第21話
ルシフェルさんから魔族の歴史を聞いた日から数日が経ち、次の休園日を迎えた。
図書館に向かった俺は中に入り、受付カウンターへ行ってみたが、ミシェルさんはいなかった。
「逃げたか」
「失礼ね、どうして私が逃げなきゃいけないのよ。所用よ」
うんこか。……でも、声をかけらるまで、まったく気付かなかった。俺もまだまだだね。
「ケイ君、また失礼なこと考えているでしょ。まぁいいわ、上に行きましょう」
ミシェルさんに勧められるがまま館長室に入り、また俺がお茶を用意し、話が始まった。
「それで、サタン君は話をしてくれたの?」
「いえ、サタン様には、聞ける状況でなかったので、ルシフェルさんから聞きました」
「そう、あの気まぐれの堕天使がよく話をしてくれたわね。ケイ君、気に入られたんじゃない?」
「そうなんでしょうか? ルシフェルさんになら、気に入られても悪い気はしませんが」
「ホント、ケイ君、この手の話をしても面白くないわね」
面倒臭いからね。
「すみません。……ところで、ルシフェルさんって、気まぐれなんですか? 宰相として、よく魔族やこの世界の事を考えておられると思ったのですが」
「そうよ、宰相としてはね。でもあの娘、どこまで知っているか、わからなかったでしょ? 基本が私と同じで、楽しかったらそれでいいタイプなのよね。 ケイ君を、惑わせているだけかもしれないよ」
わかってたけど、自分で言うんだね。
「ルシフェルさんの言ったことが、本当か嘘か、今からわかるんですよね。 なら、それでいいです」
「まぁそうだけど……じゃあ、ケイ君は、今日、何を聞きにきたの?」
「ラルス様は、管理者ですか?」
「ふふふっ、えらくストレートに来たわね。回りくどくなくていいけど、私が知らないと言えば、この話は終わりよ」
「知らないのですか?」
「ええ、知らないわ。でも、私もそう思っているわ。ラルス君が、管理者じゃないのかとね。ケイ君は、管理者について、どこまで聞いたの?」
「管理者についてですか、管理者は、闇の加護を持っていて、この世界の秩序を守るためのシステムを管理する人であると聞きましたが」
「私もそう聞いているわ。じゃあ、魔族の歴史については?」
「3000年前まで、このラルス領を治めていた魔族が、他の地域から攻めてきた種族に負けて、デス諸島に追いやられました。そのとき、追いやられた管理者の血族が中心となって、アーク大陸に侵攻を繰り返していましたが、500年前に、同じ血族であるサタン様によって、一族郎党皆殺しにされたと聞きました。だから、管理者の血族として闇魔法を使えるのは、デス諸島にはサタン様しか残っていないと」
「そうよね。じゃあ、今、アーク大陸にいる種族の歴史については、どう?」
「それは、話してくれなさそうだったので、聞いていません」
「そうなのね。たぶん、あの堕天使も知らないんだろうけど。……そこまで、知っているのなら、私がラルス君から聞いた話もしてあげるわ。私も他所の種族の知らない歴史まで無責任に教えることができないからね」
「たしかに、また戦争になってもおかしくない歴史ですからね。あと、聞いた話ということは、ミシェルさんも実際には体験していないのですか?」
「失礼ね、私を何歳だと思っているの、そんなにババアじゃないわよ……ケイ君、またっ!」
「すみません」
まだ、何も考えていないのに……歳を気にするのは、家系なんだろうか?
「次、失礼なこと考えたら、もう話してあげないからね。……これはラルス君から聞いた話だけど、ラルス君は、3000年前にこの地に攻め込んで来た人間族の管理者の末裔で闇の加護を持っているらしいわ。でも、ラルス君が生まれたときには、前任者がいなくて、管理者について詳しく聞かされなかったらしいの。だから、未だに古代遺跡の研究を続けているのよ」
「ええっ、じゃあ、何もわからないのと同じなんですか?」
「だから、最初に“知らないわよ”って言ったじゃない。でも管理者がステータスカードの制限を変えることができることは、わかっているわ」
「制限を変えるとは、どういうことですか?」
「そうね。例えば、ケイ君は殺人に対して、強い忌避感を持っているわよね。もし管理者が望めば、いかなる理由があろうと殺人を犯した人の名前を赤色にすることができるわ」
「へっ!? いや何、凄いけど、凄いのか?」
「そうなの、ある意味では、管理者は自分の望む世界を作れるわ。でもステータスカードは抑止力にはなっても、拘束力はないわよね。アルガス帝国のような世界になってしまうと、ステータスカード自体の意味がなくなるからね。だから普通は、何百年、何千年と時を費やして、変えていくのがいいのではないか。というのが、今、わかっていることね」
「だから前のときに、学園長ならステータスカードの名前の色を変えることができるはずだと言っていたのですね。では、今の世界は、学園長の望んだ世界なんですか?」
「それは、正しいとも、間違っているとも言えるわね。たぶんだけど、ラルス君は、一度も何も変えていないわ。この辺りからは、管理者であるケイ君が、ラルス君に直接聞けばいいと思うわ」
「そうですね。……では古代遺跡は、誰が作ったのですか?」
「わからないわ。魔族の管理者が作ったのかもしれないし、その後の人間族の管理者が作ったのかもしれないわ。または、もっと前からあったのか。前にも言っていた母体は、元々ここにあったものなの。私ができるのは、母体から石版を作ることと転移ゲートを作ることぐらいよ。あとは、まだ研究中ね」
「学園長は、研究されないのですか?」
「ラルス君もしているわよ。でもラルス君は、この都市に結界を張っているから、都市から離れられないのよ。だから、黒龍の森の遺跡も私が調べていたのよ」
「気になっていたのですが、黒龍の森の遺跡には、何があったのですか?」
「キッチンの魔道具よ。本来、闇魔法で動かす魔道具を、魔石で動くように改良したのよ。結構、苦労したんだから。あとは、わからなかったわ」
「そうだったんですね。じゃあ、ミシェルさんにお聞きしたいのですか、血族による遺伝ではなく、前世の行動によっては発現する、闇の加護の取得条件についてはどう考えていますか?」
「私だけでなくラルス君も、ベルからケイ君のことを聞かされたときに驚いていたわ。でも、その前に、他の加護やスキルについても、どういう意味があるのかわかっていないのよ。スキルはステータスカードに表示されるのだから、何か意味があると思うのだけどね。ただ、このシステムを作った人は、世界の安定や平和なんか望んでいないのかもしれないわね」
「そうですね、ありがとうございました」
「あと、もう一つわかっていることを教えてあげるわ。このシステムの管理範囲には、限界があるわ」
「どういうことですか?」
「ここから南に行くとね、自由貿易国ダカールがあるの。その南端にある港街が、アーク大陸とは別の大陸の人間族と貿易をしているわ。その別の大陸の人間族のステータスカードは私たちには見ることができないのよ。あと、クロエもそうね。たぶん、彼女は別の地域の者だと思うの。本人は何も言わないけどね」
「南の別の大陸に関しては予想していましたが、クロエさんもですか? ベルさんはこのことを知っているのですか?」
「たぶんだけど、ベルは管理者についてすら知らないわ。サタン君はどうかわからないけどね」
「じゃあ、ベルさんとクロエさんのお伽噺は事実ですか?」
「あんなの嘘に決まっているじゃない、1つの国が滅んだのは本当だけど。……あれはね、その国が黒龍の森に侵攻して自滅したのよ。そのとき、私も居たから間違いないわ。だいたい、クロエがそんなことする訳ないじゃない。ベルが領主になったときにできた噂話よ」
「そうですよね。どうもしっくり来なかったんですよ。……でも、システムの管理範囲の話をしたのは、俺に調べて来いということですか?」
「違うわ、知っておいて欲しかっただけよ。ラルス君もそうだと思うけど、私もケイ君には、自由に生きて欲しいのよ。少なくとも、この世界に飽きるまではね。管理者なんかこの世界に飽きてからやればいいのよ……」
ミシェルさん、まだ何か言いたそうだったけど……でも、どうせこの世界を周るつもりだし、ついでに調べればいいか。
「ついでに、個人的なことを聞いてもいいですか?」
「もちろんよ。私のこと?」
「いえ、違います、俺のことです。最近、闇魔法の認識阻害が弱くなっているような気がするんですが、なぜだかわかりますか?」
「そんなの簡単よ。ケイ君が心のどこかで見られたいと思っているからよ」
なるほど、俺はドMだったのか……いや、違う、友達がいなくて寂しいからか。リーナ先生は、俺のことを強いと言ってくれたが、やっぱり弱かったんだね。
このあと各国の動向について、いくつか聞いたけど、まともな回答はなかった。ミシェルさんは、色恋沙汰が絡まないと興味がないらしい。
「では、そろそろ学園長のところに、行ってきます」
「そうね、それがいいわ。そこまで知っているのだったら、問題ないでしょう」
知ってないと、何か問題があるのだろうか……




