第41話
年が明け、1月6日になった。始業式の日だ。この日は、さすがに登校してもいいみたいだ。
今、冒険者コースのクラス分けの表が張り出されているのを眺めているんだけど、騎士や宮廷魔道士の門って狭いんだね。また、冒険者コースのクラスが増えているみたいだ。
で、俺は、3-3だったが……
「おはよう、ケイ。久しぶりだね」
「おはよう、ペーター。……今日は、クラスのみんなの視線が冷たいんだけど、俺、なんかしたかな?」
「ああ、これは、ケイがDランクだからだよ。このクラスでも、まだ少ないからね」
「Cランクの人はいないの?」
「Cランクは、数年に一度出るか出ないかだからね。今年の有力候補筆頭は、ケイだよ」
マジかぁ……また、悪目立ちしてるんだ。
「ペーターは、どうなの?」
「俺もこの間、Dランクになれたよ。でも、今、狼人族でケイのこと、悪く思う奴はいないと思うよ。俺達の危機を救ってくれたんだろ? 狼人族の間で噂になっているよ。それに、立ち合いでグレンさんを殺しかけたんだろ? そんな人に喧嘩売る狼人族はいないよ」
「えっ! その噂、誰から聞いたの?」
「グレンさん、本人からだよ。ケイのこと、ベタ褒めだったよ」
そっかぁ、グレンさん本人かぁ、あの人、こういう話をするの好きだからなぁ……
「でも、グレンさんを殺しかけたのは、嘘だよ」
「そんなのわかってるよ。でも、グレンさんにそこまで言わせるのが凄いんだよ。それに、リーナ先生をカイさんの許へ行くように言ってくれたのは、ケイだろ?」
「まぁそうだけど」
「それだけでも、十分、みんな感謝してるんだよ」
「いや、感謝されるほどのことはしてないよ。……でも、3年になるとクラスがさらに増えるんだね。パーティの勧誘とか激しくなるのかな?」
「キアラさん? 彼女なら大丈夫だと思うよ。たしかに、まだFランクの人は必死だと思うけど、彼女、都市の外での依頼経験が少ないだろ。だから、心配ないよ。……あっそろそろ時間だね」
「どうしたの?」
「うん、シャルロット先生は、いちいち教室に来ないんだよ。あの先生、完全実力主義だからね。結果を残さないと相手にしてくれないんだよ」
「なるほどね」
「じゃあ、またね、ケイ」
「うん、また」
みんな、教室から出ていった。
キアラさんの心配はしなくてもいいのは良かったけど、シャルさん、ちゃんとやりましょうよ。
学園にいても仕方ないので、家に帰ってくると、玄関の前にアランがいた。マントを頭からすっぽり被っているので、かなり怪しい雰囲気を醸し出している。
「ケ、ケイさん。す、少しいいですか?」
なぜ、敬語? 怖いよ。
「ええ、構いませんよ。どうぞ、中に入ってください」
「お帰りなさいませ、若様。お客様で御座いますね。どうぞ、奥へご案内致します」
こういう時、爺やさんは、楽でいいよね。何も言わなくてわかってくれるからね。……女性を連れてくると面白がって、面倒くさいけど。
お茶を淹れ、持っていって、テーブル席のアランの向かいに座った。
「あっ、お茶!……」
緑茶を用意したんだけど、この世界で飲んだことなかったのかな。
「アラン様、いかがなさいましたか?」
「す、すみません。僕は、何を間違えたのでしょうか? 死んで転生することになって、力と地位、そして、話にはなかった前世の記憶まで持って生まれ変わったのです。なのになぜ、上手く行かなかったのでしょうか? この学園都市に来るまでは、上手くいってました。でも、この学園に入学してからは、いつも空回りだったように思います。そして、気付けば、仲間が1人もいませんでした。
でも、ケイさんは、僕が欲しかったものをすべて持っています。力も名声も仲間も、そして、周りからの羨望も、僕とケイさんとでは、何が違うのでしょうか?」
うーん、力、名声、仲間、全部、学園っていう小さな世界での話なんだけどね。あと、周りからの羨望、こんなの見ようによってはそうかもしれないけど、要らないよね。
「どうなんでしょう。アラン様は、力や地位を持って生まれて、それで、満足していませんでしたか? 例えばです。格闘ゲームでも、初心者が強いキャラを使っても、弱いキャラを使っている経験者に勝てませんよね」
「たしかに、そうです」
「だから、ある程度は、練習が必要だと思うんです。それに、アラン様の力が解放されるのは、勇者の加護が発現してからですよね」
「そ、そうなのですか?」
えっ違うのっ!?
「私が聞いた話では、勇者の加護が発現すると、どのような戦闘系スキルでも発現しやすくなると聞いたのですが、違うのですか?」
「いえ、僕は知りません。でも、そうなら僕はこれからなんですね。……あっでも、練習は必要なんですね」
「ええ、たぶん、そうだと思います。誰かに、確認してみてください。……それに、まだ、アラン様には、あるじゃないですか」
「まだ、あるんですか?」
「はい、内政です」
「NAISEI!」
「そうです、内政です」
ん? なんかニュアンスが変じゃないか?
「NAISEI、忘れてました。前世の知識を使って、この世界にないものを生み出せるのですね」
「いや、そんな大層なものでは……」
「NAISEI、NAISEIかぁ。あと、勇者の力もこれからだし……ありがとうございます、ケイさんっ! やれる気になってきましたっ!」
うん、もう俺の話、聞いてないね。
「あ、はい、それは良かったです」
「はいっ! また、なにかあったら、よろしくお願いしますっ!」
アランは、そう言うと、走って帰っていった。
「いえ、こちらこそ……」
まぁ、いいか。
それからは、事件らしい事件もなく、4月になった。
変わったことと言えば、若い女性陣が、みんな、名前を呼び捨てで呼び合うようになったくらいか。ただ、俺に対しては、ケイさんのままだ……自分から距離を置いているから仕方ないんだけどね。
そんなある日の夕食の時間、地下にグレンさんの魔力を感じた。転移魔法陣で来るなんて、また、何かあったのかな?
「おおっ! ケイ、居たかっ! 聞いてくれよっ!」
珍しくグレンさんが息を切らしている。グレンさんのそんな姿、初めて見たかもしれない。でも、なんか嬉しそうだね。
「まぁ、落ち着いてください」
ビールを冷やして、手渡した。
「ああ、スマン。……そうだ、聞いてくれ。カイに息子が生まれたんだ。これがよう、オレにそっくりなんだ────。
じゃあ、次、行くとこあるから」
グレンさんは、どれだけ孫が可愛いか、どれだけ自分に似ているかを、しばらく喋っていたかと思うと、そのまま、転移魔法陣で帰っていった。
みんな、黙って聞いているしかなかった。
「仕方のない話で御座います。異種族による混血児がお生まれになることは、あまり御座いません。グレン様も、きっと、カイ様にリーナ様が嫁がれて、お世継ぎは諦めておられたのだと存じ上げます。ですから、あの喜びようも致し方ないので御座います」
そうだったんだ。身近にベルさんが居たから気にしてなかったけど、そういえば、ベルさん以外のハーフに会ったことないね。だから、本能的に恋愛感情が生まれにくいのかな。
「では、ハーフの方は、子供ができにくいとかあるのですか?」
「それは、御座いません。たとえば、グレン様のご令孫であれば、人間族か狼人族がお相手ならば、問題がありません」
「そうなんですか」
「はい、ですから、若様も、何の心配も御座いません」
何の心配だよっ! ホント、爺やさん、女が絡むと面倒くさいよ。
それから、数日後、
「爺やさん、そろそろ、Sランクの皆さんに、一度、集まるよう声をかけて頂けますか?」
「承知致しました」
「爺やさんは、どうされるのですか?」
「爺やは、もう歳で御座います。余生は、ここで過ごさせて頂ける様、ベル様にもお話させて頂いて居ります。ですから、若様は、何の心配せず、出掛けて頂いていいのです。ここは、爺やにお任せください」
何がもう歳で、余生はここで過ごすだ。あんた、日中、暇さえあれば、表に出て、広場に来ている幼女、眺めているじゃねぇか。傍からみれば、好好爺に見えているけど、何を好きなんだよ。ぜんぜん、現役じゃねぇか。……でも、
「ありがとうございます。爺やさんが、居てくれるのなら、安心して出掛けることができます」
さらに、数日後、
「皆さん、本日は、お忙しいところ、お集まり頂き有難う御座います。
もう聞いている方も居られるかもしれませんが、俺は、今年、学園を卒業したら、旅に出ようと思っています。
せっかくこのような立派な家を用意して頂いて、申し訳ないのですが、これは初めから決めていたことなので、ご了承頂けると幸いです」
「ケイ君、何を畏まって言っているのだい。私達は、始めから、ケイ君を束縛するために、この家を用意したのではないのだよ。自分達の居場所を作るために、ケイ君の了承も得ず、勝手に作ったものだ。ケイ君の気にすることではないよ」
フレディさんの言葉に、皆さん、頷いてくれている。
「そう言って頂けると助かります。ありがとうございます。でも、このまま、俺の所有で構わないのですか?」
「もちろんだよ。こんな家、誰がもらっても困るよ。ケイ君の家だからいいのだよ」
たしかに、そうだね。俺も、困っているからね。
「わかりました。俺が責任を持って、引き取らせて頂きます。……あとは、こちらの皆さんですね。どうなさいますか?」
若い女性陣に聞いてみた。キアラさん以外、俺の卒業後からのこと聞いたことなかったからね。
「私は、ケイさんと一緒に旅がしたいです。ご迷惑でしょうか?」
マリアさん、即答だったね。もう決めていたんだろう。
「もちろん、構いませんよ。そう言って頂けると俺も嬉しいです」
「ワタシもいっしょがいい」
アゼルさんも、そうなんですね。
「ええ、アゼルさんも一緒に行きましょう」
「ケイさん、私も一緒に行きたいですが、修道院に戻ります」
キアラさんは、少し申し訳なさそうにそう言った。
「キアラさんは、前にもそう言ってましたよね。キアラさんの決めたことです。それが一番大切です。それに、もう二度と会えないわけではないのですから」
「私も、帰る」
久しぶりに、リムルさんの動詞を聞いたね。
「ああ、ケイ、少しいいか? お前、旅に出たら、南に行くんだろう? リムルをワシ達の集落まで、送ってくれんか。お前なら、安心して任せられるのだ」
ひ孫が心配なんだろう。ゲルグさんが、すこし恥ずかしそうにして言ってるが、
「もちろんです。もし良ければ、キアラさんも一緒に行きませんか?」
「私もいいのですか。ありがとうございます」
「いえ、当然ですよ。みんな、仲間ですからね。もちろん、アリサさんもお送りするつもりですよ」
「えっ! いや、私は……」
どうしたんだろう。いつものキレがないね。
「すみません、ご迷惑でしたか」
「ち、違うの。ケイさん、お願いがあるの。いえ、お願いがあります。……私は、このまま卒業できれば、住所を自由に選ぶことができます。それで、この都市で裁縫の修行を続けようと考えています。だから、このまま、ここに置いてください」
アリサさんは、頭をテーブルにこすり付けんばかりに下げている。
たしか、学園での成績優秀なものは、住所を自由に選べるんだったね。アリサさん、ホントに頑張っていたんだね。
「うん、それはいいね。アリサさんの料理、既存のメニューならケイ君に引けを取らないからね。それに、デザートは、ケイ君に勝っているのもあるよね」
フレディさんがそう言うと、他のSランクの方達も頷いている。
「みなさん、喜んでいますし、俺は構いません。でも、リムルさんと離れることになりますが、いいのですか?」
顔を上げたアリサさんが、
「それも考えました。実際、リムルも、今のままいけば、住所を選ぶことができます。だから、リムルがこの家に残ることも、私がリムルのところに行くこともできるはずです。
でも、それでは、駄目なんです。私達は、ケイさんに装備してもらえる武器や防具を作りたいんです。ゲルグさんに聞きました。ケイさんが普段着ているローブや使ってはいないけど持っている小太刀って、古代遺物並みに凄いんですよね。今は、まだ、そんなの作れませんが、いつか、つくれるようになりたいんです。そのために、私達は、それぞれ自分に合った場所で修行をする必要があります。それで、私は、この都市に残ることを、リムルは、地元に帰ることを決めました。
必ず、ケイさんに、気に入ってもらえるような装備を作ってみせます。だから、お願いします」
そこまで、考えていたんですね。俺なんて、せっかく新しい世界に生まれ変わったんだからいろいろ知りたいよね、みたいな軽い気持ちで旅に出るのに……
「わかりました。そこまで、考えておられるのなら、俺から言えることは、一つしかありません。この家を、お願いします」
「ありがとう、ケイさん」
となると、問題は、アレか……




