第42話
俺が旅に出た後も、アリサさんがこの家に残ってくれるのは、凄く助かるし、有難い。でも問題は、キッチンの魔道具なんだよね。まぁ着火と給水は問題ないだろう。魔力がなくても人力でなんとかなるからね。でも、排気はどうなんだろう? 建物自体が大きいし、それに、ここはオープンキッチンだからね。煙はともかく、匂いは無理だろう。リムルさんの魔力があれば何とかなったと思うけど、アリサさんの魔力ではしんどいと思うんだよね……そんなことを考えていると、玄関の扉が開いた。
「あらっ、皆さん、お揃いでどうしたのかしら?」
声が聞こえた途端、一斉に目を逸らせた。……Sランクの方達が。
「ああ、ミシェルさん、お久しぶりです。どうかなさったんですか?」
「ケイさんっ! あっ……お知り合いですか? 図書館の受付の方ですよね」
マリアさんが、珍しく会話に割り込んで尋ねてきた。他の若い女性陣も頷いている。
「図書館の受付?……ああ、こちら、ミシェルさん。図書館の館長さんです」
「そうよ。だから、心配ないわ。ケイ君を盗ったりしないから。私は、ラルス君のものだからね」
「「「「えっ、ミシェル様!」」」」
みんな、驚いているが、知らなかったんだね。たしかに、いつも何もすることないのに、図書館の受付に座っているだけだからね。
「で、どうしたんですか。うちに来るなんて珍しいじゃないですか」
「ええ、そうだったわ。やっと完成したのよ。これ、見てよ。これで魔力の少ない人間族でも、キッチンの魔道具を使えるわ。苦労したんだから」
ミシェルさんが、テーブルの上に、赤、青、緑の魔石らしきものを並べたが、デカい。これ、絶対、Aランク以上の魔物の魔石だよね。一個、いくらするんだよ。それを、さらに加工までして。……でも、
「今、ちょうど悩んでいたんですよ。これで、俺やリムルさんがいなくてもなっても、アリサさん、料理できますね」
「えっ、なになに。ケイ君が旅立った後、あなた、ここに残るの? あんなに頑張ってたじゃない」
ミシェルさんが、アリサさんに話しかけているが、何を頑張ってたんだ?
「な、な、なんで知っているんですか!?」
顔を赤く染めたアリサさんが聞くと、
「なんでって、私、ここの冒険者ギルドのギルドマスターよ。こんな面白いこと確認してない訳ないじゃない」
「ギ、ギルドマスター……」
アリサさんは、それだけ呟くと、項垂れてしまった。
「でも、それもアリね。待つ女、アリだわ。頑張りなさい」
なんか、ややこしくなりそうだね。
「ところで、この石に付け替えれば、アリサさんでも、キッチンの魔道具を使えますか?」
「ええ、彼女なら問題ないはずよ。人間族にしては、魔力が多いほうだし。その確認も含めて、ここで使って欲しいのよ。これが、上手くいけば、実用化できるんだから」
うちとしては、すごく有難い話なんだけど、これを実用化して、いったいいくらで売るつもりなんだよ。
その後、しばらくすると、自然解散になった。Sランクの方達は、ミシェルさんのことが苦手なんだろう。
片付けも済ませ、俺と爺やさんの二人を残して、みんな自室に戻っていった。
「いかがなさいましたか、若様」
「すみません、残って頂いて」
何も言わなくても、爺やさんは残ってくれていた。ホント、空気を読めるというか、良くできた執事さんだよね。
「いいえ、これも、爺やの仕事ですから」
「ありがとうございます。それで……爺やさんは、奴隷の相場、わかりますか?」
こんな話、他にできる人いないからね。
「ええ、だいたいの相場になりますが、どういった方をご希望でしょうか? 性別、容姿、年齢、種族、スキル、実際の能力、あとは、売られている地域によっても、相場は変動致しますが」
「獣人族の経産婦の方達です」
「なんとっ! また、マニアックな。それも複数とは。さずがは、若様です」
「あっ、いえ、そういう目的ではなくて……」
「存じて居ります」
驚いたあと、感心した表情を見せていた爺やさんが、素の表情に戻った。まぁ、わかってくれると思ったから話したんだけど。
「やっぱり、おかしいですか?」
「いいえ、そのようなことは御座いません。若様のお好きになさるのが宜しいかと存じます。このような話が出てくるということは、学園で習うような綺麗事ではない、本来の奴隷の存在理由に、もうお気付きなのでしょう」
たしかに、マウイ様が教えてくれた社会保障的な意味もないわけじゃないのだろう。でも、いろいろ引っかかるんだよね。契約主に命令権のあるこの首輪とか、奴隷の子供が無条件で奴隷になるとか、そして、一番が奴隷という名前だね。これらのことって、社会保障の観点から言えば、必要のないものだからね。きっと本来の意味を隠すために、いろいろ綺麗事が言われているのだろうって思っただけなんだけど。
そう思うと、俺のやろうとしていることが綺麗事だとわかってはいても、あの人達だけでも、何とかできるなら、何とかしたいと思ってね。本当は、根本的な奴隷制度の見直しを考えないといけないんだろうけど、今の俺では無理だからね。
「まぁ、そうなんですが、どうでしょうか?」
「その方達の種族は、憶えて居られますか?」
「確認はしていませんが、狐人族、兎人族、猫人族、犬人族の方だと思います」
「若様のご様子からすると、容姿も優れているのでしょう。兎人族、猫人族、犬人族の方に関しては、100万R前後と考えておけば、問題ありません。しかし、狐人族の方は、500万Rを下りません。狐人族は、獣人系種族特有の身体能力に、妖精系種族並みの魔力をお持ちです。経産婦ともなれば、子供を残す可能性も上がります。値が落ちることはないでしょう」
なんで、俺の様子から容姿までわかるんだよっ! たしかに、巨乳で美人さんばかりだったけど。
「そのお子さんは、もっとですよね?」
「そのとおりで御座います。女性であれば、母親の2倍から3倍と考えておかれて、間違い御座いません」
もし子供まで残っていれば、3000万以上か……まだ時間もあるし、なんとか頑張るかぁ。
「ありがとうございます。あと、アイリスという街はご存知ですか? 冒険者ギルドはありました。今から14年前になりますが、そのときのギルドマスターはパウロさんだったと思います」
「ほう、パウロ様で御座いますか。今もギルドマスターをされていますよ。また、良いのか、悪いのか、難しい場所で御座いますね」
「遠いのですか?」
「そうで御座いますね。若様が向かわれるダカールの北の街で御座います。ただ、西側になりますので、あまり人通りの多くない地域で御座います」
「その分、危険なんですね。俺では無理ですか?」
「いえ、今の若様でも気を抜かなければ、問題ないでしょう。それに、アイリスまでの行程を考えますと、危険な地域に入るときには、マリア様とアゼル様のお二人だけがご一緒でしょう。さすれば、尚の事、ご安心かと存じ上げます」
「やっぱり、あの二人は、もう俺よりも強いですか?」
「そのようなことは御座いません。総合的な戦闘力で考えますと、まだまだ若様のほうが、格段に上で御座います。ただ若様は、遠距離、そして、広域攻撃に向いて居られません。あと、純粋な力も高くは御座いませんので、お二人は、良い力添えとなるでしょう」
爺やさんは、遠まわしに言ってくれているけど、単純に1対1で戦うとなると、あの二人には、もう勝てる気がしないんだよね。……搦め手を使えば、別だけど。
マリアさんには、氷魔法と水魔法があるし、アゼルさんは、火魔法の身体強化に、力の強弱も覚えてきているからね。
まだ二人とも、技に虚実がないからなんとかなるけど、これまで覚えられると無理だろうね。
「そうですね。彼女達なら大丈夫ですね」
「そうでは御座いません。彼女達は、若様の仲間です。若様にも、そろそろ、彼女達のように、仲間に頼ることを覚えて頂きとう御座います」
「頭では、わかっているんですが……」
俺も、マリアさんのことは言えないね。
「存じて居ります。年寄りの戯言で御座います。何も焦る必要は御座いません。……あと、奴隷の方の購入費用ですが、こちらでご用意できます。如何致しましょう」
「いえ、そのお金は、すべて、ここの管理維持費です。甘えるわけにはいきません」
「承知いたしました。では、せめて、その方達の居場所に困られたときは、ここを思い出して頂きとう御座います」
「ありがとうございます。そのときは、ぜひ、お願いします」
何だかんだといいながら、この学園都市に来てから、俺は、爺やさんに甘えてばかりいたね。いや、これからも、旅に出たあとも、甘えることになるんだけど。
それからは、月日の経つのが早かった。
が、金策に困っていた。今のペースでいけば、なんとか3000万Rには届きそうなんだけど、それだけじゃあ、旅の資金にも困るからね。
「ケイ様、どうかなさいましたか?」
冒険者ギルドのカウンター窓口で、キャシーさんが尋ねてきた。
金策に追われると、そればかり考えてしまうよね。つい、ボーとしてしまっていたのだろう。
「ああ、いえ、もう少し稼ぎたいと思いまして」
「何を言っているのですか。ご存知ないかもしれませんが、ケイ様のパーティは、このギルドの受け取り報酬額ランキングの上位ですよ。ランクが低いので、一つ一つの報酬額は小さいですが、毎日、複数の依頼を受けて頂いておりますので、一時期、話に出ておりました外での依頼を受けて頂くよりも、稼がれていると思いますよ」
「ですよね」
「はい。ですから、前から話をさせて頂いているケーキの委託販売をされては、いかがですか?」
「それも、考えてはいるんですが、俺が居なくなった後、アリサさんに負担がかかると思うんですよ。彼女、手作業で作らないといけませんからね」
「そうですか……私も食べたかったのですが」
キャシーさんが食べたかったんですね。
「それなら、うちに来ればいいじゃないですか。俺が居なくなっても、アリサさんはこの都市に残りますから、いつでも食べることができますよ。キャシーさん、アリサさんのこと知ってますよね」
「えっケイ様、ご存知だったのですか!?」
「この間、ミシェルさんが口を滑らせていました」
「マスター……本当、あの人、使えないですね」
珍しくキャシーさんが毒づいているが、
「ところで、キャシーさんの生まれた集落は、南ですよね。どの辺りですか? 米を買いに行きたいのですが」
「前に話したこと、憶えていたのですか。……私が生まれたのは、エルフ族の自治区です。あそこは、少し人間族に対して偏見を持っていますが、大丈夫ですか?」
「そればかりは仕方ないでしょう。こちらでも、エルフの方に対して偏見を持っている人間がいるんですから。それで、エルフの自治区というと、カステリーニ教国の南のドワーフ族の自治区と隣接しているところですよね?」
「はい、そうです。森の西側がドワーフ族の自治領で、東側がエルフ族の自治領です。稲作は、森を抜けた南側で行われています。川に沿って下っていけば、見つかるはずです」
見つかるはずか……この世界、ちゃんとした地図がないから不安なんだよね。川や森、山の名前も地域よって呼び名が違うし。地図も何枚かは見たことあるけど、同じところ描かれているとは思えなかったからね。
8月になったある日。夜の依頼を終らせ、家に帰って来ると、サタン様達が来ていた。
「アゼル、私がやるから、そっちお願い!」
「すまん、マリア」
家の中に入ると、マリアさんが、すぐにアゼルさんのフォローに入ってる。最初はあんなにぎくしゃくしていたのに、変われるものだね。
「私も洗い物に行ってきます」
キアラさんも、自分で考えて動けるようになったんだね。
それに、キッチンでは、アリサさんが料理を頑張っている。俺が居なくなっても、魔族の方達に来て欲しいから、今年は私にやらせて欲しいとアリサさんから言ってきた。
リムルさんは……マヨネーズを勧めているね。うん、布教活動は大切だよね。
「ケイ、お疲れ様。今年も悪いわね。……でも、今年で最後かと思っていたけど、あの娘、やるわね。このケーキなんか、ケイのよりも美味しいんじゃない」
ルシフェルさんも認めているようだ。
「そうですね、ケーキやデザートに関しては、もう完全に負けていますね。俺は来年からいませんが、良かったら、この次もここを使ってください。アリサさんもそれを望んでいますので」
「もちろん、そうさせてもらうつもりよ。この料理なら誰も文句を言わないわ」
「ありがとうございます」
「でも、年に一度しか会っていないのに、しばらく会えないと思うと寂しいものね。早くデス諸島に来れるようになりなさい」
「そう言ってもらえると嬉しいのですが、普通はどうやってデス諸島まで行くのですか?」
「ああそうね。ダカールから船が出ているわ。春から夏にかけてね。帰りは、秋から冬にかけてよ」
季節風や海流の都合なのかな。でも、どのくらい距離があるんだろう。
「近いのは、エイゼンシュテイン王国ですよね」
「そうなんだけど、止めておきなさい。その場合、密航しかないから。あとは、カステリーニから海岸線を南に辿って港町でタイミングさえ合えば、船に乗れるかもしれないわね。保障はできないけど」
なるほどね。ダカールからデス諸島までは、直行ではなく、港町に寄りながら進んでいくんだね。
「ありがとうございました。いつになるかわかりませんが、辿り着きたいですね」
「ええ、頑張りなさい。あなたならいつでも歓迎するわ」
この日も、遅くまで宴会が続いた。アリサさん、最後まで、よく頑張ったね。




