第28話
次の日の朝、顔を洗おうと流し場に向かった。
「キャッ!」
流し場の扉をあけると、マリアさんが全裸でパンツを洗っていた……
「すみません」
扉をすぐに閉めたが、考えないといけないね。流し場が6個もあるし、男女でわけたほうがいいかな。ノックもせず、扉を開けた俺が言うのもなんだけど、せめて、マリアさんも鍵を閉めて欲しいね。
朝の鍛錬のとき、
「マリアさん、さっきはすみませんでした」
「いえ、ケイさんでしたら……それにしても、地下にこんな闘技場があるんですね。ケイさんが商業ギルドを買い取ったことは、聞いていたのですが、ここまで改装しているとは思っていませんでした」
今朝のこと、流してくれた、ありがとう、マリアさん。
「いえ、俺が買ったわけでも改装したわけでもないですよ。ここにいるSランクの方達が用意してくれたものなんですよ」
「それでも、凄いですよ。普通、誰もここまで用意してくれませんからね」
たしかに、そうだよね。学校に進学するからといって、都市の一等地に豪邸を買い与えてくれる人なんていないよね、普通は。
「ところで、マリアさんは、どうしますか? 何かやりたいことはありますか?」
「私は学園に入学してから、自主鍛錬ばかりでした。だから、もう一度、一から魔法の鍛錬をやり直したいのですが……」
「それなら、私と一緒にやりましょう。爺やさん、いいですよね」
キアラさんが、声をかけてくれた。
「もちろん構いませんが、爺やは、大人の女性には厳しいですぞ」
うん、相変わらずだね。でも、
「爺やさんは、水魔法や氷魔法も教えれるのですか?」
「勿論で御座います。爺やは、これでも家庭教師をしておりました。どのような魔法でもお教えすることが可能で御座います」
さすがだね、幼女の家庭教師になるために努力したんだろうね。
「マリアさんも、宜しいですか」
「はい、ありがとうございます。爺や、お願い致します」
マリアさんのことは、爺やさんに任せておけば大丈夫だろう。
問題は、俺か……
「ケイ、何度言ったらわかるんだ。踏み込みが甘いからタイミングがズレるんだ。ビビるな! 切れても、すぐに治してやるから」
マギーさんはそう言うけど、怖いんだよ。たしかに、相手に近づくために左手の小太刀を逆手に持ったけど、近づけば、近づくほど恐怖が増すんだよ。あと、俺は、魔力の操作以外は不器用なんだよ。
「わかってはいるんですが、まだ慣れていなくて……あと、なんで皆さん、順手のころと同じ速さで、打ち込んでくるんですか? さすがに無理ですよ」
「何を言っているのだ、ケイ君。もう体でこの速さは覚えているのだ、ゆっくり打ち込んでも意味がないよ」
フレディさんが、簡単に正論で否定してくる。
フレディさんやゲルグさん、グレンさんなど、Sランクの冒険者の方達が俺に付き合ってくれているのは、ありがたいんだけどね……ちゃんと手加減はしてくれているけど、みんな、速いし重いんだよ。小太刀がどんどんかけていくし、また、ジーンさんに注文しないといけないよ。
ただ、シャルさんだけは不貞腐れている。マギーさんが来てから、大人しくなって良かったと思っていたけど、最近、体術の鍛錬をしてないし、寂しいのだろう。マギーさんが帰ったら、いっぱい相手してあげよう。……俺のためにもね。
今日からは、マリアさんも一緒に学園に向かった……
予想はしていたけど、凄いね、この視線。昨日のことだったから、朝はまだイケると思っていたんけど。
「ケイさん、どうするんですか? きっと、この後、凄いことになりますよ」
アリサさんが心配してくれている。やっぱり、これ以上になるんだね。
俺が教室に入ると、静まり返った。
俺の机の上には、手紙らしきものが積みあがっている。……砂やゴミ、花の生けられた花瓶よりもマシかな。
確認すると、ほとんどがマリアさんとのパーティ解消を求める決闘の申し込みだった。本当に、マリアさんは男子生徒に人気があるんだね。
午前の授業中、まったく集中していなかったせいだろう。昼休み、リーナ先生に呼ばれた。
「ケイ君、今度は何をやらかしたの?」
「たぶん、マリアさんとパーティを組んだことだと思います」
きっと、それだけじゃないんだけどね。
「はぁ~、理由はいろいろあるんだろうけど、気を付けてね。なんか、学園中が殺気立っているんだから」
「先生、決闘の申し込みがこんなに来ているのですが、受けなければならないのですか?」
面談室の机の上に、朝、俺の机の上に積まれていた手紙を出した。
「決闘、そんなの破って棄てといて。そして、これ以上、問題を増やさないで」
リーナ先生は、眉間を指で押さえ、言い棄てた。……なるほど、棄ててしまえばいいのか。決闘は、誓約書に同意がなければ成立しないんだったね。
「そういえば、グレンさんに、アンジェリーナさんのこと聞いたんですが」
「えっ、ア、アンジュさん! グレン様は、なんて言ってたの?」
少し話題を変えようと思っただけなんだけど、凄い反応だね。
「なんか、ちょくちょくカイさんのところに来ているみたいですよ」
「そ、そうなの……ありがとう、もう戻っていいわよ」
リーナ先生が沈んでしまった。言わないほうが良かったのかな。
学園からの帰りは、1人で帰ることにした。こんな冷たい視線を浴びながら帰るのは、俺1人でいいだろう。
いつもどおり、ギルドで依頼を受けてから家に帰った。
今日は、ケーキのデコレーションだ。
マリアさんとキアラさんは、夕食の時間まで、魔法や杖術の鍛錬に費やしている。
アリサさんとリムルさんは、どこに行ったかは知らない。
マギーさん達商隊は、商談に行っているのだろう。
Sランクの方達は、いつもどおり出来上がっている。
まぁ“デコレーションだ”っと言っても、スポンジを切って、生クリームとスライスしたイチゴを挟んで、上から生クリームを塗って、イチゴを乗せて、お湯で伸ばしたアプリコットジャムを塗るだけなんだけど。
ショコラケーキには、ココアパウダーに、無塩バターと生クリームと黒砂糖を温めて作った、生チョコ風のソースを塗っておいた。問題ないだろう。
あとは、10℃ぐらいの低温で半日から一日寝かせれば、完成だ。
今日の依頼は、ロベルトさんのところだ。キアラさんの“ハウスキーパー”としての初依頼でもお世話になったが、今日はマリアさんの初依頼だ、また、お世話になることにした。
「お疲れ様です、ロベルトさん。今日もお願いします」
「ケイ君、今日も来てくれたんだね。ありがとう。あれっ、そっちの子、マリアさんじゃないのかい?」
「ロベルトさん、マリアさんをご存知なのですか?」
「もちろんだよ。バウティスタ邸のメイド長だからね。この界隈じゃ、若いのにしっかりしていると有名だよ。ねぇ、マリアさん」
「いえ、そのようなことはありません。確かにメイド長をしておりましたが、奴隷解放と同時に解任されています。それに、今は冒険者です」
マリアさんは謙遜しているが、ロベルトさんの様子をみると、できる人なんだろう。
「ケイ君、マリアさんも“ハウスキーパー”なの?」
「そうです。今日からなんですが」
「じゃあ、お願いがあるんだけど。マリアさんに、給仕に出てもらってもいいかな?」
「俺は、構いませんが、マリアさんもいいですか?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、ケイ君とキアラさんは洗い場を頼むよ。マリアさんは、私についてきて」
ロベルトさんが、マリアさんを連れて出て行った。
洗い場でキアラさんと洗い物をしていると、
「ケイ君、凄いね。まさか、マリアさんを連れてくるとは思わなかったよ」
ロベルトさんがやって来て、そう言った。
「マリアさんって、そんな凄い方なんですか?」
「もちろんだよ。バウティスタ家といえば、エイゼンシュテイン王国の上級貴族だよ。その当主の一人娘のために用意されたメイドの責任者だよ。普通じゃないよ」
「言われてみれば、そうですね。マリアさんについて、あまり詳しく知らないのですが、これからも一緒にやっていくと思うので、よろしくお願いします」
「いやいや、こちらがお願いする側だよ。これで、ますます“ハウスキーパー”の争奪戦が厳しくなるよ」
そんな争奪戦、聞いたことないんだけどね。
マリアさんの新しい生活が始まり少し経ったころ、祭りの日がやってきた。
さすがに、マギーさん達は商隊だね。家の前には、朝早くから手早くテントが建てられ、この辺りでは見かけない珍しい商品が並べられている。そして、きっちり冷たいドリンクを売るスペースも確保されている。
さらに、商隊に女性スタッフもちろん、なぜか、キアラさん、アリサさん、リムルさん、マリアさんまで、マギーさんと同じような扇情的な衣装を着ている。人目を引くためには、こういうのも必要なんだろうね。あと、シャルさんも同じような衣装を着て、大人しく手伝っているんだけど、マギーさんに何か弱みでも握られているんだろうか……
「マギーさん、ドリンクの販売予測とかあるんですか? そろそろ氷を用意しようと思うのですが」
「そうだね、この都市の人口が約3万人、今日のために、三大大国からも商隊が多くきているし、人も大勢集まっているんだ。そして、今日は晴れで、日中は気温が上がりそうだ。ここまで、言えばわかるだろ?」
「はい、勢いに乗れば、回転しっぱなしですね……」
「そのとおり、勢いに乗せるために、これから周りの出店にサービスでビールを配るから、さっそく用意を頼むよ」
なるほど、開店準備をして少し汗をかいたところに、冷たいビールのサービスか。そんなの味わったら、営業中も飲みたくなるよね。
「じゃあ、最初はふた樽、冷やしますね。あと、マリアさんは、甕の水を一つ凍らせてください」
マリアさんは、あまり繊細な魔力操作ができないので、ロックアイスの作り方をいろいろ考えたんだけど、無理だった。最終的に甕に張った水を凍らしてもらい、俺が魔法で、甕の中に格子状の線を走らせ、その線を熱することにした。出来上がる氷はキューブだけど、今回はまけてもらおう。
「何度、見ても凄いですね。どうしてそんなに細かい魔力操作ができるのですか?」
マリアさんは感心してくれるが、あんまり覗き込まないで、谷間が凄すぎて頂上まで見えそうだから。……でも、この氷を切る作業のために、今日の俺の仕事がひとつ増えたんだ。大量に魔力があるとはいえ、本当に足りるんだろうか?
「おい、何、喋ってんだ、ケイ。お客さんだ。ビールを冷やせっ!」
ヤバい、今は10月で、まだ朝はひんやりしているのに、すでに行列ができている。
そこからは、地獄だった。ビールを冷やしながら、コップを洗浄し、氷を切る作業を時には同時にやり続けるだけだった。
そして、時間は15時ぐらいだろうか、
「ようし、ケイ、休憩だ。もう酒が無くなった。今、買いに走らせているから、しばらく休むといい」
「いやいや、もう酒は買占めたって言ってたじゃなですか?」
「そうなんだけど、祭りももう半分終っただろ? 売れ残っているところがそろそろ出てくるんだよ。まぁ見とけ、うちの奴らが買い叩いてくるから」
「ところで、祭りが半分ってどういことですか? 祭りは、夕暮れまでじゃないんですか?」
「何を言ってるんだ、ケイ。ここの祭りは夜もあるんだよ。年に一度だけらしいが、あの真ん中のでかい噴水の水が炎に変わるんだよ」
はぁ~、マジっすか。そんなこと考えて実行したの、どうせミシェルさんだろう。
「わかりました。善処します」
そして、俺の仕事は、噴水の炎が消える0時まで続いた……俺の魔力、よく持ったね。いったいどれほどの魔力があるんだろうか。
次の日、みんなで学園に通っていたが、様子がおかしい。
「何か、おかしくないですが?」
「そうね、今日の視線には冷たさは感じないわね。どちらかといえば、好奇や羨望って感じかしら。今度は、何をやったの?」
アリサさんが聞いてくるが、心当たりがない。
「でも良かったじゃないですか、これで私も少し気が楽になります」
マリアさんの気が楽になるなら、それでいいだろう。俺も、冷たい視線よりも楽なような気がするし。
昼休み、視線の質が変わった原因がわかった。
「ケイ君、お願いがあるんだけど……」
前に、マウイさんの手紙を渡してくれた女の子が、申し訳なさそうに話しかけてきた。きっと、この子が冷たい視線の元凶だと思うんだけど。
「なんでしょうか?」
「このお茶、冷たくしてくれないかな?」
女の子が水筒を差し出してきた。
「いいですよ。……どうぞ」
水筒の中身を冷やしてあげた。
「ありがとう。みんなっ! いいってっ!」
「「「「「おおおおっぉおおぉおおおぉぉおお!!」」」」」
クラス中の、いや、他のクラスからも人が群がってきた。中には、温めて欲しい子もいたいのでやってあげたが、それだけで昼休みが終った。
俺がこの学園で蔑まれる存在から、便利な存在に変わった瞬間だった。




