表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/127

第4話

『“体を成長させる”ですか?』


『そうだよ。闇魔法は、始めからすべての技が使えるのだ。そして習熟と共に威力があがるのだよ。もう800年以上前のことで忘れかけているが……たぶん緑まで上げれば、12才ぐらいまで体が成長するはずなのだ』


『緑?』


 緑も気になるけど、ベルさんって800才以上? いやここは全力でスルーだ。


『そう緑だ。闇魔法は生贄を奉げるとき魔方陣が描かれるのだが、白く輝くのだ。習熟度によってそれが、白、黄、緑、青、紫、赤、黒と変化していく。闇魔法の技の中に、自動修復があるのだが、これは身体の損傷を修復するだけでなく、身体能力的にその種族の最高時を維持しようとするのだ。人間族なら18~25才だね。青まで上げればそのあたりまで成長するはずだよ』


『ベルさん、説明は理解できたのですが……生贄を奉げるということは、同族を殺すということですよね?』


『あぁそうだね。もちろん何の罪もない人を殺してはいけないよ……そうか、すまない。30万人以上殺したのは、ケイではなかったね。ケイは人を殺したことがないのだね?』


『はい……この世界では殺人は認められているのですか?』


『この世界でも殺人は戦争時を除けば犯罪だよ。しかし犯罪者を殺しても罪にならない』


『犯罪者の見分け方は、どうすればいいのですか?』


『ステータスカードを見ればわかるだろ?』


『ステータスカードってなんですか?』


『あぁ……ケイの前世にはステータスカードがなかったのだね。じゃまず身分証明書をイメージして、“ステータス”と心の中でいいから唱えてみてくれ』


『“ステータス”』


 “ステータス”と唱えると、目の前に白い文字らしき記号の書かれたカードが出現した。


『これがステータスカード? 奴隷商会でも見たっけ……読めません』


『文字も教えるから構わないよ。一段目が名前、二段目が年齢、三段目が種族、四段目が階級、5段目が住所、6段目以降がスキルだ。殺人、略奪、虐待、陵辱、詐欺などの罪を犯すと、名前の色が赤色に変化する。出来心や情状酌量の余地がある場合は黄色に変化するので、犯罪者を見分けることができるのだよ。戦争や紛争時は首謀者を除けば、黄色になるね。黄色なら教会で奉仕活動をすれば、白色に戻すことが出来るので、大概の人は黄色になれば教会へ行くね。ケイも名前が黄色に変われば教会へ行くといい。知らずに犯してしまう罪もあるからね』


『冤罪とかはないのですか?』


『神の仕事だからね、間違いはないよ』


『神は実在するのですか?』


『もちろんだよ。前世には神が居なかったのかい』


『概念としてはあったのですが、少なくとも俺は存在を感じたことがありません』


『どういった概念かね?』


『神とは、崇められ、畏れられる存在かな……すみません、あまり考えたことがなかったので』


『じゃ少し質問を変えよう……ステータスカードがないのであれば、前世の神は何をしていたのだね?』


『わかりません』


『じゃ誰が罪を裁いていたのだね?』


『法……いや人かな』


『それで、問題はなかったのかね?』


『だいたいは……』


 この世界の神の話を聞くと、前世がおかしいのか……そうかこの世界にはステータスカードがあるから、人が人を裁くことにはならないのか。


『いや、すまない。ケイを責めているわけではないのだ。この世界の人も殺人に対する忌避感は持っている。ただ犯罪者に対してはないというだけだ』


『いえ、こちらこそ、今まで疑問にすら感じなかったことなので。なんとかわかります』


 大丈夫なのか、俺。頭で理解できても……・


『これに関しては、慣れてもらうしかなさそうだね……次いいかい?』


『はい、お願いします』


『まず、体内の魔力を感じるところから始めよう。いいかい、今からケイの魔力に私が干渉するから、へその下あたりを意識してくれるかい。じゃいくよ。……すごいね、闇の加護、想像以上だよ。……どうかね、何か感じるかい?』


『俺の中にある何かが、別の何かに、優しく撫でられています。なにがすごいのですか?』


『私は闇魔法を使えるから他者への干渉が得意なのだが、完全にブロックされているよ。本能的にやっているのだろうね。……そのケイの中にあるのがケイの魔力だよ。そして別のが私の魔力だ。いいかい?』


『はい』


 これが魔力か。へその下、これが丹田かな。気功みたいだね……やったことないけど。


『その魔力を中心に体中に線が伸びているのがわかるかい?』


『はい……』


 うん、伸びてるね。放射線状に。これってよくある血管に流すイメージとかにすれば、循環するんじゃないのか?……無理だね。


『続きいいかい?』


『はい、すみません』


 やっぱりそんなに甘くないよね。


『じゃこの紙に触れて、魔力を流してくれるかい?』


 なにやら複雑な図形の描かれた紙に手を触れ、丹田から手へ、手から紙へ魔力を送り込んだ。すると、紙が白く輝き出し触れていた紙が手に吸い込まれた。……首輪だけじゃなくて手にも吸い込まれるんだ。ファンタジーだね。


『次にその手の掌を前に突き出して、“供物奉納”と唱えてくれ』


『“供物奉納”』


 何だこれ? 突き出した手に何かがいるんだけど。


『手に何か感じるかい? それが術式だよ。テーブルの上に放出するイメージで、術式に魔力を注ぎこんでくれるかい。ゆっくりでいいから』


 ベルさんに言われたイメージで丹田から魔力を注ぎこんでいくと、手から何かが飛び出し、テーブルの上に先程の紙に描かれていた図形が直径1mほどのサイズで白く輝きだした……大丈夫なのか? 魔方陣らしきものにどんどん魔力が吸い取られていくんだけど……


『うん、成功だね。それが生贄を奉げるための魔法陣だよ。もう魔力はいいよ』


 手から出ている魔力を切ると、魔方陣が消えてなくなった。


『これも魔法ですか? もしかして、さっきの紙みたいやつがあれば他の魔法も使えるんですか?』


『そうだよ、習得魔法陣っていうのだけどね。安いものなら1万Rルリぐらいから売っているよ。さっきの魔方陣は父が作ったものだから、売っていないが』


 ここの宿泊費が素泊まりで3千Rだったから、そんなに高くないか。


『もしかしてお金さえあれば、誰でも魔法が使えるんですか?』


『十分な魔力があればね。今の主流は習得魔方陣だし、自分で術式を組める人はかなり限られているのだよ。最近では、Bランクの魔法使いでも見かけるね。応用が利かないから私はお薦めしないのだけど。詳しいことは、まず文字を覚えてからでいいだろう』


『そうですね。魔法さえ使えればと思ってましたが、じっくり下地から固めていくべきですね』


 ちょっと焦ってしまった……生贄か……元の世界にもう戻ることもできないし、やってみるしかないか。


『そのとおりだ。なにも焦る必要はないのだよ。……では行こうか』


 とベルさんが言いつつ立ち上がり、どこからともなく出てきたフード付マントを羽織った。




 ベルさんがマントを羽織ったのと同時に、視界の風景が森の中に変わった。


『大丈夫そうだね。さぁ行くよ』


 ベルさんは空を見上げ頷くと、今回は“フォレストウォーク”を使わずに走り出した。空を見上げると、一筋の煙が立ち上っていた。誰か焚き火でもしているのだろうか? しばらく進むと、長槍を持ってボロいマントを纏った二人組の男が立っている洞窟の前で立ち止まった。


「少し聞きたいことがある、いいかね?」


 ベルさんは、マントのフードから美しい顔を出し、普段よりも少し冷たい口調で男たちに話しかけた。男たちは呆然としていたが、すぐに槍を構え、下衆な笑みを浮かべつつ話しかけてきた。


「おい、ねぇちゃん。子連れでこんなとこに何しにきやがった。少しは腕に覚えがありそうだが、中に何人いると思ってんだ。……俺の番まで頑張ってくれよ。久々の上玉だぜ。おいヨサク何人か呼んで来い!」


「へい、わかりやした!」


 なんなんだこの絵に描いたような悪役は……コイツは赤だ。間違いない。


「で、中には何人いるか教えてくれないか?」


 ベルさんが男の目を見つめながら、問いかけると、


「50人ぐらいです」


 男は急に表情をなくし虚ろな目をして答えた。


「仲間以外は?」


「いません」


「少し手伝って欲しい。そこで待っていてくれ」


 そう言ってベルさんは、男の横を通り抜け、前へ出て立ち止まった。すると目の前の空間に黒い亀裂が現れ、その中から束ねた縄を握り締めた、たくさんの人間の骸骨が出てきた。標本のような真っ白い骸骨だ。こうやって見ると美しさすら感じる。その骸骨たちは何の迷いもなく、ゆっくりと洞窟に入っていった。


 しばらくすると洞窟の中から男たちの叫び声が聞こえてきたが、すぐに静かになった。


「よし、略奪品のところまで案内を頼む」


 男は何も言わず、洞窟の中へと歩き始めた。


『ケイ、これから犯罪者を生贄に奉げてもらう。辛くなったら言って欲しい。では行くぞ』


 俺がうなずくと、ベルさんは男のあとを歩き始めた。


 なぜだろう……あの男たちを見てから、殺人に対する不安感や忌避感がなくなってしまっている。啓太郎としてではなく、この世界で生まれたケイの感情なんだろうか。頭でわかっているけど、何も感じない。


 洞窟のなかは、篝火はあるものの暗い。慣れてなければ壁にぶつかりそうだ。しばらく進むと奥から男のわめき声が聞こえてきた。誰かに話しかけてるようだが、話の内容は聞き取れない。そうしていると前を歩いていた男が立ち止まった。男の横を抜け前に出ると、そこは厨房だった。結構広い。右手には3つの大きな鍋が火にかけられているかまどがあり、左手には食料らしきものが積み上げられている。50人も賄おうとすれば、このくらいの広さは必要だろう。ちゃんと排気口もあるようだ。だから煙が出ていたのか。


「食料庫か、いらないだろう」


 とベルさんがつぶやき厨房から出ると、残された厨房は真っ赤な炎に包まれた。洞窟の中でこんなに燃やして、酸欠にならないんだろうか?


「武器や金目のものはどこにある?」


 ベルさんが男に尋ねると


「団長が持っています」


「そうか、じゃついて来い」


 ベルさんはそう言うと、洞窟の構造を理解しているのだろう、迷いなく歩きはじめた。



「おい、てめぇ何モンだ!……ってゴローてめぇ裏切りやがったな!……二人ともなんか言いやがれ!……いや姉さん助けてくれ、金ならやる。見逃してくれ! 頼む!」


 体の大きな男が叫んでいる。60坪ぐらいありそうな、今までよりも少し明るい広場に出ると、縄で縛られた大勢の男たちが転がされていた。たしかに50人ぐらいいるのだろう。男たちの周りには、先程の骸骨たちが立っている。同じ数ぐらいだろうか。


「全員、赤だな」


 10mほど手前で立ち止まり、男たちを見回していたベルさんが呟いた。


「待て、なにしやがる!」


 わめいている団長らしき男を1体の骸骨が担いで、ベルさんの足元まで運んできた。ベルさんは男の頭に手を置き、 


『“ステータス”……ケイ、1段目の文字が赤いだろ? こいつは犯罪者だ。もう見逃すことはできない。もし見逃せば、こちらも犯罪者になってしまう。……まずはコイツからだ。コイツの下の地面をイメージして、生贄の魔法を使ってみてくれ。辛くなれば途中でやめても構わないから』


 と俺に念話で話しかけ、男のステータスカード見せてきた。なぜか男を殺すことに躊躇いを覚えない。


 俺は男に掌をかざし、“供物奉納”と唱え、手に現れた術式に魔力を注ぎ込んだ。すると男を中心に地面が直径1mほどの円形に輝き出し、すぐに男だけが消えた。着ていた服を残して……そして、俺は魔力を切った。


『ケイ、大丈夫かい?』


『はい、大丈夫そうです。たしかに罪悪感のようなものも感じるんですが、それよりも何か正しいことをしたような感覚のほうが強いです』


 なんだったんだろ、あのおっさんの顔。魔方陣が輝き出したときは、驚いた顔をしていたのに、消える間際の顔は何か憑き物が落ちたような穏やかな顔していた……まぁ、それよりも自分の感覚のほうか。やっぱり啓太郎の感情とケイの感情が混ざり合っているのだろうか。いや、ケイの感情が育ってきたのかな……


 魔方陣が発動し、おっさんが消えてから、静まり返っていた縛られた男たちがざわつきだした。


「いっ、イヤだ! やめてくれっ!」


 骸骨に担がれた別の男がこちらに運ばれてくる。


『大丈夫そうだね。それがこの世界での普通の感覚だよ。順番に連れてくるから続けてみよう。私の魔眼はステータスカードが見えるから、犯罪者かどうかは、気にせず生贄にすればいいよ』


 先程の残った衣類は、骸骨が片付けてくれたようだ。そこに新しい男が運ばれてきた。先程と同じように魔方陣を発動し、男が消え、骸骨が残った衣類を片付ける。そして、また男が運ばれてくるというサイクルを10人ほど繰り返していると、だんだん胸と首が苦しくなってきた。


「おい、ケイ! 大丈夫か、すこし休もう!」


 ベルさんが、焦って念話を忘れている。


『はい、服の首が絞まってきて……』


 本当にこんなことで成長するみたいだね。……魔法ってスゴいね。


『そうなのかい、慌ててしまってすまない。そういえば少し重くなっているね。さすがは闇の加護というべきか、成長が早いね』


 とベルさんは言いながら、俺の着ている服を脱がせ、急に現れた黒っぽいでかいローブで包んでくれた。するとローブは俺のサイズまで小さくなり、袖をとおし、前を止めてくれた。


『しばらくローブだけでもいいかい? このローブは自動サイズ調整に保温機能もあるし』


『大丈夫です。ありがとうございます』


 やっべぇ! 裸にコートってこんな感覚だったんだ! クセになるかも……


 そのあと、また生贄の儀式が繰り返され、最後のゴローさんのときには、黄色を超え、少し黄緑がかった輝きを魔方陣が発していた。


 たぶん今の俺の身長は130cmぐらいあると思う。痩せているけど、体重も20kgはあるはずなのに、ベルさんは軽々と片腕で俺を抱えている。……うん、若いっていいね、大変元気でよろしい。ローブしか着てないからポジションも問題ないし。でもこれはケイの感情だろうね、恥ずかしいって気持ちもあるんだよ。


『ベルさん、一度降ろしてもらえますか?』


『大丈夫かい? たぶんまだ立てないよ……ゆっくり放すからね。気をつけるのだよ』


 ベルさんは、俺をそっと降ろし、ゆっくりと手を放してくれた。とその瞬間、膝が折れ、支えようと地面に手を伸ばすも支えきれず、顔面を地面に叩きつけた。痛かった、予想以上に筋力がなさそうだ。あと喋れるんだろうか……


「べ!”#ん……」


 ダメだ、喋れそうだけど……発声練習が必要か。


『ほらね、言っただろ』


 俺をまた抱えてくれた。


『すみません、ベルさん。重くないですか?』


『あぁこのくらいなんともないよ。さっさと後始末をして帰ろう』


 そう言いつつベルさんは、広場の隅に歩いていった。そこには仕分けされた、武具や衣類、ステータスカード、大小様々な袋などが、まとめて積みあがっていた。骸骨たちの働きだろう。ベルさんが手をかざすと、衣類は燃え、他のものは消えてなくなった。


『この骸骨たちは、ベルさんの死霊魔法ですか?』


『そうだよ、スケルトンだ。コツさえつかめれば、ケイにも使えるよ。……今、生贄にした人間が、ケイの作った異空間に入っているからね。呼び出して命令すれば、簡単なことならしてくれるよ……よし帰るよ』


 ベルさんがそう言うと、周りの景色が石造りの部屋に変わった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ