第43話
9月下旬、もう卒業まであまり時間ないが、俺は、毎日料理に追われていた。
今年を逃すと、次は何時、マギーさんに会えるかわからないからね。
自分で材料を用意して、蒸留酒を作っていると、アリサさんが話しかけてきた。
「ねぇ、ケイさん。どうして、料理にジャガイモを使わないの?」
「えっ、いつも、ポテチ作ってるじゃないですか」
「それだけじゃない。他にもいろいろあるじゃない」
「そうですね。でも、ジャガイモ料理って傷みやすいんですよ。例えば、カレーにジャガイモを入れると半分ぐらいしか日持ちしなくなるんですよ」
「へぇーそうだったんだ。……んっ! カレーっ! ケイさん、カレーっ!」
「無理ですよ。香辛料がないですし、俺、カレー粉の配合なんて知りませんから。でも南のほうに行けば、香辛料は揃ってそうですし、いろいろ試してみようとは思ってます。できたら、ちゃんとアリサさんのために、作りに帰ってきますよ」
「あ、ありがとう。……でも、肉じゃがは、教えて。前世で、いつも失敗してたのよ。煮崩れしたり、火が通りきっていなかったり、味が濃かったり。お店で出てくるような、きれいで、味の染み込んだ奴って、どうやってるの?」
「アレですか……いくつかコツがあるんです。ちょうどいいんで、アリサさん作ってみますか?」
「いきなり、私が作るの!?」
「ええ、コツがあるだけですから、できると思いますよ。まず、ジャガイモと人参を用意してください」
「わ、わかったわ」
アリサさんが、食料庫に取りにいった。……アリサさんも、前世で、彼氏のために肉じゃが作っていたのかな。女の子って、男のために、肉じゃが作るの好きだよね。でも、俺もそうだけど、男で肉じゃが好きな奴に、あんまり会ったことないんだよね。
「取ってきたわよ。肉や玉ねぎはいいの?」
「ええ、今日はいいです。糸コンが、この世界にもあれば良かったんですけどね」
「そ、そうね。……えっ今日は?」
「そうです、できあがりまで3日かかります。本来、煮物は時間がかかるんです。簡単にもできますが、それじゃあ、美味しくありませんからね。では、鍋に水を用意してください」
「水ね。わかったわ」
ちゃんとアリサさんでも、ポンプの魔道具を使って、井戸の水を汲み上げられているね。
「用意できたら、ジャガイモと人参の皮を剥いて、水に浸けてください。ジャガイモは特に変色が速いので、気をつけてくださいね。……その後は、適当な大きさに切ってください。ただ、ジャガイモの大きさは、揃えてください。大きさに違いがありすぎると炊きムラが出ますから」
「はい、できたわよ」
「じゃあ、軽く濯いで、あたらしい水に浸して、10℃ぐらいまで冷やして、保温風呂敷で包んでおいてください」
「今日は、これで終わり?」
「ええ、根菜類は特に乾燥していますから、皮剥いて、半日ほど水に浸しておくと水を吸って煮え易くなるんですよ。もし糸コンがあるなら、このときに軽く湯がいて、水でさらしたあと、水に浸けておくと、石灰臭さが抜けますね」
「なるほどね。ケイさんの料理、いつも面倒くさいと思ってたけど、ちゃんと意味があるのね」
「当たり前です。俺だって、面倒くさいことは嫌いです。すべて、美味しい料理を作るためです」
次の日の放課後、
「今回は、牛肉の薄切りを使いましょう。牛肉ならダシが要りませんからね。まずは、玉ねぎをクシ切りにしてください」
「わかったわ。でも、なんで牛肉ならダシが要らないの?」
「別に、使ってもいいんですけど、牛肉は、味が濃いから昆布やかつおの味が負けてしまうんですよ」
「なるほどね。それに、今は鰹節もないものね。玉ねぎ、できたわよ」
「はい。では、薪に火をつけて鍋を温めてください。肉を焼くぐらいの温度です」
うん、着火の魔道具もちゃんと使えているね。ミシェルさん、いい仕事、するじゃないですか。
「ケイさん、これくらい?」
「そうですね。わからなければ、食材を乗せたときの焼ける音で判断してください。こればかりは、経験が必要です。
では、油を引いて、牛肉を焼いてください。そして、ちょうど焼けたところで、一度、出してください」
「ケイさん、牛肉に下味は? それに、なんで出すの? ……できたわよ」
「次は、そのままの鍋で玉ねぎを炒めてください。少し黄色に色付くぐらいがいいです。……牛肉は、味が付きやすいんですよ。それに、肉じゃがは、薄切りの肉を使いますから、余計に味が付きやすいんです。あと、先に肉を焼いて、一度出すのは、他の食材に肉を味を付けたいのと、肉に火を通し過ぎるのを防ぐためです。……そうですね、玉ねぎは、それくらいです。そこに、昨日切ったじゃがいもと人参を、ザルで水を切ってから入れて、軽く炒めてください」
「ジャガイモや人参も炒めるのね。あと、ジャガイモ、面取りしてないけど、大丈夫?」
「ジャガイモも面取りしてもいいんですが、カボチャや大根に比べて、煮崩れしにくいから問題ありません。さらに、先に表面を焼いておくと煮崩れしにくくなるので大丈夫です。……それくらいでいいでしょう。そこに、ジャガイモや人参が少し浮くぐらいの水を入れて、ゆっくり沸騰させてください」
「結構、入れるのね。それから、ゆっくり、沸騰ね」
「はい、水が少ないと炊きムラができるので、多いほうが難しくないです。あと、ジャガイモの中が冷たいまま沸騰させると、温度差で割れるんですよ……砂糖が溶けるくらいで味付けをしましょうか」
「えっ、味付けも私がするの!?」
「ええ、味付けも覚えないと意味がないですからね。肉じゃがは、少し濃い目に仕上げたいので、水が8に対して、醤油が1ぐらいがいいです」
「それって、八方ダシってヤツでしょ。ダシじゃないけど。和食の職人が薄味の煮物を炊くときの分量じゃないの?」
「良く知っていましたね。たしかに、八方は基本になるんですが、職人が作る煮物は、仕上がりが八方です。炊き始めは、十とか十一から始めるんですよ。大量に作るときは、九から始めたりもしますが。今回は、肉じゃがなので、八から始めて、仕上がりは六から七になる予定です」
「へぇーそうだったんだ。それで、砂糖は?」
「ここには、みりんや日本酒がありませんから、醤油1対して、砂糖2ぐらいで様子をみましょう。あと、日本酒の代わりに、アルコールを飛ばしたクセの少ない麦酒1を入れておけば大丈夫でしょう。みりんや日本酒があれば、醤油1、砂糖1、みりん1、日本酒1で様子を見てください。甘さは、好みなので。それから、みりんと日本酒もアルコールを飛ばしておくほうがいいかもしれませんね」
「そうなのね、わかったわ。でもこれ、バランスはいいけど、結構、薄いわよ」
「ここから煮詰めますから、大丈夫ですよ。……沸騰してきましたね。ひと煮立ちしたら、落し蓋をして、弱火にするんですが……保温風呂敷を使いましょうか」
「大丈夫よ。任せて」
アリサさんが、かまどの薪を調整すると、いい感じの弱火になった。
「いや、凄いですね。ちゃんと火力調整まで、できるようになったんですね」
「しょうがないじゃない。ケイさんみたいに、“加熱調理魔法”を使えないんだから」
「いや、俺は薪の火で、ここまで繊細な火力調整できませんからね。……それで、炒めておいた肉を入れて、落し蓋をします。あっもう少し、火力、弱めれますか」
「大丈夫よ。……ねぇ、ケイさん。ここには、黒砂糖しかないじゃない。上白糖とかグラニュー糖って、この世界にはないのかな?」
「どうなんでしょう。あれって、遠心分離機とか必要なはずですからね。でも、どうして必要なんですか?」
「何言ってるのよ。ケーキには、グラニュー糖のほうがいいじゃない」
「いや、俺達、料理スキルあるじゃないですか。アリサさんの作るケーキ、黒糖の味なんかしないでしょ?」
「そ、そう言えば、そうね。ちょっと、待って。どういうこと!?」
「あれ、言ってませんでしたっけ。料理スキルは、仕上がりのイメージが鮮明であれば、あるほど、素材の質が変わるんですよ。入ってないものは、生み出せませんが。
だから、アリサさんは、ケーキなどのデザートを、俺なんかよりも美味しく作れるんですよ。俺は、ケーキとか、作り方は知っていますが、あまり食べていませんでしたからね」
「なるほど、良い事聞いたわ。仕上がりの味をイメージすればいいのね」
「はい、そうです。前世のときも、一緒でしたけどね。……ああ、そろそろ良さそうですね。竹串の裏で、ジャガイモを突いてみてください」
「大丈夫、ちゃんと、通ったわ」
「では、火から離してください。このまま、常温に冷めるまで、おいておきます」
「まだ、食べれないの?」
「いや、食べれますけど、味が染み込んでませんよ。根菜類は、特に、沸騰しているところから、温度が下がっていくときに味が染み込んでいくんですよ。常温まで下がれば、さらに低温まで下げて、一日置けば、もっと染み込むんですよ」
「なるほどね、そうやって、味を染み込ませていくんだ。ぐつぐつ煮込んでも駄目なのね」
「はい、煮込んでも、味が濃くなるだけです」
そして、次の日。
「美味っしい! さすが、ケイさん」
「いや、作ったのアリサさんですよ。俺は、説明していただけですから」
「でも、私だけじゃ、こんなの作れなかったよ。あとこれ、冷たいのもいいけど、温めたら駄目なの?」
「電子レンジあれば、煮崩れしにくいんですが、ここから火を入れると崩れ易いですよ。あとは、ゆっくり火を入れて、沸騰させる前に火から離すぐらいですか。その状態で、食料庫に入れておけば、いつでも、アツアツを食べれますけどね」
「なるほどね。この世界には冷蔵庫や電子レンジがないけど、この家の食料庫は便利よね。これ、凄い高いんでしょ? 他では見たことないもん」
学園長の闇魔法だからね。もし売ったら、凄い値段になりそうだね。
「これ、学園長が用意してくれたんで、値段は知らないんですよ」
「さすが、学園長ね。お金、持ってるんだろうね」
そんな話をしていると、マギーさん達がやってきた。
「さぁ、ケイっ! 今年も売るわよっ!」
さすが、商売人だね。今年も気合が入ってるみたいだ。
マギーさん達が来た翌日、パン屋さんに向かった。
「いらっしゃいませっ! あっ、お兄ちゃん! いつもの私のパンでいいですか」
いつもどおり、女の子が元気に出迎えてくれた。
「パンも欲しいんだけど、お父さんに相談したいことがあるんだ。今、大丈夫かな?」
「たぶん、大丈夫だと思います。……おとうさ~ん、お兄ちゃんが呼んでるよ~」
女の子が店の奥に、お父さんを呼びにいってくれた。
「ああ、お兄ちゃんって、誰かと思ったら、あの時の。どうですか、酵母は? いつも娘のパンを買って頂いているようですが」
「あの時は、ありがとうございました。お蔭様で、今も元気ですよ」
酵母菌だけど、ここで貰った酵母をタネにして順調に増やしていけている。
「それは、良かったです。ところで、今日はどうされましたか?」
「ここで、いつも買ってるパンを焼いてもらいたいんですが、普段、売ってるいるのとは別に幾つぐらい焼けますか?」
「そうですね。……100ぐらいでしょうか」
「先に代金は支払いますので、明日から、祭りの日は外して、10日間で、1000個、焼いてもらえませんか」
「構いませんが、そんなにどうするんですか?」
「ちょっと入用がありまして……1個200Rでしたよね。……これ、20万Rです」
「いやいや、そんなには、18……いやっ、お客さん、コイツに焼かせてもいいですか?」
おっちゃんが、女の子の頭をでかい手で押さえながら言ってきた。
「ええ、もちろん構いませんが」
「なら、15万でやりましょう」
「いいんですか!? 俺は助かるんですが」
「ええ、お客さんのためなら、コイツも頑張るでしょう。それに、少しでも恩返しないといけませんからね」
「ありがとうございます。……お兄ちゃん、ケイさんですよね。私、ユイって言います。憶えておいてくださいね。絶対ですよ」
女の子が顔を赤く染めて言ってるが、なんで俺の名前を知っているんだろう?
「ユイちゃんね。わかった、憶えておくよ」
「なんだ、ユイ。オマエ、初恋か。まぁ、この兄ちゃんは、俺に似ていい男だから、構わんが……ケイって言ったか、いつでも来い。俺を倒したら、コイツをやろう」
熊みたいおっちゃんが、腕まくりをし、でかい拳を握り締めている。迫力あるね。あと、俺はどちらかというと、薄い容姿だと思うんだけどね。
「お父さん、大丈夫なの? お兄ちゃん、元“栄光の翼”のリーナさんを倒して、狼人族の元族長のグレンさんを殺しかけたって噂なんだよ」
「な、何っ! いや、すまんかった。さっきのは忘れてくれ」
おっちゃんが頭を下げているけど、学園の中だけでなく、こんなところにまで噂が広がっていたんだね。
「いや、ただの噂ですよ。ユイちゃんは、どこでその噂を聞いたの?」
「うちの店、学園の生徒さんもよく来てくれるから」
なるほどね。なら仕方ないか。




