに、こんなことでも、少しはお返しになるかもしれないし。
「わかりました。でもどうしますか? 今からやりますか?」
「あっ! すまん、店をほったらかしなんだ。明日でもいいか?」
「ええ、しばらくはここで作業をしてますので、いつでも来てください」
「すまん、恩に着る」
そう言って、酒屋のおっちゃんは走って帰っていった。
「ケイさん、大丈夫なんですか?」
マリアさんが心配そうに聞いてきた。
「ええ、前世では、魔法なんか使わずに蒸留されていましたから問題ないと思いますよ」
夕方になると、リムルさんとアゼルさんが泥塗れになって帰ってきた。
「ど、どうしたんですか?」
「採掘」
慌てて俺が聞くと、リムルさんが落ち着いて答えてくれた。……そこからなんですね。
「2人とも、すみません。ケイさんは無理ですが、明日は私も行きます」
マリアさんがそう言ってくれた。俺も行きたいけど、蒸留酒を作らないといけないからね……
「マリアは、ケイさんを手伝ってくれたほうがいい。ケイさんもマリアも力が弱い。でもアゼルは凄い。力が強いのもあるけど、鑑定スキルが使えるみたい」
「鑑定スキルって、採掘にも使えるんですね」
「私も初めて知った。今まで聞いたことない」
ああ、アゼルさんが特別なんですね。なんとなくわかります。
「そうなんですね。でも、今日は、俺がお2人の汗を流しますよ」
「……」
嬉しそうにしている2人の横で、マリアさんが黙ってこちらを見つめていた。
「わかりました。マリアさんの汗も流しますよ」
「すみません。そんなつもりはなかったのですが」
いやいや、明らかに目で訴えかけていましたよね。
次の日も、朝食後、リムルさんとアゼルさんは元気に出かけていった。
2人を見送った後、マリアさんと蒸留酒を作っていると、酒屋のおっちゃんが馬に乗ってやってきた。……そうだよね。おっちゃん、昨日走ってきたけど、ギルドや商店って、村の下のほうにかたまっていたよね。よっぽど焦っていたんだろうね。
「ケイ、すまんが、コイツらも一緒にいいか? うちの若い奴等なんだ」
おっちゃんはそう言って、後ろからついてきた2人の若そうなドワーフ族の男性を紹介してくれた。……大人しい? いや、これが警戒かな?
「もちろんです。ケイです。こちらは、マリアです。よろしくお願いします」
そう言って、俺とマリアさんが頭を下げると、一応、向こうも頭を下げてくれた。
「すまんな、ケイ。こいつ等、まだお前のこと、信用してないんだ。ちょっとでいいから、お前の酒、飲ましてやってくれんか?」
「いいですよ。どうぞ」
出来上がった蒸留酒を、コップに入れて、3人に渡した。きっとおっちゃんも飲みたいだろうからね。
「「……」」
2人の青年は黙ったままだけど、一気に表情が柔らかくなった。大人しいのは性格みたいだね。……そういえば、リムルさんがドワーフ族は種族特性であまり喋らないと言ってたね。
「どうだ、旨いだろ」
「「はい」」
おっちゃんが確認すると、2人が笑顔で返事している。もう大丈夫だろう。
「ところで、昨日言ってた、“蒸留”ってなんだ?」
落ち着いたところで、おっちゃんが尋ねてきた。……そういえば、この世界で蒸留酒を見たことなかったね。ゲルグさんやマギーさんの話では、北の大地にはあるみたいだけど。
「水って、熱すると沸騰しますよね」
「おお、蒸気に変わるな」
「そうです。その沸騰なんですが、お酒に含まれている酒精は、水よりも低い温度で沸騰するんです」
「……そうかっ! 酒精の沸騰する温度を維持しながら、沸かしてやればいいんだな」
「そうです」
「でもよ、蒸気に変わった酒精をどうやって集めるんだ?」
「これを使います」
ゲルグさんに作ってもらった、ゴム栓付のコの字型のガラス管をおっちゃんに渡し、蒸留の仕組みを説明した。
「なるほどな、冷めると酒精に戻るのか」
「1度やってみるので、見ててください」
俺はそう言って、魔法でお酒を蒸留してみせた。
「凄いな。本当にできるんだな。あと、このガラスの管は、ケイ、お前が作ったのか?」
「いえ、ゲルグさんです」
「ゲルグさんって、ここの爺さんかっ! あの爺さん、なんでも作れるんだな。ケイ、これを借りてもいいか?」
「はい、どうぞ。予備はいくつか持っていますので」
「おいっ、ガラス屋にこれを作らせろ。旨い酒が呑めるといえば、絶対、作れるはずだ」
おっちゃんはそう言って、1人の青年にガラス管を持たせ走らせた。
「ケイ、後は、何が必要だ?」
「後は、このゴム栓を挿せる穴の開いた鍋が必要です」
「そうか、蒸気が逃げると駄目なんだな……金物屋じゃ厳しいか……おおっ! ここの親父がいるじゃねぇか」
でかい独り言を呟いていたおっちゃんが、閃いたみたいだ。……でも、このおっちゃん、理解が早くて助かるね。
「ケイ、ここの親父、どこにいるか、知らねぇか?」
「お義父さんですか?」
「お義父さん? ってお前、ここの嬢ちゃんと結婚したのかっ!?」
「いえ、まだ婚約ですが……」
「いや、一緒だろっ! いや、違うのか? っていうか、あの人間嫌いのゲルグさんがよく許したな! いや、ケイは、ゲルグさんと知り合いだったか?……」
だんだん、おっちゃんが混乱してきたようだったので、
「とりあえず、これをどうぞ」
蒸留酒をコップに入れて、勧めてみた。
「おお、すまんな」
酒を飲むと、落ち着きを取り戻してくれたみたいだ。
「それで、穴の空いた鍋は、お義父さんが作ってくれるのでしょうか?」
「ああ、たぶん大丈夫だ。ゲルグさんもそうだが、ここの一族は何でもできるんだ。鍛冶師で採掘からするなんて、ドワーフ族のなかでも、ここの一族ぐらいだ」
なるほど、変わった一族だったんだね。
「あっそれで、お義父さんなら、家の裏の工房にいると思います」
「そうか、なら俺が行って来る。お前は、ケイの手伝いをやっとけっ」
おっちゃんは残っていた青年にそう言うと、家の裏の工房に走っていった。……せっかちなおっちゃんだね。
残された俺達は、お酒の蒸留の続きをすることにした。
「ごめん、うちの親方、いつもあんななんだ。あと、親方は、さっきの説明でわかったみたいだけど、俺、ぜんぜんわからなかったんだ。もう少し詳しく聞かせてもらってもいいかな?」
そうだよね。普通、あんな説明じゃわからないよね……
その後、俺はおっちゃんが帰ってくるまで蒸留酒を作りながら、残された青年に蒸留の仕組みについて詳しい説明をして過ごした。




