第39話
課題は残ったものの、話し合いを済ませ、戦闘鍛錬組は、爺やさんと共に地下闘技場に、向かった。
ズッドーーン!
扉を開け、階段を降りていくと、激しい音が鳴り響いている。
アゼルさんだと思うんだけど、こんなに凄かったっけ?
闘技場に降り立つとアゼルさんが、フレディさんに打ち込んでいるようだ。
なんだ、アレ? アゼルさんが、薄っすらと赤く輝いているんだけど。
「爺やさん、アゼルさんが、赤く光っているんですが、何ですか? 魔法みたいですけど」
キアラさんが、爺やさんに聞いている。
赤く見えているのは、俺だけじゃないんだね。
「あれは、火魔法の身体強化で御座います。アゼル様は、火魔法の才能も持って居られましたので、午前中に少しお教えするだけで、あのように発動できるようになられました。まだ、コントロールは難しいようですが」
あっ、こけた。……うーん、芝生が抉れているね。
アゼルさんは、立ち上がり、また、打ち込み始めた。
身体強化か……俺には、できないんだよね。“風迅・雷迅”みたいに、補助的にスピードを上げることはできるけど、根本的なパワーやスピード、防御力といった性能を上げる魔法のイメージができないからね。いったい、どんな仕組みになっているんだろうね。
「でも、火魔法にも身体強化があったんですね。授業でも習ったことないのですが」
俺も知らなかったけど、魔法使いコースのキアラさんも知らないんだね。
「はい、あまり知られては居りませんが、ご覧の通り御座います。光魔法の身体強化と違い、他人に付与することはできないと言われて居りますが、力の強化度合いは、光魔法よりも、かなり優れて居ります」
たしかに、今朝のアゼルさんと比べて、力強さが格段に上がっているね。……ああ、終ったみたいだ。
「おかえり、ケイ」
「ええ、ただいま。凄いですね、アゼルさん。火魔法スキルを持っていたんですか?」
「ああ、そうなんだ。初級魔法すら使えなかったんだが、爺やが教えてくれたんだ」
アゼルさんが、嬉しそうにしている。
「フレディさん、実際に受けてみて、どうですか?」
「そうだね。純粋なパワーだけでいえば、ゲルグさん並みまで、上がりそうな気がするね。ただ、まだ不安定だから、練習が必要だろう。ケイくんは、あの状態のアゼルさんと、しばらく打ち合わないほうがいいよ。アゼルさんは、まだ、自分の体の動きに、イメージが追いついていないからね。下手したら、死ぬよ」
フレディさんが、笑いながら、怖いことを言っている。たしかに、あのスピードとパワーで、本人のイメージから外れる動きをされたら、俺には、まだ対応できないだろう。俺の気配による危険察知も、グレンさんと初めて森の探索に出かけたときと比べれば、リーナ先生のおかげもあって成長しているけど、まだまだだからね。
アゼルさんが、悲しそうな顔しているが、諦めてもらおう。死にたくないからね。
「じ、爺や。わ、私の水魔法や氷魔法には、ないのですか?」
マリアさんが、爺やさんに祈るように尋ねているが、
「ないとは言い切れませんが、爺やは、聞いたことが御座いません。……しかし、マリア様。何も慌てる必要は御座いません。マリア様の氷魔法スキル自体が、稀有に御座います。ご自身の戦闘スタイルを極めればいいのです。それに、この程度のことで、若様がマリア様を見捨てることは御座いません。ですよね、若様」
「もちろんです。マリアさんは、マリアさんらしくあることが一番です」
なに、急に、こっちに振ってきやがるんですか。危うく噛みそうになったじゃないですか。
「そ、そうですね。ありがとうございます」
良かった、マリアさんが納得してくれたみたいだ。これって、爺やさんがフォローしてくれたのかな……あと周りの人達、ニヤニヤしないで。
その後は、いつもの鍛錬に戻った。
アゼルさんは、話し合いに参加していなかったけど、まだ、この家でみんなと一緒に住み始めてから日も浅いし、ゆっくり慣れていってもらえればいいだろう。
それから数日が経った頃、キッチンで料理をしていると、グレンさんが玄関からやってきた。……今日は、急ぎではないみたいだね。
「いらっしゃい、グレンさん」
冷たくしたビールで、出迎えた。
「おお、すまんな。……それよりも、助かったよ、ケイ。良くやってくれた」
受け取ったビールをイッキに飲み干したグレンさんが、空のジョッキを差し出しながら、一応感謝してくれているようだ。……なにが、それよりもだ。おかわりのほうが大事なんだろ。
「それで、どんなったんですか?」
「そうだな、何から話そうか」
カウンター席に腰掛けたグレンさんが、ビールを飲みながら嬉しそうにしている。……すべて、上手く片付いたのかな。
「ここで、話しても大丈夫なんですか?」
「ああ、もう隠しておくことは何もないからな」
グレンさんの様子からすると、リーナさんとカイさんのほうは問題ないのだろう。
「ガザの統治は、どうなりましたか?」
「ああ、そっちか。ガザは、カステリーニの修道院が管轄する独立自治区なったよ。うちもそうだが、シュトロハイムも降りたみたいだ」
まぁ、ケビンさんもそう言っていたからね。
「でも、独立してやっていけるのですか?」
「独立と言っても、自由交易地点としてやっていくだろうから、なんとかなるんじゃないか。あそこは、俺たちの自治区とアルガスとシュトロハイムの中間地点にあるからな」
なるほど、落とし所としては、そうなるのか。
でも、シュトロハイムも降りたとなると、これ以上の侵攻は難しいだろうね。
それに、あのケビンさんが、タダで降りるわけないから、表向きは修道院に任せ、裏できっちり権益はとっているのだろう。
これで、しばらくは安心できるのかな。……それと、
「アンジュさんは、どうなりましたか?」
「そういえば、見なかったな。マルク様と一緒に帰ったんじゃねぇのか」
おいおい、それでいいのかよ。
まぁグレンさんが知らないのなら仕方ないか、ここは、ケビンさんの言葉を信じて、使えない奴ということにしておくか。
あとは、どうでもいいけど、一応、聞いておくか。グレンさん、聞いて欲しそうだし。
「リーナさんとカイさんは、上手くいってるんですか?」
「そうなんだ、聞いてくれよ。アイツ等、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい幸せそうでよ────。」
しばらく、二人のラブラブっぷりを、グレンさんが話してくれたが、
「ええ、幸せそうでなによりです」
こう答えるしかなかった。
でも、自分の子供が幸せになってくれるのが、親としての一番の望みだからね。この世界でも、一緒なんだね。
グレンさんは、しばらくこの家に滞在していたが、また玄関から出て行った。もう息子のカイさんのことは、リーナさんに任せているのだろう。
8月になった。そろそろかと思っていたけど、
「どうしたのですか?」
いつもどおり“ハウスキーパー”の3人で、夜の依頼を終えて、家に帰ってきたけど、俺が玄関の扉の取手を握り、固まっていると、マリアさんが尋ねてきた。
「魔王様ですか?」
キアラさんは、憶えていたんだね。
「ま、ま、魔王様!?」
うん、普通、そうだよね。みんな知ってるけど、絶対にこんなとこにいるはずない人だからね。
「ええ、そうなんです。ずっと以前から、良くしてもらっているんですよ。マリアさんには、キツいかも知れしませんが、我慢してもらえますか?」
「いえ、確かに、私は魔族の方に対して偏見がないとは言えませんが、魔王様までいくと理解のほうが追いつかないです」
「すみません。悪い方達ではないですし、少しでも慣れてもらえると、俺も嬉しいです」
「わかりました。必ず、克服してみせます」
マリアさんが、両手のコブシを握り締め、そう言ってくれるのはいいんだけど、そこまで、気負わなくてもね……
玄関の扉を開けると、
「「「「「おおおおぉぉぉ!おおおぉぉぉおおぉおおぉぉ!!」」」」」
「ケイっ! やっと帰ってきたかっ! 早く、ビールを冷やすのだ。皆、待っておったのだぞ! はっはっはっはっはっ!」
去年に引き続き、盛り上がっているようだ。
ただ、去年と違うのは、
「アゼルっ! 早くしなさい。違うわよ、それは、下げていいのよっ!」
アゼルさんが、ルシフェルさんに扱き使われていることぐらいか……
「キアラさんは、ビールを冷やすの手伝ってもえますか? マリアさんは、氷を作ってください」
「「わかりました」」
二人は、何の文句も言わず、動いてくれる。本当、俺は恵まれているね。
アゼルさんが、俺に気付いて嬉しそうにしているが、ちょっと待ってね。
「サタン様、お久しぶりです」
樽ごと冷やしたビールを空になったジョッキに注ぎながら、サタン様に話しかけた。
「おお、ケイか。今年も世話になっているぞ。やっぱり、ここはいいな。毎年、祭りの打ち上げをどこでするのかで揉めるのだが、今年は、全会一致で決まったのだ。これもケイのおかげだな。はっはっはっ!」
「いえ、そう言ってもらえると俺も嬉しいです」
一頻り笑ったサタン様が、急に真面目な顔をして、話し始めた。
「ところで、ケイ。いろいろあるようだが、お前はお前だ。好きにすればいい。そして、困れば、我輩に言ってくればいいのだ。ケイのためなら、例えラルスとでも、共に戦ってやろうぞ。はっはっはっはっ!」
「えっ!」
「例えばの話だ! 例えばの!」
いつもの調子に戻ったサタン様は、驚く俺の肩を軽く叩いてくるが、めっちゃ痛い……あと、冗談に聞こえないのが怖い。
その後、他の来客にも、ビール注ぎながら挨拶してまわった。そして、最後に
「ルシフェルさん、お久しぶりです」
「やぁ、ケイ。今年も悪いね。それに、アゼルを拾ってくれたんだね。吃驚したよ。あの子がこの世界に来ているとは思わなかったし、さらに、ケイと一緒にいるとはね。でも、ケイなら安心だ。あの子を護ってやって欲しい」
去年とは少しデザインが違うものの、今年も露出度の高いボンテージで身を包んだルシフェルさんがそう言うと、俺の注いだビールを飲み干した。
「護るですか? 誰からですか?」
俺は、ビールを注ぎなおしながら尋ねたが、
「まだ、気にする必要ないよ。そのうち、わかるから」
ルシフェルさんが、少し寂しそうな表情をしたものの答えてくれなかった。
まぁアゼルさんは、鬼人族で堕天使だから、何もないはずがないし、なるようにしかならないか……
「アゼルっ! そこの料理、追加よっ! 早く、しなさいっ!」
俺が考えている間も、アゼルさんがルシフェルさんに扱き使われている。
まぁ、今日はいいか。みんな、楽しそうだし。
「ルシフェルさん、俺が行きますっ! アゼルさんは、そのまま、そこをお願いしますっ!」
ごめんね、アゼルさん。ルシフェルさんから、護ってあげられなくて。手伝うことしかできないみたいだよ。




