第44話
マギーさん達が来て、3日目。
ようやく俺もマギーさんも時間が空いたので、日中、鍛錬に付きあってもらえることになった。マリアさんは依頼で、キアラさん達は学園の授業でいないけどね。
「しかし、ウリボーがここまで成長するとは思わなかったよ。あの子、アタシのとこにいたころから、やる気はあったんだけど、言うこと聞かなかったからね。これも、ケイのおかげだね」
マギーさんが、アゼルさんの鍛錬を見ながらそう言ってくれたが。
「そうなんですか? 初対面のとき、斬られそうになりましたが、その後は素直ですよ」
「いや、あの子、たぶん、人の感情や心を読めているんだよ。だから、常に自分の殻に閉じこもっていたんだと思う。変われたのは、きっと、ケイの中にある何かを見つけたのだろう」
アゼルさんは、堕天使だから、心を読めるのだろう。
まったく何の打算もなく、他人と仲良くする人は少ないし、そうなるのも仕方ないか。俺だって、そうだと思うんだけど。
「アゼルさんは、俺の中に何を見たんでしょうか?」
「そんなのアタシには、わからないよ。アゼルに聞いてみればいいんじゃないか。……でも、ケイ。お前は成長が遅いな」
「すみません」
「まぁ、教えてくれる人がいないんじゃ仕方ないか……おっ! 噂をすれば」
「ベルさんっ! お久しぶりです」
転移ゲートのある地下2階からベルさんが上がってきた。さすがベルさんだね。この闘技場に入ってくるまで気付かなかったよ。
「やあ、ケイ。元気だったかい? それに、マギーも」
「なんだい、アタシはついでかい。まぁいいわ。ベル、オマエ、左手で小太刀を逆手でも使えるだろ、アタシが打ち込むから、ケイに見せてやってくれ」
「構わないが……ケイ、そんなことをやっていたのか。でも、ケイの戦闘スタイルなら、そのほうがいいかもしれないね。ケイ、その小太刀を貸してくれるかい」
「はい、どうぞ」
ベルさんは、俺と同じ、左の小太刀を逆手で、右の小太刀は順手で構えている。マギーさんは、両手とも順手で打ち込んでいる。より攻撃的に打ち込むためだろう。
二人は、まるで事前に決め事をしているかのように、途切れることなく、流れるように打ち合っている。
どんどんマギーさんの打ち込む速度が上がっていくのに、ベルさんは、乱れることなく、すべて受け流している……この二人、魔法使いだったと思うんだけど、凄いね。
気付けば、地下闘技場にいた全員が、二人の打ち合いを眺めていた。
「なんだい、あの子?」
打ち合いを止めたベルさんが、闘気というか、殺気ダダ漏れのアゼルさんを見て、マギーさんに尋ねている。
「ケイの本命が来て、気が立っているんだろう」
「ほ、本命ってなんだい……ま、まぁいいわ。そこの子、来なさい。受けてあげるわ」
今度は、アゼルさんが、ベルさんに打ち込むみたいだ。
さすがベルさん。マギーさんとの打ち合いのときは、右の小太刀も使って受け流していたけど、アゼルさんの打ち込みは、左の小太刀だけで、すべて受け流している。アゼルさんが、頭に血がのぼって、打ち込みが単調になっているせいもあるだろうけどね。
「さすが火魔法の身体強化ね。ケイの小太刀を欠かしそうになったよ」
アゼルさんとの打ち合いも終わり、俺に小太刀を返しながら、ベルさんがそう言ったが、刃こぼれひとつしていない。マギーさんとも激しく打ち合っていたのに、さすがだね。
「火魔法の身体強化を知っていたんですね。ベルさんもできるんですか?」
「ええ、できるわよ」
そう答えたベルさんが、アゼルさんよりも激しく赤く輝いている。
「何、ムキになってるのよ。大人げないわよ」
マギーさんの言葉で、ベルさんは身体強化を解いた。……対抗意識を持ってやっていたんだね。
「う、うるさいわね、マギー。ケイ、ちょっと出るわよ」
顔を赤く染めたベルさんがそう言いながら、俺の腕をとって、競技場の出口に向かって歩き始めた。
後ろでみんなクスクス笑っているが、これが、ベルさんとマギーさんの日常なんだろう。
ベルさんに腕を引かれ、そのまま家を出た。
「ベルさん、どこに行くんですか?」
『すまない、言ってなかったね。教会だよ。ケイの奴隷契約を解除するのだ』
あっ念話。……えっ!
『俺、まだ卒業してませんけど』
『大丈夫だよ。父上に言って、特例で、卒業にしてもらったから』
あんたら親子、なんでもアリだね。
『でも、ベルさんの契約奴隷でないと、黒龍の森に転移魔法陣で連れて行ってもらえなくなりますよね』
『たしかにそうだけど、ケイが、自分で来れるようになればいいのだよ。きっと、クロエもそのほうが喜んでくれる。私もそうだからね』
早く成長して強くなれってことなんですね。
教会に入り、順番待ちの列にならんだ。
『奴隷の解放は、教会でないと無理なんですか?』
『奴隷商会でもできるよ。普通は教会でするのが多いと思う。私は、ケイしか奴隷にしたことがないから、わからないが……ああ、来たね』
話しているとすぐに順番が回ってきた。
「すまないが、奴隷契約の解除を頼む」
「畏まりました。では、契約奴隷の方、こちらの石版に右手を乗せてください」
カウンターにある石版に、右手を乗せると、
「ケイさんですね。はい、けっこうです。では、契約主さんもお願いします……ベ、ベル様。お待たせして、大変申し訳御座いませんでした」
カウンターで対応してくれていたお姉さんが、物凄い勢いで頭を下げている。……ベルさん、いろいろ肩書きが凄いからね。
「気にしなくてもいい。続きを頼む」
「畏まりました。こちらの解約書にサインをお願い致します」
ベルさんが、解約書にサインすると、解約書が俺の首輪に吸い込まれ、首輪と一緒に消えた。……首輪は、どこへ消えたんだろう?
「ケイ様、住所はどうなさいますか?」
俺まで、様付けになっているね。
「選べるのですか?」
「はい、ケイ様の場合、階級が冒険者になられましたので、自由に選んで頂くことができます」
「では、黒龍の森でお願いします」
「畏まりました」
「いいのかい、ケイ。どこでも選べるのだよ」
「俺の住所は、黒龍の森以外、考えられません」
「ありがとう、ケイ」
そう言ったベルさんが、俺を抱きしめた。……懐かしいね、ベルさんのおっぱいの感触。もうあれから3年も経つんだね。
「あ、あのう、手続きが終わりましたが……確認して頂けますか?」
「す、すまない。ケイ、確認してくれ」
お姉さんに声をかけられ、慌てて離れたベルさんが、俺に促してきた。
氏名:ケイ
年齢:15才
種族:人間族
階級:冒険者
住所:黒龍の森
スキル:料理・洗濯・掃除・算術
うん、間違いないね。
「はい、問題ありません」
「では、帰るか。すまない、世話をかけた」
「いえ、こちらこそ、お待たせして申し訳御座いませんでした」
カウンターのお姉さんが、頭を下げ見送ってくれた。
『ところで、ベルさん。階級には、いくつぐらい種類があるのですか?』
念のため、念話で話しかけた。
『それは、私にもわからないのだ。新しくできる階級とかもあるらしいよ。
あと、階級には、派生職や専門職もあるのだ。例えば、冒険者なら、冒険者の魔法使いとかね。魔法使いには、宮廷魔道士もいるからね。区別されているのだと思うよ。それと、冒険者には、探求者という派生職があるね。一つのことに拘り追い続けた者がなれると言われているのだ。たしか爺やが探求者じゃなかったかな。
さらに、私やマギーのように、2つ以上の階級を同時に持っている者もいるのだよ』
なるほどね、かなり複雑そうだね。でも爺やさんは、いったい何の探求をしていたのだろうか……聞くのは止めておこう。
『俺は、冒険者だけなんですが、まだ未熟だからですか?』
『いや、ケイの場合は、いろいろやっているから特定できないだけだろう。さっきの子なんかは、剣士とかになるんじゃないかな?』
『商人でも、剣士とかあるんですか?』
『えっ、さっきの子、商人なのかい……』
そうだよね。普通、アゼルさんを見て、商人とは思わないよね。
『そういえば、ベルさんは魔眼で他人のステータスカード、どこまで見えるんですか? 俺は、名前の色しかわからないんですが』
『私は、全部見えるよ。ただ、私は名前の色の確認にしか使っていないのだよ。知ってしまうと、うっかり喋ってしまうかもしれないからね』
『そうですね。俺も見えるようになってもそうします』
『それがいいと思うよ。ステータスカードの内容は知られたくない人が多いからね』
きっと、年齢のことだろう……
ベルさんといっしょに家に帰ると、マギーさんとアゼルさんが待っていた。
「ベル、もう帰るのだろう」
えっ、そうなの。
「ここには、私の居場所がないからね」
「なんだ、そんなことまでわかるようになったのか。しばらく会わないうちに成長したわね。やっぱり、男ができると女は変わるね」
「な、な、何を言っているのだ」
あんまりベルさんを弄るのは、止めてあげて。後ろのアゼルさんの頭の血管が切れそうだよ。
「まぁ、帰るのなら早いほうがいいだろう。そろそろ、他の子達が帰ってくるからね」
「ええ、そうするわ。じゃあ、ケイ、次は、君が会いにきてくるかい」
「はい、必ず行きます。待っていてください」
「ああ、待っているよ……」
ベルさんはそういい残し、去っていった。
「ケイ、あの人、ダレ?」
アゼルさん、マギーさんに聞いていなかったんだね。いや、きっと面白がって、教えなかったんだろう。
「俺の育ての親ですよ。黒龍の森に住んでいるんです。そのうち、一緒に行きましょう」
「そう、ならいい」
アゼルさんは納得してくれたみたいだ。
その後は祭りも順調に終わり、マギーさん達が帰る日がやってきた。
「ケイは、イメージする力に優れているわ。ベルの立ち合いを見てから、格段に良くなったからね。そのまま、ベルのイメージを大切にして頑張りなさい。きっと、上手くできるようになるから」
まぁ俺は前世のころから、妄想だけは怠ったことがないからね。
「はい、ありがとうございます。……ところで、マギーさん。来年はどうするんですか? アリサさんだけでは、あの数を捌くことはできないと思うんですが」
「大丈夫よ。私が何年、商隊のリーダーをしてると思っているんだい。ちゃんと考えもあるし、アリサとも打ち合わせ済みだよ」
そりゃそうだよね。きっと数百ne……考えるの止めよう。
「では、来年はアリサさんのこと、よろしくお願いします」
「ケイは、何も心配しなくてもいい。オマエは、自分の心配をしていればいいんだ。気を付けて頑張るんだよ……それじゃ、もう行くから」
マギーさんはそう言い残し、去っていった。
マギーさん達が去った後は、冒険者ギルドの依頼をこなしつつ、空いている時間を使って、この都市でお世話になった人に挨拶をして過ごした。
もう卒業してしまったから、卒業試験もないからね。
出発の前日、今回は、Sランクの方達も大勢集まってくれている。
黒龍の森を出るときは、ベルさんとクロエさんと俺、3人だけの静かな別れだったけど、こういう賑やかな別れもいいね。
「ケイ君、わかっているね。必ず、ギルドのある街についたら、ギルドに報告するのだよ。そうすれば、私達なら、ケイ君の生存確認をできるからね」
「はい、必ず報告します。心配かけてすみません、フレディさん」
「ケイ、すまんが、リムルを頼む。……あと、酒も」
「ええ、任せてください、ゲルグさん。みんなも居てますし、大丈夫ですよ。蒸留酒もちゃんとここに送っておきますけど、飲み過ぎには注意してくださいね」
「ケ~イく~ん。お姉さん、寂しいよぉ。ついていってもい~い?」
「駄目ですよ、シャルさん。来年も先生を頑張ってください」
「ケイ、うちにも来いよ。可愛い俺の孫が待ってるからな」
「グレンさん、お孫さんは待っていてくれてるかもしれませんが、グレンさんは居ないんでしょ」
「ねぇ、ケイさん。もう行っちゃうの。明日、卒業式だし、明後日でもいいんじゃない」
「すみません、アリサさん。こういうのは切りがいいところで決めてしまわないと、ふんぎりがつかなくなってしまうんです」
「ケイさん、決めたことを曲げること、あまりないもんね。わかったわ。でも、また会えるよね」
「ええ、必ず、会えますよ。とりあえず、カレー粉ができたら、帰ってきますね」
「ええ、待っているわ」
この日も、遅くまで宴会は続いた。みんな、別れを惜しんでくれるのは嬉しいんだけど、明日、大丈夫なのか……
アーク学園都市で過ごす最後の日、
「ねぇペーター、入学式はなかったけど、卒業式はあるんだね」
「何言ってるの、ケイ。入学式も卒業式も上位クラスしか参加できないんだよ」
なるほど、上流階級とお金持ちと成績優秀者しか呼ばれないんだね。まぁ、それでもこんなに沢山いるし、全員参加するのは無理か。
おおっ! 卒業生代表の挨拶は、アランじゃないか。周りがざわついていて、何を言ってるかわからないけど、なんか初めて会ったときのように、自信に満ち溢れているね。ちゃんと、ふっ切れたみたいだね。
「ケイは、結局、Cランクになれなかったんだね」
アランが何か喋っているのに、ペーターが話しかけてきた。
「いや、なったよ。卒業するまで、待ってもらっていたんだ」
「えっそうなの!? でも、それもケイらしくていいね」
「うん、ありがとう」
このあと、学園長やどこかの偉いさんらしき人の話が続いていたが、終始ざわついていた。
この世界では、一度別れると、二度と会えないことのほうが多いだろうから、みんな別れを惜しんでいるのだろう。
卒業式も無事に終わり、家に帰ってくると、マリアさんとアゼルさんが、もう用意して待っていてくれた。
「ケイさん、これ、良かったら使って。みんなには、使ってもらっていたんだけど、ケイさんには、恥ずかしくて渡せていなかったの」
アリサさんが、パンツをくれた。……アリサさんのじゃないんだね。でも、さすが裁縫職人だね。履き心地の良さそうないいパンツだ。
「ありがとうございます、アリサさん。俺も頑張りますから、アリサさんも頑張ってくださいね」
「ええ、わかってるわ。絶対、ケイさんに装備してもらえるような防具を作ってみせるから」
アリサさんは、涙を堪えながらも、しっかりとした口調でそう言ってくれた。
アリサさん自身が決めた事とはいえ、みんなと別れ、1人取り残されるのは寂しいだろう。だけど、強いね。
「では、みなさん。行きましょうか」
キアラさん、リムルさん、マリアさん、アゼルさんの4人が、俺の言葉に頷き、扉を開け出て行く。
学園には、1年しかまともに通っていないし、あまり馴染めなかったけど、この家では、いろいろなことがあったね。このメンバーで、もう二度と過ごすことがないと思うと感慨深いものがあるけど、別れってこういうものだから仕方ないか……
「爺やさん、後の事を頼みます」
「畏まりました」
爺やさんは、こんな別れの日でも、いつも調子で答え、いつもの調子で頭を下げて、見送ってくれた。……やっぱり、安心感があるね。この世界では、俺もこんな大人になりたいね。
いつも読んで頂きありがとうございます。
今話で、第2章完結です。
明日、“第2章登場人物”を投稿した後は、少し休んで、8月11日(月)0時から再開したいと考えています。
今後とも、よろしくお願いします。




