第20話
「そうだったわね。ごめんね、今日は勝手にお邪魔して。それに、こんなに遅くまで騒いでしまって」
「いえ、構いませんよ。この家も外には音が漏れませんし、2階にも響いてないはずです」
「それなら、安心ね。今日は、年に1度あるお祭りの打ち上げなのよ。私達は、運営であんまり楽しめなかったから、今、弾けているのよ」
「そうだったんですね、お疲れ様です。魔族のお祭りって何をするんですか?」
「もちろん、武闘大会よ」
「武闘大会って、魔族の方が本気で戦ったら、死人が出るんじゃないんですか?」
「武器と攻撃魔法を禁止にしているから、大丈夫よ。素手で殴り合うだけだし」
「攻撃魔法が禁止ということは、防御や身体強化系の魔法は使えるんですよね」
「そうよ。もちろん賭けも行われているから、盛り上がるわよ。そして、胴元は私達運営がやるから、ものすごく儲かるのよ。だから、今日の支払いも爺やにたっぷり渡してあるから、後で受け取ってね」
「料理の支払いは、すべてこの屋敷の管理維持費にしてもらっているので助かります」
「えっそうなの。じゃあ、これをあげるわ。デス諸島に来たとき、役に立つはずよ」
ルシフェルさんが、黒い羽根の付いた首飾りをくれた。
「なんですか、これは?」
「私の羽根よ。これは私の身内の証なの。だからデス諸島で見せれば、たいていの事は許されるわ。サタン様の身内だというよりも、効果があるわ」
何、免罪符? やっぱり、ルシフェルさんが影の支配者なんですね。そのうちデス諸島にも行きたいと思っていたし、役に立つのかな。
「そうなんですか、ありがとうございます。俺が聞きたいことは、以上です」
「じゃあ、戻りましょうか。豹人族の娘も待っているみたいだしね」
魔族の人達は、夜明け前に帰っていった。“闇魔法”の耐性のおかげだろう。眠気はあるが体調はいいので、後片付けをして、日課の鍛錬と朝食を済ませ、そのまま学園に向かった。
でもなんで、アリサさんとリムルさんは、床で寝ていたんだろう。……サタン様達が帰る際、忘れ物がないか確認を始めるまで、まったく気付かなかったよ。
“管理者”について、深く聞いてこない俺に対して、ルシフェルさんは“あっさりしているわね”と言っていたけど、実際は、話が唐突すぎて、思考が追いついていなかった。
そのためもあるが、授業中、神界でのエリスさんとの会話を思い出していた。
特に、“闇の加護”の取得条件についてだ。“前世で同族を30万人以上殺された方に発現します”とエリスさんは言っていたはずだ。
そんな人に、世界の管理を任せてもいいのだろうか?
でも、ルシフェルさんは、“管理者”とは、“この世界の秩序を守るためのシステムを管理する人のことよ”と言っていた。元だけど、ルシフェルさんも天使だったんだし、まったくの出鱈目でもないだろう。
前提条件として、“この世界の秩序”が争いのない平和で安定した生活を送ることである場合だけど……わからん。
午後の授業が終わり、帰ろうとしているところで、
「ケイ君、少し話があるんだけど、ついてきてくれる?」
久しぶりにリーナ先生に、引き止められた。いつもの面談室に入り、イスに腰掛けると、
「ケイ君、何か悩み事があるの? 午後の実技ではいつもの事だけど、今日は珍しく午前の座学でも何か考えていたみたいだけど、大丈夫? やっぱりイジメのせい? 先生達の間でも問題になっていたのよ。ケイ君、本人が気にしてる風になかったから、今まで何も言わなかったけど、何かあるなら言ってね。力になるから」
「えっ! 俺、イジメられてるんですか!?」
「違うの? みんなから冷たい視線を受けて、無視されてないの?」
「女子生徒から冷たい視線は受けていますが、原因はわかっています。でも、無視されているのは、友達が少ないので気付きませんでした」
「原因もわかっているのね。どうする、マウイ様に言ってあげましょうか。あの方は、少し天然が入っておられるので、気付かれていないと思うのよ。マリアさんは、気付いているはずだけど」
「いえ、構いません。特に支障はありませんから。マウイ様のお手を煩わせるほどのことでもありませんし」
「そうなの、強いわね。じゃ午前の座学の時間、何を考えていたの? 座学のときは、真面目に聞いてくていたじゃない」
どうしよう、本当のことは言えないし。
「先生、アルガス帝国の動向は、ご存知ですか?」
「へっ? アルガス帝国?」
やっぱり、無理か……
「そうです。3ヶ月ほど前に、辺境の都市で皇帝に対する不満が限界で、そろそろ内乱か戦争が起きるんじゃないかと噂を聞いたのですが、その後、あまり話を聞かないのでどうしたのだろうと考えていたんです」
「3ヶ月前! なんでそんなに情報が速いの? 私がその話を聞いたの、つい最近よ」
「ちょうど、アラン様がアルガスのパーティーに乱入して騒ぎを起こしていたので、少しアルガスについて調べていたんですよ」
「ちょっと、待って! その話、いつの事よ?」
「その話って、アルガスの事ですか?」
よしっ、いけた。
「違うわよっ! アラン様の乱入騒ぎのほうよっ!」
「あれは、3ヶ月前だから、5月ですか?」
「なんでアラン様の事で、私の知らない事まで知っているのよ。どこの情報? 信憑性は?」
「情報源は俺ですか? 直接は見てませんが、パーティーの会場にはいましたので」
「ちょっと、ケイ君。詳しく聞かせて、その話」
「構いませんが……その日もいつものごとく、アラン様がアルガス帝国のパーティーに呼ばれてもいないのに参加して、アルガスの士官と殴り合いになって、失神して連れて帰られたと聞きましたけど」
「ちょっといろいろ聞きたいことがあるんだけど。まず、いつものごとくってどういうこと?」
「そのひと月程前から、下働きの間で噂になっていたんですよ。アラン様が、自国他国問わず、パーティーに乱入しているって」
「シュトロハイム王国の話は聞いていたけど、他国まで……それで、その時アルガス側はどういう反応だったの?」
「盛り上がってたみたいですよ。皆さん、気分良く帰られました」
「そうなのね。それでケイ君は、アルガスについて、どこまで調べたの?」
「政情に不安があるので、犯罪者も多く、ステータスカードの名前の色が赤色や黄色でも、気にする人が少ないので、アラン様は亡命でも考えているんじゃないかって話になったんですけど、アルガス帝国に亡命って無理なんですよね。ただ、不法滞在者は多いみたいですね」
「アラン様なら考えそうね。それにしても、よく知っているわね。……もしかして、カイの事も知ってる?」
「カイさんって、元“栄光の翼”で、狼人族の族長になったカイさんですか?」
「ケイ君、人間族よね。なんで、獣人系種族の族長の交代まで知ってるの? おかしいわよ」
「カイさんは直接知りませんが、お父さんのグレンさんは知っていますので」
「グレンさん! なんでケイ君がグレンさんを知っているのよ。グレンさんは族長を引退した後、行方知れずになっているのよ」
「そうなんですか? たまに家に来て、飲んだくれてますよ」
「もう意味がわからないわ。じゃあアンジュ様については?」
「元“栄光の翼”のアンジェリーナ様ですよね? その方は知りません。カイさんやアンジェリーナ様がどうかされたんですか?」
「あっ! ごんめんない。今の事は忘れて……今日は、もういいわ。また、明日ね」
「はい、お疲れ様でした、失礼します」
リーナ先生を残して、面談室を出た。なんだったんだろう? なぜ、急にカイさんやアンジュさんの名前が出てきたんだろう。なんか、前も変な話になったような気がするんだけど……誤魔化せたし、まぁいいか。今度、グレンさんに聞いてみればいいか。
その日、依頼の確認のため、キアラさんと冒険者ギルドに行くと、カミラさんに呼ばれた。
「お呼び立てして、申し訳ごさいません。本日の要件は、2件です。
まず、キアラ様。Eランクへのランクアップが認められました。こちらが、新しいギルドタグです。Fランクのものと交換して頂けますか」
「はい、ありがとうございます」
やっと、キアラさんもEランクに上がったか。結構、掛かったね。俺よりもランクが低かったから、評価も低くなったのかな。
「ここからが、本題になります。今回、キアラ様がEランクに昇格されましたので、ギルド内でも、“ハウスキーパー”に対する期待が高まっています。そこで、ケイ様にお聞きしたいのですが、都市の外で依頼を受ける気はありませんか?」
「外ですか? どういうことでしょうか。俺は契約奴隷なので、ベルさんと一緒でないと都市の外に出ることができませんが」
「それは承知致しております。その上で、ケイ様の意思をお聞きしているのです。どうですか?」
「考えたこともなかったのですが、キアラさんはどうですか?」
「私は、ケイさんと一緒なら外でも大丈夫です」
“一緒なら外でも大丈夫”か、望んではなさそうだね。
「そうですか……カミラさん、なぜこの話が出たのか、理由を聞いてもいいですか?」
「そうですね、わかりました。ケイ様もご存知の通り、このギルドの冒険者は学園の生徒が中心ですので、高ランクの冒険者が少ないのです。そのため高ランクの依頼の処理能力が低くなっています。ケイ様にはその底上げを期待しているのです」
「もし俺が外での依頼を受けると言えば、何か方法があるのですか?」
「できるかどうかはわかりませんが、ベル様に、一時的にケイ様の奴隷契約の解除をお願いしようかと考えています」
「今のところ、外での依頼を受ける気はありませんが、その方法では、たぶん無理ですよ。俺は生まれたときから奴隷なので、初期階級が奴隷です。ですから、解放されても奴隷なのです。お力になれず、すみません」
「そうだったのですね。いえ、今回はケイ様の意思の確認が目的です。ケイ様に外の依頼を受ける意思が無い時点で、この話は終っています。これからも今まで通り、宜しくお願いします」
うーん、事務長も大変だね。




