第36話
アゼルさんとの密会を済ませ、二人でアフラ様のところに戻った。
「なんじゃ、アゼル。急に盛りおって。もうよいのか?」
アフラ様は、1人大人しく飲んでいたようだ。……たしかに、盛りかけたけど。
「はい、師匠。ありがとうございました」
「で、どうするのじゃ?」
「はい、ケイと行こうと思います」
えっ、なんの話? 俺と行くって。
「そうか……ケイ、すまぬがアゼルの面倒を見てやってくれぬか。アゼルは、まだ若い。こんなところに押し留めるには、まだ早すぎるのじゃ」
「えーと、はい? 俺、まだ学生ですが」
「いや、そういう意味ではないのじゃ。側においてやってくれるだけでよいのじゃ」
どういう意味? 何が違うの? あとアゼルさん、なんで押し黙って俯いているの?
「まぁ部屋は空いてますから、来てもらっても構いませんが……」
「そうか、そうか、よいか。……アゼル、其方からも礼を言うのじゃ」
「ありがとう、ケイ」
顔を上げたアゼルさんが、ニコニコしている。……まぁいいか。
「ところで、アフラ様。お願いしたいことがあるのですが」
「なんじゃ、言うてみい」
「逆手での受け流しを教えて頂けませんか?」
「アゼルとの試合で、其方が最後に見せた型じゃな」
「はい、あれは攻めの型ですが」
「できぬこともないが、無理じゃ。妾達は、強くなるために刀術をしておるのではないのじゃ。カエデ様の刀術を後世に伝えるためにやっておるのでな、カエデ様の型にない動きは、基本、修練せぬのじゃ」
それもそうか。ジーンさんもそんなこと言ってたね。
「そうですか、じゃあ、帰ります」
「すまぬな、ケイ。其方なら、いつでも来るがいい。それと、アゼル、達者でな」
アフラ様に見送られ、道場を後にした。
家に帰る途中、
「アゼルさん、うちに来るんですよね?」
「そうだ、イヤか?」
アゼルさんが、不安そうな顔をしている。
「そういうんじゃなくて、用意が早かったので気になったんです。それ魔法袋ですか?」
アゼルさんの装いは、頭からすっぽりマントを被り、大太刀を背中に差し、小さな袋をもっているだけだ。マントの下は見えないが、ビキニと腰巻きだけだろう。
「そうだ。ワタシは行商をしてたから、用意が早いんだ」
「行商って、アゼルさん、商人なんですか?」
「そうだが、ナニかおかしいか?」
いやいや、こう商人って、人や物を見て、駆け引きとかないの? アゼルさんにできるとは思えないんだけど……
「いえ、立派なお仕事ですね」
「そうだろ、ワタシも気に入ってるんだ」
うん、ニコニコ嬉しそうにしてる、この話はいいだろう。
「あと、うちには、ルシフェルさんが来ますけど、大丈夫ですか?」
「ああ、ソレなんだが、ナンとなくだけど、ケイと一緒にいるほうが大丈夫な気がするんだ」
直感か……本当に商人なのか。いや、商人にも直感は大切か。
家に着いた。
「お帰りなさいませ、若様。そちらは、新しい方で御座いますね」
なんか、どんどん言い回しがおかしくなってきてないか。たしかに、間違いではないけど。
「そうなんです。部屋の案内、お願いします」
「心得て居ります。さぁ、美しかったお嬢様、ご案内致しましょう」
ブレない爺やさんに案内され、アゼルさんが2階に上がっていった。
カウンター席に向かうと
「ケイくん、おかえりぃ。また、新しいおんなぁ。ほどほどにしないとぉ、いつか刺されちゃうよぉ。ごめ~ん、刺すのはぁ、ケイくんのほうだったぁ」
まだ昼過ぎなのに、シャルが出来上がっている。あと最近、この人、場末のスナックのママみたいノリになってきてるんだけど、大丈夫か?
「シャルさん、ただいま。学園はいいんですか?」
「いいのよぉ。どうせ、みんなぁ、依頼を受けてるだけだからぁ。お姉さん、暇なのぉ」
リーナ先生の後任だから、冒険者コース2-3の担任なんだろう。みんな、優秀だし大丈夫なんだろう。
「生徒が優秀かもしれませんが、ほどほどにしてくださいね」
「でもぉ、おねえさんのクラスでぇ、一番優秀なのぉ、ケイくんなのぉ」
そう言って、シャルさんが正面から抱きついてきた。……が、その瞬間、後ろで物凄い闘気が膨れ上がった。怖ぇ。アゼルさんが降りてきたんだね。あと、シャルさん、ワザとやってるでしょう。
「あっ、ウリボー! やっぱりウリボーよね。さっき見たとき、もしかしてっと思ったんだけど、大きくなったわね」
「あっ、シャルロットさん?」
アゼルさんが呟くのと同時に闘気が弱まった。
「そうよ、前みたいにシャルって呼んでくれていいのよ。ウリボー、元気だった?」
「はい、元気です」
「あのう、シャルさん。正面から抱きついたまま、後ろの方と喋るの止めてもらえませんか?」
「ごめ~ん、お姉さん、気付かなかったよぉ。……ほら、ウリボー。ケイくんが寂しがっているわ。早く、ウリボーも後ろから抱きしめなさい」
「わ、わかりました」
前からはシャルさんが、後ろからはマントを脱いだアゼルさんが、抱きしめてくれた……
「あ、あのう、嬉しいんですが、何か違うような……」
「わかってるわよぉ。冗談よぉ。ウリボー、離れて。ケイくんの背中は、私の定位置だから」
「はい、すみません」
アゼルが背中から離れると、一瞬で体が反転させられ、イスに座らされたかと思うと、後ろからシャルさんが抱きついてきた。さすが、体術のスペシャリストだね。抵抗する暇もなかった。……でもアゼルさん、シャルさんに対して、えらく従順だね。
「それで、お二人は、お知り合いなのですか?」
「そうよぉ。お姉さんがぁ、まだ、あのババアのとこにいたころぉ、ウリボーもいたのよぉ」
マギーさんのところか。えっ! じゃあ、アゼルさん、何歳なの?
「そ、そうなんですね。では、なぜ、ウリボーなんですか?」
「あぁ、それはねぇ。この子ぉ、すぐキレるしぃ、キレてもぉ、まっすぐにしか攻撃してこないでしょ。だからぁ、猪みたいだけどぉ、ウリボーまだ子供だったからぁ、ウリボーって呼ばれてたのよぉ。……そういえば、ウリボー。なんて名前だっけ?」
なるほど、小さい頃から商隊にいたんだね。でも、今も猪突猛進タイプだね。
「アゼルです」
「そうだったわ。アゼルね、アゼル。……でもぉ、ケイくん。いい子捕まえてきたねぇ。この子ねぇ、人と物を見る目は本物よぉ。子供でぇ、力は強いけど弱いしぃ、計算もできないくらい頭悪いのにぃ、ババアの本隊にいたぐらいだからねぇ」
そういえば、初対面のとき、サタン様のローブの性能に気付いていたね。いきなり、斬られそうになったけど。
でも、商人で計算ができないって……
「アゼルさん、今はできますよね、計算」
「い、いや、得意ではない……」
アゼルさんが、俯いてぼそぼそと答えている。きっとできないんだろう。……でも、人と物を見れたら、いけるか。騙されることないからね。
「ウリボー、戦闘はどうなの? ちゃんと緩急つけるれるようになったの?」
「い、いや、ソレも……でも、今日、ケイに会って、変わるって決めたんだ」
俯いてぼそぼそ答えていたアゼルさんが、急に顔を上げて宣言した。……それで、俺のところに来たんだね。
「さすがぁ、お姉さんのケイくん。ウリボーを変えるなんてぇ、誰もできなかったのにぃ」
シャルさん、アゼルさんも見てますし、後ろからホッペでホッペをスリスリするの止めてもらえませんか。
「あの、シャル。また、教えてください」
アゼルさんが、頭を下げている。アゼルさん、シャルさんには、ずっと低姿勢だね。きっと、何か弱みを握られているのだろう。
マギーさんがいたとき、シャルさんも大人しかったから、そういう環境の商隊なんだろう。
「もちろん、いいわよ。さぁ、ケイくんもいくよぉ」
3人で、地下闘技場にやってきた。
「じゃあ、ウリボーの動きを見たいからぁ、ケイくん、組み手ねぇ」
今回は、無手で対峙しているけど、やっぱり大きいね。180cmはあるだろう。
俺は今170cmぐらいなんだけど、もう伸びないんだろうか。
俺がアゼルさんを、何度か投げたり、絞めたりしていたら、シャルさんが止めた。
「は~い。そこまでぇ。……ウリボー、なんで負けるか、わかる?」
アゼルさんが、首を横にふっている。
「ケイくんのほうが、遅くて、力が弱いのは、わかる?」
アゼルさんが、首を縦にふっている。
「でも、負けるよね。考えなさい。それがわかれば、ウリボー強くなれるわ。だってウリボー、スピードとパワーは、普通じゃないから」
もう少し具体的に言ってあげてもいいと思うんだけど、自分の欠点に自分で気付くのも大事か……
その後も、アゼルさんと組み手をしていると、キアラさんとマリアさんと爺やさんが降りてきた。
「ケイさん、ただいま……ヒィ!」
「……」
キアラさんが、声をかけてくれた瞬間、アゼルさんの闘気が膨れ上がった。
マリアさんは、最初から警戒していたみたいだね。
「キアラさん、マリアさん、お帰りなさい。こちらは、アゼルさん。今日から、うちで預かることになりました。よろしくお願いします」
「わ、わかりました。キアラです。よろしくお願いします。ケイさん、アゼルさんも、パーティメンバーになったんですか?」
「……」
キアラさんが、目を輝かせながら聞いてきた。
マリアさんは、まだ警戒しているみたいだね。
「アゼルさんは、商人だから、パーティメンバーになることはないんです。でも、一緒に行動することは増えると思いますよ。……そうですよね、アゼルさん?」
「うん」
アゼルさんが頷いた。……アゼルさん、人付き合いも苦手そうだけど、大丈夫なのか?
「そうなんですね」
「……」
キアラさんが、少し残念そうにしている。
マリアさんは、少し安心したようだ。でも、アゼルさんのことが苦手なのかな。まぁあ、アゼルさん、闘気が出っ放しだから仕方ないけど。
その後、アゼルさんは、マリアさんとも組み手をしたが、負けっぱなしだった。
まだ、自分を変えようとした初日だからね。
午後の鍛錬も終了し、みんなで1階に戻ると、
「ケイさん! その人、鬼人族ですよね!」
アリサさんが、駆け寄ってきた。
「アリサさん、鬼人族を知っているのですか?」
俺は知らなかったけど、爺やさんも知ってそうだし、有名なのかな?
「えっ! ホントに鬼人族だったの? 適当に言ってみただけなんだけど……でも、スタイルいいわよね。ねぇ、あなた、名前は? 私、アリサ、よろしくね。ねぇ、服作ってもいい? 服?」
「アゼル……」
アゼルさんは、名前を答えたものの腰が引けている。アリサさんの勢いに飲まれたのだろう。
アリサさんは、その間も、アゼルさんに抱きついたり、ペタペタ触ったりしている。計測でもしているのかな?
「ん」
その横では、リムルさんが、アゼルさんにマヨネーズをあげている。リムルさんも、アゼルさんのことが気に入ったのだろう。
アゼルさんは、困惑しつつも、素直にマヨネーズを受け取り、舐めている。
マリアさんもそうだったけど、アゼルさんも、この二人に気に入られたのなら、ここでの生活は大丈夫だろう。




