閑話 ベル・ラインハルトの憂鬱 その2
さすがは、ケイだ。私の見込んだ男だけのことはある。学園都市でも、ちゃんと鍛錬を続けていたようだ。
それに奴隷契約を解放しても、住所は迷わずここを選んでくれた。あの時は嬉しくて思わず抱きしめてしまったが、迷惑ではなかっただろうか……
しかし、なんなのだ、あの女は……ちょっと近くにいるからと言って、恋人気取りか。一緒に過ごした時間でいえば、私のほうが長いのだ。あの女など、せいぜい2年か3年だろう……いや、今も一緒にいるのは、あの女か……私は、なぜ待つと決めてしまったのだ?
それにあの時、マギーが居たせいもあるが、つい強がってすぐに帰ってきてしまった。もっとケイと一緒に過ごしても良かったのではないだろうか……
さらに、私の帰り際、マギーが言っていた“他の子達”って、どういうことだ。他にも居るのか?……たしかに、爺や達にケイの交友関係に口を出すなと言ったのは私なのだが……
ん? グレンか……どうせ、また孫の話だろう。
それよりもだ。あの女もそうだったが、やはりケイも胸の大きな女性が好きなのだろうか。……恋愛小説でも、“おっぱいは正義だ”と書かれているものが多かった。いや、小さい胸を好む男性も居たか……私のような中途半端は駄目なのだろうか……そういえば、胸は揉むと大きくなると書かれていたな。いや、好きな男性に揉んでもらうとだったか……ケイは、頼めば、私の胸も揉んでくれるだろうか……いや、“私の胸も”って、どういうことだ。これでは、ケイがあの女の胸を揉んでいることになるではないか……
「おお、グレンではないか。久しぶりじゃのう」
「お久しぶりです、クロエさん。……あのう、ベルさんは自分の胸を揉んで、何を1人でぶつぶつ言ってるんですか?」
「ああ、ケイの奴隷契約を解放してから、ずっとあの調子なのじゃ。ケイに、他の女の影を感じたのに強がってすぐに帰ってきたからのう。ところで、グレン。何か用なのか? お前の孫の話だったら、もう十分じゃぞ」
「マズいな……ベルさんにケイの事で……」
「ケ、ケイっ! ケイがどうしたっ!?」
「待てっ! ベルっ! 落ち着くのじゃ! グレンが死んでしまうではないか」
私はグレンの口からケイの名前を聞いた瞬間、グレンに掴みかかっていたようだ。
「す、すまない」
「いや、オレは殺されても仕方ないかもしれません。ケイが危ないんです」
「ケイが危ない……グレンっ! ケイはどこだっ! 今、どこにいるっ!」
「だから、落ち着くのじゃ。ケイが少々のことで死ぬはずなかろう」
再びグレンに掴みかかった私を、クロエが引き離してくれた。
「そ、そうだな。“私のケイ”がそんな簡単に……い、いや、“私のケイ”と言っても、そんな特別な意味ではないぞ」
「特別な意味でも構わんから、とりあえず、落ち着くのじゃ。まずは、グレンに話を聞いてからじゃ」
「そうだな……グレン、頼む。話してくれ」
私がそう言うと、グレンが、ケイのカステリーニ教国での経緯を話してくれた。
「こ、婚約……しかも、5人も……」
「いや、気にするのはそこではないのじゃ」
「そ、そうだな……グレン、お前が謝ることではない。気にするな」
「しかし、オレがケイを巻き込まなければ……」
「そうかもしれないが終ったことだ。今はケイの判断が正しい。グレン、お前はお前の家族を護れ」
「すみません」
「だから、気にするな。ケイのことは私に任せておけばいい。ちょっと、ケイの様子を見てくる。……いや、これはケイが危ないからであって、仕方なしに……」
「わかっておる。今回は仕方がないのじゃ」
クロエがそう言ってくれたが、なぜそんな嫌な笑みを浮かべるのだ。……今回は仕方ないのだ。けっして婚約が気になっているわけではないのだ……あっ!
「グレン、聞きたいことがある」
「はい、なんでしょう」
「お前は、結婚の前に婚約をしたのか?」
「ええ、そうですが」
「その時は、どちらから言い出したのだ?」
「オレですが」
「やはり、そうか……」
恋愛小説でも、男性のほうから告白するパターンのほうが圧倒的に多かった。それに、私も告白してもらうことに憧れがある……しかし、このままでは……
「何を悩んでおるのじゃ。早く行って告白してくればよかろう」
「いや、そういうのにも順序が……いや、違う。私は告白をするために行くわけではない。ケイが危険だから……」
「順序? なんじゃ其方、順番を気にしておったのか?」
順番っ!……そうだ、私は6番目の女になるのか……
「あのう、ベルさん。ちょっといいですか?」
「なんだ、グレン?」
「婚約は、順番が関係ありません。大事なのは、結婚したときに本妻になることです」
「本妻っ!」
「そうです、本妻です。そして、オレの見立てでは、あの5人の中から1人の本妻を選ぶことが、ケイにはできません。もしベルさんも婚約していれば、ケイが選ぶのは、ベルさんです」
「そ、そうなのか……」
ケイが選ぶのは、私。本当にそうなのだろうか……いや、グレンはこういう事に慣れていそうだし、見誤ることはないだろう。……本妻……本妻かぁ……
「いえ、もし婚約してればの話で……」
グレンが何か言っているが、今、大事なことを考えているのだ。……“本妻。”……いい響きだ。
「もう本妻でも、後妻でも構わん。早う行くのじゃ。グレンも急いでおるのじゃ」
「ご、後妻……後妻は嫌だ……いや、すまない。グレン、行ってくれ。ケイのことは私に任せてくれ」
「あ、はい。それでは、宜しくお願いします」
グレンはそう言うと、頭を深く下げ、帰っていった。
「クロエ、後を頼む」
「もともと家事は、妾がしておるのじゃ。其方が気にすることではないのじゃ」
「そ、そうだったな。すまない、クロエ」
私は、後のことをクロエに任せ、カステリーニ教国の首都ロワール・サント・マリーの冒険者ギルドへと転移した。
「ベル様っ! 何か御座いましたでしょうか!?」
ギルドの職員が何か言っているが、今はそれどころではないのだ。
「いや、私用だ」
それだけ言い残し、ギルドを出た。
夜か……それに、なぜこの都市はこんなに人が多いのだ。これでは、ケイを見つけられないでないか。
朝日が昇り始めた頃、漸くケイを見つけることができた。……なぜ、ケイの魔力はこんなに判り難いのだ。不本意だったが、あの女の魔力を追ってしまったではないか。
なんだ? あれが今の教皇か。……もしかして、教皇までっ!……いや、違うか。行ってしまった。
残った女は3人……鬼人族のあの女と青髪の人間族とドワーフの娘……ケイの好みがわからない。暫らく、様子をみるか。
たしかに、ケイ達を監視する目が多いな。これは、ケイでは厳しいかもしれないな。軽く間引いておくか……
川はなんとか渡り終えたようだが……なるほど、よく考えている。上手く追跡を炙りだしたではないか。……迷わせの草原っ! ああ、ドワーフの娘がいるか。……さずがは“私のケイ”だ。
な、な、なぜなのだっ! なぜ、あの女達はケイの体を洗っているのだ。……いや、違う。なぜ、私はケイの体を洗わなかったのだ。12年間も一緒にいたのに、私は何をやっていたのだ……それに、あの青髪の女、ずっとローブを着ていてわからなかったが、胸が大きいではないかっ! あと、ドワーフの娘は胸がない。……ケイ、中途半端では駄目なのか……
ずっと、ケイを追っているのはいいが、出るタイミングを逃してしまった。なぜ、私はロワールですぐに声をかけなかったのだ。こんな草原で偶然に会うわけがないではないか……
それに、もう精霊の森だ。ここまで来れば、危険もないだろう。帰ろうか……
と思っていたところで、
「ベル様っ!、ベル様ですよねっ! お願い致します。どうか、どうか調薬をお手伝い頂けないでしょうかっ!」
先程、ケイが助けた二人のエルフの娘に呼び止められた。……こっちの子は巫女か。さすがに、精霊の森で巫女相手に姿を隠していられないか。……あっ! そういえば、この2人もケイに迫っていたが、見向きもされていなかった。やはり、胸が中途半端だったからなのだろうか……
「ベル様?」
「ああ、すまない。調薬だったか。構わない、君達の村へ行こう」
「「ありがとうございます」」
これは人助けだ。……断じて、精霊の森に残るための口実ではない。




