第30話
新たなる伝説が始まった日、そろそろ学園も終わって、キアラさんが帰っているだろうと、家に戻ってみると、なんだが空気が重たい。キアラさんが沈んでいるようだ。
1人、仲間はずれにみたいになったのは、不味かったか……
「あぁ、ケイさん、お帰りなさい」
アリサさんが俺に気付いて、声を掛けてくれた。
「ただいま。キアラさん、何かあったんですか?」
「それがね、パーティの勧誘が激しいみたいなの」
アリサさんが教えてくれた。
そうか、キアラさんは、最初、落ちこぼれだったけど、最終的には、上位の成績で進級したからね。
「キアラさん、大丈夫ですか?」
「ケイさん? みんな、何も知らないくせに、ケイさんのこと悪く言うんです」
ええっと、どういうこと? 俺のこと、良く思っている人のほうが、少ないと思うんだけど。
「キアラさん、落ち着きましょうか。ゆっくりでいいので、説明してもらえますか?」
「はい。……今日、新しいクラスになって、教室に行ったら、大勢の人が自分達のパーティに入るように、言ってきたんです。それで、私は、“ハウスキーパー”のメンバーだから、無理ですとお断りしていたら、急に、みんながケイさんの悪口を言い出したんです。私、どうしたらいいのかわからなくなって……」
うん、いるよね。ライバルの足を引っ張って、自分を上げようとする人。ちゃんと人を見てやらないと逆効果になるのがわからないのかな。特に、キアラさんは、そういうのが嫌いなタイプなのにね。
「そうなんですね。それで、キアラさんは、どうしたいのです?」
「あんな人達とパーティは組みたくありません。私は、ケイさんやマリアさんと一緒がいいです」
どうしようか……ここらで、一回、ちゃんと考えてもらうか。
「それは、今日、明日のことですよね。そうではなくて、キアラさんの将来の話です。
もちろん、卒業するまで、キアラさんは、ここに好きなだけ居てもらっても構いません。俺が、責任を持って面倒をみましょう。ただし、これは学園を卒業するまでです。
俺は、学園を卒業したら、やりたいことがあります。そのために、キアラさんの生活と安全を保障することはできません。
だから、考えて欲しいのです。キアラさん自身が、将来、何をしたいのかを」
「それは、もう決めています。最初に、ケイさんと会ったときに、ケイさんから言われましたから、ずっと考えていたんです」
えっ、そんなこと言ったっけ、俺。たまに近いことは言ってるような気がするけど……何か勘違いしているのかな。まぁ都合がいいし、このままいこう。
「そうなんですね。それで、キアラさんは、将来、何をしたいのですか?」
「私は、お世話になった修道院に恩返しがしたいです。そのためにも、魔法も勉強も頑張りたいです」
「恩返しと言っても、いろいろな形がありますよね。具体的に、考えていますか?」
「はい、修道院に戻って、小さな子供やお年寄りのお世話をしたいです」
うん、立派だね。まさに、聖女だね。
「わかりました。では、これから、どうしますか?」
「はい、これからも、ケイさんとマリアさんと一緒に、“ハウスキーパー”として、やっていきたいです」
はい、よく出来ました。
「もう、大丈夫ですか?」
「はい、明日、学園に行ったら、はっきりと断ってきます」
なんとか、なったみたいだね。
「さすが、38才のおっさんね。こういうの慣れているの?」
アリサさんが、褒めてくれた?
「そうですね、前世の仕事は、どうしても若い子が多かったので、将来の希望や不安に対して相談にのることが、普通の38才のおっさんよりも多かったかもしれませんね」
「そうよね。社会に出る前の不安と社会に出てからの不安は違うものね」
俺は、そんなに違いがあるとは、思わないんだけどね。ただ、年齢や立場によって、見えているものが違うだけだと思っていたんだけど、どうなんだろうね。
「ケ、ケイさん。わ、私はどうなんでしょう?」
マリアさんが聞いてきたが、俺、この世界では、年下なんですけど。
「マリアさんは、大丈夫だと思いますよ。ちゃんと、マウイ様の側に仕えたいという希望を持っていて、そのために冒険者として一人前になる努力をしていますからね。自信を持ってやっていけば、いいと思いますよ」
「ありがとうございます」
なんで、お礼を言われたんだろう。そして、なんで、リムルさんは、マヨネーズを舐めているんだろう。見てるだけで、気持ち悪くなってきた。
「そうだ、ケイさん。私に料理、教えてよ」
アリサさんが、突然、言い出した。
「どうしたんですか、急に?」
「さっき言ってたじゃない。学園を卒業したら、どっか行っちゃうんでしょ? そしたら、もうケイさんの料理、食べられないじゃない」
「まぁ旅には出るつもりですし、構いませんが」
「私も覚えたいです」
「私もお願いします」
「ん」
キアラさんやマリアさんも覚えたいみたいだね。リムルさんはわからないけど、マヨネーズだけは教えておこう。
その後、キアラさんのことで俺に絡んできたり、マリアさんを引き抜こうとしたりする人が現れたが、キアラさんもマリアさんも、毎日、楽しそうに過ごしているので、問題ないだろう。
そして、新依頼開拓の件だけど、予想以上に上手くいっている。
上流階級の下働きの間では、マリアさんの知名度はもちろん、俺の知名度が凄かった。配達をして顔を見せるだけで、向こうから洗濯や掃除の依頼の話をしてくれた。
最初は、マリアさんに対する依頼が少なかったが、ご婦人方のお茶会のとき、ケーキを提供するようにしたら、マリアさんに指名依頼が毎日のように入るようになった。ケーキは依頼のときのみ提供し、別売りを一切していないので、希少価値が高まり、どんどん報酬額が上がりそうになったので、慌てて、定額制に変えたぐらいだ。変な妬みや恨みを買いたくないからね。
そんな新しい生活が始まって、ふた月が過ぎたころ、マリアさんの様子がおかしくなってきた。
アルガス帝国とエイゼンシュテイン王国との戦争が近いせいだろう。各屋敷のメイドやご夫人方からいろいろ噂話を聞くみたいだ。俺も聞いてはいるが、どれも信憑性の乏しい噂ばかりだと思うんだけど、マリアさんにとっては不安だろう。マウイ様は、文官で直接戦場に立つことはないとはいえ、何があるかわからないし、マウイ様以外にも知り合いがいるはずだからね。
「マリアさん、心配なら、一度、エイゼンシュテイン王国に戻られてはどうですか?」
「いえ、私が行っても、何の役にも立ちません。私がやるべきことは、ここで冒険者としての依頼をこなすことです」
強くて、立派ですね。……でも、“私が行っても”って、こっちが家になってませんか?
「そうですか、なら構わないのですが、辛くなったら、いつでも言ってくださいね」
「ありがとうございます」
そんなことがありつつ、3月下旬、ついに開戦されたみたいだ。
「ケイ君、ついにアルガスの兵が動き出したよ」
その日の夕食で、フレディさんが教えてくれた。俺達学生は、固唾を呑んで聞いているが、他のSランクの人達は、普段と変わりがない。もう知っているのだろう。
「どのくらいの規模の戦闘になりそうですか?」
「いや、今回は、無血開城になるみたいだね。完全に死傷者がゼロというわけにはいかないだろうけど、どこかの国が裏切らないかぎり、国境線が変わるだけだろう」
「どこかの国が裏切らないかぎりということは、2国間だけの問題ではないということですよね」
「そうだよ、アルガス帝国は、エイゼンシュテイン王国の旧王都ブラナスを手に入れるだろうけど、辺境の街ガザを失うはずなんだ」
「旧王都ということは……」
「ケイ君も知っているんだね。そうだよ、古代遺跡だ。ついにアルガス帝国が古代遺跡を手に入れることになるんだけど、ガザを失うのは、痛いと思うよ」
「ガザも無血開城なんですか?」
「どうだろう、そういう取り決めのはずなんだけど、アルガス帝国が黙って渡すかどうかわからないよ。ガザは、街とはいえ、最前線の砦だからね」
「ガザを狼人族とシュトロハイム王国の連合軍が落とした場合、統治はどうなるんでしょうか?」
「そこまで知っているのだね。でも、そこは私にもわからないよ。たぶんだけど、グレンさんが動いているはずなんだ。今、領地に帰っているのだろ? 息子のカイ君のことが心配なんだろうね」
グレンさんは、そのために帰ったのか。たしかに、単独統治と共同統治では、意味合いが全然違うんだろうね。あまり、深いことはわからないけど。
「あと、今回、フレディさんの予想どおりの結果になった場合、エイゼンシュテイン王国は失うだけなんですか?」
「事前にいろいろ密約は交わされているだろうから、そうとも言い切れないだろうけど、表向きはそうだね」
全然、情報が足りないからわからないけど、死傷者は少なくて済みそうなのは良かったのかな。マリアさんも、少し安心しているようだ。……アルガス帝国のガザって、あのガザだよね。




