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第37話

 さきの戦争が終結し、3ヶ月が過ぎた。


 アゼルさんは、俺たちが依頼を受けている間も、シャルさんだけでなく、他のSランクの冒険者の人を捕まえては、闘術の鍛錬に励んでいるようだ。

 あと、なぜかリムルさんと仲がいい。リムルさんがアゼルさんの肩に乗っているのをよく見かけるが、無口同士、気の合うところがあるのだろう。



「ケイ様、ルヴォフ邸からの指名依頼です。今日ですが、どうなさいますか?」


 冒険者ギルドのカウンター窓口で、キャシーさんが尋ねてきた。


 たぶん、セシールさんが帰ってきたんだろう。


「大丈夫です、受けますよ。今からでも構いませんか?」


「ええ、時間の指定はありませんので、お願いします」


 最近は、破格の場合を除き、報酬額を確認していない。上だろうと下だろうと破格はトラブルの素だからね。キャシーさんも理解してくれているので、破格のときだけ、教えてくるようになっていた。



 マリアさんと普段どおり話しながら、北の高級住宅街に向かっていると、


「ケイさん、何かあったんですか? いつもよりも、表情が硬そうに見えるのですが」


「いえ、何もありませんよ。また、こちらが終わり次第、そちらに向かいますので、マリアさんも頑張ってくださいね」


「はい、ケイさんも、頑張ってくださいね」


 マリアさんとは、北の居住区に入ったところで別れたが、相変わらず、鋭いね。普段どおりにしてたつもりだけど……こんなことでは、また、セシールさんの術中にはまりそうだね。



 セシールさんの屋敷に着くと、すぐに管理人室へ通された。管理人室で証明書を受け取ると、修道服を着た女性の案内で、前回と同じ2階の応接室に通され、座って待つように告げられた。


 依頼もせずに証明書をもらったけど、セシールさん、焦っているのかな。


 しばらくすると、セシールさんがやってきた。

 今回は、言われる前に立ち上がり、頭を下げた。


「ごめんなさいね、急な呼び立てに応じてもらって。どうぞ、掛けてください」


「失礼します。……こちらこそ、以前、急にお伺いしまして、申し訳御座いませんでした」


 セシールさんが腰掛けるのを待ってから、俺も座り、前回の急な訪問を詫びた。


「いえ、構いませんよ。それで、キアラ様がどうかなされましたか?」


「いえ、確認のためにお伺いしただけです。キアラさんは、学園卒業後、以前いた修道院に戻りたいと望んでいるようなのですが、宜しいですか?」


「ええ、もちろんですとも。私達は、キアラ様のご意思を尊重致します。ただ、ケイさんの側に、ずっと居てもらたいとも望んでおりますが」


「わかりました。お忙しいところ、ありがとうございました」


 お礼を言って、帰ろうとすると、


「あら、ケイさん。お急ぎですの?」


 引き止められた。


「いえ、特に急いではおりませんが」


「では、もう少し宜しいですね。ケイさんは、いつ、お気付きになられたの?」


 セシールさんから、今までの柔らかい感じがなくなった。

 逃げられないみたいだね。


「まだ、確定はしておりませんが」


「またまた、ご冗談を。そんな方が、あのタイミングで、リーナさんを焚きつけたりしませんよ」


 うーん、リーナ先生に会ったことは、やっぱり知っているんだね。たぶん、その翌日に、ここに訪れたことも確認しているだろう……どう答えようか。


「炊きつけたつもりはありませんよ。リーナ先生は、1年生の頃からの担任ですから、知らない間柄でもありません。幸せになってもらいたいですからね」


「まぁ、それでもいいでしょう。ただ、本当に何も知らずにやっておられるのなら、お気を付けください。ケイさんは、キアラ様にとって、まだ、必要な方なのですから」


 “まだ”ね。


「ご忠告、ありがとうござます。では、そろそろお暇させて頂きます」


「ええ、そうね。キアラ様のこと、これからも宜しくお願い致しします」


 これで帰ることができた。


 きっちり脅されたけど、意外にあっさりしていたね。


 憶測になるけど、セシールさんは、俺に手を出せないはずなんだ。もしできるなら、リーナ先生がカイさんの許へ行ったぐらいでは、困らないからね。

 きっと、何をどこまでするとステータスカードの名前の色が変わるのか、わかっているのだろう。そして、古い国になればなるほど、そのノウハウの蓄積量も多いのだろう。歴史があるからね。だから、新しい何かを得るためには、計画を立て、時間をかける必要があるのに、俺が、セシールさん達の計画にない行動をしたから、また、遠回りをして計画を練り直さないといけないのだろう。

 もし間違ってたら、殺されるかもしれないけどね。



 その翌日、


「ケイ様、今日の指名依頼のなかに、ベッカー邸があるのですが」


 キャシーさんも不思議そうにしている。


「ベッカー邸は、この間、芝刈りをしたばかりですが、依頼内容は何ですか?」


「ええ、その芝刈りなのです」


「何かこちらに落ち度でもあったのでしょうか?」


「いえ、通常の指名依頼ですし、前回と報酬も変わりません」


「そうですか。気になりますので、行ってみます」


「すみません、こちらでも事前に確認できれば良かったのですが」


「いえ、構いませんよ。行けば、わかることですから」


 昨日の今日で、フリードリヒさんか。フリードリヒさんは、勇者派貴族らしいけど、どこで誰が繋がってるかわからないからね。



「ケイさん、危険です。私も参りましょうか?」


 依頼に向かう途中、マリアさんが言ってくれた。……マリアさんは、元マウイ様の護衛兼側付きのメイド長だし、マウイ様からの手紙を読んでいるから、ある程度予測が付くのだろう。


「たしかに、絶対ではありませんが、命の危険はないと思いますよ。早めに片付けて、そちらに向かいますので、マリアさんは、自分の仕事に専念してください」


「ですが……」


 そうだよね。もっと上手く誤魔化せればいいんだけど、今回も諦めてもらおう。



 ベッカー邸に着くと、すぐに証明書は手渡され、前回対談した執務室らしきところとは違い、一階の応接室らしきところに通された。


 ソファーに腰掛け30分ほど待つと、フリードリヒさんともう1人男性が部屋に入ってきた。


「いいよ、いいよ、掛けたままで」


 フリードリヒさんはそう言いながら、俺の向かいのソファーに腰掛けた。

 一緒に来た男性は、少し離れたイスに座るようだ。エルフ? 見た目の歳は、フリードリヒさんと同じ30代前半にみえるけど、銀髪に赤い眼、そして、尖った耳。眼は、蛇みたいだ。蛇!?……しまった、たぶん、気付かれた。


「まずは、紹介しよう。この方は、ケビン・ラザフォード様。ラザフォード家の当主様だ。我がベッカー家とは、旧知の仲でね。昨日、お寄りくださったのだが、うちの庭の手入れに興味を持って頂いてね。それで、ケイの話になったのだよ。今日は、急に呼び出して悪かったね」


「いえ、何かこちらに落ち度があったのかと思っておりましたので、安心致しました。失礼致しました……」


 俺が立ち上がり、挨拶しようとすると、


「いや、座ったままで構わない。私は堅苦しいのが苦手でね」


 ケビンさんが、諭してくれた。


「構わないよ、ケイ。ケビン様は、そういうことに煩くない方だ」


 フリードリヒさんもこう言ってるし、いいのだろう。


「では……お初にお目にかかります。冒険者のケイです」


 座り直し、軽く頭を下げた。

 ケビンさんは、まったく視線を逸らしてくれない。グレンさんの言っていた蛇男と同一人物かわからないけど、たしかに、嫌な感じだ。


「うむ、ケビン・ラザフォードだ。すまないね、私のために来てもらって。私はエルフ族だから、庭に生える草花も好きでね。良かったら、庭に出て、二人で話さないか。いいだろ、フリードリヒさん」


「もちろんです、ケビン様。……さぁケイ、行ってくるといい。ケビン様は、中立派の貴族だが、シュトロハイム王国の中でも、由緒ある貴族のお1人だ。覚えて頂いても、悪い話じゃないよ」


 フリードリヒさんはそう言い、庭に面したテラスに繋がるガラス戸を開け、俺たちを送り出した。……中立派? また難儀なことになりそうだね。


 テラスから庭に降り、ケビンさんの後について歩いていると結界がはられた。


「心配いらない、ただの消音だよ。お互い、聞かれるとマズいこともあるだろう」


 そう言って、ケビンさんが口元に笑みを浮かべながら振りかえった。……眼がまったく笑っていないけど。


「どういう意味でしょうか?」


「それにしても、あれだね。私のことまで知っているのだね。彼女が慌てるのも仕方ないか」


 ケビンさんは、俺の質問には答えず、前を向きなおし歩きながら話し始めた。……困ったね、どう答えたらいいんだろう。


「彼女ですか?」


「いや、いいのだよ、私はね。私は、純粋に君に興味あっただけでね。突然、現れた君に、大国の貴族達が右往左往しているのだよ。こんな面白いことはなかなかないのだよ」


 うん、知らない振りはできないみたいだね。


「ケビン様は、何をされているのですか?」


「うむ、話す気になってくれたのかい。そこのテーブルを少し借りようか」


 ケビンさんは、庭にあるテーブルセットのイスに腰掛けた。

 面倒くさいので、何も言わず、俺も向かい側に座った。


「やっぱり、あれだね。彼らと違い、君は理解が早いね」


 ケビンさんは、俺の眼をじっと見つめながら、そう言った。……この視線、キツいね。


「そうでしょうか」


「……君は、今回の騒動の終着地点はどこだと思う?」


「政権交代ですか?」


「そうなんだよ。それをわかっていない者も多くて困っているのだ。人間族は、寿命が短いから生き急いでいるのはわかるよ。だからと言って、ひとつ、計画通りにいかないことがあっただけで、手段が目的になっては、本末転倒だろ。その点、エイゼンシュテインはさすがだね。ブラナスを手放したのはどうかと思うけど、あっさりやってのけたからね」


「ゴブリンキングは、やはり保守派ですか?」


「そんなのは、どちらでも構わないのだよ。もちろん、自然発生でもね。それを保守派政権の責任問題にした改革派の勝ちなのだよ。

 でも、意外だね。君は、まだ、そんなことに拘っているのだね。あのことで、君は、何も失っていないと聞いているのだが」


「ええ、私にとっては、そこが始まりでしたから」


「ああ、そうだったね。聞いたときは、驚いたよ。あれがあるから、うちも含め各国、君に手出しができないからね。あと、その首輪だね。君は、この都市から出ないからね。みんな、歯痒い思いをしていると思うよ」


「この都市は、安全なのですね」


「そうだね。この都市には、赤くて腕の立つ者を送り込めないからね。だから、アラン様も安全なのだけどね」


 当たり前だけど、名前が赤くなることを厭わない暗殺者っているんだね。


「アラン様も、この都市から出ると危険ですか?」


「もちろんだよ。いろいろ工作しているのだけど、上手く行かないね。引き連れた子達しか、アルガスに誘き出せていないからね」


 マジでっ! アイツら、アルガスに行っちゃったのか……


「あの子達はどうなるのですか?」


「どうもならないよ。あんな子達、殺しても何の得にもならないからね。それよりも生きていてくれるほうが、使い道が出てくるかもしれないからね」


 良かった、のかな。まぁ生きているのならいいだろう。


「私に、この様な事を話しても宜しいのですか?」


「最初に言っただろう。私は、君に興味があるのだ。君が何に対して興味を示すのかも知りたいのだよ。ゴブリンといい、アラン様といい、予想を裏切ってくれて嬉しいのだよ」


 ケビンさんは、口元を綻ばせ、そう言ってくれるのだが、眼が笑っていないから怖いんだよね。


「セシールさんにとって、私は邪魔ですか?」


「そうだね、思い通りに動いてくれないからね。でも居なくなられるのも困るから、邪魔というよりは、厄介な存在だろうね」


 俺って、キアラさんを守っているようで、キアラさんに守られているんだね。


「ケビン様は、どうなのですか?」


「心配しなくていいよ。私は、しばらく静観するよ。マルク様を引っ張り出せないと話にならないからね」


「では、マルク様を本国に送り返したのは、誰の意向なのですか?」


「もちろん、私達だよ。もう言ってもいいだろう。マルク様には、アルガス帝国で住民にとっての救世主になって欲しかったのだよ。そうすれば、シュトロハイム王国内でもマルク様の信任が高まるからね。

 でも、あんなにあっさりガザを引き渡されては、ガザの住民が、マルク様に感謝することもなかったよ。狼人族の族長がもう少し使えたら、少しは展開も変わったのだけど、あの誰だっけ、聖女様の妹、使えないね。

 そして、ダメ押しに君の送り込んだリーナだ。これで、打つ手なしだよ。」


 聖女様の妹って、アンジュか。……でも、シュトロハイム王国って、完全な世襲制だよね。


「シュトロハイム王国で、政権交代は可能なのですか?」


「本来は、無理だよ。でも今の勇者様は、歴代の勇者様に比べると、国民に人気がないからね。上手く世論が動けば、どうなるかわからないだろう」


 そういえば、リーナ先生もそんなこと言ってたね。勇者派の貴族ですら、国民の声に不安を感じているんだから、反勇者派の貴族が期待するのも当然なのかもしれないね。


「カステリーニ教国はどうなのですか?」


「あの国は、世襲制ではないからね。教皇には、信仰心の強い者がなれるのだ。だから、政権交代は、常に可能性がある。それだけに反教皇派同士ですら、対立しているのだ。

 今言った信仰心というのは、もちろん、アレだよ」


 金か……寄付金をどれだけ集めれるかということになるのだろう。それで、新しい修道院を作りたいということになるのか。アルガス全土に修道院をつくることができれば、かなりの寄付金を集めることができるのだろう。


「なぜ、俺にここまで教えて下さるのですか?」


「君に死んで欲しくないからだよ。

 君は安定した社会に歪みをつくることのできる人だ。実際、問題なく進んでいた私達の計画に簡単に介入してきたからね。

 中立を保つであろう君は、また、どこかに歪みを作ってくれる可能性が高いのだ。君の意思とは無関係にね。

 だから、私は静観を決めたのだ。私は、エルフだからね。人間族とは違って、時間があるのだ。次の機会を待たせてもらうよ」


 なるほどね。誰だって自分が生きている間に、いい目を見たいからね。寿命の短い人間族は、どうしても焦ってしまうのか。

 でも、政権交代の火種になれって、嫌な期待のされ方だね。


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