第2話
ロワール・サント・マリーの対岸の宿場街を出て、2時間ほどが過ぎた。
「リムル、そろそろ、いいか?」
御者台からアゼルさんが声をかけてきた。
「ん、ちょうどいい」
リムルさんがそう答えると馬車が停まった。
「マリア。今から休憩して、暗くなったら草原に入る」
俺もそうだけど、マリアさんが不思議そうな顔をしていると、リムルさんが答えてくれた。
夕暮れどきの薄明かりの中、食事を摂っていると、
「ケイさん、監視の目はどう? 川沿いの道に停まっているグループ、全部、監視だと思っていい」
リムルさんが聞いてきた。
「たぶん、5組ですね。でも、どうして、全部、監視だとわかるんですか?」
「普通、川を渡った後、1泊してから街を出る。あと、カステリーニから南に向かう人は、海沿い道を通る」
なるほど、出発時間と行き先で炙り出したんだね。……さすが、地元と旅に慣れている人は違うね。
食事を済ませ、暗くなるのを待って、荷台を魔法袋に入れた後、
「ケイさん、マリアもよく聞いて。もし私達からはぐれたら、絶対に動かないで。必ず、私が見つけるから」
リムルさんがこう言った。
この草原は起伏もあり、馬の背に乗って移動することしかができないので、馬が2頭で、それぞれの体重を考えると、リムルさんとアゼルさんのペアと、俺とマリアさんのペアに自然と決まった。
俺とマリアさんは、リムルさんの言葉に頷いたが……
「では、私が前に乗りますね」
マリアさんはそう言って、馬に跨った。……リムルさんとアゼルさんのペアは、アゼルさんが馬の手綱を持っているけど、リムルさんは前に乗っている。でも、俺とマリアさんのペアは、身長が変わらないので、俺が後ろだ。……馬車の御者はできるようになったけど、まだ馬に跨って手綱をとることはできないからね。
暗闇のなか、マリアさんの後ろに跨り、そっと腰に手をまわすと、
「んぅ!」
マリアが体を硬直させ声をあげたので、慌てて手を離した。
「す、すみません、大丈夫です。ケイさんに体を触れられるの久しぶりだったので……想像していたよりも、凄いのですね」
そういえば、旅に出てから体術の組み手をしてなかったね。でもマリアさんは、俺に触れられる想像をして、ナニをしてたんだ?……いや、今は考えるのは止めておこう。隣の二人の視線が冷たくなってきたからね。
暗闇のなか明かりもなく草原を進んでいるけど、馬って暗闇でも走れるんだね。
「マリアさん、大丈夫ですか?」
しばらく走ったところで、マリアさんの耳許に後ろから声をかけたが、
「はぅ!」
また声をあげ、体を硬直させてしまった。
「あっ、すみません」
「いえ、大分慣れてきたのですが……」
「いえ、そうではなくて、アゼルさん達についていけそうですか?」
「すみません、そっちですね。はい、今のところは大丈夫だと思います。でも、すぐそこにいるはずなのに、自信が持てないのが不思議な感じです」
はい、そっちです。……あと、そうなんだよね。すぐ右斜め前に俺も見えているんだけど、自信が持てないんだよね。
「マリアさんもそうなんですね。これが精霊の作用なんでしょうか?」
「わかりません。暗闇ではこういう感覚に陥ることが、たまにありますからね」
「そうですね」
2時間ほど進んだところで、アゼルさんが馬を止めた。
「ケイさん。どう?」
リムルさんが聞いてきた。
「大丈夫だと思います。草原に入ってすぐは、2組が追いかけてきたんですが、すぐに引き返していきました」
「そう。じゃあ、ここで野宿」
「でも、魔物が結構多いですよ」
「大丈夫。魔物も迷っているから、私には寄って来ないはず」
リムルさんには寄って来なくても、俺達には寄ってくるんじゃなのか?
「そうなんですね。あと、どのくらいかかりそうですか?」
「わからない。私も初めて入ったし、なんとなく森の方向がわかるだけだから」
それからは、のんびりとした旅になった。リムルさんの言うとおり、魔物は襲ってこないし、監視や追跡もなくなったみたいだからね。
俺の乗馬の訓練をしたり、旅に出てからあまりできていなかった組み手をしたりしながら、リムルさんの感覚を信じて進んでいった。
「リムルさん。この間の続きになるんですが、いいですか?」
食事休憩のとき、気になっていたことを聞いてみた。
「ん」
「精霊系種族と人間族の関係についてはわかったのですが、精霊系種族間ではどうなんですか? 昔はあまり良くなかったと聞いたのですが」
「今は、森の中で住み分けもされているし交流もあるから大丈夫。共通の敵もいるから」
共通の敵って……
「俺やマリアさんは、大丈夫なんでしょうか?」
「ドワーフ族は、ケイさんの蒸留酒を出したら大丈夫。心配ない」
なんか凄い納得ができた。
草原に入って5日目、草原のなかに立ち木が増え始めた。
「そろそろ精霊の森ですか?」
リムルさんに聞くと
「どこからどこまでが、精霊の森かわからない」
確かに……草原にも精霊がいるみたいだし、広く考えれば、“迷わせの草原”も含めて、“精霊の森”かもしれないね。
しばらく進むと右手に山が見えてきた。こんな山、いつからあったんだろう?
山の麓の川辺に着くと、
「この山が、ドワーフ族の自治区。村は中腹にあるから、明日、登る」
リムルさんが言ってきた。
「じゃあ、山の東側の森がエルフ族の自治区ですか?」
「そう。だから、あまり近づかないほうがいい」
そうだね。問題を起こすとリムルさんに迷惑がかかるかもしれないからね。
「私は大丈夫。気にしない」
「えっ!?」
リムルさんも心を読めるんですか……
馬車の荷台を出して、寝るところを確保し、食事の用意をしていると、
「みなさん、気を付けて。誰か魔物に追われながら、こっちに来ます」
俺が小太刀を構えながらそう言うと、
すぐに、アゼルさんが大太刀を構え、マリアさんはマウイ様から預かった藍色の魔石の付いた杖を構え、リムルさんは自分の身長と変わらない長さの長剣を構えた。
旅に出てから初めて知ったんだけど、リムルさんって意外と強いんだよね。聞いたら、
「ふふっ、ケイさんには隠してた。アリサも私も剣道をやってたから」
と鼻を鳴らして自慢げに言っていた。たしかに、種族特性で力もあるから、長い剣でも振り回せているし、剣術スキルはないみたいだけど、ちゃんと基本も誰かに習ったんだろう。
デカいなっ! 4mはありそうだ。……二人の女性らしき人を追っている1匹のオークが遠くに見えた。
オークはCランクの魔物で、赤っぽい肌に豚みたいな顔の付いた人型だ。体長は2m~5mぐらい、武器はこん棒や長剣、単独行動が多いらしい。学園で習った知識だけどね。
「ケイさん、どうします?」
マリアさんが聞いてきた。
「助けましょう。……1匹です。マリアさんは魔法で牽制、アゼルさんは正面から威嚇、リムルさんは逃げてる二人の確保、俺が仕留めます」
俺がそう言って走り出すと、3人とも後ろについてきてくれた。
「人間族っ!」
逃げてる二人とすれ違うとき、エルフ族の1人がそう言ったけど、気にしている場合じゃないよね。
マリアさんの氷魔法“ブリザード”が発動されたので、オークの横をすり抜け、後ろに回り込み、近くにあった木の幹を蹴って高く飛び上がり、赤く輝いたアゼルさんが大太刀でオークのこん棒と打ち合った瞬間、後ろからオークの首を“曳き斬り”で切り落とした。
1人で戦うのは大変そうだけど、みんなで戦えば、こんなもんだろうね。
「ケイさん、今の何ですか!?」
マリアさんが驚いた顔をして尋ねてきた。アゼルさんも頷いている。……そういえば、“曳き斬り”って、あまり人に見せたことなかったね。殺傷力が高すぎて、練習では使えないからね。学園に入学してから、人前で使ったのって、学年末試験でリーナ先生と打ち合った時ぐらいかな。
「“曳き斬り”です」
「はぁ、“曳き斬り”ですか……でも、なぜあんな体勢でそんな切れ味が出るのですか?」
「“曳き斬り”は、肘から先しか使いませんから、どんな体勢からでも出せるんですよ。ただ、近接でないと届きませんけどね」
「だから、ケイさん。いつも近接戦闘の鍛錬を続けていたのですね」
マリアさんとアゼルさんが納得したように頷いてくれた。
逃げていたエルフ族2人のほうを見ると、リムルさんと何か話しているみたいだ。俺がいっても、話が拗れるだけだから、リムルさんに任せておけばいいだろう。
俺、マリアさん、アゼルさんの3人でオークを解体していると、リムルさんに連れられてエルフ族の二人の女性がやってきた。見た目は20代に見えるけど、この世界、見た目じゃ年齢がわからないからね。
「ケ、ケイとやら、た、助かった」
少し前に立っていたエルフの女性が顔を歪めながらも、頭を下げた。それに合わせ、後ろのエルフの女性も頭を下げた。……人間族に頭を下げるのって、この人達にとって屈辱なんだろうね。それでも頭を下げるのは、義理を反故にできない誇りみたいなものもあるんだろうね。
「いえ、いいんですよ。俺達はたまたま居合わせただけですから」
「そ、そうか、すまん。リムルも疑って、すまなかった」
そう言って、また頭を下げてくれた。
「ん。ケイさんは、こんなことぐらいで集ったりしない」
「ああ、そうみたいだな」
いろいろ疑われていたみたいだけど、わかってくれたようで良かった。
「姉さんっ!」
後ろにいたもう1人の女性が、解体を続けていたアゼルさんのほうに指をさして、驚きながらそう呟いた。……似てないけど、姉妹なのかな?
「碧っ!」
姉さんと呼ばれた女性も驚いている。……ああ、緑色だね?
「ケイさん。たぶん、アレ、樹属性」
リムルさんが教えてくれた。そういえば、風属性もミドリ色だけど、樹属性もミドリ色だったね。需要と供給のバランスで高価かどうかは別にして、珍しいんだよね。
「ケイ、頼む。あの魔石を譲ってくれないか。私達はあれを探していたんだ。対価は……」
姉がそう言って、しばらく黙っていたかと思うと、震えながえら、上着を脱ぎ始めた。
「姉さんっ、人間族なんかにっ!」
妹が姉の腕を掴んでそう言ったが、姉はすでに上着は脱ぎ捨て、おっぱい丸出しで、下も脱ごうとしている。……なんだ、この状況っ! そして、マズいっ!
「大丈夫だ、コイツ等、陵辱目的で多種族でも襲う。いや、違うっ! これは取引だ。私には、この体を差し出すぐらいのことしかできないのだ。頼むっ、ケイっ!」
「じゃあ、私もっ!」
そう言って、妹が上着を脱いだ。……妹のほうが、おっぱい大きいんだね。いや、そんな事を考えている場合じゃない。
「あ、あのう……」
このままでは本当にヤバいので、2人を止めるために俺が声をかけると、
「うるさいっ! お前は黙ってろっ!」
「すみません」
姉に怒られた。
「お前は巫女だ。そんなことしなくてもいいっ!」
「いいえ、姉さんだけに辛い思いをさせられませんっ!」
おっぱい丸出しのまま、2人が言い争っている。……なんだ、この茶番? そして、俺の婚約者達の冷たい視線。どうしてくれるんだよっ!
とりあえず、アゼルさんに向かって手を上げると、魔石を投げて寄越してくれた。そして、受け取った魔石を言い争っている2人に差し出した。
「「えっ!」」
2人が止まったので、
「どうぞ」
と言ってみた。
「いいのか?」
姉が魔石を受け取り、不思議そうに尋ねてきた。
「ええ、構いません。それよりも早く服を着てください。こっちのほうがヤバいです」
そこで、やっと俺の婚約者達の視線に気付いたのか、2人とも恥ずかしそうに服を着始めた。
「しかし、いいのか?」
服を着終えた姉がまた尋ねてきた。
「必要なのでしょ? 俺達には必要ありません」
俺がそう言うと
「すまん、恩に着る。……リムル、ケイをお前達の村で引き止めておいてくれ、必ず、礼に伺う」
姉は、再度、俺に頭を下げると、リムルさんに向かってそう言った。
「わかった」
と、リムルさんが勝手に返事をすると、2人は森の奥へと帰っていった。
「ケイさん、ギリギリ。あの2人、キャシーさんの妹。そして、族長の娘。もしかしたら、アウトかも……ふふふっ」
えっ! キャシーさんの妹? 族長の娘? アウト!?……リムルさん、笑ってる場合じゃないよっ!




