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第25話

 最近では、祭りが近いせいなのか、卒業試験や学年末試験が近いせいなのか、学園で女子生徒から冷たい視線を受けることが少なくなっていた。このまま、忘れてくれるといいのだが……


 クラスでも、祭りに出店をするらしい。何か手伝うべきなんだろうけど、なにも言われていないしいいだろう。



 学園からの帰りに、アリサさんに付き添ってもらい、裁縫ギルドに寄った。

 昨日、ケーキスポンジを大量に焼いたのはいいものの、低温で保存するための保温機能付きの布を用意するのを忘れていたからだけど……


「これ、安くないですか?」


「そうなのよ、一着辺りの単価で考えると安いんだけど、最低単位が一反だからね。私たちには、なかなか手が出ないのよ」


 今、見ている保温機能付きの布は、幅1m、長さ30mで、30万ルリだ。確かに、30万Rという金額だけをみると高いけど、こんなファンタジーな機能の付いた布がこの価格なら買いだろう。

 実際の服になると、ここに加工賃やデザイン料も加わるからいいお値段になるんだろうけど。


「これって、俺でも買えるんですか?」


「裁縫ギルドに登録していないと、無理よ。でも、私がかわりに買ってあげるから、お金ちょうだい」


 前世の問屋制度か卸売り制度みたいなものかな。それぞれの職の権利を守るためには、ある程度の規制も必要なんだろうね。最終消費者が安く手に入れることができるのと、それに携わる人の職を守るのとどっちが大事なのかも考えないといけないね。


「それって、大丈夫なんですか? 規制している意味がないと思うんですが」


「大丈夫よ、ケイさんが転売しなければね」


 なるほど、自分で消費する分まではいいんだね。でも、アリサさんに30万Rを貸付けたことにすれば、どうなるんだろうか? この世界では、高額取引の場合、商業ギルドが仲介に入り、手形や小切手のような商取引をしているみたいだけど……まぁそこまでは、いいか。



 無事に、保温機能付きの布を手に入れて、家に帰ってきた。布の加工はアリサさんに任せとけば、問題ないだろう。


 家に帰ると、大量の樽が運び込まれていた。


「ケイ、帰ってきたか。すぐに蒸留酒を作ってくれ」


 マギーさんが、笑顔で話しかけてきた。


「何なんですか、この樽? お酒ですか?」


「そうだ、祭りのときに、冷たいドリンクを売ろうと思ってな。昨日からみんなで、都市中のビールと芋酒や麦酒を買い漁ってきたんだよ。まだ、フルーツも来るから魔法でジュースにしてくれ」


 ということは、俺が全部用意して、当日も冷やし続けるということなのか?


「いったい、どんだけ買ってるんですか?」


「大したことないよ。さすがに祭り前だし、そんなに売ってくれなかったよ。もっと早くにケイの魔法がわかっていたら、用意したんだけどね。今年の売れ行きをみて、来年はきっちり儲けるつもりだよ。今年の分は、余ってもケイのところの食料庫に入れとけば、大丈夫だろ?」


 さすが商隊だね。もう来年のことも見越して考えているんだね。……でも、俺のことは考えてくれないんだね。


「まぁ大丈夫ですが……頑張ります。あと、蒸留酒は氷を入れて売るといいですよ。普通の人には、酒精がキツ過ぎますし、一杯あたりの使うお酒の量も減らせます」


「そうか、でも、氷のほうが高いからね。難しいかな」


 そういえば、お酒よりも飲み水のほうが高価だったね。そりゃ、氷のほうが高くなるか……俺が作れる氷は、時間もかかるし、量も大したことないし。誰か、氷魔法のスキル持ちはいないんだろうか。


 あと、たぶんコップも使いまわしで洗浄もしないといけないし、祭りの日、大変なんじゃなかろうか。




 次の日は、休園日だった。ケーキはスポンジを低温で寝かせ中だし、ずっと蒸留酒やジュースを仕込んでいるのも飽きてきたので、お昼過ぎに冒険者ギルドに向かった。


 ギルドの扉を開け、中に入ると、


「ケイ様、こっちです」


 カウンターからキャシーさんが手招きをしている。


「どうかしたんですか?」


「ケイ様に、指名依頼です。良かったです、今日はもう来られないかと思っていましたから」


「すみません、祭りの準備で手が空かなくて。……指名依頼は、今日ですか?」


「芝刈りなのですが、お急ぎみたいですね。バウティスタ家は、ご存知ですか?」


 バウティスタ家? マウイ様のところかな。


「ご息女のマウイ様なら知っていますが」


「そのマウイ様からのご依頼です。できれば、今から向かってもらいたいのですが、よろしいですか?」


 マウイ様が直々に依頼?


「ええ、わかりました。すぐに向かいます」



 バウティスタ邸はすぐに見つかった。キャシーさんに場所を聞いていたのもあるけど、さすがは、エイゼンシュテイン王国上級貴族のお屋敷、豪華だ。


 裏門の女性の守衛さんに声をかけると、


「ケイ様ですか!? なぜ、裏口から。少々お待ちください、すぐに確認して参ります」


 急に畏まって、屋敷の中に走っていった。しばらく待っていると、鎧はつけていないが、騎士のような男装のマウイ様がやってきた。


「やぁあ、ケイ。急に呼び立ててすまないね。こっちだ、ついて来てくれ」


 マウイ様の後について、裏門から裏庭を抜け、中庭までやってきたが、庭の手入れは行き届いていて、芝も刈るほど伸びてないように思う。お金持ちは、数ミリ単位でも刈るんだろうか。


「ここに、掛けてくれ」


 中庭に用意されたテーブルセットのイスに腰掛けると、メイド服の女性がお茶を淹れてくれた。……いつもの“いいお茶”だった。


「えーっと、今日は、どこの芝を刈ればいいんでしょうか?」


「ああ、そうだったね。証明書を貸してくれ、サインしよう」


 証明書を受け取ったマウイさんが、サインしてくれた。


「ありがとうございます? ということは、用件は別にあるのですか?」


「そうだ。ケイを呼び出すには、芝刈りの指名依頼を出せば来てくれると、家の者に聞いたのだ。本当に来てくれるのだね」


 リーナ先生も、マウイ様は天然が入っていると言ってたけど、この人、本気で言ってるんだろうか?


「たしかに、ご依頼を頂ければ、参りますが、マウイ様なら普通に声をかけて頂くだけで、参りましたものを、こちらの依頼、取り消されますか?」


「いや、それには及ばない。ケイを呼び立てたのは、私だ。その対価を支払うは、当然だ」


 まぁあ、貰えるものは貰うけどね。……これで、10万Rだよ。美味しいね。


「ありがとうございます。それで、ご用件はなんでしょうか?」


「そうだな、率直に言おう。マリアを預かって欲しい」


 えっ! 率直にと言っても、端折り過ぎだろう。マリアさんを貰えるのなら別だけど、預かるだけなら10万いや手数料と税抜きで8万か……安過ぎるだろう。ぜんぜん美味しくないよ。いや、まだ、期間を聞いてないか。


「期間は、いつまででしょうか?」


「期間は、マリアが冒険者として、一人前になるまでだ」


 う~ん。どのくらいで、一人前と呼べるんだろう。ひと月やそこらじゃ、無理だよね。やっぱり、美味しくないよ。


「理由をお伺いしても、宜しいですか?」


「もちろんだよ。マリアの奴隷解放の件なのだが、私もマリアも、自分の考えを伝えきれていなかったようだ。そのきっかけを作ってくれたケイに感謝している。あの後、何度も話し合ったのだが、やはり、マリアを奴隷から解放することになったのだ。いや、もう解放したのだが」


「なぜですか? マリアさんは、マウイ様の契約奴隷で居続けることを望んでおられたと思うのですが」


「そうだ、マリアはそう望んでいた。しかし、私は、マリアとは、契約主と契約奴隷のような上下のある関係ではなく、対等な立場としてやっていきたいのだ」


 わからなくもないんだけど、俺はこの世界の奴隷制度について、いまいち理解してないから、心情的なことまでわかり難いんだよね。


「あのう、少しいいですか? 私は奴隷でありながら奴隷制度に詳しくないのですが、この世界に奴隷制度は必要なのでしょうか?」


「うむ、奴隷制度の必要性についてだね。私も学園で学んだ程度のことしか知らないのだが……奴隷制度は、失業者の受け皿的役割を果たしているのだ。どうしても、安定した収入を得られる職には限りがある。そのため、災害で農地を失った農民や怪我で生産活動ができなくなった職人、家督を継げない者などに対して必要なものだと習ったのだが、わかるだろうか?」


 なるほど、社会保障的なものか……それなら、奴隷に人権が認められているのも、わかるか。


「ありがとうございます。その上でお聞きしたいのですが、やはり差別的な上下関係というのはあるのでしょうか? マウイ様とマリアさんの間には、そのようなことがないようにお聞きしたのですが」


「もちろん、私たちの間には、そのようなものはない。断言しよう。しかし、貴族社会では違うのだ。私がいくらそう主張しようとも、周りがそうは見てくれないのだ。私は、マリアが、周りからそのような目で見られるのが耐えられなかった。だから、奴隷から解放し、対等な立場としてやっていきたいのだ」


 この世界の奴隷制度は、雇用主と従業員の関係に近いのかもしれないね。


「でもマウイ様は、上級貴族ですよね。マリアさんを奴隷から解放しても、上下のある立場は変わらないのではないのですか?」


「私は上級貴族の娘ではあるが、上級貴族ではないぞ。家督も兄が継ぐ予定だから、文官として国に仕えるだけだ。だから、そのようなことはないのだ」


 まだ、しっくり来ないけど、まぁいいか。


「わかりました。マリアさんを預かるというのは、具体的にどうすればいいのでしょうか?」


「おお、引き受けてくれるか。ありがとう。いやなに、ケイなら簡単なことだ。冒険者として鍛えてやって欲しい」


 ちょっと、待って。まだ理由を聞いただけだよ、引き受けたことになってない?


「その前に、マリアさんは冒険者なのですか?」


「そうだよ。彼女は、私と同じ文官コースだったのだが、両親が冒険者なので、初期階級が冒険者なのだ。だから、奴隷から解放した時点で、冒険者になっているのだ」


 もう俺が引き受けることになっているのだろう、マウイ様はとても嬉しそうだ。……仕方ないよね。


「そうですか、マリアさんも納得されているのですね。それでは、引き受けさせて頂きましょう」


 先程まで嬉しそうにしていたマウイ様の顔が、急に曇った。


「それなのだが、マリアは、自分の力でやると言って聞かないのだ。ケイ、何とかならないだろうか? 私には、安心してマリアを任せられるような冒険者をケイ以外に知らないのだ」


 えっー! ちょっと、待って。そんなのどうやって説得すれば、いいんだよっ!

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