第29話
祭りの日から二日経った朝食後、マギーさん達が出発の支度を整えている。
「ケイ、世話になったな」
「こちらこそ、いろいろ勉強になりました。これから、北に向かわれるのですか?」
「いや、このメンバーでは、きな臭いアルガスやエイゼンシュテインは厳しいからシュトロハイムに寄ってから、ダカールに戻るよ」
「そうなんですね。戦争が近そうですからね」
「そうだ、本隊なら戦時中でも関係ないんだが、こいつらは商人としては使えるが、まだ戦士として計算できないからね」
この人達、商人だったんだね。結構、強いと思っていたんだけど、あれでもマギーさんから見れば、ダメなんだ。俺も頑張らないといけないね。結局、逆手での受け流しは形にならなかった。俺がそんな短期間でできるわけがない。
「マギーさん、来年も来るんですね。また、稽古つけてもらえますか?」
「ああ、わかっているよ。それまでに、少しはマシになっといてくれよ。じゃあ、そろそろ行くから。ベルに会ったら、よろしく言っといてくれ」
「わかりました。みなさんも、お気をつけて」
マギーさんの商隊が西門に向かって去っていった。
「バーカ、バーカ、バーーカ。やっと帰ったか、ババアめ。人をタダでこき使いやがって!」
シャルさんが、俺を後ろから抱きしめながら、悪態をついている。
「お知り合いだったんですか?」
「あんなヤツ、知り合いなんかじゃないよ」
久しぶりにシャルさんが、俺に対して普通の口調で話している。
「シャルロットはSランクになるまで、マギーさんところの本隊にいたんだ」
「グレン、いらない事、言わなくてもいいんだよ。……ケイくん、お姉さんとぉ、あのババアはぁ、な~んの関係もないんだよぉ」
いつものシャルロットさんに戻ったが、グレンさんの言っていることは本当みたいだね。
「ところで、グレンさんは、もう一緒に行かないんですか?」
「オレは、カイが心配だからな。少ししたら狼人族の自治領に戻るよ」
「そうなんですね」
マリアさんは、この光景を見るのが始めてだからなのか、視線がやや冷たいような気がする。俺も他のみんなも慣れてしまっているが、女の人が後ろから抱きついているのに、別の人と普通に話しているのって、変だよね。
その日も学園での昼休みは、水筒を冷やしたり、温めたりして過ごした。
ジーンさんのところで小太刀を注文してから、家に帰ってくると、
「さぁあ、ケイくん。お姉さんとぉ、鍛錬はじめるよぉ」
シャルさんが抱きついてきた。
「わ、私もお願いします」
マリアさんも志願している。やる気あるね。
「あら、ケイくんの新しい女じゃない。私からケイくん、盗れるかしら」
「そ、そんなの、やってみないとわかりませんっ。あっ!」
シャルさんに煽られて、口走ってしまったんだね。マリアさんが赤くなっている。わかってはいるけど、まだ、気付かない振りしててもいいよね。
「じゃあ、マリアさんも行きましょうか。キアラさんは、どうしますか?」
「私には、体術は無理です。爺やさんに杖術を教えてもらうので、大丈夫です」
「そうですか。でも、どちらにしても行きますか」
5人で、地下闘技場に向かった。
なぜか、いきなりマリアさんとの組み手からだった。
マリアさんは、オーソドックスな左半身の構えだ。
シャルさんが相手なら、遠慮せずに殴ったり、蹴ったりできるんだけど、マリアさんには、やりにくいね。……なんて考えてたら、迅っ!
マリアさんが、右のローキックを放ってきた。きっちり左足で受け、次の右ストレートを左手で払おうとしたら、左手首を取られた。
あっ、気付いたら、俺の体が宙に舞っていた。
俺の左腋がマリアさんの股に挟まれ、俺の左手首がマリアさんのおっぱいに挟まれている、裏十字固めだ。もちろん、掛けられているのが、俺だ。
「ケイくん、舐めてたしょ。マリアは、そうとう体術やってるよぉ。……罰としてやりなさい」
シャルさんは、きっと怒っているんだろう……痛いけど、仕方がない。
「えっ!」
マリアさんは驚いているが、もう遅い。左腕を引き抜いて、体を返し、袈裟固めにもっていった。女の子に間接技は可哀想ので、絞め技にしておいた。袈裟固めは、巨乳の女の子に掛けてもらうと気持ちがいいんだけどね。
「なんで?」
マリアさんが不思議そうに見つめてくる。顔が近いんだけど……
「すみません。手首、肘、肩の間接3箇所を、同時に外したんですよ」
「はーい、そこまでっ! サービスタイムは終了よぉ。はやく、はなれてぇ」
シャルさんが、俺の上着を引っ張っている。
「マリアは、悪くないわ。ご褒美にいくつか、私が手ほどきしてあげましょう。……ケイくんは、罰よぉ」
痛ぇっ! うつ伏せにされ、足を極められているけど、相変わらず、どうなっているのかわかんねぇ。左右の足首、膝、股関節の極まっているところがころころと変わるから対応しきれないし。
俺の足を極めながら、シャルさんがマリアさんに何か教えているが、聞き取る余裕がまったくない。いらないことを言ってなければいいのだが……
その後、特に何事もなく、ひと月が過ぎた。
今日からは、学年末試験、実技の日だ。筆記試験は昨日までで終っている。
生徒が順番に、教師と1対1の模擬戦を行うんだけど、意外と見物人が多いね。何でも、来年から新パーティを組むためのスカウトに、他のクラスを見物に行く人が多いらしいんだ。俺には関係のない話だね。
俺の番がやってきた。
木製の小太刀を構え、リーナ先生と対峙すると、周りがどよめいた。
「ケイ君、小太刀の二刀流だったんだね」
先生に言われて、やっと気付いたが、学園で小太刀を構えるの初めてだった。
「では、遠慮なくいかせてもらいます」
ずっと模擬戦を見ていたが、先生は、生徒の動きを確認するために本気をだしていない。だから、俺も気楽に打ち込むことにした。
ヤバイ、めっちゃ楽しい。俺もそうだけど、先生の使っている短剣も木製だから、恐怖感がまったくない。どんどん踏み込んでいけるし、逆手での受け流しもキレイに決まる。そうなると、リズムも良くなるし、体のキレも上がっていく。いつも、真剣でやっていたから気付かなかったけど、恐怖感がないと全然違うんだね。
しかし、調子に乗りすぎたのだろう。先生が目の前から消えた。
首筋に冷たいものが走ったので、後ろに振り返り、右手の小太刀で払った。
「お見事、今のを躱せるね。結構、本気で取りにいったのに、参ったわ」
周りが静まりかえっている。
「あ、ありがとうございました」
「さすがね。それなりにできるとは思っていたけど、ここまでとは思わなかったわ。完全に、学生のレベルじゃないわね。試験は、もういいわよ。お疲れさま」
試験が終ったので、帰ることにした。
その日の夕食で、
「ケイさん、ホントなの?」
「何がですか?」
アリサさんが聞いてきたが、また、何か噂になっているんだろうか。
「何がですかじゃないわよ。実技試験で、ケイさんが、リーナ先生を倒したって、凄い噂になっているのよ」
マリアさんとキアラさんも頷いている。リムルさんはマヨネーズを舐めている。
「そんなわけないでしょう。リーナ先生は、Aランクの冒険者ですよ。倒してなんかいませんよ。ただの噂です」
まさか、木製の短剣を木製の小太刀で斬れるとは思わなかったんだよ。“曳き斬り”って、結構、ヤバい技だね。
次の日、みんなと一緒に学園に行こうとすると、
「ケイさん、なんかやらかしたの? 冒険者コースは実技試験が終ったら、来年の始業式まで休みでしょ」
「えっ、そうなんですか!?」
みんなが頷いている。
「そうよ。普通は、冒険者ギルドの依頼を受けて過ごすみたいよ」
知らなかった。結局、クラスの中に会話のできる友達が1人もできないまま、1年生が終ってしまった。
12月の中旬、マウイ様の送別会に呼ばれたが、マリアさんに確認したところ、やはりあの屋敷は男子禁制みたいだ。なので、俺は正門で挨拶を済ませ、マリアさんとケーキを残して家に帰った。こういうときは、ケーキって便利だね。
1月6日、始業式だ。今、気付いたけど、入学式と同じ日なんだね。2年生のクラス分けの発表場所は、かなり奥にあるみたいだ。いったい、この学園には、いくつ闘技場があるんだろう。
冒険者コースで俺の名前を探しているが、なかなか見つからない。なぜか、クラスが増えていたので12組から探していると3組に名前があった。……結構、上がったね。逆じゃないよね?
指定された教室に入ると、
「あっ! ケイさん、こっち、こっち」
ペーターさんが、俺を見つけて呼んでくれた。……なんか、友達みたいだね。
「ペーターさん、おはようございます」
「ケイさん、いつもだけど、堅いよ。ペーターでいいから」
「じゃ、俺も、ケイでいいよ」
「ホント、ありがとう。でも、ケイ。やっぱり3組に上がってきたんだね」
「やっぱりって、どういうこと?」
「ケイは、知らないの? 3組が実質、一番実力のあるクラスだからね。1組は、王族や上級貴族の子供とその契約奴隷のクラスで、2組は、下級貴族やお金持ちの平民の子供とその契約奴隷のクラスなんだよ。だから、3組が一番なんだ」
うん、友達っていいね。なんでも教えてくれるんだね。
「そうなんだ。あと、冒険者コースのクラスが増えてたんだけど、なんで?」
「それはね、言い方が悪いけど、騎士コースや魔法使いコースの落ちこぼれが流れてきてるからなんだ」
そうか、騎士や宮廷魔道士になれそうにない人達が冒険者を目指すのか。
「おい、ペーター。その人、ケイだろ? なんで、そんなに親しげなんだ。俺たちにも紹介してくれよ」
なんか、いっぱい人が集まってきた。もしかして、俺にも、バラ色の学園生活がやってくるのか?
「はーい、みんな、席について」
リーナ先生がやってきた。
「私が、一年間、このクラスを担当する、リーナです。よろしくね。では、さっそく都市の外に出るから、みんな、用意して」
クラスのみんなが、装備の確認を始めた。……俺は、どうしたらいいんだろう。
「ケイ君、ごめんね。ケイ君は、最低、週に1回、都市内の依頼でいいからこなしておいて。それで、進級はできるみたいだから」
「じゃあ、ええっと……」
「ええ、来なくていいわ。学年末試験まで」
マジでっ! 俺のバラ色の学園生活が早くも散った。
「ケイ、またね」
ペーターを始め、みんな、教室から出て行った。
教室に残っていても、仕方がないので、家に帰った。
「お帰りなさいませ、若様。お早いお帰りですが、どうかなさいましたか」
「ええ、なんか、学園に行かなくても、進級できるみたいです」
「なんと! さすがは若様。特待生で御座いますね」
言われてみれば、そうなのかな。……まぁいいか。
「マリアさん、なんか依頼を受けに行きましょうか」
なぜかメイド服で掃除をしていた、マリアさんを誘ってみた。……もう卒業しているし、暇なんだろう。
「ふ、二人で、で、ですか?」
何を、そんなに顔を赤くしてるんですか。こっちまで、照れるじゃないですか。
「お姉さん、妬けるなぁ、ついていこうかなぁ」
シャルさんが、マリアさんを弄っている。不思議とこの二人、仲がいいんだよね。
「いえ、シャルさんは、ランクが違い過ぎます。私とケイさん、二人で行ってきます」
マリアさんは、俺の手を引っ張って、玄関に歩きだした。マリアさんは、メイド服のままでいいんだろうか?……あと周りの人達、ニヤニヤ笑わないで。
冒険者ギルドに入ると、一斉に視線を集めた。そりゃ、この都市では珍しい、蒼髪の美人がメイド服を着て、男と手をつないでやってきたら、誰でも見るよね。
「す、すみません」
マリアさんが手をつないでいたことに、やっと気付いたようだ。両手で顔押さえているが、耳がまっ赤だ。こういうの可愛くていいね。最近、影を潜めているが、元々マリアさんは、クール系美人だし、ギャップ萌えってヤツかな。
「ど、どうしましょう。私、こんな格好で来てしまったんですが、着替えてくるほうがいいですよね?」
「そのままで、大丈夫です。俺に、少し考えがあるんです。聞いてもらえますか?」
「はい、もちろんです」
いや、近いから、そんなに顔を近づけないで。人前じゃ、恥ずかしいから。
ここしばらく、マリアさんは、夕食までの空き時間に体術の鍛錬を一緒にしているせいか、普段でも、俺のパーソナルスペースに迷いもなく入ってくるんだよね。……シャルさんの影響なんだろうか。不快じゃないから、いいけど。
「人に聞かれても問題ありませんし、奥の休憩所で、少し落ち着きましょうか」
仕返しに、こっちから手を握って、テーブル席までエスコートしてやった。
マリアさんは黙ってついてきてくれたが、自爆だったみたいだ。俺も恥ずかしい。
「あのう、考えって、なんですか?」
奥のテーブルに向かい合わせ座り、マリアさんが聞いてきた。
「そうですね。まず、新しい依頼を開拓しようと考えています。そのためにも、マリアさんがバウティスタ邸の元メイド長であることがわかりやすいと助かります。だから、メイド服のままのほうが都合いいんです」
「具体的には何をすれば、いいのですか?」
「今から、上流階級の居住区への配達依頼を受けます。そして、届け物をした際に下働きの人達と世間話をするだけで大丈夫です」
「それだけでいいのですか?」
「後は、俺に任せてもらえば大丈夫です。これで、芝刈りの指名依頼を開拓したんです。他にも需要があるはずです。俺は、洗濯や掃除。マリアさんは、メイドの管理やご夫人方のお茶会の給仕が狙い目です。どうですか、やってみますか?」
「それなら、なんとかなりそうです。でも、上手くいくのでしょうか?」
「それは、わかりません。でも、配達の依頼は確実にこなしていけますので、無駄にはなりません」
「そうですね。やってみましょう」
この日から、冒険者パーティ“ハウスキーパー”の新たなる伝説が始まった。




