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第33話

 学園長にリーナ先生の後任をお願いした翌日、みんなで朝食の準備をしていると、


「ケイくん。お姉さんにもぉ、お弁当作ってぇ」


 シャルさんが、カウンターの外から中へ身を乗り出し、俺の耳もとで囁いてきた。


「ピクニックですか?」


 そんなわけないか、なんかの依頼だろう。


「お姉さんねぇ、今日からぁ、先生なのぉ」


「はぁ?」


 まさかっ!


「だからぁ、学園のぉ、先生やるのぉ」


「「「「えっ!」」」」」


 俺はすでに止まってるが、みんなの動きも止まった。

 あの狸じじい、なにが“リーナ先生の代わりは、ワシがなんとかしてやろう”だ。とっくに決まってたんじゃねぇかっ。


「なによ。みんなして、固まって。私が先生やったら、おかしいの?」


 俺は否定も肯定もしなかったが、みんな首を横に振っている。やっぱり、みんなには怖いんだね。


「それでその話、いつ決まったんですか?」


「決まったのは、昨日よぉ。話が来てたのは、開戦前だけどねぇ」


「わかりました。キアラさん、いっしょにお願いします」


「わ、わかりました。」


 キアラさんの返事とともに、みんな、動き始めた。



 朝食後、キアラさん達とシャルさんを見送り、冒険者ギルドにマリアさんと訪れると、


「ケイ様、マリア様、おはようございます。カミラのところに行ってもらえますか?」


 カウンターにいた、キャシーさんに頼まれた。


「おはようございます、キャシーさん。何かありましたか?」


「たぶん、ランクアップの件だと思います」


 マリアさんのランクアップか。指名依頼もこなしているし、そろそろなんだろう。



 カミラさんのところへ行くと、


「すみません、お呼び立てして。どうぞ、お掛けください」


「「ありがとうございます」」


 ソファに勧められたので、マリアさんと並んで座った。はじめて座るように勧められたけど、何か厄介事でもあるのか?


「ケイ様、そんなに構えないでください。難題を押し付けたりしませんから。まずは、マリア様、Eランクへ昇格です。こちらのタグと交換お願いします」


「ありがとうございます」


 うん、順当だね。


「あと、ケイ様。Dランクへ昇格です。……どうされました?」


 やられた。たしかDランクから強制依頼があったよね。これで、断れないじゃん。


「あっいえ、Dランクからは……」


「強制依頼ですか? ご心配されるほど強制依頼はありませんよ。一番近いところでも、一年以上前のゴブリンキングの襲来のときです。それも、回復職の方だけですから。この都市や住民に、よほどの被害が出る、もしくは予想される場合を除き、発動されることはありません」


 よかった。また、保留しようかと思った。


「そうなんですね。でも雑用系の依頼だけしか受けていないのに、Dランクまで上がるものなんですか?」


「そうですね、他の支部でも、前例がありません。しかし、ケイ様個人の実績もさることながら、“ハウスキーパー”のリーダーとしても実績もありますので、ランクアップ自体は順当だと思われます。たしかに、ギルド内でも、他の冒険者から不満や妬みが出るのではないかという意見もありましたが、幸いこのギルドの冒険者は学園の生徒が中心です。今、学園でケイ様の実力を知らない者はおりませんので、問題ないと判断されました」


 あぁ、学年末試験のときの噂ね。あれから、ほとんど学園に行ってないから知らなかったけど、まだ噂になっているんだね。


「わかりました。お受けします」


 縁取りが黄色のタグを緑色と交換してもらった。


「わからなくもないですが、ランクアップを嫌がられる方は、ケイ様ぐらいですよ」


「いえ、すみません。あと、もしかして次の色は、青色ですか?」


「そうですが、いかがなさいましたか?」


 やっぱり、ステータスカードの制限となにか関係あるんだろうね。


「いえ、少し気になっただけです」


「あと、そうでした。シャルロットさんに、再度、お礼を言っておいて頂けますか」


「どうかされたのですか?」


「ご存知ありませんでしたか。もし、シャルロット様が、学園の教師の依頼を受けてくだされなければ、私が行くことになっていたのです。ギルドマスターが居られないのに、これ以上、仕事を増やされては堪りません」


 いや、教師なら、確実にカミラさんのほうが、シャルさんよりもいいだろう。ランクはシャルさんのほうが上だけど……


「ところで、ここのギルドマスターって、何をされているのですか?」


「図書館の館長です」


「すみませんでした」


 きっと、何もされていないのですね。



 冒険者ギルドで指名依頼を受け、マリアさんと北の高級住宅街へと向かった。


「マリアさん、また、こちらが済み次第、そちらを手伝いに行きますので」


「いつもすみません」


「いえ、マリアさんのほうが、上流階級の奥様方が相手で大変なんですから」


 マリアさんと別れ、セシールさんのところに向かった。



「恐れ入ります。私は、冒険者のケイです。セシール・ルヴォフ様にお取次ぎをお願いしたいのですが」


 守衛の方に声をかけると、


「君がケイさんだね。君が来れば、通すように言われているのだが、ちょっと待っていてくれないか」


 守衛の1人が中に走っていった。しばらくすると、修道服を着た女性が走ってきた。


「あ、あなたがケイさんですか。す、すみません、ただいま、司教様は出かけておられまして……」


 初めて見る顔だけど、まだ、若いのかな。何か言い澱んでいるね。


「いつごろ、お戻りですか?」


「あ、あの司教様は、この都市から出ておられるので、いつになるかわからないのですが」


「そうですか、すみませんでした。急ぎではないので、また、寄らさせて頂きます」


「申し訳ございませんでした」


 修道服の女性が深々と頭を下げて、見送ってくれた。……うん、グレーだね。



 その後、いつもどおり依頼をこなしてから、マリアさんと家に帰ろうしたが、


 あの魔力?……教会長のダニールさんと一緒に掃除をしている、頭からすっぽりとマントを被った長身の人、アランか?……でも、1人なのか、他の奴らは?……近くにもいないね。


「どうかなさいましたか?」


 マリアさんが尋ねてきたが、


「いえ、知り合いに似ていただけです」


「ケイさん、1人で何をされているか知りませんが、私もケイさんの仲間ですよね?」


 マリアさんが目を潤ませのぞきこんできた。鋭いね、マリアさんは。でも、できるだけ、みんなを巻き込みたくないからね。


「もちろんです。マリアさんも、大切な仲間です」


 こんな広場のまん中で、いちゃついていると目立って仕方ないので、家に帰った。



「ケイさん、遅いよ。ケーキ、ケーキ」


「アリサさん、ケーキを覚えたいのはわかるんですが、薪のオーブンでは、スポンジを焼くの難しいですよ」


「わってるわよ。だから、練習するんじゃない」


「ん」


 リムルさんも頷いている。やっぱり、二人とも職人なんだね。


「マリアさん、すみません。今日は、二人にオーブンの温度を教えるので、キアラさんと鍛錬に行ってもらってもいいですか?」


「そうですね、シャルさんも、まだ帰っておられませんし、そうします。爺や、今日はお願いします」


「もちろん構いませんよ、さぁ参りましょう」


 爺やさんが、二人を連れて闘技場に降りていった。



「では、まず、薪に火をつけてオーブンを温めましょうか」


「ケイさん、つけて」


「ダメですよ。俺がいないとき、どうするんですか。練習になりませんよ」


「そうか、リムルは慣れているよね。私にやらせて」


 アリサさんが、火打ち石で種火を作りはじめた。……俺も、そのやり方では自信ないんだけどね。


「そういえば、リムルさん」


「ん」


「この泡立て器なんですが、針金の直線部分を長くして弾力を強くした上で、数を増やせませんか? かなり楽に泡立てられると思います。もちろん、マヨネーズを作るのも楽になります」


「んっ! おじいちゃ~ん……」


 リムルさんが、泡立て器を掴んで、ゲルグさんのところに走っていった。曾お爺ちゃんとは、ちゃんと喋るんだね。……でも、キッチンで走ってはいけないよ。危ないし、ホコリが立つからね。


 ゲルグさんとリムルさんが地下に降りていった。この建物には、地下に鍛冶場があるんだけど、給気は大丈夫なんだろうか。排気口はあるみたいなんだけど。


「ケ、ケイさん。火、ついたけど……あれっ、リムルは?」


 大変そうですね……顔が煤だらけですよ。


「泡立て器の改良に行きました」


「そう、まぁいいわ。温度に関しては、リムルは大丈夫でしょ」


「そうですね、では、始めましょうか。まず、薪のオーブンは、かなり温度が上がります。測ったことないのでわかりませんが、500℃以上にはなるはずです。ピザなら問題ありませんが、ケーキのスポンジには高すぎます。何℃がいいか憶えていますか?」


「180℃だったかしら」


「そうです。できたら180℃までがいいです。温度が高いと中まで焼ける前に表面から焦げてしまいますからね。反対に低いと膨らまずに焼けてしまいます。だから、まず、180℃を覚えましょう」


「どうやって?」


「オーブンに手を突っ込みます」


「いやよっ! 熱いじゃないっ!」


「大丈夫です。壁や棚に触れなければ、火傷もしません。500℃なら無理ですが……」


「本当に大丈夫なのね?」


「まず、蓋を開けたときの熱気でだいたいの温度を判断するんで大丈夫です。では、開けますよ」


 蓋を開け、中に手を入れて、すぐに手を引っ込め、蓋を閉めた。


「なんで、すぐに蓋を閉めるのよ。私にも、やらせてよ」


「もちろん、やってもらいます。蓋をすぐに閉めたのは、開けたままでいると温度が下がるからです。あと、急がないと薪に火がついてますから、温度が上がります」


「ちょ、ちょっと、待ってよ。心の準備がまだなのよ。もう一回、ケイさんがやって見せてよ」


「いいですよ。……うん、そんなに変わらないですね。今270℃くらいです。どうぞ」


「じゃあ、いくわよ。ちゃんと見といてね」


「大丈夫です、見ていますよ」 


 アリサさんは、左手でオーブンの蓋を開け、中に右手を入れた。


「熱っ! ウソつきっ! 熱いじゃないっ!」


 すぐに手を引っ込め、蓋を閉めた。……蓋を閉めるあたり、律儀というか、職人魂なのかな。


「当たり前です。270℃は熱いですから。でも、火傷していないでしょ?」


「あらっ、ホントね」


「慣れれば、このとおり、270℃ぐらいなら、手を突っ込んだままでも大丈夫です」


 俺は、オーブンの蓋を開けたまま、手を入れ続けてみせた。


「私も入れたいっ!」


「どうぞ、今、250℃くらいです」


「えっ、そんなにすぐ下がるの? もしかして前世でもそうだったの?」


「ええ、そうですね、前世とそんなに変わりません。あと今は、下の火もそんなに勢いが強くありませんからね」


「なるほどね、意外にすぐに温度が下がるのね。だから、スポンジが膨らまないときがあったのね。混ぜ方が悪いと思っていたわ。……でも、下の火加減はどうしたらいいの?」


「わかりません、俺には魔法がありますから。アリサさんが覚えてください」


「ええっ! そんなのズルいよ。ケイさんも覚えてよ」


「もちろん、覚えますが、しばらく、失敗すると思いますよ」


「いいわよ。私たちが卒業するまで、まだ1年以上時間があるんだし、なんとかするわよ」


 うん、いいね。前世でも、そうだったけど、頑張ってる人を見ると応援したくなるよね。



 アリサさんと薪の火加減で苦労していると、さっき持っていった泡立て器と新しい銀色に輝く泡立て器を持ったリムルさんが帰ってきた。


「もうできたんですか?」


「ん」


 リムルさんが、新しい泡立て器を差し出してきた。確認しろってことだろう。

 

 形はさっき説明したとおりの形だ。右手で柄を持って、左手の掌に針金部分を打ち付けてみたが……


「ゲルグさん、なんですか、コレ!?」


「ん!」


 後からやってきたゲルグさんに聞いた。……リムルさんは、なんで私に聞かないんだと言っているんだろうけど、そんなんだからだよ。


「その針金部分は、ミスリルだ。錆びんでよかろう。硬度もあるからしなりも出るしな」


「ミスリルって、高いんじゃないですか?」


「当たり前じゃ。それだけでも、普段ケイが使ってる小太刀が何本買えるか、わからんわ」


「いいんですか、そんな高価なもの?」


「まぁあ、旨いもんが喰えるならかまわん。それにリムルに頼まれたからのう」


 ゲルグさんが、ちょっと恥ずかしそうにしながら長い髭を撫でている。曾孫にいい格好をしたかったんだろう。


 ゲルグさんと話していると、すでに、アリサさんとリムルさんが薪の炎を見つめながら、何か話している。火に関しては、リムルさんが詳しいし、任せておけばいいだろう。



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