第8話
カステリーニ教国の教皇様との約束を果たすため、みんなで、教会にやってきた。
もうどこからどこまでが、誰の描いたシナリオなのか、わからないよね。少なくとも、キアラさんが、俺と婚約し聖女になるのは、教皇様の描いているシナリオの1つなんだろう……
たしかに、みんなと婚約できるのは、俺にとってはいい状況だ。1人を選べと言われても無理だからね。ただ、俺の意思とは無関係なところで話が進んでいるのが、なんというか、自分の事なのに、情けないよね……
それにしても、信仰の対象が別にあるのに、この国の教会も賑わっているんだね。いや、ほとんどの人が罪を償うための奉仕活動の手続きに来ているんだから、賑わっているという表現はおかしいか。それに、この世界の教会は、役所的な機能がメインだから、信仰も関係ないか……
「ケイ、嫌なのか?」
順番を待つ人の列に並びながら考えていると、アゼルさんが不安そうに聞いてきた。その言葉につられたのか、他の3人も不安そうな顔をしている。
「そんなことありません。みんなとの婚約は、俺も望むところです」
俺の言葉で、みんな安心した顔をしているけど、“婚約は望むところ”って、もっとマシな言い方あるだろっ、俺っ!
順番が回ってきた。
「こんにちは。本日はどういったご用件でしょうか?」
受付のお姉さんが、にこやかに挨拶してくれた。
「婚約の手続きをお願いしたいのですが、宜しいですか?」
「畏まりました。では、男性の方、左手を石版に乗せて頂けますか?」
俺が、カウンターの上にある石版に左手を乗せると、
「ケイさんですね。結構です。次に、婚約される女性の方、石版に左手を乗せて頂けますか?」
お姉さんにそう言われたので、後ろを振り返ると、みんな、顔を見合わせていた。
「えーと、誰から行きますか?」
「「「「…………」」」」
「あのう、もしかして、全員の方ですか?」
お姉さんが心配して声をかけてくれたが、その瞬間、周りから冷たい視線をたくさん集めた。……懐かしいね、この感じ。
「そうなんですが、順番とか関係ありますか?」
もう開き直るしかないよね。
「い、いえ。婚約の場合はありませんが……」
お姉さんが言葉を濁してくれたが、きっと婚姻のときにはあるのだろう……
「では、こうしましょう。ケイさんに出会った順番でどうですか? アゼルが一番最後になりますが、いいですか?」
マリアさんが提案してくれた。たしかに、いい案だね。マリアさんは3番目だし、発案者としても無難だね。あとは、
アゼルさんが同意して頷いてくれた。リムルさんは1番だし問題ないだろう。しかし、
「でもそれだと、アリサも私の前ですよね」
キアラさんがそう言った。たしかにそうなんだけど、アリサさん、いないからね。……仕方ない、
「アリサさんは、大丈夫です。俺が手紙を書きます」
「そうなんですか。ケイさんもそう言ってますし、私も大丈夫です」
キアラさんも納得してくれたみたいだ。……でも、手紙って何書こう。ってその前に、手紙書いて断られたら、どうしよう。恥ずかしいよね。
と、俺が考えているうちに、
「じゃあ、私から」
リムルさんが、石版に左手を乗せていた。
「はい、リムルさんですね。次の方、どうぞ」
と、お姉さんが催促しているけど……
「えっ、続けて乗せても大丈夫なんですか!?」
キアラさんが質問してくれた。
「はい、大丈夫です。婚約ではあまり聞いたことありませんが、1度に複数の方と結婚する方はおられますので」
なるほど、そんな人もいるんだね。
その後、キアラさん、マリアさん、アゼルさんの順番で、みんな左手を石版に乗せていった。
「婚約破棄の場合の罰則をつけることもできますが、どうなさいますか?」
そんなこともできるんだね。みんなのほうを向くと、4人とも首を横に振っている。
「罰則は必要ありません」
俺が答えると、
「では、手続きに入らせて頂きます」
しばらく待っていると、左手の薬指が銀色に輝き始めた。輝きがおさまると、左手の薬指に銀色のシンプルな指輪が残っていた。これが、婚約指輪なんだろう。
4人も、思い思いに自分の左手の指輪を眺めている。
「これで、以上となります。宜しいですか?」
受付のお姉さんが確認してきたが、最初のころよりも、若干冷たいような気がする。……それなのに、
「あの、ここにはいないと人と婚約することはできますか?」
「まだ、居られるのですか?」
お姉さんの声が、さらに冷たくなった。
「ええ、アーク学園都市なのですが」
「でしたら、こちらにお二人のサインをして、最寄の教会に提出してください」
そう言って、お姉さんが一枚の紙をくれた。婚約届けなんだろう。
なんとか婚約の手続きを済ませ、待っていてくれた教皇様の使者が馬車で宿まで送ってくれた。
帰りの馬車の中で、みんな、自分の指輪を眺めたり、見せ合ったりしてるのは微笑ましかったけど……なんだろう? この微かにある虚無感は……
「ケイさん、アリサには、何て手紙を書くんですか?」
宿の部屋に着くと、キアラさんが聞いてきた。
「一応、別れた後から今までの話は書こうと思っているんですが、どうせなら、みなさんも書きませんか?」
「それがいいです。みんな、アリサに手紙を書きましょう」
キアラさんの言葉に、1人を除いて賛成してくれた。
「ケイ、ワタシ、字を書くの苦手だ」
アゼルさんが不安そうに言ってきたけど、手紙を書くこと自体はいいみたいだね。
「大丈夫、私が教える」
不安そうにしているアゼルさんに、リムルさんが声をかけてくれた。……この二人、初めて会った頃から仲がいいし、リムルさんに任せておけばいいだろう。
みんな、それぞれに手紙を書き始めたが、
「ところで、みなさんは、アリサさんとどんな約束をしたのですか?」
「「「「……」」」」
4人とも、止まってしまった。
「いえ、無理に聞きたいわけではないのですが」
「いえ、隠しておくほどのことでもないですが……アリサとみんなで決めたことは、ケイさんの意思を尊重することと、ケイさんが誰か1人を好きになっても恨まないことです。
でも、言葉にはしていませんが、抜け駆けをしないというのも含まれていたと思うんです。そうですよね?」
マリアさんが説明に、残りの3人も頷いている。きっと、言葉にしていなかった部分のほうが重要だったんだね。
でも、俺の意思は尊重されていたのか?……いや、よく考えてみれば、あのとき悩んでいたのは、キアラさんと婚約することではなく、キアラさんだけが特別になってしまうのではないかということだったから、みんなのほうが正しいのか。……なんか、みんな、俺よりも俺のことをわかっていそうだね。
「俺、あのとき、みんなに助けてもらったんですね。ありがとうございました」
4人は、笑顔で首を横に振ってくれた。
みんな、手紙を書き終わったところで、
「手紙と一緒に、ゲルグさんに蒸留酒も送りたいので、ちょっと待ってもらってもいいですか?」
俺が、4人にお願いすると、
「いっしょはダメだ。手紙も別々に送るほうがいい」
アゼルさんが止めてきた。みんなもアゼルさんに同意しているようだ。
「あっ! お酒も一緒に送ると届かない可能性が高くなるんですね」
「そうだ。あと、この国の商業ギルドはダメだ。冒険者ギルドを使うほうがいい」
アゼルさんが付け足して教えてくれた。……そうなんだ、いろいろ抜け道があるんだろうね。
アゼルさんの言葉に従って、冒険者ギルドに向かった。
ギルドの中に入ると、
あれっ!……グレンさんの魔力を感じた。そして、そちらに目を向けると、グレンさんがニヤニヤしながら近づいてきた。
「やっぱり、ケイだったのか。さっき、修道院の炊き出しを手伝っていた冒険者が修道女に刺されたって噂を聞いて、まさかとは思ってたんだが、お前だろ?」
グレンさんが、俺の首に腕を回し、耳元で囁いてきた。
「なんで、俺だって思ったんですかっ!?」
俺も小声で聞き返した。
「教会の奉仕活動でもないのに、そんなことする冒険者、お前しか知らねぇよ」
なるほど、たしかに1銭の得にもならないからね。
「知ってるなら早いです。その話でちょっと……」
「なんだ、マズい話か。ちょっと待ってろ。部屋を取ってくる」
グレンさんはそう言うと、カウンターの中に入っていった。……さすがSランクだね。なんの遠慮も必要ないんだろうね。
戻ってきたグレンさんに連れられて、ギルド内の個室に入った。
「ところで、さっきから気になってたんだが、お前ら、婚約したのか?」
全員が席に着いたところで、嫌な笑みを浮かべながらグレンさんが聞いてきた。……みんな、恥ずかしそうしにながらも嬉しそうにしてるけど、グレンさん、面白がっているだけだよ。
「ええ、その話も含めて話します」
俺が、この都市に来たところから今日までの話をすると、
「すまん。俺の責任だ」
グレンさんが、机に叩きつけんばかりに頭を下げて謝ってきた。
「いえ、違うんですよ。グレンさんの責任じゃないです。俺の不注意ですよ」
みんなも頷いている。
「いや、でもよ。お前、死にかけたんだろ。おかしいとは思ってたんだ。お前をナイフで刺すなんて、よっぽどのヤツしか無理だろう」
「いや、あれは子供に気を取られていましたし、アンジュは、Aランクの冒険者ですからねぇ……」
「子供かぁ。今の俺でも危ないなぁ」
グレンさん、爺馬鹿の自覚あったんですね。
「アンジュのことを、グレンさんが知らないということは、噂では名前が出てないんですね」
「ああ、そうだ。修道女と聞いていただけだ。それに、捕まってすらいないとはな……」
この国で有名なアンジュの名前なんか出せないからね。でも多くの目撃者がいるから事件自体は隠せないので、面白おかしく痴情の縺れみたいな噂を流したんだろう。……この国の意思がね。
「そうなんです。だから、リーナさんも危ないと思うんです。きっと、アンジュは俺だけでなく、リーナさんも怨んでいそうですからね」
「ああ、そうだな……」
ここで、グレンさんが黙ってしまった。
「いや、だから、すぐに帰ってあげてください」
「そうしたいんだが、それじゃあ、お前に借りばかりできるじゃねぇか。それにお前も、まだ危険だしな」
「借りなんて、どうでもいいですよ。気になるなら、全部、問題が片付いてからでいいですよ」
「しかしなぁ……」
俺とグレンさんが押し問答を繰り返していると、
「あのグレンさんにお願いがあります」
「ん、なんだ、マリア?」
「ケイさんとアリサの婚約届けと私達の手紙を、アリサに届けてもらえませんか?」
「そうです、お願いします、グレンさん。この後、俺達はこの国を出て、精霊の森を目指すので、人間族のアンジュは行動を取りにくくなるはずです」
「いや、届けるのは構わんが、いいのか? たしかに、精霊の森なら少しは安心だが、森まで送るぞ」
「いえ、大丈夫です。俺達、聖女様の家族ですから、この国では、ある程度安全は保障されているはずです。それに、この都市を出れば俺の探知魔法も使えますから、心配いりません」
俺の言葉に、キアラさんは少し戸惑っているけど、みんな頷いてくれた。
「そうか、すまん。また甘えさせてもらう。だが、この借りは必ず返す」
グレンさんはそう言って、また頭を下げてしまった。
「いや、それは手紙を届けてもらうので……」
「なに言ってんだ。こんなの何の返しにもなってねぇよ」
その後、グレンさんは、そのまま転移ゲートでアリサさんのところに向かってくれた。……あっ! ゲルグさんのお酒も頼んどけば良かった。
その翌日、宿の部屋で、
「キアラ、本当にいいのですか?」
マリアさんが、キアラさんに確認している。
「はい。だって、みなさん、ずっと、行きの馬車でケイさんの膝の上、私に譲ってくれたじゃないですか。アリサも、最後までケイさんと二人きりで過ごしていませんし、ケイさん、この国にいると、また危険な目に遭うかもしれないじゃないですか」
だから、ずっとキアラさんが俺の膝の上に乗っていたんだね。俺もキアラさんも、御者の経験がないからだと思っていたよ。
「そうなんですが……すみません、キアラ。最後まで、気を使わせて」
「いいんです。私、まさか、ケイさんと婚約なんかできると思っていなかったんです。この指輪さえあれば、いくらでも頑張れそうな気がするんです」
キアラさんはそう言って、右手で左手の指輪を握りしめている。
「わかりました。ここは、キアラに甘えさせてもらいます」
マリアさんはそう言って、キアラさんを抱きしめた。
その後、キアラさんは、リムルさんとアゼルさんとも抱きしめ合っている。
うん、次は俺なんだよね……
キアラさんを抱きしめると、
「ケイさん、また、逢えますよね?」
キアラさんが、泣きながら独り言のように呟いてきた。
「ええ、必ず……」
こう答えるので精一杯だった。
みんなで宿を出ると、すでに、キアラさんを向かえるための馬車が待っていた。
キアラさんを見送ろうと馬車に近づくと、馬車の窓が開き、教皇様が俺に向かって手招きをした。
俺が窓の傍まで近づくと、
「ケイ、すまない。しかし、キアラは、私が命に替えても護ってみせる」
教皇様はそう呟くと、そっと頭を下げてくれたような気がした……
いつも読んで頂きありがとうございます。
今話で第3章完結です。
次章は、8月21日(木)0時から再開したいと考えています。
今後とも、よろしくお願いします。




