第34話
ミスリルの泡立て器がお披露目された翌日、キアラさんとシャルさんを見送っていると、また、アランとダニールさんが広場の掃除をしていた。
キアラさんは、1時間ほど廊下の掃除をするだけで白色に戻ったけど、同じ黄色でも罪の重さによって、奉仕活動の内容や期間が変わるんだろうね。
「マリアさん、先にギルドに行って、依頼の確認をしておいてもらえますか?」
「ええ、構いませんが、どうかされたのですか?」
「ええ、ちょっと確認したいことがありまして、お願いします」
俺は、そのままダニールさんのところに向かった。
「おはようございます、ダニールさん。以前、お世話になったケイです」
横にいたアランは、頭から被ったマントを深く被り直している。
「おお、あの時の。おはようございます。その後、どうですか?」
「ええ、お蔭様で。ダニールさん、少し宜しいですか?」
「ええ、構いませんよ」
俺とダニールさんは、アランから少し離れた。
「アラン様、お1人ですか?」
「お気付きでしたか……ええ、その通りです」
「やはり、王族の方とかは、教会長が付くのですね」
「決まりではないのですが、慣習みたいなものですよ」
「他の……いえ、止めときます」
「ええ、そのほうが、宜しいかと。私の口からは言えませんからね」
「ありがとうございました」
「いえ、構いませんよ」
にこやかに話すダニールさんと別れ、冒険者ギルドに向かった。
口が軽い、いや、情報の流し方に慣れてる感じか。何か思惑があるのか。……最初のときも思ったけど、あの人、なんか胡散臭いんだよね。
でも、アランだけでも改心してくれたのかな。それだけでも、マシだね。
その日の夕食で、フレディさんに聞いてみた。
「フレディさんは、アルガス帝国について詳しいですよね?」
「どうなのだろう。依頼で行くことも多いし、知り合いも多いけどね。何か気になることでもあるのかい?」
「アルガス帝国の皇帝って、どんな方なんですか?」
他の3国については、いろいろ情報を聞いているけど、アルガスについては、ほとんど知らないんだよね。
「そうだね。良い悪いを別にすれば、歴史に名を残すような統治者ではあるよ。一国の小さな領地の領主が、一代で三大大国と肩を並べるくらいの大国の皇帝になったんだからね。だから、一国の元首としての能力は優れているね」
「“元首としては”ということは、周りですか?」
「そうだね。皇帝には、側近に参謀タイプの人材が少ないのだ。あれだけ強い独裁主義を取っているから、仕方ないんだけどね」
「それじゃあ、仕方ないですね」
「ちょっと待ってよ、ケイさん。参謀がいないとどうして仕方ないのよ。参謀って裏でいろいろ考える人でしょ、皇帝が自分で考えられるんだから、それでいいんじゃないの?」
アリサさんが聞いてきた。
「たしかに、そうなんですけど、参謀にはもっと大事な仕事があるんですよ。例えば、今回の戦争ですが、皇帝は、戦争することによって、自分たちにどれだけの利益があるのかを臣下や国民に対して指し示す必要があります。そうしないと人は動きませんからね。そのとき、不利益に関して、普通は表に出しません。そんなことしたら、反対する人が出てきますからね。
でも不利益に関しては言わなくても、国内外問わず、気付く人は必ずいます。その人達に話して納得してもらったり、何かの権利を用意することによって見逃してもらう必要があります。それを表沙汰になる前に裏で調整するのが、参謀の大事な仕事になるんです。トップの人が自らそれをやると、ブレてるように見えるので、カリスマ性が失われますし、時間も足りません」
「それで、参謀がいないと……」
「そうです。あまり賢いやり方ではありませんが、反対者は殺してしまうのが早いですね」
「そうだったんだ。参謀って大変なのね」
「そうですね。正直、誰だって、考えるだけで何もせず、口だけ出してくる人を、身近に置く人なんていませんよ。裏で自分のできない汚い仕事をやってくれるから、信用のできる人を参謀として身近に置いてるんですよ」
「だから、仕方ないのね」
「そうです。もし、今の皇帝にそんな参謀がいれば、同じことをしていても、もっと賢帝として、世間に認識されていたはずです」
それからしばらくして、表向きは安寧を取り戻していた。
「ケイ、また来たのか。うちとしてはありがたいが、苦労しているみたいだな」
「ええ、そうなんです。すみません、いつも。また、ありますか?」
朝の依頼前に、1人でジーンさんのところに、小太刀を仕入れに来た。
「ああ、用意できてるよ。今日は5本ある。どうする?」
「全部ください。でも最近、頻繁に来ているのに、よく用意できてますよね」
小太刀を一本ずつ確認しながら、聞いてみた。
「それがな、材質がいいのはないが、刀を専門にしている鍛冶師がいてな、腕はいいんだ」
「それは、珍しいですね。刀術を使う人、少ないのにやっていけるんですか?」
「ケイ、お前にも紹介してやりたいんだが……」
「いや、いいですよ。俺は、ジーンさんから買いますから。……これ、先に払っておきます」
5本分で35万Rをジーンさんに渡した。
「いつも、すまんな。でも、そういう意味じゃないんだ。お前には、十分、儲けさせてもらったからいいんだが……ケイ、お前は、どこの出身なんだ?」
「黒龍の森ですが、どうしたんですか?」
「黒龍の森!? あんなとこに人が住んでいるのか?」
「ええ、まぁあ一応。領主様と俺の二人しか住民はいませんが」
「いや、すまん。それなら、大丈夫か……ちょっと、中に来てくれ」
ジーンさんは、表の鍵を閉めると俺に店の奥に入るよう言ってきた。……面倒ごとじゃなければ、いいんだけどね。
奥は、倉庫になっているようだ。大量の武具がところ狭しと置かれ、真ん中に小さなテーブルセットがあった。ジーンさんの休憩スペースなのだろう。
互いにイスに腰掛けるとジーンさんが話し始めた。
「ケイ、人魔族について知っているか?」
「魔族との混血の方ですよね。お会いしたことはありませんが」
「そうだ。人魔族をどう思う」
「望まれず生まれてきた人もいるかもしれませんが、両親が互いに愛し合って生まれてきた人達ですよね」
「なんだ、それっ! いや、すまん。そんな見方をする奴もいるんだな。その言い方だと、差別されているのは知っているんだな。そして、お前は差別意識を持っていない。なら話は早い。その小太刀を作っているのは、人魔族だ。正確には、鬼人族なんだが。その鬼人族の鍛冶師の得意先に刀術の道場主がいてな、その人が刀術をやってるお前に会いたがっているんだ。会いに行ってくれんか」
「でも、俺は人魔族について、ほとんど知りません。それに、鬼人族という名前も初めて聞いたのですが、大丈夫でしょうか?」
「知らなくて、それで、普通だ。あまり表に出ないようにされているからな。ほれっ」
ジーンさんがそう言って帽子をとると、額に一本の小さな角が生えていた。
「ジーンさんも人魔族だったんですか」
「そうなんだ、騙してわるかったな」
「いえ、騙されたなんて思ってませんよ。俺は、ジーンさんから小太刀を買っていたんですから」
「ケイなら、そう言ってくれると思っていたよ。だから、話したんだが。今から、人魔族について、詳しく説明するから聞いてくれ」
「わかりました。お願いします」
俺は、佇まいを直し、そう答えた。
「まず、人魔族なんていう種族はいないんだ。俺のステータスカードを見てくれ」
そう言ってジーンさんは、右手を差し出してきたので、俺はジーンさんの右手に触れ、“ステータス”と唱えた。
氏名:ジーン
年齢:617才
種族:鬼人族
階級:商人
住所:アーク学園都市
スキル:算術・鑑定
ジーンさん、かなり年上だったんだね。それに、
「鬼人族ですね」
「そうだ、元は魔族だったんだ。500年前のデス諸島とこのアーク大陸との終戦時、アーク大陸に残っていた魔族はそれなりにいたんだ。今でもそうだが、アーク大陸に残った魔族は、相当危険な状態だった。それを助けて出してくれたのが、カエデさんという人間族の女性で、この都市で保護してくれているのがラルス様なんだ。カエデさんは、大陸中を周って、魔族を見つけては、この都市に連れてきてくれた。そして、この都市の図書館で手続きをすると、なぜか魔族の表示が鬼人族や翼人族に変わるんだ。あと、人魔族の噂を流しているのは、ラルス様だろうと言われている。ラルス様は何も言われないが鬼人族に人の目が向かないように、近い情報を流して撹乱してくださっているのだろう。人魔族というのは、魔族とその混血児の総称であり、蔑称であり、詐称でもあるんだ」
うーん、イッキにきたね、新情報が。……種族の表示が変化するのは、学園長がやったのだろう。犯罪によって名前の色が変化する制限に関して触っていなし……いや、その前に、制限を変えていないと言ったのはミシェルさんで、学園長は変える必要があるのかと聞いてきただけだ、変えていないとは言ってなかったか……あとは、カエデさんか。
「カエデさんという方は、もしかして、刀術を使われるのですか?」
「よくわかったな。だから、俺達は刀術と刀を大事にしているんだ」
やっぱり、あのカエデさんなのかな……少なくとも関係者だろう。
「俺も、カエデさんの流れを汲む方から刀術を習ったんです。俺の知っているカエデさんとジーンさんの知っているカエデさんが同一人物かわかりませんが、興味があります。ぜひ、その道場主さんに会わせてください」
「そうなのか! いや、世間は狭いな。俺たちの居住区は、学園の真裏ある住宅街だ。行けば、すぐにわかるだろう。そのなかにあるカエデ流刀術という道場に行くといい。道場主はアフラさんだ。よろしく言っておいてくれ」
「わかしました。あと、また小太刀をお願いします」
「おお、すまんな。ちゃんと用意しておくよ」
気にはなるけど、またなんか嫌な予感がするね。




