第32話
マリアさんと別れ、家を後にした俺は、学園に急いだ。
リーナ先生が、どこにいるかわからないが、学園から探すしかないだろう。
いつも思うんだけど、ホント、監視の目が面倒くさいよね。あまり使うつもりもないんだけど、急いでいるときぐらいは、転移魔法を使いたいんだけどね。今の俺でも、この都市内ぐらいの距離なら転移できるのに。
学園に着いてから、探知魔法の範囲を広げた。
あっ! いた。よかった、まだ、学園にいたんだね。
リーナ先生は、夕暮れのなか、学園の片隅にあるベンチに腰掛け、物思いにふけているようだ。
「あっ、ケイ君。……どうしたの、こんな時間に」
先生は、結構近づくまで、俺に気付かなかった。普段なら、そんなことないはずなんだけど……
「リーナ先生を探していたんですよ」
「えっそうなの。よくここがわかったわね。……そういえば、ごめんね。ケイ君のこと、ほったらかしにして、私、担任なのにね。でも、カミラさんから聞いているよ。ケイ君、新しい依頼を開拓して頑張っているそうね。何かあったの?」
「依頼のことではないのですが、グレンさんに頼みごとをされまして、まず、この手紙を読んでもらえますか?」
「グレンさんっ! 見せてっ!」
リーナ先生は、俺から手紙を引ったくるように受け取ったが、慌てているのだろう、なかなか封筒を開けることができずにいる。
「先生、落ち着いてください。誰も取ったりしませんから」
「そ、そうね。ごめんなさい」
先生は、まだ手が震えているが、なんとか封筒を開け、手紙を読み始めた。
先生が泣いている。何が書いてあったんだろう。カイさんからの手紙だと思うんだけど……読み終わったみたいだね。なんで怒っているの、先生? 完全に、睨んでいるよね、俺のこと。
「ケイ君! 全部知っているんでしょ?」
「えっと、少なくとも、その手紙が誰からの手紙か、知りません」
「そ、そうなの。ごめんない。私、なんかおかしくて……」
「あっいえ、構いません。とりあえず、落ち着きましょう。何かあったんですか?」
ヤバいね、先生、なんか変なトコに入ってしまったみたいだね。泣いたり、怒ったり、情緒不安定なってるよ。
「そうね、聞いてくれる。いえ、聞きなさい。最近、戦争があったでしょ。それにカイが参戦していてね、ずっと、気になっていたの。今も、ケイ君が来るまで、カイの事ばかり頭に浮かんできてね。もう忘れるって決めたのに、ホント、自分が情けないわ。
そんなとき、ケイ君が、カイの手紙を持って現れたのよ。ケイ君に縋りたくなる気持ちわかるでしょ。だって、君は、なんでも知っているのだから。
だから、お願い、君の知っている、カイに係わることすべてを教えて……なんでも、するから」
先生が、襟元を両手掴み、震えている。……さすがに、この状況で、エロい注文はしないよ。
「俺も先生にお願いがあったんで、交換ということにしましょうか?」
「えっ……」
「すみません、言い方が不味かったですね。俺のお願いはアラン様のことです」
「そ、そうなの。ごめんなさい、覚悟は決めたつもりだったんだけど、ケイくんがそんなこと言うはずがないと勝手に思っていたのね。アラン様がどうしたの?」
「今のアイツ、危ないですよね?」
「そうね、今、手紙を読んでハッキリしたわ」
「手紙には、なんと書かれていたのですか?」
「ケイ君は知らないの? まぁあ、ケイ君ならいいわ。これ、読んで」
先生から手紙を受け取り、目を通したが……完全に、ラブレターじゃん。読んでる、こっちが恥ずかしいよ。それに、なんか先生、誇らしげだし。読んで欲しかったんだね。
なるほどね、カイさんの説明、わかり易い。グレンさんとは、大違いだ。いやいや、そんなことよりもだ……カステリーニ教国が後ろで糸を操っている可能性が高くなったね。エイゼンシュテイン王国にも資金を送っているし。今日、見せてもらった2通の手紙は、きっと信憑性は高いだろう。
「どうだった?」
さっきも、マリアさんからも同じようなことを聞かれたね。
「新たにわかったこともありますが、俺の知っていることとズレはありません」
「そうなのね。今、カイがどうなってるか、知ってる?」
「それを伝えるために俺が来たのですから、カイさん達狼人族は、ガザの統治に関する話し合いから降りました。グレンさんの判断だと思うのですが、4つの大国の政争に巻き込まれるのは、今ある領地さえ失う危険性があると考えたからだと聞きました。そして、カイさん自身ですが、自責の念に潰されそうになっているみたいです。小さなことかもしれませんが、この手紙には、今回の遠征で狼人族に死傷者が出ていることになっていますが、俺の聞いた話では、狼人族に死者は出ていません。きっと、カイさんは、追い詰められ、視野が狭くなっているのだと思います」
「そうなのね、さすがはグレンさんだわ。カイには、そんな政争、乗り切れるわけないのよ」
「そ、それでですね。リーナ先生?」
「どうしたの? 他にも何かあるの?」
「そのグレンさんに、ですね。……リーナ先生に、カイさんのところに来てくれと、リーナ先生がカイさんのことを支えてくれと伝えるように頼まれたんですが、いかがでしょうか?」
「グ、グレンさんが私に来て欲しいって言ったの? 私にカイのことを支えて欲しいって言ったの? それって親公認ってことよね? 間違いないよね、ケイ君っ!」
いや、親公認かどうかは知りませんが……どうせ、ちょっと盛ってるし、まぁいいか。
「そうです。親公認です。カイさんは、リーナ先生を待っています」
「本当、仕方ないわね。私、行くわ、カイのところに」
「ありがとうございます、助かります。それで、アラン様のことなんですが……」
「ごめんなさい、私達の事ばかりで、アラン様がどうしたの?」
なんか、もうすでに、“私達”になってるんだけど。
「先に聞きたいことがあります。リーナ先生は、誰の指示でこの学園の教師をしているのですか?」
「マルク様よ。アラン様の学園での様子を伝えるのが、私の受けた依頼ね」
「それは、どこかの貴族経由で伝えられることなんですか?」
「違うわよ。冒険者ギルドを通しているから、直接、マルク様に渡っているはずだわ」
「そうですか。先生から見て、マルク様はどうですか?」
「マルク様は、カイの手紙どおり、何も知らないはずよ。マルク様は、一途で正義感が強くてね、お兄様の勇者様を尊敬しているからね。玉座を奪おうと画策するタイプじゃないわ。今回の遠征も周りは違うかもしれないけど、マルク様は、カイのために動いたんだと思うわ」
「そうなんですね……カイさんの手紙の内容をマルク様に報告することはできないのですか?」
「無理ね。マルク様は、私やカイと同じぐらいアンジュ様のことを信用をしているわ。こんな内容を送ったら、私が疑われるわ」
リーナ先生がそう言うのだから、マルク様はそういう人なんだろう。……アンジュは、そういうのも含めて、全部わかってやっているのだろう。
「ところで、アラン様がどうかしたの? ケイ君、アラン様のこと心配しているみたいだけど、あまりいい思い出ないでしょ?」
「いや、そうなんですけど……最初は、俺も何があってもアイツの自己責任だと思っていたんですが、どうもいろいろな思惑に巻き込まれているだけなんじゃないかと思いまして、そうなるとなんか見殺しにできなくなってしまったんです。前世で同郷ってこともあるかもしれませんが」
「そうなのね、優しいね、ケイ君は。それで、私は何をすればいいの?」
「何もありません。先生がカイさんのところに行けば、アンジュさんは困るはずです。手駒が一つ減りますからね。それだけでいいです」
「それだけでいいの? 私達がしてもらったこととの対価と釣り合わないと思うんだけど」
「ええ、これは俺の自己満足ですから、アイツのために動いたという自分に対する事実が欲しいだけなのです」
俺が、どう足掻いてもアランを助けることはできないだろう。ただ、少しでも危険を遠ざける努力だけはしておきたいだけだからね。
「ホント、ケイ君、変わっているわね。でも何かあったら私に言ってきて、できることは何とかするから」
「ありがとうございます。あと、いつ、ここを発たれますか?」
「あっ! どうしよう、考えてなかったわ」
まぁ、そうだろうと思ってましたけど、
「俺が何とかします。できるだけ早く出発してください」
「えっ! あっ、学園長か。なんか、すべてケイ君の手のひらの上で転がされてるみたいね。でも、ありがとう」
そう言って先生は、俺を抱きしめた。……やっぱり、おっぱい大きいね。
先生と別れた後、学園長室に向かった。依頼まで時間がないけど、これだけは済ませておかないとね。
「おお、ケイか、よく来たのう。ゆっくりしていくがいい」
学園長が歓迎してくれているが、俺が焦っていることに気付いているのだろう。
「すみません。こんな時間に、大丈夫ですか?」
「もちろんじゃ。しかし、いろいろ、動いておるようじゃのう。どうじゃ、上手くいきそうか?」
上手くいくもなにも、俺も誰かさんの手のひら上で転がされているだけだろう。
「で、良かったですか、勝手に決めてしまいましたが」
「構わんよ。ケイの好きにすればよい。リーナ先生の代わりは、ワシがなんとかしてやろう」
「ありがとうございます。……それで、今回の結末はどうなるんですか?」
「そんなこと、わかるわけなかろう。ワシは見ているだけじゃよ。お主と一緒でな」
やっぱり、はぐらかすか。……でも、これで帰れる。
「そうですか……では、帰ります」
「なんじゃ、もう帰るのか。まぁあ、しっかりと見届けることじゃ」
たしかに、それが大事なんだろう。目を閉じ、耳を塞ぐことは簡単だけど……
学園長室を後にし、依頼には、なんとか間に合った。




