第24話
翌朝、地下闘技場で早くから鍛錬していると、Sランクの冒険者の人達はいつも通りだが、商隊の人達もぞろぞろとやって来た。商隊だからこそ、盗賊や魔物との戦闘もあるのだろう。眠そうだが、きっちり汗は流している。遅くまで飲んでいても、一流の人達は違うね。キアラさんもフラフラしているが、来るだけマシだろう。残り二人は、まだ寝ているのにね。
刀術の型に沿って、体を動かしていると、マギーさんが話しかけてきた。
「ケイ、昨日は、遅くまですまなかったね。それにしても凄いじゃないか、この芝生。グレンに聞いてはいたが、ケイが育てているんだろ。太陽が当たらないのに、樹魔法かい。エルフ族じゃないのに、相当大変だろう」
「草を伸ばすくらいはできるんですが、木の枝や根っこまで動かすことは無理なんですよ。これが精一杯です」
「まぁ仕方ないさ。でも人間族でここまでできたら、十分だろう。よしっ、ケイも二刀流なんだろ、軽く打ち合うか?」
マギーさんは、レイピアとあれは、マインゴーシュかな?
「マギーさん、その短剣、マインゴーシュですか?」
「あぁそうだよ、良く知っているな。最近は使う人、少ないんだけど」
「前世の知識で知っているだけですよ。こっちの世界では、二刀流の人と打ち合ったことすらないです」
「そうか、なんでも経験しておくのは大事だ。遠慮なくかかってくるといい」
「はい、お願いします」
マギーさんは、左手に持ったマインゴーシュを前に、左半身の構えか……マインゴーシュで受け流して、レイピアでカウンターを狙ってくるのだろう。
最近、俺は左手の小太刀を逆手で握っている。決め技の“曳き斬り”は、右手で、しかも相手に接近しないと使えないので、少しでも相手の近くで受け流したいからだけど……逆手で、受け流すの難しいんだよ。今日は、相手がレイピアだし、小太刀の刃をかかすこともないだろうけど。
俺は、右半身で構え、マギーさんとの間合いを測っていると・・・えっ!
足元で魔法の反応がした瞬間、思わず、前に踏み込んでしまった。そのまま、右の小太刀で袈裟斬りにいったが、マギーさんは、左手のマインゴーシュで俺の流れに逆らわず、軽く受け流し、左に体勢の崩れた俺の首筋に、レイピアを突き出しきた。
もう蹴りが来るのがわかっているが、仕方がない。左に流された右の小太刀を右に払いながら、素早く屈んで、小太刀を握ったまま左手の拳を地面に付け、後ろに飛んだ。
もう一度、構え直すと、なぜかマギーさんが笑っている。
「いやいや、グレンに聞いていたが、予想以上だよ。なんだい、最後の動き。なんで左手一本でそんなに速く後ろに飛べるんだ? 風魔法と雷魔法を使ったみたいだけど」
「いや、それよりも、何が軽く打ち合うですか、最初の魔法、樹魔法の拘束ですか?」
「ああ、そうだよ。グレンが殺されかけたって言うから、どんなもんか試したのだが、面白いよ。最初のとき、上や後ろに飛ばず、前に出たのも悪くないし、よく鍛えられているよ」
相手の間合いで、戦わないのように仕込まれているからね。……実際は、体が勝手に反応しただけなんだけど。
「ちなみに、最後のは秘密です」
最後の魔法は、“風迅・雷迅”って呼んでいるんだけど、風迅は、風で体を押して加速させるだけだからいいんだ。でも雷迅は、筋肉に電気を流して、反射速度と筋力を上げるから、痛いんだよ。それに、どの筋肉にどの程度の電気を流せば、どう動くか理解するまで、何回も痛い目をみたんだ。そう簡単には、教えることはできないよね。
「いや、秘密で構わないよ。想像はできるからね。でも、良くそんな馬鹿げたことをしようと思ったね。普通の魔法使いなら、死んでいるよ」
「魔力の繊細な操作は、得意ですからね」
繊細な操作しかできないんだけど……
「そうみたいだね。楽しませてもらったお礼と言ってはなんだが、あたしが逆手での受け流しを教えてあげよう。ケイは、まだ逆手に慣れていないだろ?」
「やっぱり、見ただけでわかりますか?」
「だいたい最初にやっていた型の中に、逆手の動きが無かったからね」
さすがだね、よく見ているよ。なんとかマギーさんが帰るまでに、形になればいいんだけどね。
学園で授業を受けた後、冒険者ギルドで依頼を見繕ってから家に帰ってきたが、マギーさんや商隊の人達は、仕事で出かけていなかった。
キアラさん達も友達と買い物に出かけたので、マヨネーズとケーキのスポンジを作ることにした。
昨日、話していた“ハンドミキサー魔法”だけど、もちろん、とっくに完成している。ただ、ケーキを作りたくなかっただけだ。ついでに、“フードプロセッサー魔法”や“ジューサー魔法”なんかも、早い段階で完成している。料理機器なら大概のものは使ったことがあるし、イメージしやすいからね。
ケーキのスポンジは、膨らまなくて難しいと言われることが多いが、ほとんどオーブンの庫内温度に原因がある。普通のオーブンには温度設定機能が付いているので、設定すればその温度になっていると思ってしまう。その思い込みが失敗の原因だ。設定温度まで上がるのには、時間がかかるし、オーブンのドアを開ければ、温度が下がる。あと、オーブン内の場所によって温度が違うので、設定温度は目安程度にしかならない。
マヨネーズの説明は、いいだろう。・・・あんまり、好きじゃないし。
ケーキのスポンジを“オーブン魔法”で焼いていると、カウンター席に座っていたグレンさんが話しかけてきた。
「ケイ、今朝、面白い動きをしていたな。なんだ、アレ? 強化系の魔法とも違うだろ」
「魔法で体の動きをアシストしてるんですよ。俺の戦闘スタイルは、どうしても近接が多くなるんで、いつでも、どんな体勢でも、逃げられるようにしておかないと危険ですからね」
「なるほどな、お前らしいよ。……そういえば、昨日言ってた俺が行方知れずになってるって、誰に聞いたんだ?」
「そうだ、ちょうど良かった。グレンさんは、元“栄光の翼”のリーナさんやアンジェリーナさんを知っていますか?」
「知ってるぞ、リーナは名前ぐらいしか聞いてないが、アンジュは会ったこともあるぞ」
「そのリーナさんから聞いたんです。アンジュさんの消息を知りたいみたいです」
急に、グレンさんがニヤついた笑みを浮かべた。……気持ち悪い。
「ケイ、今から言う話は、外では絶対言うなよ。絶対だぞ。おいっ! まわりにいる奴らも絶対だからな!」
どう聞いても、言いふらして欲しい、いや、言いたくて仕方がない感じだ。
「わかりました。で、何があったんですか?」
「ケイ。お前は、あの4人に会ったことあったよな。そのときのカイとリーナの様子を憶えているか?」
「ほとんど憶えていませんけど、無口なリーナさんをカイさんが気遣っていたように思うのですが」
「そうだ、憶えているじゃねぇか。その頃からカイは、リーナのことが気になっていたらしいんだ。種族が違うのにアイツもなかなかだな」
「グレンさんは、どうしてそんなこと知っているんですか?」
「カイに相談を受けてたからだよ」
また、ニヤついている。
「その相談にアンジュさんが係わっていると」
「さすがに、察しがいいな」
いや、誰でもわかるだろう。そんな嫌な笑みを浮かべているんだ、だいたいオチまでわかるよ。もちろん、最後まで聞くけどね。
「そんなことないですよ。続きをお願いします」
「おお、そうだな。その後だが、カイの話では、リーナもそんなに悪い気はしていなかったみたいだ。結婚や付き合うまでは、いってなかったみたいだがな。しばらくは、いい関係が続いていたらしいんだが、そこにアンジュが入ってきたんだ。なぜか、カイに惚れたらしい。そこからパーティの関係がギクシャクし始めて、解散になったんだと。あと、リーナは知らんが、アンジュはカイのところによく来てるみたいだぞ。この間も、居たしな。やっぱり、アイツは俺の子だ。俺と一緒でモテるねぇ」
最後のはどうでもいいが……リーナ先生、パーティの解散理由、言ってたのと違うじゃん。まったく、アラン、関係ないし。
「で、本当に他所で言ってはならないことは何ですか?」
「えっ! 何でわかるんだ!」
「いや、今のは、ただの面白話じゃないですか。そんなこと聞いて喜ぶのは、学園の生徒ぐらいですよ」
「おいおい、狼人族としての誇りとかもあるだろう」
「そんな誇りがあるなら、グレンさんは喋らないでしょ」
「まぁ、そうだが……今からが、本題だ」
グレンさんの雰囲気が変わった。続けてくれるようなので、俺は頷いた。
「アルガスが、来年、動きそうなのは知っているか?」
「はい」
「アルガスがエイゼンシュテインに動けば、狼人族は、アルガスに侵攻する」
えっ! 結構どころか、こんなこと俺に言ってもいいのか? でもその前に、恥ずかしながら俺は、狼人族の領地がどこにあるか知らないんだよね。
「理由はあるんですか?」
「もちろんだ。ケイも知っていると思うが、アルガスの西側の狼人族領で、今でも、アルガスと小競り合いを続けている。小競り合いというよりも、アルガスの侵攻を防いでいるだけなんだが。それで、来年、春にアルガスが東に動くなら、それに合わせて、アルガスの西側に侵攻するのが今回の作戦だ」
良かったぁ、聞かずに済んだ。狼人族の領地は、アルガス帝国の西にあるんだね。
「その場合、狼人族の、特にカイさんのステータスカードの名前の色はどうなるんですか?」
「変化はないはずだ。直前まで、攻め込んできていた国に対しての報復になるからな」
なるほど、攻め込まれた場合、黙って我慢する必要はないんだね。
「じゃあ、なぜ、そこにアンジュさんが絡んでくるんですか?」
「カイは言わなかったが、たぶん、シュトロハイム王国とカステリーニ教国が動いている」
「えっ、どういうことですか?」
「すまん、簡単に言い過ぎたな。本来、狼人族は他の領地を攻め込むような種族ではないんだ。それが、今回に限ってカイが動くとなれば、誰かが裏で糸を引っ張ってると考えてしまうんだよ。そして、そこに都合良くアンジュが居れば、疑うのも仕方ないだろう」
グレンさん、政治的なことは苦手だって言ってたけど、意外と考えているんだね。
「アンジュさんはわかりました。でも、マルク様まで係わっていると、なぜ、わかったんですか?」
「俺もそうだが、アイツも単純なんだ。マルクが援軍に来るって言っていたからな」
「なるほど、そのままですね。でも、援軍のマルク様の名前の色は、大丈夫なんですか?」
「わからん。 爺や、わかるか?」
こんなときに限って、なぜ、フレディさんはいないんだ。
「そうですね、一種の賭けでしょうね。純粋にカイ様を助けるための援軍であれば、問題ないでしょう。しかし、シュトロハイム王国とカステリーニ教国の主導で行われている作戦であれば、どちらになるかわかりかねますね。シュトロハイム王国やカステリーニ教国は、アルガス帝国から直接被害を受けておりませんから」」
爺やさんでも、わからないか……あっ!
「少し話は変わりますが、勇者の息子のアラン様が死んだ場合、誰に勇者の加護は行くのですか?」
「ほほう、そこに気付かれますか。さすがは、若様。現在、勇者様にはお子様がアラン様しか居られません。ですから、第2継承権のあるマルク様に移ると考えられます」
おいおい、アラン、ヤバいんじゃないのか。いろいろ動いてそうだぞ。
「じゃあ、反勇者派でもある、マルク様派の貴族主導の可能性あるということですよね?」
「それだけでは御座いません。正式ではありませんが、マルク様とアンジェリーナ様は婚約状態にありますから、カステリーニ教国の反教皇派も動いている可能性もあるのです」
反教皇派といえば、司教のセシールさんもそうだったか。でも、反教皇派なんていくらでもいそうだし。たぶん、そこにエイゼンシュテインも絡んでくるから、もう訳がわからないね。……でも、マルク様と仮とはいえ婚約しているアンジュさんが、カイさんに近づくのを見るのは、リーナ先生もいい気はしないだろうね。
「ところで、グレンさん」
「なんだ?」
「こんな話を、俺を含め、ここにいる人達に話してもいいんですか?」
「ここにいる奴らなら、みんな知っているだろ」
えっ、そうなの? Sランクって、やっぱり凄いの?
俺が驚いた表情をしていたのだろう、爺やさんが教えてくれた。
「若様、知っているわけでは御座いませんよ。今、グレン様が話されたことは、すべて、可能性があるというだけで、何一つ、事実がないのです。そして、ここにいる皆様は、様々な情報から、その可能性を導きだしているだけで御座います」
やっぱり、情報は大事なんだね。一般的には、この大陸で一番速い移動手段は、馬らしい。Sランクの冒険者は、冒険者ギルドの転移ゲートを使えるから、情報の収集力も速度も半端じゃないんだろうね。
それと、アランだ。どうなってもアイツの自己責任だと思っていたけど、今の話を聞くとそうでもなさそうなんだよね。政治的陰謀に巻き込まれて殺されるのは、さすがに見過ごせないし、少し考えを改めないといけないね。




