第31話
アルガス帝国とエイゼンシュテイン王国との戦争終結をフレディさんから聞いて、10日ほどが過ぎた。
夕食の準備がてら、若い女性陣に料理を教えていると、地下にグレンさんの反応を感じた。
「お疲れ様です、グレンさん。珍しいですね、グレンさんが転移ゲートを使うなんて」
「あぁそうなんだ。今回は、急ぎだ。ケイ、ちょっと話がある。上の部屋にいいか?」
今日のグレンさんは、真剣だ。他の人に聞かれるとマズい事なんだろう。
「わかりました。……皆さん、あとは、お任せします。失敗しても、自分たちで食べてください」
アリサさんは文句を言っているが、グレンさんの話は、きっと戦争がらみだろう。諦めてもらった。
2階にある客室に入った。
「すまんな、ケイ。どうしても、お前に頼みたいことがあってな」
「いえ、構いませんよ。きっと、グレンさんの話のほうが急ぎでしょう」
「すまん。まず、コレを渡しておこう。こっちをリーナに届けてくれ。そして、こっちは、マリアだ」
グレンさんから、2通の手紙を渡された。
「わかりました。俺から、お渡ししていいんですね」
わからないけど、まぁいいだろう。
「ホント、オマエは、物分りがいいというか、大物というか、動じないよな。まぁ、こっちとしては、助かるんだが。頼む、その手紙は、オマエから渡してほしい。あと、そのとき、やってもらいたいことがあるんだが、ケイ、オマエは、今回の戦争について、どこまで知っている?」
「アルガス帝国が、エイゼンシュテイン王国の旧王都ブラナスを無血開城によって手に入れ、辺境の都市ガザを狼人族とシュトロハイム王国の連合軍に明け渡したと聞きましたが」
「そうだ、付け加えるなら、ガザの方も無血開城だ。シュトロハイム側は知らんが、狼人族には、怪我人こそいるが、死人は出ていない。ただ、こちらはブラナスと違い、ガザの住民は残っているが、今のところ大きな混乱はないはずだ。しかし、統治をどうするかで、揉めていてな。狼人族にとって危ない状況なのだ」
でもガザって、もう10年以上前になるけど、街の周辺に盗賊が潜んでいて、街の中も治安が悪かったんだけど、今はどうなんだろう? 良くなってるとは思えないんだけどね。
「どのように揉めているのか、聞いてもかまいませんか?」
「もちろんだ、聞いてくれ。シュトロハイム王国からは反勇者派の貴族が、カステリーニ教国からは反教皇派の司教が、そして、狼人族からは族長のカイが出席して話し合いがもたれていたのだが、上手くいかなくてな。カイは、すべてをマルクに委ねると言っているのだが、なぜか、その貴族と司教が認めようしないのだ。好きにすれば、いいのにな」
「“もたれていた”ってことは、もう決着はついたのですか?」
「いや、完全ではないが、狼人族は統治から完全に外れることにしたのだ。あの話し合いは危険過ぎる。カイでは無理だ。飲み込まれてしまう。もちろん、オレでも無理だがな。だから、オレは、カイと狼人族を護るために、カイを話し合いから引き摺り降ろしたんだ。
狼人族のなかには、納得していない者もいるが、なんとか押さえている。もともと、俺達には、ガザなんて必要ないんだ。今までの自分達の領地さえあれば、問題ないんだ。中途半端に、新しい土地を求めてしまうと、元の自分達の領地まで失ってしまう。今回は、そういう相手だ。ケイならわかるだろう」
うん、言ってることは、なんとなくわかるんだけど、いかんせん、抽象的過ぎるんだよね。たぶん、グレンさんは経験からくる勘のようなもので判断しているんだろうね。
「グレンさん、その話し合いに来ていたカステリーニ教国の反教皇派の司教の名前、わかりますか?」
「ああ、憶えているぜ。俺にはわからないが、そういうの必要なんだろ? セシール・ルヴォフだ。年配の女性だった。あと、シュトロハイム側の貴族は、名前はわからんが、嫌な感じのする奴だった。フードを深く被って、だいたいの年齢もわからなかったが、蛇みたいな眼つきの男だった」
本当は、わかって欲しいんだけど……セシールさんか、いや、まだ、確実じゃない。明日、訪ねてみるか。あとは、蛇男ね。コイツは情報がなさ過ぎる、一旦、置いておこう。
もし、本当にあのセシールさんの場合だ。今、思い返しても、俺との会談で、セシールさんは嘘を言ってないんだよね。聖女の加護を持つキアラさんが、教皇派に存在を知られ、表舞台に出されるのを避けたいと言っていたけど、キアラさんのためではなく、自分たちのためだったってだけだからね。実際に、セシールさんは、キアラさんのことを思っているかもしれないし。いや、これも、未確定過ぎるね。まずは、確認してからだ。
「ありがとうございます。それで、その話し合いは、いつまで行われていたのですか?」
「たぶん、まだ続いていると思うが、少なくとも2日前までは、やっていたな」
「ガザからここまで、3日で帰るのは無理ですよね?」
「早馬でも、無理だ。転移ゲートを使えば、別だがな」
「ありがとうございます」
明日、訪ねて、もしセシールさんがいなければ、グレーってことになるか。
「なにか、わかったか?」
「いえ、未確定過ぎます。……それで、具体的に、俺は何をすればいいのですか?」
「やっぱり、ケイは、物分りが良くて助かるよ。カイが危険だ。リーナにカイの許へ行くよう説得してくれないか」
いやっ! そんなの無理だろう……どうやったらいいんだよ。
「なんとかやってみますが、無理だと思いますよ」
「ああ、それでも構わない。オレが行くより、100倍はマシだろう。
あと、その前に、マリアのところに、マウイ様からの手紙を届けるんだ。その手紙には、エイゼンシュテインの内情も書かれているらしい。オレもエイゼンシュテインの内情を探るためにエイゼンシュテインの王都に行ったんだが、情報が錯綜していて掴めなかった。そんなとき、マウイ様からその手紙を届ける依頼を受けたんだ。あの方は、今、渉外部に仕えている、情報は正確だろう。なかの内容もケイには伝えてもいいことになっているみたいだ。マリアに確認してくれ」
そんなSランクの人でも、手に入らない情報を俺が聞いてもいいのか?
「わかりました。今日中に、なんとかリーナ先生にお会いして話してみます」
「すまんな。オレは、もうカイの所に戻るから、あとは任せた」
「待ってください。エイゼンシュテインの情報は要らないのですか?」
「ああ、オレはいい。その情報が必要なのは、オマエだ」
そういい残して、グレンさんは、部屋から出て行った。……断定したが、きっと、またグレンさんの勘なのだろう。いや、今は、グレンさんの勘を信じるのが正しいような気がする。
俺もマリアさんを呼ぶために1階に降りた。
「あのう、マリアさん。ちょっと用事があるんですが、上に来てもらえますか?」
マリアさんは嬉しそうだが、他の3人の視線が冷たい。
「ケイさん、今、忙しそうだから許してあげるけど、貸しだからね」
アリサさんのなかでは、いつも俺が悪いことになっていそうなんだけど……まぁ今回は俺が悪いか。
「すみません。今度、何かで埋め合わせしますんで。あと、キアラさん、マリアさんも、今からマリアさんと話をしますが、その後、出かけます。今日の夜の依頼ですが、現地集合でお願いします」
「わ、わかりました。マリアさんと頑張ってきます」
いや、俺も行くから。ちゃんと聞いてね。
「ケイさん、絶対だからね。ケーキ!」
「マヨネーズ!」
埋め合わせは、ケーキとマヨネーズでいいんですね。
「マリアさん、お願いします」
また2階に上がり、マリアさんの部屋に入った。なんでだろう、自然と入ってしまったんだけど……まぁいいか。
この家のマリアさんの部屋に入ったのは初めてだけど、少し狭いが、バウティスタ邸のマリアさんの部屋とよく似ていた。家具とその配置が一緒だし、当たり前か。思い出すね、マリアさんとマウイ様のおっぱい。
「あっ、どうぞ、お掛けください」
マリアさんに勧められ、テーブルセットのイスに腰掛けた。
「すみません。まず、この手紙を読んでもらえますか?」
向かいに腰掛けたマリアさんに、マウイ様からの手紙を手渡した。
「マウイ様からですか…………」
封を切り、マリアさんが手紙を読んでいるが、嬉しそうにしたり、青くなったり、赤くなったり、表情がコロコロ変わっている。始めて会ったときは、クールで感情が顔に表れ難い人だと思っていたけど、一緒に過ごす時間が長くなったせいか、最近はよくわかるようになった。
「ケイさん、こちらをどうぞ」
マリアさんから、1枚の便箋を手渡された。
“追伸 ケイとは上手くいっているか、マリア。…………”
「あのう、マリアさん。これではなく、そちらの便箋ではありませんか?」
「す、すみません。ケ、ケ、ケイさん。よ、よ、読みましたよね」
顔をまっ赤にしたマリアさんが、俺の持っていた便箋を引ったくり、もう1枚の便箋を押し付けてきた。
えっと、マリアさん。ワザとやっていませんか?
うん、やっぱり、ゴブリン王はエイゼンシュテイン王国だったんだね。これも、何の証拠にもならないけどね。あと、保守派と改革派か……まぁよくある感じだね。
でもマウイ様は、強い人だね。現実をみても、ブレないんだね。
「ありがとうございました」
マリアさんに便箋を返した。
「どうでしたか?」
マリアさんが、不安そうに聞いてくるが、何に対してだろうか?
「ええ、マウイ様は、お強い方ですね。マリアさんも負けてはいけませんよ」
ここは、師匠であるグレンさんに倣って、俺も曖昧に答えておこう。
「はい、ありがとうございます。あと、この手紙は処分するほうがいいのでしょうか?」
「この家に置いておけば、問題ありません。この家には、治外法権が適用されていますので」
「そ、そうなのですか!?」
「ええ、そうです。だから、どの国からも、どの領地からも、どの人からも干渉されることはありません。干渉できるのは、我が主、黒龍の森領主、ベル・ラインハルト様だけです」
そういえば、ベルさん、元気かな?




