第40話
10月になってすぐの頃、
「ケイさんっ! ほらっ、早く飲んでっ!」
夕食の時間、アリサさんがビールのジョッキを差し出してきた。
「おおっ!」
冷たい……ついに完成したんですね、“ビールを冷たくする魔法”。
さすが、暑い夏の日も1人だけ、温いビールを飲んでいただけのことはありますね。ちゃんと、努力は報われるんですね。
「あと、ふっふーん。見てみてっ!」
まだ、あまりない胸を張り、右手をこちらを差し出してきた。
意味もわからず、アリサさんの右手を持って、マジマジと見つめていると、
「違うわよ、手を見てどうするのよ。ステータスカードよっ!」
アリサさんが、顔を赤らめながらそう言ってきた。
あぁステータスカードね。
氏名:アリサ
年齢:14才
種族:人間族
階級:平民
住所:アイスターフェルト
スキル:裁縫・算術・料理
「おおっ! アイスターフェルトって、どこの国ですか?」
「シュトロハイムの辺境の街よっ! 違うわよっ! スキルよっ! スキルっ!」
「わかってますよ。料理ですね。でも、なんで料理スキルが発現したんでしょう……キアラさんは、ないですよね?」
「はい、ありません。アリサさんが、羨ましいです」
キアラさんも冷たくする魔法は使えるのになんでだろう、前世での経験に差があるせいなのかな……
「あのう、ケイさん。いつまで、アリサさんの手を握っているのですか?」
マリアさんに言われて気付いたが、アリサさんの手を握ったまま考えていたようだ。
「アリサさん、すみません」
「べ、別に、いいわよ」
顔を赤くしたアリサさんが許してくれたが……まぁいいだろう。
「でも、えらい時期に、“ビールを冷たくする魔法”を覚えましたね」
「えっ、どういうこと?」
アリサさんが聞いてくるが、
「いや、もうすぐ祭りですよ」
「ああっ!……」
アリサさんはそう叫ぶと、落ち込んでしまった。
次の日、夕食の準備をしていると、
「ケイっ! 今年も来たわよっ!」
玄関を開けて、マギーさんが入ってきた。相変わらず、マギーさんも扇情的な格好だね。その後ろでは、もうすでに荷物が運び込まれている。2回目ともなると慣れたもんだね。……ただ、大量の樽も運び込まれているのが気になるけど。
「お疲れ様です、マギーさん」
冷たいビールで、出迎えた。
「おお、気が利くね。あと、悪いんだけど、今年は40人ほどいるんだ。いいか?」
「40人ですか! 部屋が足りませんけど……どうしようか」
「いや、アタシらは、行商だよ。屋根があるだけで、十分さ。相部屋でも、その辺の床にでも、寝るから頼むよ」
「それでいいのなら、構いませんが。まぁ料理は、食材もありますし、なんとかなりますよ」
「ああ、助かるよ。……おおっ、この魔力、ウリボーかっ!」
「アゼルさんですね。アゼルさんなら、地下闘技場で、まだ鍛錬中です」
「懐かしいな。でも、なんでここにいるんだ。あの子、鬼人族の居住区にいるはずだろ?」
「なんか成り行きで、預かることになりまして」
「まぁいいわ。ケイなら、安心だ。あの子、頼むよ」
「はい、できるかぎりのことはするつもりです」
「ああ、それでいい。……ケイ、また、お湯を頼むよ。用意できるまで、ちょっと、ウリボーに挨拶してくるから」
「わかりました。ほどほどでお願いします」
マギーさん、テンション上がると容赦ないからね。
結局、マギーさんは、俺達が夜の依頼に出掛ける時間になっても、戻って来なかった。
アゼルさん、死んでないといいけど。
夜の依頼を済ませ、帰ってくると、
「ケイさん、助けてぇ……」
アリサさんが、キッチンから俺を呼んでいるが、いつもの元気がない。
「どうかしたんですか?」
「もう料理がないのよ」
「うそでしょ! 40人やそこら食べる分、余裕であったでしょ!?」
「そうだと思うんだけど、ケイさんの料理、美味しすぎるんじゃない。私じゃ、まだ量を捌くの無理なのよ。疲れてるところ悪いけど、手伝って」
「わかりました。アリサさんは、それを仕上げたら、リムルさんとアゼルさんも一緒に、少し休憩に行ってください」
「ありがとう」
リムルさんは火加減を、アゼルさんは配膳を頑張ってくれていた。
「「私も手伝います」」
「すみません。じゃあ、キアラさんは洗い物を、マリアさんは配膳をお願いします」
キアラさんは、料理に使えるような繊細な“加熱調理魔法”は、まだ無理だけど、“食器洗浄機魔法”や、“ポリッシャー魔法”は使えるようになっている。元々、掃除スキルや洗濯スキルを持っていたおかげなんだろう。
アリサさんと代わって、料理を始めたが、もうピークは過ぎていた。
大変だっただろうね。アリサさんは、料理スキルが発現したとはいえ、美味しい料理を作るのと、数や量を捌くのとでは、違う技術だからね。
2時間ほど、料理を作っていたけど、完全に落ち着いたので、
「皆さん、もう上がってもらっていいですよ。明日もありますし、あとは、俺がやっときます」
「ごめん、ケイさん」
「ありがとうございます」
「すみません、先に休ませて頂きます」
「ん」
みんな、疲れているのだろう。素直に寝てくれるみたいだ。
「アゼルさん、どうしたんですか?」
1人残っていたアゼルさんに声をかけた。
「ワタシは、一日ぐらい寝なくても大丈夫」
「そうなんですね。では、なにか入れましょうか。マギーさんも来たみたいですし」
俺とアゼルさんが、カウンターを挟んで話していると、マギーさんがやってきた。
「ケイ、ビールを頼む。ウリボーの分も入れてやってくれ。あと、少しいいか」
「ええ、明日からの料理の準備をしながらになりますけど、いいですか?」
二人に、ビールを渡しながらそう答えた。
「ああ、すまんな。ケイの料理が旨かったのだろう。アイツ等、いつも以上に食べていたよ」
「ありがとうございます。それで、話ってなんですか?」
「ああ、今回、ここを出たら、ガザへ行こうと思っているんだ。なかなか儲かりそうだからな。それで、ケイ。お前、向こうにいる奴で、誰かいい奴、知らないか?」
「マギーさんは、知らないのですか? ああ、グレンさんとか」
「グレンはダメだ。アイツ、息子に嫁が来たから、また、どっかフラフラ出掛けているだろうからな。あと、知ってる奴は、もちろんいるが、それじゃあ、今までと変わらないだろ。新しいルートが欲しいんだよ」
なるほどね、新規開拓か。せっかく、新しい街に生まれ変わったんだし、新しい取引先を作りたいのか。でも、誰がいいんだろう……
「獣人族に嫁いだリーナさんでも、いいですか? 彼女、Aランクの冒険者でシーフですし、シュトロハイム王国のマルク様のパーティにいましたから、使えると思うのですが」
「ああ、助かるよ。しかし、リーナでもって言うことは、他にもいるのか?」
「いや、居なくはないですが、信用できませんからね」
「まぁ深くは聞かないでおこう。でも、アレだな、ケイ。まだ若いのにいろいろ動いているみたいだな。計算も速そうだし、人脈もしっかり作ってるみたいだし、どうだ、学園を卒業したら、うちに来ないか。いい商人になれるよ」
「お話は嬉しいんですが、前世で一度、商売に失敗していますし、そんなに簡単にいくとも思えませんので……あと、俺は冒険者になるのですが、商売をしても問題ないのですか?」
その他にも、俺の場合、いろいろあるからね。
「それは、大丈夫だ。階級が商人でないと、都市や街に店舗を構えられないのと、商業ギルドの利用に制限があるぐらいだ。商隊を組んで行商するのには、何の支障もないよ。それに、無理に誘っているわけじゃない。気が向いたら、いつでも声を掛けてくれたらいいさ。あと、一度の失敗ぐらいで、弱気になるな。失敗や挫折を知らない奴より、そういう奴のほうが強いんだ。ケイなら、いつでも歓迎するよ」
「ありがとうございます。ところで、今回の商隊が本隊なんですか? 去年、居た方も大勢居られるのですが」
「いや、違うよ。本隊の奴らは、もっと北のほうを回っているはずだ。そろそろ南に戻ってくるはずだし、連絡が付けば、ガザで合流したいのだがね」
「もっと北というと、アルガス帝国の北にある大河を渡った向こう側ですか?」
「ああ、そうだ。あっち側は、南側よりも、さらに未開だからね。厄介な魔物も多いのだ。その分、高価な素材も集まるんだけどね。あと、アイツ等は、酒だな。酒精の強い火酒を求めて行っているんだよ。自分達のためにね。アイツ等、ケイの蒸留酒を知ったら、もう行かないかもしれないな」
北は、未開で、魔物が多いんだ。俺には、厳しそうだね。
マギーさん達は、去年と同じように、10日程滞在して出て行った。
しかし、大変だね。毎日、3食、約50人分の料理を用意するのは。食材は学園長が用意してくれているから、まだマシだったけどね。他にも、祭り用の蒸留酒や果実ジュースを作らないといけないし、冒険者ギルドの依頼も指名依頼だけは、できるかぎり断りたくなかったからね。
おかげで、逆手での受け流しの鍛錬は、朝の短時間しか、マギーさんの指導を受けることができなかった。来年は、もう少し時間を作る工夫をしないといけないね。
ただ、料理と宿泊費とは別に、結構な額の報酬を用意してくれていたのは、嬉しかった。そろそろ本気でお金を貯めないといけないからね。
そして、ついに登校の日がやってきた。学年末試験だ。でも筆記試験って何をするんだろう。何も勉強していないんだけど。
「ケイさん、どうしたんですか?」
みんなといっしょに登校しようとしていると、キアラさんが尋ねてきた。
「えっーと、今日から学年末試験ですよね?」
「ケイさん、冒険者コースは、実技試験だけですよ。……ですよね、シャルさん?」
「そうよぉ。お姉さんが座学を教えれるわけないじゃな~い。あとぉ、ケイくん、実技試験も免除よぉ。お姉さんといつも組み手してるしぃ、意味ないからねぇ」
まぁ、シャルさんの言うことも、もっともだけど……
「それから1年生の間で、ケイさんのこと、凄い噂になっているのよ。2年生で数少ないDランクだし、1年生のときに実技試験で、Aランクのリーナ先生に勝ってるってね。それで、ケイさんの実技試験は、混乱が予想されるから中止なったって噂よ」
「そ、そうなんですね。わかりました」
アリサさんが、教えてくれたけど、また、噂か……学園に行くの楽しみにしてたんだけどね。




