第2話
俺の失敗もあり、かなり手間取ってしまったが、なんとかアーク学園都市から出発することができた。
しかし、問題は続く……
「みなさん、すみません。俺の段取りが悪いせいで、こんな時間になってしまったんですが、お昼ですよね?」
「いや、ダメだ。今から止まらずに進めば、なんとか夕暮れまでに、次の街に着く。この辺りは寒いから、ワタシとケイ以外は、野宿はムリだ」
いや、ホント、アゼルさん、凄いね。やっぱり、経験って大事だね。
「ここは、アゼルに任せましょう。キアラ、リムル、我慢できるでしょ?」
キアラさんもリムルさんも、マリアさんの言葉に頷いている。マリアさんって、いつも、さらっと、俺のフォローをしてくれるよね。
「マリアさん、ありがとうございます。おにぎりで良かったら、食べますか?」
魔法袋からおにぎりを取り出して、みんなに渡していった。
「さすが、ケイさんです。用意がいいです。それに、まだアツアツです」
キアラさんが素直に喜んでくれいたが、
「ケ、ケイさん。その魔法袋、時間が止まっているのですか!?」
マリアさんが、驚きながら聞いてきた。そういえば、中身の時間が止まる魔法袋って、かなり高級品だったよね……
「これ、サタン様にもらったんです。便利ですね」
「魔王様ですか、さすがですね。なら、容量も凄いのじゃありませんか?」
「聞いていないのでわかりませんが、多いと思います。……みなさんも魔法袋ですよね、どのくらいの容量なんですか?」
「私は、マウイ様のお荷物を運ぶことが多かったので、500kgぐらいですが……キアラは?」
「私は、10kgです。これ以上は、値段が跳ね上がるので無理でした。それでも、10万Rもしたんですよ。
あっ、でも、爺やさんから、修道院の子供達のために絵本や教材をたくさん頂いたのですが、この魔法袋は凄そうです」
そう言って、キアラさんが別の魔法袋を見せてくれた。
修道院って、たしか女性だけだよね……
「キアラさん、何冊か見せてもらってもいいですか?」
「いいですよ。どうぞ」
キアラさんから、本を受け取り、5冊ほど確認したが、
“パーカーボーン13世 寄贈”
やっぱり、ちゃんと一冊ずつ書いてあった。……さすが爺やさん、マメだね。
「ありがとうございました。でも、その魔法袋は、キアラさんの魔法袋に入らないんですか?」
「私も気になって、アリサさんに聞いたら、裁縫ギルドが決めたことよって言ってました」
なるほどね。まぁ、自分たちの利益を守るためだから、仕方ないのかな。
お腹が膨れたせいなのか、マリアさん、キアラさん、リムルさんの3人が眠そうにしている。昨日、遅くまで宴会をしていたからね。
「俺とアゼルさんは、少々寝なくても平気なので、皆さん、少し寝てもらっても構いませんよ」
「いえ、大丈夫です……」
マリアさんはそう言ったが、しばらくすると3人とも寝てしまった。……この広さなら詰めれば4人くらい寝れそうだね。
「アゼルさん、ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「俺に馬車の操作を教えてもらえませんか?」
俺は、馬にも乗ったことないからね。
「いいぞ、ワタシの膝に座れ」
「えっ……あっ、はい」
アゼルさんの膝の上に座ったが、背中に当たるおっぱいが凄い……でも、いくら俺のほうが背が低いとはいえ……
「アゼルさん、前、見えるんですか?」
「ケイが、見てればいいだろ。いいか、手綱で操作するんだ。まず、馬が口に咥えているハミを軽く引いている状態が基本だ。緩めてやれば、前に進む。少し強く引けば、止まる。曲がりたい方向に頭を向けてやれば、そっちに曲がる」
「それだけですか?」
「そうだ。やってみろ」
アゼルさんはそう言って、俺に2本の手綱を渡した。
「これ、両方、同時にしないといけないんですか?」
「片方だけでいい。こいつらは訓練されているから、ちゃんとわかってくれる」
「賢いんですね」
「ああ、こいつらにも、心がある。嫌がることをしなければ、ちゃんということを聞いてくれる」
「じゃ、スピードを上げるときに、ムチを打ったり、手綱で叩いたりしないほうがいいんですか?」
「そうだ。ハミを軽く引いて緩めてやれば、速く走るし、止まるときも強く引き過ぎるのは良くない。馬が嫌がるからな。ハミと手綱を使って、馬と会話するんだ。信頼関係ができれば、ちゃんと言うことを聞いてくれるようになるんだ」
「ということは、訓練を受けていない馬は、馬車を引くことができないんですか?」
「当たり前だ。仕事をすれば、餌をもらえること覚えさせないと無理だ」
馬車の操作は、思ったほど難しくなさそうだけど、ここまで育てるのが大変なんだね。
「気になっていたんですけど、普通、馬車の手数料っていくらぐらいですか?」
「1日、馬が1頭2千R、馬車千Rだ。この馬や馬車はもっと高いけど」
じゃあ、馬2頭と馬車で、1日5千Rなのか……使ってないときも餌代などの維持費がかかるけど、常に旅をするなら、購入を考えてもいいかもしれないね。
「ケ、ケイさんっ! なんで、アゼルさんの膝の上に座っているんですか!?」
マリアさんが、起きたみたいだね。……うん、なんでだろう?
「ケイに、馬車の手綱の引き方を教えていたんだ。なんか、おかしいか?」
アゼルさんが、俺の代わりに答えてくれた。……おお、そうだった。座り心地が良かったから忘れてた。
「ケイさんに教えていたということは、百歩譲って認めましょう。でも、なぜ膝の上なんですか?」
百歩も譲ってもらわないといけないことだったんだね。
「ワタシは、こうやって習ったんだが、違うのか?」
「そう言われると、私も子供のころは、そうでしたけど……ケイさんも、なんとか言ってください」
「マリアさんも、馬車の手綱を引けるのですか?」
「もちろんです。というか、冒険者コース卒業のケイさんが、なぜ、できないのですか?」
それはね、俺も思っていたんだ。
「すみません」
「まぁ、いいです。アゼルさん、お疲れでしょう。代わります。私が、ケイさんを見ていますので」
「いや、ワタシは疲れていないが」
「いえ、こういうのは、順番にするほうがいいですよね、ケイさん」
「そ、そうですね、マリアさん。……アゼルさん、一度、休憩してください。マリアさんにお願いしましょう」
「ケイがそう言うなら、そうさせてもらうが」
俺が、アゼルさんの膝の上から腰を上げると、アゼルさんは、荷台の中に入っていった。そして、荷台から出てきたマリアさんが、アゼルさんと同じように御者台のまん中に腰掛けた。
「ケイさん、どうぞ」
マリアさんが自分の太ももを叩き、俺に座るように促しているが、いくら俺が男性の平均身長よりも低く、マリアさんが女性の平均身長よりも高いとはいえ、身長は同じぐらいだからね。さすがに、きついんじゃないか……もちろん、とりあえず、座ってみるが。
やっぱり、マリアさんのおっぱいも大きいね。
「マリアさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。で、でも、こんな体勢でアゼルさんは、どうやって手綱捌きを教えていたのですか?」
やっぱい、辛そうだね。
「一度、避けましょうか?」
「いえ、大丈夫……あっ、やっぱり一度、立ってもらえますか? いいこと思い付きました」
ずっと、立ってるんだけどね。
俺が立ち上がると、荷台に戻っていった。
「ケイさん、そのままそこに座ってください」
俺が言われたとおり御者台の中央に腰を下ろすと、マリアさんが荷台から体を乗り出し、俺の背中におっぱいを押し付け、俺の両手を握ってきた。
「あのう、マリアさん。俺は大丈夫ですが、余計、しんどくないですか?」
「これで、いいんです」
マリアさんが断言しているので、これでいいのだろう。
「なるほど、そうすれば良かったのか」
アゼルさんが感心してそう言ってるけど、違うと思うよ。
うん、不安だよね。ゴメンね。……前の二頭の馬が不安そうにしているような気がする。少し馬の気持ちがわかるようになったかもしれない。
あと、残り二人も起きたんだね。ずっとガサガサしていたからね。ゴメンね。
それから2時間程、馬車を走らせていると、人通りが増えてきた。街が近いのだろう。
「マリアさん、そろそろ離れてもらえませんか? 周りの視線が辛くなってきました」
「そ、そうですね。気付きませんでした」
マリアさんが、やっと離れてくれた。……名残り惜しいけど、仕方ないね。
「はい、次」
街に着いて、階級の確認の列に並んでいると、順番がまわってきた。
「商人が1人、馬2頭で、後は冒険者ね。3万Rだ」
学園都市の門番と同じ制服を着た男性が対応してくれているが、愛想悪いね。領主のいる都市から離れていけば、こんな物かもしれないね。
3万Rのお通行料を支払い街の中に入ったけど、学園都市の南側の地区とそんなに変わらない雰囲気だった。
「アゼルさん、どこに行ったらいいですか?」
しばらく、アゼルさんに任せておくのがいいだろう。俺が決めると失敗しそうだからね。
「先に宿をとって馬車を預けよう。ワタシが使っている宿でいいか?」
「皆さんもいいですか?」
みんなの同意も得て、アゼルさんの説明で賑やかな通りから少し離れた宿の前に着いた。
「ここだ。馬車を止めてくるから、中に入って待っててくれ」
アゼルさんが、馬車を引いて、さっさと宿の裏に向かおうとしていたが、
「待ってください。俺にも教えてください」
馬車の止め方も知らないからね。それに、俺、この世界で宿に泊まったこともなかったね。結局、みんなでアゼルさんについていった。
「ウリボーかっ! 最近、見ないと思ったら、男ができたのかっ! ワシは認めんぞっ!」
アゼルさんに連れられ宿に入ると、カウンター奥のおっちゃんが怒鳴ってきた。
一階は、食堂になっているんだね。
「そうだ。ケイは、いいヤツだ。部屋を頼む、5人と馬2頭だ」
あっさり、肯定するんですね。……あと、アゼルさんの周りの空気を読まずに流すスキル、さすがだね。俺も頑張ってるほうだと思うけど、見習わないといけないね。
「そ、そうか。ウリボーがそう言うなら、そうなんだろう。……しかぁーしっ! 兄ちゃんっ! ウリボーを泣かせるようなマネをしたら、ワシがゆるさんからなっ!」
「おっちゃん、早くしてくれ」
「す、すまん。メシと部屋割りはどうする?」
さすがアゼルさん。おっちゃんが、一瞬で大人しくなった。
「ケイ、メシは?」
「あります」
「じゃあ、大部屋にフトンを5組、入れといてくれ。メシはなしだ」
「素泊まりで5人だな。1万でいい。馬はまけとくよ」
「ありがとう、おっちゃん。ワタシ達、出掛けてくるから、あとは頼んだよ」
話が決まると、アゼルさんがニッコリと笑った。
“相部屋かぁ、いや、二人部屋じゃないし……”となんかぶつくさ言ってるおっちゃんを残し、宿を出た。
でも、アゼルさん、おっちゃんに愛されているんだね。
宿を出て、みんなで冒険者ギルドに向かった。
「あらっ、初めて見る顔ね。今年の卒業生? どうしたの?」
中に入って、受付カウンターに行くとお姉さんが話しかけてきた。
この街のギルドは、小さい。受付もこのお姉さんしかいなかった。
「すみません。知り合いに街に着いたら、ギルドに報告するように言われて来たのですが」
「ああ、そうなの。じゃあ、石版にタグを乗せてくれる」
石版にタグをのせると、
「……あなたが、ケイさん」
お姉さんが、そう呟き硬まった。
「あのう、何か問題でもありましたか?」
「ごめんなさい。いきなり有名人が現れて、驚いたのよ」
「俺、有名なんですか?」
「当たり前じゃない。今年の卒業生唯一のCランクで、Aランク以下の冒険者の中で、今一番、Sランクに近い冒険者なのよ。この辺りのギルド職員で知らない人なんていないわ」
「そうだったんですね」
たしかに、Cランクになったし、Sランクは保留しているからね。
「ええ、そうよ。どんな子かと思ってたけど、こんな可愛い子だったんだね。私、応援するわ。頑張ってね」
お姉さんがカウンターから身を乗り出し、俺の手を握りしめ、そう言ってくれるが、後ろからと周りの視線が痛いんだよね。
「じゃあ、俺、行きますので」
「そ、そうなの。ケイくん、いつでも来ていいからね」
アゼルさんの殺気に当てられたのだろう。素直に手を離してくれたお姉さんに見送られ、冒険者ギルドを出た。
「ケイさん、凄いです。Sランクに一番近いって、期待されているんですね」
キアラさんが、素直に褒め称えてくれたが。
「そ、そうでした。ケイさんが行く先々で女性に色目を使うので、聞き逃しそうになりましたが、どういうことですか?」
マリアさん、そういう目で俺のことを見ていたんですね……
Sランクの取得条件が、ギルドマスターを除いたSランクの冒険者5人の推薦が必要なことと、その推薦を俺がすでに受けていることを説明すると、みんな納得してくれた。




